焦り



噂の方は知っていた。
天皇誘拐の目論見もね・・
けどその会合が開かれる場所は知らなかった。

僕とした事がね。
取り敢えずどの女郎屋なのか、ただそれだけが知りたくて
皆のいる部屋に急いだ。

「総司、遅かったな」
「うんちょっとね」
「非番だからって寝てたとかいわねぇよな?」
「やだな〜新八さん、そんな訳ないでしょ」
「総司も来たしこれで全員だよな」
「よし、揃ったな?これから話し合いをする、意見がある奴ァ遠慮なく言え」

出迎えたのは斎藤君で、寝てたとか言って来たのは新八さん。
元気よく全員を確認したのが平助君。

僕の入って来た障子を閉めながら土方さんが現れた。
改めて車座になっている幹部達を見回す。
と何故かその中に千鶴ちゃんもいた。

まあ彼女も今では立派な関係者だしね、いても不思議はないのかな。
土方さんにしては珍しく千鶴ちゃんも呼んだみたいだし。

「監察方の山崎からの報告だが、枡屋の古高以来大人しかった長州共の動きが再開された」
「僭越ながら報告させて頂きます、最近奴等は花町にある『葵屋』なる女郎屋によく現れている事が判明しました」
「『葵屋』か・・よく突き止めたね」
「有り難うございます、しかし女郎屋となりますと我々では潜入が難しいですね」
「そうだな、女郎ってのは口が堅くおいそれと中の事はあかさねぇ」
「だったらよぉ誰かが潜入して聞き出しゃあいいんじゃねぇのか?」
「バカ野郎簡単に言うな、女郎ってのは口が堅いって言っただろ。客として聞き出すのは先ず無理だ」
「けど土方さん、初から無理とか言ってるなら僕達を集めたりしないよね?」
「・・・・総司の言葉は一理ある、副長・・俺達を集めた事は何か策があるのでしょう?」
「ふ・・流石にお前らは察しがいいようだな、ああ・・・策はある」

重々しい空気の中口を開いた土方さん。
説明を求められたと察した山崎君がその女郎屋の名を明かす。
挙がったのは『揚羽』ではなく『葵屋』だった。

無意識にホッとしていた。
そのおかげか心に余裕が生まれ、山崎君を労う。
僕に労われた山崎君は視線を寄越し、淡々と礼を言い難点を挙げた。

その瞬間誰かさんがノリノリで潜入しようとか口にする。
誰かなんて言うまでもないよね、勿論新八さんだよ。

まあすぐに土方さんによってその案は蹴られてたけどね。
手も足も出ないように見えるけど、もし本当に手も足も出ないなら
こんなに夜遅くに僕達を集めたりしない、斎藤君も同意して問い詰めればニッと笑った土方さんが策はあると言う。

それはまた物凄い策だった。
誰かが客ではなく『葵屋』の関係者になって奴等の話を内側から聞く・・と言う物。
言うのは簡単だけどさ・・・・誰が潜入するのさ。

隊士は皆むさい男ばかりだし、平助君とかならお稚児さんで入れるかもしれないけど(ひでぇ)
新八さんとか島田さんなんて先ず論外だよ?(失礼)

左之さんも身長でバレる←
土方さんも論外だよね、だって目つきが怖すぎるし。愛想笑いなんて期待出来ないもん。
とか失礼な事を考えていると、論争が起きてる部屋に可憐な声が響いた。

「あのっ、それなら私が潜入します!」

この場で可憐とか言ったら彼女しかいない。
目を向ければやはり其処には千鶴ちゃんの姿。

まあ『葵屋』の関係者として潜入するなら、彼女ほどの適任はいないよ。
瞬間反対したのは土方さんと近藤さんに平助君に左之さんと新八さん。(てかほぼ全員)

近藤さんは明らかに父親みたいな気持ちで心配している。
新八さん達は寧ろ別の意味で心配してるんだろうな〜
まあ僕も千鶴ちゃんにはあまり関わって欲しくないと思ってるけどさ。

皆から止められても千鶴ちゃんの意思は固く、決して譲らなかった。
しかもあのお千ちゃんとか言う鬼の人に協力してもらうとか言い出しちゃったよ
僕達の助けになりたいんだって、本当健気な子だよね。

千鶴ちゃんはすぐに彼女へ宛てた手紙を書くと、小間使いの男童に頼み
止める間もなくその策で行く事が決められた。

「ったくお前も強情な女だな」
「すみません、でも皆さんにはいつもお世話になっているからお役に立ちたいんです」
「いいじゃないかトシ、彼女もこう言っているし」
「近藤さんはコイツに甘すぎるんだよ、潜入ってのは危険なんだ」
「私きっと上手くやりますから!」
「ならこれだけは約束しろ、無茶はしない。会合の内容を聞いたらすぐに文で知らせる事、危険になったら控えてる斎藤と沖田を頼れ」
「はい!」
「何だかんだで土方さんも過保護ですよね」
「お前は黙ってろ総司」
「はいはーい」

待つ事数分、そのお千ちゃんとやらが現れた。
茶髪に赤い目・・風間と同じ鬼みたいに見えるよね
後ろに控えてる女の人、こっちの人はお千って子と親しい花町の花魁。

何でも潜入先の『葵屋』にも行く事があるとかで謂わば口利きみたいな?
お千って子は千鶴ちゃんに駆け寄ると、何やら沢山の着物を手渡し
張り切って可愛い花魁に仕上げると言って奥の部屋に三人で消えちゃった。

花魁・・・・か

『分かっています、どうぞお元気で・・』

脳裏に思い返されたちゃんの声。
やだなぁ・・折角関わらないように遠ざけたのに
この流れだと僕まで行かされる事になりそうだよね。

まあ店も違うから会う事もないと思うけどさ・・
それだけが唯一の救いかな。

奥に消えた三人を待つ間、此方側も相当そわそわしている。
主に新八さん達だけどね・・・近藤さんまで一緒になってそわそわしてるし

「総司」

ぼんやりと落ち着かない新八さん達を眺めている僕に掛けられた声。
振り向いた先にいたのは僕が来てから終始無言だった左之さん。

視線だけ向けた僕の前に座ると、いきなり核心を突かれた。

「お前、山崎が女郎屋の名前明かした時ホッとしたよな」
「僕が?左之さんの見間違いとかじゃない?」
「いやそれはねぇよ、思ってたんじゃないのか?会合に使われてる店があの子の店じゃなければいいって」
「うわ・・凄い自信だね、何か証拠とかあるの?」
「何処まで性根が曲がってんだよお前は・・自分自身の変化すら無視するのか?」
「僕の変化?それって何さ」

核心だとバレないように目は逸らさずに見つめ返す。
けど左之さんの言葉は止まない
寧ろどんどん核心に迫って来るんだよね・・・厄介だな

変化から目を逸らすなと言われ、僕もつい熱くなった
自分でも分からない物をどう認めろって言うんだいってね
そしたら胸倉を掴まれた

「鈍いのか逃げてるのかはしらねぇ、けどな・・・・目を逸らすな」
「・・・・熱いね、左之さんは。僕は逃げたりはしてないよ、けど人によっては逃げだとも言うかもしれないね」
「どういう事だ?」
「さあてね、ほら着替えが終わったみたいだよ」
「総司!」

真っ直ぐ向けられた左之さんの目。
幸い隅にいたから誰も気づいてない

左之さんは変化を認めて受け止めろと僕に言った
真っ直ぐな言葉と目を、僕は直視するのがきつかったなあ
だって数刻前に変化から目を逸らし、遠ざけたばかりだったから