流転 四章Ψ姉の声Ψ



村正は、2つの名刀を自分に渡す為だったのかもな と言った。
自分が村正と出会い、この刀を受け取るのも
もしかしたら、決まっていたのもしれない。

けど俺・・刀なんか使った事ないし。
今までだって使う必要のない世界にいた訳だしな。

「いいのか?初めて会った人間の俺に、そんな名刀渡しちまって」
「貴殿の目じゃよ、いきなり寝っ転がっておったのは驚いたが
人を惹きつけるというか・・・とても真摯な物を感じたんじゃ。」

しみじみ語りながら、村正はゆっくりお茶を淹れている。
人を惹きつける、真摯な物を?俺から?

そんな風に言われたのは初めてで、人知れずは照れた。
さっきは無我夢中だったから、やっと還れた生まれた世界。
其処でやらねばならない自分の役目を、話せる人を探してたし

いざ話して信じてもらえなかったらって心配もあった。
だから真剣だったのかもな。

「俺も初めて会えたのが村正で良かった。」
「はははは、そうかそうか。所でいつ頃向かうつもりなんじゃ?」
「そうだな早い方がいいだろ、此処からどれくらいかかる?」

「下総からなら、そう掛からないで行ける距離じゃろ。」

自分で淹れたお茶を飲みながら、村正はそれだけを言った。
だったら今すぐに出発した方がいいかもしれねぇな・・・とも思い、正面に座っていた村正に言った。

「ならこのまま出るよ、これだけ世話になっといて忙しないが・・」
「それもいいが、今日は泊まって行かぬか?
今からじゃと日も暮れるし夜は物騒じゃから。」

出発を切り出せば、村正に引き止められた。
彼の言葉に空を伺い見れば、確かに日は傾き始めている。

一日一日を無駄にしたくないのが本心だが
こんな名刀を貰ってすぐ出発も、アレかと納得。

「そうか?じゃあ今夜だけもう少し世話になるよ。」

貰った剣を横に置き、淹れられたお茶に手を伸ばしながら言えば
村正はうんうんと頷いて、少し嬉しそうに微笑んだ。
何だか、祖父という人と話してるような そんな気持ちになった。

それからこの日は、村正の手作りを馳走になり
こっちに来てから初めての、夜を過ごした。

向こうへ旅立つ前の自分は20歳だったが
赤子にされたせいで、生きてきた数値はゼロになり
今またこの歳まで成長して来たから、23歳。

向こうへ行かないでいれば、30歳になっていただろう。
つまり、俺が向こうへ飛ばされてから軽く10年は経過していたって事だ。


ΨΨΨΨΨΨ


そしてまた、は夢を見た。
向こうで見てた時と同じ、夢の中なのに全ての感触が分かるパターン。
は、誰もいない静かな空間に立っている。

周りの音は少しも聞こえず、静寂だけが支配している空間。
其処へ、次第に1つの気配が近づいて来た。
誰だろう思う前に、あの懐かしい声が自分を呼んだ。

姫』

誰なのかがすぐに分かって、パッとは振り返る。
すると其処には、空気に体が透けた状態で立つ姉の姿。

「姉上・・、約束通り此処に来ました。」

姉上の御子達とは、まだ会えてません。
そう告げると、姉はゆるやかに首を振り優しく言った。

『いいのですよ、貴女はまだ戻ったばかりなのですから。』
「けど・・・」
『ならば、まずは大輔の所へ行きなさい。』
「大輔殿の所へですか?」

の問いかけに、姉は黙って頷く。
しかし自分は大輔殿が何処にいるかは知らない。
姉の亡骸を抱いて、あの場から立ち去ったトコまでしか見ていない。

出だしから不安だらけだ、と肩を落とす妹へ
優しい笑みを浮かべた姉がこう言った。

『大輔は今、私の子供達を捜す旅に出ています。』
「大輔殿が?それで今何処ら辺に?」
『武蔵国にいると、今は武蔵国へ向かいなさい。』
「けれど姉上、自分は戦う術は何も知らなくて・・・」

其処まで言うと、姉はただ微笑んだ。
それからゆっくり、村正に貰った名刀を示す。

それがどんな意味なのか、には分からず眉を顰めると
姉はあの時と同じようにの手を握り、力強く言った。

『大丈夫、その剣が貴女に力を貸してくれる。』

何を根拠にそう言い切れるのか、でも姉上が言うなら間違いない。
俺こそそう信じられる根拠はない、けど不思議とそう思えた。
ならば、剣術を学ぶ必要だってあるんじゃないか?

