雨と涙と彼女



雨が降ると、思い出したくない事を思い出す。
忘れてしまった過去が、この時期になると呼び起こされる。
忘れたいのに、忘れられない。

俺が忘れる事を彼女が拒んでるかのように・・・

6月
この時期は、誰もが嫌う梅雨。
長雨が続き湿気も溜まるし、洗濯物も乾き難い。
主婦の人は苦労するだろうなぁ・・って俺、主婦かよ。

今俺は、全国ツアーも一段落して一段落したけど
8月に決まった再追加コンサートの打ち合わせに来てる。

俺は個室で、夏の再追加コンサートで披露する為の
自分の曲を作ってる所。
集中したいからってメンバーとは別にしてもらった。

そんな時だ、窓を叩き始めた雨に気づいたのは。
梅雨だし、雨が降るのは当然だけど・・俺的には辛い。
後悔ばかりを思い出すし、胸が締め付けられる。
あの時・・・あの場所に行ってれば。

早く・・彼女に会ってあげてれば。

後悔は後悔しても、なくなる事がない。
それに、今俺には大切な彼女がいる。
もう・・・あんな思いはしたくない。

彼女がこの世から去ったのが、梅雨。
だから俺は、梅雨の時期が嫌い。


雨が嫌いな理由・・・


仁とは別の部屋で、打ち合わせをしているメンバー。
話題に上ってるのは、それぞれのソロのトコ。

中丸と聖がその話で盛り上がる中、上田が髪の毛を指に絡め
会場の配置図に目を通してる亀梨へポツリと言った。

「今日は来ないの?」
「・・・来ないって誰が?」
「だから、仁の彼女。」

本当にポツリの音量だった為、亀梨は聞きそびれそうになった。
それでも何とか声を拾い、手にしたシャーペンで
こめかみを叩きながら聞き返した。

亀梨に聞き返された上田は、亀梨から視線を外して
窓の方を見ながら答えた。
喋りもマイペースな上田リーダー。
優雅な動きで、巻きつけていた髪をそのまま弾く。

すると、巻きつけていた髪がハラッと空に舞った。
・・・誰ですかぁ〜この気取った人 by 亀。

上田が気にするのも当然か?
仁と付き合ってる子は、ファンだった子でとっても可愛い。
どうして付き合いだしたのかは・・・まあ聞いた事はないな。

それにしても・・今日は雨か、つーか今日も雨。
てゆうか・・・こんな日に、仁一人で大丈夫なんか?

「この部屋湿気すげぇーよ!除湿機ねぇの??」
「聖持って来て!ジメジメすると髪の毛がセットが崩れる!」
「それを言うなら、カツラが使い物にならなくなるだよ。」
「・・・なあ、田口・・・その笑い方ムカツク。」
「まあまあ中丸君、除湿機くらいで苛々しないの。」

人が真剣に考え事してりゃ・・・コイツ等。
突然黙ってた聖が、ウガーッと立ち上がって叫んだ。
除湿機持って来いと言う聖、髪型を気にする中丸に
苛立ちの元と見られている田口が、へらへら笑いで指摘。

人を和ます田口の笑顔も、この苛々した場では
逆撫で効果しかない。
トドメはのんびりした田口の宥め方。

亀と上田は、その騒ぎに加わる事すら放棄した。
付き合ってても疲れるだけ。
てゆうか、俺等打ち合わせで集まってんだろ?
重い溜息を吐き、亀梨はリーダーを見つめる。

「俺に治めろっても無理だし、ダルイ。」
「やっぱりね・・俺も期待してない。」

頼みの眼差しを送ったが、やる気のない上田は
再び自分の世界に浸り始めた。
好き勝手で騒がしいメンバーを眺めてから、亀梨は小さく呟いた。

「仁・・・平気かな、一人で。」

何が平気かななの??
偶々メンバーが集まる部屋に着いた
ドアの近くにいた亀梨の呟きを、聞いてしまった。
気になる・・・てゆうか、今仁は此処にいない訳?

ドアの外で、一人パニックなる
彼が何故そんなにも一人になってる仁を心配するのか
気になって仕方ないは、思い切ってドアを開けた。

「その話、詳しく教えて!!」
「うわっ!ちゃん!聞いてたの?」

ドアが突然開けられ、勿論亀も他のメンバーも吃驚した。
それから、亀梨は場所を変え大まかな事を話した。
仁は雨の降る日に、人の死を体験したんだと。
この時期は、それを思い出して一人で悩んで塞ぎこんでしまう。

としては、仁の過去を知った訳だけど
何だかとても、複雑な気持ちになった。
だけど、それを聞いたら自然と楽屋を飛び出してた。

今まで知らなかった、聞くのはよくないって
そう言い聞かせて仁の過去から逃げてた。
聞こうとしなかった自分に、は腹が立った。
早くに知ってれば、こんな日だって傍にいてあげれたのに。

駆け出して行ったを見送った亀達。
その顔は、少しホッとした感じだった。

雨の降りしきる外、窓や屋根を叩く雨音。
それを聞きながらひたすらは走った。
たった一人で、その後悔に耐える仁の所に行く為に。

呼ぶ声を出してても、外の轟音に掻き消されてしまう。
見つからなかったらどうする?
仁は今も後悔して、一人でそれに耐えてるのに。
どんな顔をしてるだろ・・何を考えてるだろう。

いてもたってもいられなくて、飛び出して来たけど・・
仁・・・早く傍に行きたい。
貴方の不安を、私は消してあげたい。

そう思って走ってると、階段の踊り場に人影を見つけた。
よく目を凝らして見てみると・・・。
ずっと探してたの大切な人だった。
微動だにせず、ジッと窓の外を見てる背中。

