流転 四十二章Ψあと少し・・・Ψ
信乃が先に発ち、残された面々。
此方も安房へ向かうべく、出立の支度をしていた。
無事、玉梓の呪縛を断ち切った船虫。
彼女も加わり、支度を手伝っている。
「は?」
六頭の馬を、何とか用意した小文吾が支度している大角へ問う。
問われた大角は、さあ・・・と言ってから思い出したように奥を指す。
小文吾が見た先には、女子に囲まれたがいた。
自分の妹・ぬいと、先程正気を取り戻した船虫。
あの後倒れただが、今は体調も戻り何時でも出立出来る様子。
を男と信じて疑わない小文吾は、その様子を恨めしそうに見た。
「ごめんなさい、私のせいで貴方まで巻き込んでしまった」
「気にするなって、怪我もなかったんだから」
小文吾の思惑とは裏腹に、至って普通の会話をしている達。
船虫を安心させるように笑い、その隣りではぬいがせっせとの支度を手伝っている。
ぬいは、出逢った時から何かとを気にしていた。
だから今もこうして、の怪我の確認をしたり
食べ物など、飲み水までも準備してやってる。
この違いは何なんだろう・・・
「船虫、もうその辺にしておけ。も困っている」
「あ、そうね・・ごめんなさい?呼び止めてしまって」
見るに見かねた道節が現れ、の手を止めてしまっている船虫を嗜めた。
小さく謝って離れる船虫の手を握り、いいよと言ってやる。
怪我は治せても、船虫の目までは治せてやれなかった。
その事を悔いていると皆、気づいている。
性根が純粋だから、自分を責めてしまうのだろう。
そんなだからか、皆を好きになる。
「ぬいも有り難う、手伝ってくれて」
船虫を道節に返すと、せっせと支度を手伝ってくれていたぬいに
は笑顔で礼を言った。
始めから良くしてくれたぬいには、も心から感謝している。
彼女のただ1人の身内である小文吾を、危険な戦に赴かせる事も
は重く受け止めていた。
けれど、ぬいは強かった。自分から、妹を案ずる兄の背を押した。
その彼女の為にも、船虫の為にも俺達は生きて戻る。
「いいんですよ、私がしたいだけなんですから」
「・・・うん、有り難う。」
そう言って凛々しく微笑むの姿に、ぬいは顔が熱を持つのを感じ
顔を逸らすと、足早に兄の方へと掛けて行く。
その様子を見ていた毛野と現八。
毛野はニタニタと笑い、同じく成り行きを見ていた現八へ
楽しむような口調で話しかけた。
「は同性にもモテモテじゃん」
「せめて慕われてると言え、誤解を招くじゃろうが」
「〜♪」
毛野のペースには乗らず、冷静に駄目出しをする現八。
分かってるのか分かってないのか、毛野は鼻歌を歌いながら支度へ戻って行ってしまった。
あの野郎、まだ懲りてないな?
現八は人知れず溜息をつき、2人分の荷物を積ませた馬の傍にいる
の方へと歩いて行った。
足音と気配に気づいたが、現八が声を掛けるより先に振り向く。
「おぅ現八、もう準備は完璧だぜ」
「そうか、お主・・皆にはちゃんと話すんだろうな?」
近くに来るや否、いきなりそう問いかけて来た現八。
それは自分でも分かってはいる問いかけ。
現八が言ってるのは、自分は男じゃなくて女だって事だ。
その事を、仲間や周りの者に話すのか?と
現八は聞いてるのだ。
「分かってる、全てが終わる時・・話すさ。」
「・・まあ、誰も態度を変えたりはせん。」
「ああ・・・そうだな」
決意も再確認したに、さり気なく付け足された言葉。
その言葉を信じられるから、心が温かくなる。
だからこそ、俺は前に進めるんだ。
支えられて支えあって、記憶がなくても姿を偽ってても
皆は自分を信じて深く聞こうとしない。
その信頼に応えたい、玉梓に見せられた夢も
その先に待ち受ける事も、記憶の事も気になるけれど
乗り越えなければならない・・・自分の事をちゃんと知る為に。
ΨΨΨΨΨΨ
留守番のぬいと、船虫に見送られ
一行は秀吉の大返しばりの移動力で馬を走らせ
昼前には、安房の海岸を駆けていた。
勿論この頃秀吉はまだ生まれてもいないから、この表現は当てはまらないな。
とするなら、秀吉より先にそれをやり遂げた彼ら八犬士こそがはじまりだったのかもしれない。
大角が旅籠で説明した通り、上総と安房の国境にある道は険しく
馬を降りての移動だったが、先を急ぐ旅路、も根を上げる事無く
皆と同じ速度での移動に耐えた。
こうして越えて来た国境。
目の前に広がるのは、広大な海。
こっちの世に生まれた時も、城から出てなかったと思うから海は知らないし
向こうの世界でも、都内にいたけど海に縁はなかったから
にとっては、始めて見る海になる。
まあ・・・行徳にも海はあったから、あっちが初めてだけどさ。
――――
そんな事を思いながら、馬の鬣に掴まってる時。
またしても、自分を呼ぶ姉の声が聞こえた。
姉の声は、自分を見守ってくれてるらしく
何か危機を知らせたり、先へと導こうとする時に聞こえる。
今も、何か知らせたい事があるのだろう。
手綱は現八に任せ、集中するべく目を閉じる。
すると姉の声は、よりクリアに聞こえた。
『大輔を、助けて・・・』
切実に呟かれた名は、姉と愛し合っていた者の名だ。
この近くにいるのだろうか?
大輔殿は、浜路姫の居場所を突き止めたと言っていたな。
玉梓の元から奪還出来ても、それをみすみす逃すはずもない。
襲われているのか?妹もいるのだろうか?
「現八!皆!この先に`大さまがいる!」
「本当か?ならば急ぐぞ!」
「`大さま!!」
そう思ったら居てもたってもいられなくなり
大声で姉からのメッセージを伝えると、先を急がせた。
一番早く反応し、馬首を其方へ向けたのは
`大を親のように慕っている親兵衛だ。
無事でいて欲しい、`大さまには聞きたい事も
教えて欲しい事も沢山ある。
姉を愛してくれた人を、失くしたくない。
戻った記憶は僅かだけど、肝心な所が思い出せてないけど
それでも`大さま、大輔殿は大切な家族のような人。
お願いだから、間に合ってくれ!
悲痛な思いで、は馬を駆る現八を急かした。