甘い貴方の味
今日はホワイトデー。
世の女性達も、男達もそわそわする日。
私もその中の１人。
先月のバレンタインデーに、友達と一緒に作ったチョコを渡した。
校内で抜群の人気を誇る彼らに。
私は茶色でふわふわの髪をした、甲斐 裕次郎君に渡し
友達は裕次郎君と同じテニス部の、平古場 凛君に渡した。
２人ともかなりモテるから、渡すのも大変だった。
無事私は、甲斐君と付き合う事となった。
ずっと願っていたから、本当に嬉しかった。
あの日、裕次郎は何を作ってたのかな。
今更ながらに気になったけど、あまり浮かれてはいけない。
「はぁーあー」
隣りを歩く親友が漏らした溜息。
そう・・平古場君に想いを告げた親友は、まだハッキリした返事を貰っていない。
だから、さっきからああして溜息をつきっぱなし。
そんなに溜息ばかりだと、幸せが逃げるよとは洒落にならないから言えない。
平古場君は私から見てもカッコイイし、モテる。
それにちょっと女の子慣れしてる感じよね・・・・
頑張れ、としか口に出来ないのが情けなくて
親友の肩を軽く叩いた。気落ちしないでという気持ちを込めて。
振り向いた親友の顔は、若干強張ってた。
私だって、それくらいで彼女の心のモヤモヤを取り払われるとは思えない。
でもそれくらいしか出来なかった。
口数少なく近づく校門に目を向けると
其処に誰かを待つ人影を見つけ、その人物と目が合うとその人物が輝くような笑みを向けた。
「うきみそーち！」
「甲斐君！？」
「うきみそーち、裕次郎。」
太陽みたいな笑顔で、此方を向いたのは私の彼氏である甲斐君。
驚いたのは親友も一緒、私は嬉しくて駆け寄りたいのを我慢しつつ親友と共に傍へ行った。
わざわざ待っていてくれたのかな。
手放しで喜ぶ訳にも行かず、取り敢えずは挨拶をするだけで終わらせる。
隣りに立ち、ふと彼の胸元の変化に気づく。
いつも下げている指輪がない。
どうして付けてないのかしら、まさか無くしたとか？
私が真剣に考えてる横では、何か落ち着かない様子の裕次郎。
「お返しは準備した？」
「おう、完璧さぁー」
その後聞こえてきた親友と裕次郎の会話。
用意してくれてるみたい、裕次郎は隠せないみたいだから分かってしまう。
でもそんな所も好きだったりする。
下駄箱が別々だから、私は１人で靴から上履きに穿き変える。
折角こうして付き会える事になったのに、私と裕次郎は別のクラス。
親友と平古場君、裕次郎が同じクラス。
ちょっとだけクラス分けを決めた先生を呪いたい。
この子はある意味辛いかもしれないね。
同じクラスならば、平古場君のモテ具合も見えるし。
もし・・・上手くいかなければ、それだけ居辛くなる。
「きゃーー！凛君有り難う！！」
３人揃って、教室へ向かい始めた時
ふと前方から黄色い悲鳴が。
何だろうと捜さなくても、その原因はすぐに分かった。
キラキラと輝き、遠くからでもよく分かる金髪。
すらりと伸びた手足、整った顔。
全女子生徒の人気を一身に集めた親友の思い人。
「朝から凄いわね、平古場君」
「後で永四郎にゴーヤ食わされんどあにひゃー」
裕次郎も私も、思わず苦笑せざるを得なかった風景。
彼はチョコをくれた子にお返しを配り歩いてる感じだったから。
でも今はマズイよ・・・・この子が不安定な気持ちの時にだなんて
何てタイミングの悪い・・・。
ハッと彼女を見れば、やっぱり落ち込んでいて
裕次郎も気づいたらしく、慌てて私の親友にフォローとかを入れてた。
私も彼に習うように落ち込んでる親友を励ます。
「気にすんな、あにひゃーはいつもあんなんだし」
「そうよ、あれはあくまで義理返しよ！」
「うん・・・ありが・・・・」
「やったー今来たんば？」
懸命に励ましてる私達、やっと口を開いた親友の言葉を遮り
さっきまでお返しを配り歩いていた平古場君が現れた。
粗方配り終えたのか、袋は最初見たよりも膨らみがなくなっていた。
今来たんか？聞かれて、裕次郎がやーが早過ぎるだけだろと言い返してる。