その背中が、とっても悲しげに見えた。
亀ちゃんは過去に人の死と、対面したって言ってた。
詳しくは教えてくれなかったけど・・・

には、一人佇む仁の背中が泣いてるように見えた。
急いで階段を踊り場まで駆け上がり
何かに耐えてる仁の腕を、そっと握った。
突然腕を掴まれた仁は、ビクッと反応するとを振り向いた。

・・・何時からいたの?マジ吃驚した。」
「ごめん驚かせて亀ちゃんから聞いた・・・泣いてるかと思って。」
「亀から?そっか・・・ごめんな、話してなくて。」

優しい声、振り向いた顔は泣いてはいなかったけど
眼差しはやっぱり何時もと違って、悲しそうな色だった。
無理してる、絶対に無理してる。
私の前で、自分を偽ったりしないで?

話してくれなくてもいいから、仁の悲しみを減らしてあげたい。
寄り添うように、二の腕辺りに顔を寄せた
仁は、その髪を優しく梳いてから口を開いた。

「俺が中学の頃だったかな、近所に紫陽花が咲いてる家があって
俺 其処に住んでる子と結構仲良かったんだ。」

ポツリポツリと話し始めた仁の横顔を、は優しく見つめた。
知らなかった事だけど、仁が話し始めてくれたし
あたしはその話を最後までしっかり聞こう。
仁の痛みを分かりたいから。

シトシトと雨が降りしきる空を見上げて
隣には、大切な人の温もり。

「中学を卒業するくらいかな、俺その子に告白されたの。」
「!?」
「ビビッた?でもさ・・俺、すぐに答えられなくて
考えさせてって言っちゃったの。」

ホントは、会った時から惹かれてたのに。
凄く、悲しそうな目で話す仁。
何も知らないあたしには、手を握る事しか出来なかった。

「好きだった子に告白されて、舞い上がってたんかな。
やっと決心がついて、教室に行ったんだけどいなくてさ
気になって家まで行ったら、アイツ・・・。」

仁はそこで一旦言葉を切った。
何故かも、隣の仁を見られなかった。

一度ギュッと握る手に力が入り、それが解けると
少しだけ声を震わせて、仁は先を続けた。

「体・・・弱かったんだって、俺に告白した日も
相当無理してたみたいでさ・・・何で気づけなかったんかな。
あの時ちゃんと答えてれば、傍にいてやれたかもしんねぇのに」

やっと顔を上げて見ると、仁は声も出さずに泣いてた。
もしかして、ずっとこの時期はその後悔に苛まれてた?
彼女が亡くなったのを自分のせいにして?
でも、そんな風に好きな人の記憶に残るのはイヤ。

ちゃんと笑顔の自分を覚えてて欲しい。

「仁、後悔してる?」
「ああ」
「あたしだったら、そんな風に覚えてて欲しくない。
好きな人が苦しんで自分の事覚えてるなら、忘れて欲しい。」
「・・・・・」
「その彼女だって、仁には笑ってて欲しいし笑顔の自分を
覚えてて欲しいって思ってるはずだよ。」

涙を拭った仁は、自分を見上げてそう言うを見つめた。
俺に好きな人がいたってのに、コイツは責めないんだな。
アイツの事まで心配してやがるし・・

確かにアイツの事は好きだった。
けれど、に対する好きとは違う気がする。
アイツは、常に傍にいて守らなきゃって思ってた。
は?守られてるだけの奴じゃないな。

こうやって人の事に首突っ込むし、他人の事を自分の事のように
心配して泣いちまうような奴だけど。
安心出来る存在、傍にいなきゃじゃなくて・・いて欲しい。

知らないうちに、に助けられて・・・

、ありがとな・・辛いって思うのは止める。
でもな、大切な奴をもう二度と失いたくねぇから
ずっと傍にいてくんない?」

「は?え?・・うん。」

「何だよその反応・・・傍にいないと不安なんだよ。」

力説してた事にハッと気づいて、あたしが思わず黙ると
何処か吹っ切れたような顔の仁が、綺麗な顔を近づけて
嬉しくなってしまうような言葉を口にした。

思わずキョドってしまったが、何とか頷く。
煮え切らない反応に、仁があたしの額を小突く。

些細なやり取りが、本当に嬉しくて胸がキュンとなった。
元気そうで、吹っ切れたように見えるけど
仁は不安に思ってる、誰も失くしたくないって。
それが分かったなら、言う事は一つ。

「大丈夫、あたし丈夫だしウザがられても離れないから!」
(だから安心して、一人で抱え込まないで)

曲げた腕の二の腕に、片方の手を乗せたポーズをした
仁はしばらく呆気に取られた顔をしてたが
驚いた顔は緩むと、とっても可愛い笑顔になって言った。

「何だよその理由・・・サンキュな」

大きくて綺麗な手を、あたしの頭に乗せて掻き混ぜる。
撫でなれながら仁を見ようとしたら、いきなり抱きしめられた。

いいよ 今だけは泣いたって。
この夜を境に 仁が苦しまないなら。
梅雨が仁を苦しめるなら あたしが笑わせてあげる。
仁が違う事を考えられないくらいに。

だから ずっと笑顔でいて。
辛いなら あたしの元気を分けるから
辛いなら あたしが一緒に進んであげるから

そこまでしたいのは 仁が大好きだからだよ。
仁が 笑顔で梅雨を乗り切れますように・・・・