流転 三十五章Ψ貴方の傍にΨ
日は昇った。
いよいよ庵を出て、次の場所へ移動する時。
布団に横になる中で、意識は覚醒していた。
ただ目を開けないだけ。
遠い意識で、誰かに抱きしめられてる感じはしていたが
意識が覚醒してみて分かる、其処に誰の温もりもなかった。
でも、凍える寒さはもうなくなっている。
熱っぽさもダルさもなくなっている、風邪は治った。
それは喜ばしいが、には未だ不安が残ってる。
女とバレた以上、旅に同行させて貰えるかという不安。
目覚めるのが怖い、けれど目覚めなければ答えは分からないまま。
そのまま置いて行かれるのはイヤだ。
人の気配もし始めた事なので、答えを確かめるべく意を決しては目を開けた。
「・・・・・」
「目が覚めたようだな、。」
目を開けて、先ず飛び込んだ天井の視界に
次に飛び込んだのは、笑みを浮かべた信乃の顔。
スッと信乃の手が伸びて、の額に触れると
その手を自分の額に当てて熱を測る。
それからフッと笑うと、嬉しそうに言った。
「良かった、熱は引いたようだ。」
「本当ですか?それは良かったです、薬が効いたようですね。」
信乃の言葉に、同じく嬉しそうに弾んだ声で言ったのは大角。
確かに苦かったけど、調合が良かったのかもしれない。
その時は、熱でボーッとしてたから味なんてよく分からなかったけどな。
現八は何も言わず、黙々と朝餉を食べている。
その顔を見て、連れて行くか否かを考えてるのだろうとは思った。
現八が考えを変える事なんて、しないだろうと思っているから
はそう思い、重い気持ちで布団から起きると
自分の分の朝餉の前へと行って座る。
「これからは、一先ず小文吾の営んでる宿へ戻ろうと思う。」
朝餉を食べ終えた信乃が、行き先を話す間も
の意識は現八へと向けられていた。
彼がどう決断をするのか、気になって怖くて不安で信乃の話など耳に入らぬ状態。
の心が晴れぬまま、食事は進み
食べ終えた順に、出立の支度を始めている。
食べ終えただが、どうも支度を整える気にならない。
置いて行かれるんだとしたら、支度の意味なんかねぇだろ?
支度の進まない以外、出立の支度は終えた。
皆が戸口へ向かうのを、一応準備を終えたは少し離れた位置から見やる。
足を進められず、傍に行けずにいるを現八が振り返り
何を言われるのかと思えば、片手を腰に添えた格好で一言 言った。
「何をしておる、早くしろ。」
「え?」
思いもしなかった言葉に、反応が遅れる。
現八はそれだけしか言わず、スッと片手を差し出した。
それは・・・来いって、言ってくれてんの?
歩み寄れずにいる、けれど現八は自分を拒絶したりしなかった。
信乃も大角も、優しい目で変わらず自分を待ってくれてる。
俺は一緒にいていいの?
「お主の力がワシ等には欠かせん」
「犬飼の言う通りだ、俺達だけでは切り抜けられない時もある。」
「お2人の言う通りですよ、共に旅させて下さい。」
「・・・・・いいのか?俺・・女で、皆を騙してたんだぞ?」
「それはちゃんとした理由があったからじゃろ?それに、男だろうが女だろうが・・お主だと言う事に変わりはない。」
どんな姿でも、オマエはオマエだ。
そう・・・言ってくれてると思った。
女だとしても・・変わらず『俺』だって。
こんなにハッキリしない奴なのに、必要だと言ってくれる。
こいつ等には、記憶が戻ったら本当の事を話したいな。
俺が何処の生まれで、何処の誰なのかを。
は駆け出し、差し出された現八の手を握った。
無事旅に同行出来る事になった。
嬉しくて、ずっと頬が緩んだままだった。
庵を出た4人は、馬を預けた場所へ向かう。
人数も増えたが大角は信乃と乗り、変わらずは現八と乗った。
その時、馬を操りながらふと現八が聞いて来る。
「所で、そのは偽名じゃろう?本名はどうなのじゃ?」
「本名か?だ。大角にはもう教えた。」
何で大角が先に知ってるのか気になったが
最初の時、一度庵から追い出された時の事を思い出し
自分達がいない時にでも教えたのだろう、と納得。
か・・・確か、行方不明の二の姫はという名じゃったな。
同じ字が使われているという点で、繋がる物はある。
「お主はどちらで呼ばれたいんだ?」
しばらく黙った現八が、そう聞いて来たので
今度は自分が考える番となり、間を置く。
だってさ、そんなの考えてなかったから。
バレる事を前提にしてなかったからさ。
でも男装を止めるつもりはないし、男名の方がいいけど・・
「それなら、ワシと2人だけの時は本名で呼んでやろうか?」
「え?別にいいよ、そんな事しなくて。」
「何故だ?本名じゃろう?」
「だって・・・何か、くすぐったいからいい。」
2人だけの時なんて呼ばれたら、どうにかなってしまいそうな気がして
思わず断っただが、心の底では本名を呼んでもらいたいと思っていた。
それを見越してか、拒否した後現八は黙り
しばらく馬のひずめの音しかしなかった・・・が
「」
低くて色気のある声が、不意打ちで自分の本名を呼んだ。
途端に顔に熱が集まって、体が熱くなる。
たったそれだけなのに、何て過敏な反応なんだ俺!
照れる様子も、女と分かった今では気持ち悪い物ではない。
逆に微笑ましい姿に見える。
もう置いて行かれる事はない。
傍にいられるんだ――
旅が終わり、里見に平和が訪れた時に待つ本当の別れまでは。
この温もりが、ずっと傍にあればいいのに。
2人の頭上には、サンサンと輝く太陽が輝き
各々の旅路の先を、明るく照らしていた。