甘い痺れ



今日の隊務は庭の掃除。
何故か左之さんと組む羽目になって
まあ文句垂れても仕方ないから諦めて庭に行った。

其処ではもう左之さんが掃除してたんだけど
どうにもやる気が起きないって言うか、何て言うか・・・・

『葵屋』以来逢う事のなくなった子。
どんなに僕が関係性を無くそうとしても何故か顔を合わせてしまったあの日。
もう助けてあげられない、そう言って遠まわしに突き放した。

唇を噛み締めて声を殺し涙を押し殺していた彼女。
僕は彼女が泣いていると、涙を堪えて泣いていると知りながら
彼女に何もしてあげられなかった。

怒ったかなあ、もしくは呆れられたかな・・
それこそ好都合なはずなのに、それはそれでチリッと胸が痺れた。

痛くない痺れ
寧ろ甘い甘い痺れだ。
『甘い』とか思いたくないのにね。

「おい総司」
「んー?」

ぼんやりした思考で適当に箒を動かす僕に近づく気配。
視線だけ向ければ僕を見ている左之さん。
あれ、また何か見抜かれたとか?

そしたら厄介だなあ〜
左之さんって正論をズバッと言うからちょっと苦手なんだよねぇ
とか言ったら絶対怒るだろうから言わないけど

「何か用?」
「何か用?じゃねぇよ、お前掃除やる気ねぇだろ」
「うん」
「って即答か!」
「だって隊務が庭掃除っておかしくない?普通見回りとかさー」
「掃除も立派な隊務だろ、とか土方さんなら言いかねないぜ?」
「あ〜・・・・絶対言いそう」
「だからちゃんと葉っぱを掃けよ」

何か一々突っ込みをしてくれる左之さんに言われ
手元を見ると、確かに僕は土くれだけを掃いてたみたい。

うわー・・・重症?
気付きたくないけどこれは流石に自分でもそう思う。

何故こんなに?とか問いかけたのは何度目だろうか
答えの出ぬまま今日まで来てしまった。
しかし、答えが出てないと思ってるのは僕だけで・・

実際の所だと、既に分かり切ってるのかもしれないね。
必死に理由を考え、自問自答してる問題の答えって奴は。

だからこそ、僕は答えを認めたくないのかもしれないなあ。
認めてしまったらそれこそ前のようには振舞えないし、後戻りは出来ないから。


「・・・・を・・・いる・・」


箒の柄を握り締めた僕の耳に、何かを問い詰めるような声が届いた。
サッと顔をあげると、左之さんもその声の方に顔を向けている。

「今の・・・一君の声っぽかったね」
「ああ、方向からすると玄関先っぽいな」
「行ってみる?」
「ああ?何でわざわざ――」
「ホラ入隊希望なのにあの無表情で融通の利かない一君が対応に出てたら、入隊してくれないかもしれないし」
「・・・少なくともお前よりはいいと思うぜ俺は」←小声
「何か言った?」
「よし!行ってやるか!」

にっこり微笑んで理由を言った沖田に対し、ボソリと本音を漏らした原田。
しかし聞こえたのか、問い返すその沖田の黒い笑みに負け

はぐらかす様に声を張り上げて自ら玄関へ急いだ原田を
黒い笑顔のまま沖田も倣って玄関へと向かうのであった。

けどまた僕は縁の糸に引き合わされる事になる。

玄関に近づくにつれて、一君が問いただしてる相手が誰だか分かってしまった。
まるで尋問みたいに目的と理由のみを聞き出そうとしてる言い方に
すっかり怯えてるような声音、それだけで誰なのかが分かっちゃったんだよね・・

「あー・・・・」
とか言う太夫さんだよな、あれは」
「うん・・まごう事無く、ね」
「勿論行くだろ?彼女お前の忘れ物持って来てくれたみてぇだし」
「んー・・・・・・行くべき?」
「はあ?当たり前だろ」

もう偶然も此処まで来ると必然にしか思えなくなる。
逢わないように、と決めた瞬間から何度もこの偶然か必然かで
僕は彼女と鉢合わせて来てる。

遠ざければ遠ざけるほどあいま見えてしまう。
運命とか定めとかあるとか思いたくないけど
まるでそれらが僕が彼女を遠ざけるのを赦さないみたいに・・・・

参ったなあ・・・
どうしろって言うんだ本当。

あれだけ遠ざけて、会えないからって伝えといて
忘れ物を届けてくれた彼女に会えって言うのか?
今まで遠ざけて来た僕への罰だとでも?

「総司?」
「これって今まで彼女を遠ざけて来た僕への罰なのかな」
「さあな・・・けど、お前がそう思って理解して心が認めてんならそうかもしれないぜ?」
「もうホント、弱音とか吐きたくないけど・・正直どうしたらいいのか分かんないんだよね」
「流石にお前でも戸惑ってるって感じか?」
「そーなんだよねー・・何度も会わない、とか座敷には行かないとか言ってきて沢山傷つけて泣かせてしまったし」
「・・・・・・・」
「彼女の涙も拭ってあげれたのに、手を出せば抱き締められる近さにいても僕はそうしなかった。」

本当、嫌になるくらいズルイんだよ。僕って。
それでもあの子は、前を向くんだ。

泣いても傷ついても生きる為に身を売る・・・・
幾夜他の男に抱かれても、そのまっさらな心は白いままで
とっても眩しくて気高くて・・汚してしまうと分かっていても

僕は――――

「組の事を考えたからそうした、何てのは模範解答だな。お前の、お前自身の答えは別にあるんじゃねぇのか?」
「まだ認めたくないけど・・・遠ざけて、本当にもう二度と会う事はないんだなって思うと・・どうしてか痛むかな」

胸が。
それはそれは甘美な痛みで、
痺れは痛みになって、やがて塞がらない穴になる。

この痛みが、きっと答えなんだろうね・・
この痛みをくれたのは紛れもなくと言う花魁で
痛みが生まれたのは、あの漆器屋から始まっていたのかもしれない。

淡々と、それでいて寂しそうに。
隠しもせずに自分に話す沖田の様子に、原田は驚いていた。
恋愛事に関しては殆ど無関心だった沖田が

今、自分の隣で赤裸々に自身の葛藤を話している。
他人に話すには躊躇われる事だと言うのに。

と言う太夫に対して、確実に沖田は惹かれているように原田には見えていた。
本人もそんな感情に初めてな上に不慣れで、どうしていいのか分からないんだろう。
それがとても新鮮で、何より嬉しい事のように思えた。

「ならどうして痛むのか考えてみろよ、すぐに答えが出るぜ?」
「・・・・・」
「お前はどうしたい?」
「・・・・・目を逸らすのはもう遅い?」
「遅すぎだな。悔いる前に認めるのも男だぜ?」
「はぁ」

短いやり取り。
左之さんの目はもう後戻りを赦してくれそうにない。

だったら進むしかないのかもしれないね。
僕自身でも初めての領域だから、進む事に不安もついて来る。

そうだとしても、もう進む道しか用意されてなかった。

選んだ道の先には、ちゃん。
やけに賑やかな鼓動を抑えつつ、僕は玄関先にいる二人の元へ出向き
平静を装って何気なく現れた僕と左之さんに、鋭い一君の視線と問い掛けが向けられた。

「総司、まさかお前が彼女に届けるよう言ったのか?」
「え?一君ったら何を唐突に・・・」

運命の歯車は大きく回り始めた。