ましてや『村正』は妖刀と言われる刀。
後に聞いた話だと、そう呼ばれ始めたのはこの室町時代の後
徳川家が深く関わっている。

処刑や暗殺その他諸々の悪事に、村正を使っていた事から始まり
反徳川幕府を志す者が、好んで村正を使用していた。
その中には、あの真田幸村も使っていたと言われている。

「この刀が俺に・・」
『貴女が男装して還って来たのには驚いたけれど、大丈夫ね。』

男装を指摘され、ちょっとドキッとした
ハッとして姉を見たが、その表情は実に楽しげだった。
姉上のキャラが変わってる・・・!?

兎に角今は武蔵国にいる大輔殿に会わねば。
姉上が保証してくれたこの刀を持って、授けてくれた村正に感謝して。

「姉上・・あれ?」

『貴女はもう大丈夫です、後は貴女が信じるままに進みなさい。』

振り向いた先に、もう姉の姿はなく
いつもの穏やかで優しい声だけが、に届いた。

自分が信じるままに進みなさいと、それだけを言い残して。


ΨΨΨΨΨΨ


こうして、は朝を迎えた。
頭には姉の言葉がしっかりと残されている。

姉は死しても、大輔や自分、里見、子供達を見守っている。
自分はそれに応え、里見を救う手助けをしなければならない。

まずは行動だ。

そう思って目を明け、寝床から起きると
まず目に入ったのが朝餉の支度をしている村正。
匂いからして、味噌汁のようだ。

ギシッと床板を鳴らしながら歩き、水瓶へと向かう。
台所から、おう 起きたか。という村正の声に片手を上げて応え
冷たい水に両手を入れた。

両手ですくった水を、躊躇いもなく顔に掛ける。
その冷たい温度に、霧が掛かっていた頭が一気に覚めた。

「ふぅ・・・」

水の冷たさで目を覚まし、顔から滴る水を手拭いで拭き取る。
そうしてから囲炉裏の前に胡坐をかい座った。
仮にも里見の二の姫な女性が、胡坐・・・

それはこの際置いおいて、は村正が運んで来た朝餉に手を伸ばす。
味噌汁と、川魚の焼いた物に漬物。
結構な量の朝餉だ。

「ちゃんと食べて行きなされ、安房は遠いからの。」
「ああ、そうだな。ってゆうか、有り難う色々と」

いきなり現れた他人を、家に招き自分で作った名刀と
同じく名刀を造った正国まで貰った。
しかも一晩の宿まで提供してくれて、朝食までも・・・

こっち来て最初に会うのが村正じゃなかったら
俺、こうは行ってなかったかもなぁ。
何てしみじみと村正を見やった。

「構わんよ、息子が出来た気分じゃったしの」

俺本当は女だけどね、騙してるみたいで心苦しいけど
そう言って貰えるのは、嬉しいや。
村正に、俺もおじいちゃんが出来たみたいで嬉しかった。と言うと

村正はおじいちゃん?せめて小父さんが良かったのぉと言って
それでも嬉しそうに笑ってくれた。

日の高さがてっ辺に近づく頃、は発つ事にした。
せめてものお返しにと、皿を洗い村正の肩を揉んだりした後
横になっている村正へ発つ事を告げた。

「村正、そろそろ行くよ。本当に世話になった。」
「そうか、行くか・・気をつけて行くんじゃよ?道中は特にな。」

親身に自分の事を心配してくれる村正に
は ああ、と頷いて笑い、戸口へと向かった。
少しずつ足りなかった感情を取り戻して行く感覚が分かる。

親切にしてくれた人への感謝、そう思える感情。
愛情は受けたが、此処本来でのそれらの情は忘れてしまっていたから
戻ってきてそれらを吸収出来てる感じがした。

「有り難う、村正も元気でな!」

村正から貰った名刀を腰に差し、少々のお金と食べ物を背負い
常陸国の村正の元を旅立った。
旅立って行くを、息子を見送るような眼差しで村正は見送った。

大きな力と、使命を背負ってしまった姫君の無事を祈って。

そう、村正は知っていた。

と名乗った青年が、里見の二の姫だと――