チラッと親友を見てみれば、何やら顔が赤い。
そりゃあそうよね、凄く至近距離に平古場君がいるんだもの。
平古場君、私から見ても綺麗だから。
「わ、私先に教室行ってるね！」
「え？おう」
「！？」
そう思ってた時、黙ってたままだった親友がそう言い残してダッシュ。
止める間もないって勢いだった。
その背中を見送った面々、一瞬沈黙が流れ
それから面むろに裕次郎が口を開いた。
「凛、やーあにひゃー・・・フッたんば？」
「おっと、やーにもお返しやるよ」
「あら、テニス部員レギュラーに配った義理のお礼？にふぇーでーびる♪」
「わんこれから用事あるから、代返頼むぜ裕次郎！！」
「HRサボる気かよ、まあいいけどさ。」
しばらく無言でいたと思ったら、いきなり裕次郎に代返を頼み
私にお返しの飴を投げたと思ったら、もう平古場君の姿は一瞬先にあった。
初めから、彼は追いかけて話すつもりだったんだね。
そう思ったら何だかとても嬉しくなった。
平古場君何くれたのかな、やっぱ飴だよね？さっき投げてたし。
立ち去った凛を見送った後、ふとを見ると
さっき凛が投げてた飴の袋を開けようとしていた。
ちょちょちょ！！
わん以外の男があげた飴から食べるのは赦せなくて
気づけば慌てて止めていた。
「凛のからじゃなくて、わんの方を先に受け取ってくんない」
飴の袋を開こうとした手を、片手だけで裕次郎に止められた。
何やら妬いてくれたのかなとか思ってしまう。
私も裕次郎のお返し楽しみにしてたから、素直に頷く。
すると裕次郎は、安心したように笑い
鞄の中を漁り始め、20ｃｍ近い箱を取り出した。
その大きさに先ず驚かされる。
「これ、私に？」
「ん・・ちょっとこっちきちみー」
面食らった顔で問えば、ニッと笑った彼に手招かれた。
黙って付いて行った先は空き教室。
平古場君にHRサボる気かよとか言っておきながら
私達も結局HRをサボった。
ごめん平古場君、代返出来なくなっちゃったわ。
適当な机に寄り掛かり、裕次郎がその箱を私に手渡す。
両手に乗せられた箱は若干重い気がした。
視線で開けてみろと促され、ゴクッと唾を飲み
不思議と緊張した手つきで私は箱のリボンを解いた。
「あっ・・・コレ・・・・」
「ああ、にやる。」
「嬉しいけど、コレ裕次郎のお気に入りじゃあ・・」
「いいんだよわんも同じ奴買ったから、お揃いだぜ？」
其処に先ず入っていたのは、裕次郎がいつも首から下げていたシルバーリングだった。
お気に入りを貰うのは気が引けると言ったが、何と裕次郎は同じリングを買っていて
私とお揃いにしたかったんだと気づいて、無性に嬉しかった。
私も裕次郎みたいに首から下げようかな。
何て考えながら、二層になってる箱の一段目の底を外すと。
次に出現したのは、六つ入りのマシュマロ。
ちょっと不恰好な形が可愛らしい。
はマシュマロを凝視してる。
察しがいいだろうから、気づいたかもしれない。
俺があの日、放課後調理室でコソコソしていた訳に。
マシュマロを見て、放課後の調理室で何かをしていた裕次郎の姿が浮かんだ。
「もしかしてコレ・・・！」
「皆まで言うな、やーの気持ちが嬉しくてわんも答えたかったから作ってみたんばよ。初めてだから味の保証は厳しいさぁー」
でもへの気持ちは、溢れる位詰め込んどいたから。
そう言って、少し頬を赤らめて裕次郎が言う。
その姿が、あんし愛しくて私は裕次郎に抱きついた。
「にふぇーでーびる！でーじ嬉しい！！」
「しんけんか！？やーにそう言って貰えて良かったさぁー」
抱きついた私の背に腕を回し、ギュッと抱き締め喜ぶ裕次郎。
指輪と箱を持ったまま抱きついていた私、マシュマロ食べてみようと思って裕次郎から離れた。
このままじゃ食べられないから、折角の手作りだもん今食べたい。
指輪はさり気なく左手の薬指に嵌め、マシュマロに手を伸ばす。
サイズが大きくて落ちそうになる指輪。
その重みが、何か凄く嬉しくて照れる。
わんもが指輪を左手の薬指に嵌めたのを見て、ドキッとしてしまった。
