新たな命
あの幸せの一夜から数ヶ月。
私は待望の子供を身籠った・・
向こうの世界みたいに、超音波で性別が分かったり
お腹の中の様子が見られたりはしないけど
着実に私の中で、現八との子供は成長している。
もう少しで臨月が来るだろう・・・・
誰が想像しただろうか・・
一年前まで此処に存在すらしていなかった私が・・・里見の姫で
犬士の一人、現八と想いを通わせ結ばれて
その現八との子をこうして授かったなんてさ
大きくなったお腹が、今の最大限の幸せの証だ。
男の子かな、女の子だろうか。
まさか私が母親としての喜びを味わう日が来るなんてね・・
子供が出来なかった向こうの世界でのお母さん。
自分の中で息づく新しい命を慈しむ気持ちを体験出来なかったと
こうして身籠ってから改めて母の辛さが分かった。
大好きな人との子供を授かれないなんて、私だったら耐えられないだろうな〜・・
ちょっとしんみりしてしまった。
しんみりなんてしてられないわ、これから私は母親になるんだから。
生まれる子を守っていかなくてはならない。現八と、一緒に。
私が無事身籠った時はもう城中大騒ぎ。
特に父上と家臣達の喜び方は尋常じゃなかった(
よくやった、とか言いながら現八の肩を叩いて涙を浮かべる父。
オーバー過ぎて聞いてるこっちが恥ずかしい・・・
でも父上は本当に嬉しいんだろうな・・
姉上を・・失っているから余計に。
そんな時の吉報だからきっと。
私も元気な赤ちゃん生まなきゃだなっ
それから何日か経ったある日、滝田城に懐かしい顔ぶれが訪ねて来た。
「姉上、こんにちは」
「浜路?来てくれたの?」
「加減はどうだ、」
「あ、信乃も!」
「おお来たようじゃな」
簾のように部屋を囲っていた青い布を潜って現れたのは妹の浜路。
続いて現れたのはかつての仲間、信乃だ。
そして奥から現れた現八も何処か嬉しそうな様子。
身重のを気遣い、手で制してから座る信乃達。
もう信乃も普通に本名を呼んでくれる。
やっぱり本当の名前を呼ばれるのって嬉しいよな。
まあ、その・・特別感はなくなったけどさ。
『ならばワシと二人きりの時に呼んでやろうか』
何て言ってくれたのを思い出すと不思議と顔がニヤける。
いかんいかん、変な奴とか思われるって
いや、もう既に三人もその顔を見ていた。
一人で百面相が出来そうなを見て、三人とも思わず笑みが浮かぶ。
時は経っても、変わらず場を和ませる。
彼女は何も変わってなくて、気持ちをホッとさせる。
思わず抱き締めたくなった現八だが、其処は我慢。
「所で今日はどうして?」
「はい、その・・姉上のお手伝いがしたくて」
「私の?」
「身の回りのお手伝いをさせて頂きたいと思ったんです」
「私もそれはいい考えだと賛同した、こうしてまた会える機会も出来たからな」
「信乃・・・浜路・・・」
「其処まで言うなら、勿論ワシの事も手伝ってくれるんじゃな?」
そんな現八には気づかず、信乃と浜路へ問う。
問えば浜路は、身重の私を手伝いたいから来たのだと告げ
信乃もその意見に賛同してわざわざ来てくれたのだと言う。
何ていい人達なんだろう・・・と感動。
すると横から現八が信乃へ茶々を入れた。
一瞬黙った信乃だったが、当然だ、と答えて現八を見る。
素直さに面食らった現八。
それでも柔らかく笑って感謝を口にした。
旅をしてた頃よりトゲトゲした雰囲気はない。
ずっと絆が強くなったように思えて嬉しくなる。
2人を見てからそっと命の宿ったお腹をなでてみた。
++++++++++
夕刻、信乃達は客間へ
私と現八、2人の時間になった。
夕日に染まる安房を眺めていると現八に呼ばれる。
振り向いた肩に、現八は内掛けを羽織らせて
そっと抱き締めてくれた。
「あまり体を冷やすのはようない」
「うん、有り難う。」
些細な優しさ、同時に愛しさも込みあがる。
すると現八は体勢を低くして
何と私の腹部に耳を当てた。
「現八・・?」
「ワシ等の子が、此処におるんじゃな」
「うん・・・・現八はどっちがいいんだ?男の子と女の子」
「どっちも可愛いじゃろうが、どっちもつくればいい」
「ふーん・・・・え!?」
「お主はどっちが欲しいんじゃ?」
「あ、え?私か?」
って言うか現八、サラッと凄い事言わなかったか?
何か無駄に顔に熱が集まる・・・・・
どっちがいいかとか選べないよなー・・・
選んで生まれて来る訳じゃないしさ。
何て考えてると、ちゃっかり膝枕体勢になってた現八の片手が伸び
私の後頭部に添えられて、少し下の方に引き寄せられ
驚く間もなくそのまま口付けられた。
なっ、何て恥ずかしいやり方・・・!!!!
悔しいけど完敗だ・・・っ
真っ赤になって口付けを受ける。
軽く触れた唇、離れる時に舌が唇を舐めた。
顔から火が出そう・・
「何か現八さ・・・」
「何じゃ?もう一度か?」
「バカッ!そうじゃなくて、何か去年よりこう・・強引・・・つか恥ずかしい・・」
「当たり前じゃろう?もう己を律する必要はないからな」
「え?」
「今まではずっと気持ちを抑えておった、ずっと独りで生きて死ぬつもりでおったしな」
「今は・・・?」
「心の中に入ってくるお主に戸惑い、考えすらも変えてしまう程の出逢いがこの世にある物なのかと驚いておる」
私の膝の上で柔らかく微笑む現八。私の知らない現八の素顔・・恥ずかしいけどもっと見たい。
話す声も仕草も見ているだけで愛しいんだ。
聞いたのは私だけど、本人の口から聞くのはかなり嬉しくて恥ずかしかった。
私もね、現八に出逢って変わったんだと思う。
出逢った瞬間から・・私は現八を好きになったんだよ・・
そのうちちゃんと伝えるから、待っててね。