別離
何故、彼女に口づけてしまったのか・・覚えていなかった。
否、僕自身ですら理由が分からなかったんだよね。
これ以上彼女と関わってしまう前にと、僕はちゃんにもう会う事はないって伝えた。
彼女も聞き分けよく僕の言葉を受け入れて、後は帰るだけだった。
でもその時風が吹いてさ、彼女につけてあげた簪が曲がっちゃって
それさえも気付かない様が心許なくてさ・・
隙だらけで危なっかしくて、どうも構いたくなって取り敢えず簪を直してあげた。
歳は近いのに子供みたいだからね彼女って。
直してあげるからって言った時、彼女の纏う雰囲気が張り詰めた。
緊張とかとは違う感じ、直す為に近づいたけど前みたいに真っ赤にならなかった。
慣れたのかなって思った、でもそれは僕の思い違いで
どうしてか震えそうな声でちゃんは僕に謝った。
「ごめん・・なさい・・・」
そう呟いた様子が気になって、風のせいだからと視線を向けた。
提灯の明かりに照らされたその顔を見て言葉は喉につっかえる
大きな瞳を僅かに見開いたちゃん
その瞳からは透明な涙の雫がポロポロと零れ落ちている。
瞬間僕は息を飲んでいた。
この後の事は曖昧にしか説明出来ないよ。
無意識だね、本当・・・・彼女の涙を見た時凄く胸が締め付けられたんだ。
泣き顔はとても、綺麗で・・惹き付けられて気付けば体は動いていて
細い肩を抱き寄せて、自分でも驚くくらい優しく彼女の唇に自分の唇を重ねていた。
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触れ合った唇
互いの熱が伝わってくるような口づけ。
信じられない事に、私は沖田さんの腕の中にいて
見開いた目から、物凄く近い沖田さんの整った顔が飛び込んでくる。
触れているのは間違いなく沖田さんの唇で・・
今私は沖田さんに・・・・・口付けられている。
その事実が流れていた涙を止めた。
「――――っん」
同時に恥ずかしさと息苦しさが押し寄せ、厚い沖田さんの胸を叩く。
これが最初で最後の口付け、どうして沖田さんは口付けをくれたのだろう。
あんなにも優しい口づけをくれるなんて・・本当にずるい人だ・・・
暫く胸を叩いていたら、触れていた唇が熱と共に離れた。
恐らく初めての口付けだったと思う。
驚いたから気付けば涙も止まっていた。
離れた沖田さんを見て、今度は私が驚かされる。
だって、だって・・・・沖田さんの顔は少し赤くなっていて・・何か驚いてるようだったから
「ごめん!」
「・・・・いえ・・私が泣いたりしてしまったから、困らせてしまったからでしょう?」
「んー・・・そういう事にしておいて?けど、遊び半分じゃないから」
「・・・・・・はい」
「最後だって言ったのは僕なのにね、自分でも分からない事だから説明出来ないししないけど」
「分かっています、どうぞお元気で・・」
「・・・うん、ちゃんもね」
沖田さん自身も口付けてしまった事に驚いている感じだった。
でも、例えそうだとしても・・もう逢えない。
その事実が痛みとなって押し寄せる・・・
立ち去る背中、忘れないように目に焼き付ける事しか出来なかった。
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お別れをした。
もう僕が彼女の店に行く事もない。
新選組としての仕事も知れずに済んだし
真っ白な彼女を、僕の近くにいる事で穢してしまう心配もなくなった。
なのに
それなのに
心が痛む―――
あれ程遠ざけようとしたのにね・・おかしいな。
どう帰ったのか分からないけど、ちゃんと屯所に戻った。
多分戌の刻の下の刻(夜の22時の半過ぎ)くらいかな。
闇に紛れるように敷居を跨ぎ、草履を脱いで屯所内へ。
それにしても何やら人の気配がたくさんする。
新八さん達でも騒いでるのかな・・・・
それとも誰か起きているんだろうか?
どっちにしても今はもう寝たい気分だなぁ
こっそり部屋に戻っちゃおう。
「おい総司、今まで何処に行ってやがった」
そう思ってるのに見つかっちゃうとは・・・しかも土方さんだし。
振り向くと鬼の副長と呼ばれる土方さんが仁王立ちで其処にいた。
雰囲気的に見逃してはもらえなさそうだ。
「お茶屋さんで会った可愛い子を送って来たんだよ」
「・・・・・・・・・あぁ?」
「まあそれはおいといて、こんな時間まで皆起きてるの?」
「話しを逸らすな・・・ああ、長州の動きが掴めたんでな」
「へぇ?どんな事?」
「花町の女郎屋で、天皇を誘拐についての会合が開かれる話が持ち上がっているらしい」
「――――花町の女郎屋?」
「・・・?ああ、その事で話し合いを設けてんだよ」
冗談ぽく報告する。勿論土方さんは怪訝そうな顔をした。
この僕に限ってそれはない・・ってね。
取り敢えず僕の事は後回し、夜遅く(話し声からして)幹部が集まっている理由を促せば
無視出来ない単語が土方さんの口から出た。
遠ざけたのに本能的に気にしていた事を自分で悟る。
土方も、長州の会合話や天皇誘拐の辺りではなく
花町の女郎屋で反応した沖田を不思議そうに見た。
今までならば反応しないであろう部分なだけに気になった。
無意識のようだが表情が鋭くなっている。
しかもさっさと他の幹部が集まる部屋へ向かって行った。
『お茶屋さんで会った可愛い子を送って来たんだよ』
強ち冗談じゃなかったりしてな
・・・・あの総司がなあ・・あんまり深入りしてなきゃいいが・・・
他の幹部の処へ向かう沖田の背を、複雑な表情で土方は見つめた。