あにひゃー、嵌める意味を知ってるはずなのに付けるなんて。
期待しそうになりつつも、嵌めてもらえてるのがくすぐったい。
マシュマロを１つ手に取ったに、わんは言った。
「わんが食べさせてやるよ」
自分でもスラスラ言えてしまった事に驚く。
わんよりも、目の前のの方がかなり驚いた顔をしてて
その後一気に顔が紅色に染まった。
――ヤバイ・・・どうしようもない位、愛しい。
わちゃくってる（からかってる）のかと思って見上げれば
裕次郎の顔は、今までにないくらい真剣な顔をしてて
不意打ち・・不覚にもドキンとしてしまった。
そんな目で見つめないで、心臓が口から飛び出しそう。
「今日はホワイトデーだから、偶にはいいだろ？」
「う・・・何か上手く丸め込まれてる気がするけど、分かった。」
今日くらいはお願いを聞いてあげてもいいよね。
そう思って、裕次郎に任せる。
どうやって食べさせるつもりなのか、深くは考えずに承諾。
裕次郎は箱の中から１つマシュマロを掴むと
私の方を向いて、口、開けろよと囁く。
15歳とは思えないくらい、そう言った裕次郎の顔は色っぽく
逆らえない何かを感じ、私はなすがままに口を開いた。
裕次郎も、上目遣いで（本人に自覚なし）見上げ
うっすらと唇を開く様に、ドキドキしながら掴んだマシュマロを
の口の中へ入れてやる。
その際触れた唇の柔らかさに、危うく理性が崩れるかと思った。
「ん・・・甘くて美味しい」
「しんけん？」
「うん、裕次郎以外に料理上手いんだね。」
「作るのはやーにだけさぁー」
「にふぇーでーびる、裕次郎も食べる？六つあるし。」
「うーん・・・しんけんやーに喰って欲しかったけど、１つなら貰うさぁー」
そんな気持ちを知ってか知らずか、はニッコリとわんに微笑む。
一回手に取った時、付いたマシュマロの粉を舐める。
艶めいた仕草に、どんどん夢中にさせられる。
私は素直に感想を裕次郎に言った。
これは私も女として負けられないわ。
私の作った料理も美味しいって言って欲しいもの。
それから私は三つのマシュマロを食べた。
食べさせて貰ったのは最初だけ、後は恥ずかしいから自分で食べた。
裕次郎も出来栄えを味見したから、残ったのはラストの１つ。
どうしようか考えてると、嬉々とした顔をした裕次郎がこう言った。
「最初と最後はわんが食べさせてやるさぁー」
「えぇっ！？いいよ、気持ちだけで・・」
「駄目、わんが食べさせる。」
「はぁ・・・分かった。」
どうしても譲る気がないらしく、言い張る裕次郎。
ホワイトデーだし、これきりだろうしと
私も仕方なく首を縦に振った。
しかし・・・裕次郎は最後の最後であんし恥ずかしい事をしてくれた。
箱からその１つを取ると、私の口にじゃなく自分の口に咥えた。
この後の展開が勝手に予想出来て、これは無理だと首を振れば
有無を言わせない目で拒否され、逃げられないように抱き寄せられてしまった。
一気に目の前に迫る裕次郎の顔。
やっぱりカッコイイ、何度見てもモテるのが頷ける程整った顔だ。
見惚れていた時間は短く、そのままマシュマロごと裕次郎の顔が近づき
チョー至近距離で、裕次郎の咥えたマシュマロを食べるハメに。
もう味なんて分からなくなってた。
２人で齧るとすぐにマシュマロは消えて行って
優しく触れた裕次郎の唇が、私の唇を塞ぐ。
触れただけのキス、だがそれで終わらず
少ししてから裕次郎の舌が唇を割って、反応の遅れた私の舌を絡め取った。
マシュマロの甘い味と、蕩けるような深いキスにもう力が抜ける。
無意識に裕次郎にしがみ付くと、気づいた裕次郎は私を解放した。
「甘くて美味かったば？」
「裕次郎のふらぁ、あんし恥ずかしかったよ」
「ははっ、わじるなよ。」
「うーー悔しいけど、どんなマシュマロよりも甘くて美味しかったよ」
真面目にそんな事を聞く裕次郎が、悔しいくらい素敵で怒る気も失せた。
今までのホワイトデーより、何より嬉しくて幸せな日になった。
甘い甘い、貴方の味。
私を捉えて離さない――