紅い花
明日、沖田さんの(だと思っている)忘れ物を届けようとは心に決めた。
『もう此処には来ない』『二度と逢う事はない』
そう言われてしまったけど、逢いに来ないで欲しいとは言われていないもの。
それにパラパラッと見た感じでは、大切な物だと見受けられた。
きっと失くしたと思って困っているかもしれない。
困らせてしまうとは思う・・・けど、届けるだけなら・・平気だよね?
もう言い聞かせるようにして眠りに付いた。
そして、不思議な夢を見る―――
ぼんやりと沈んだ意識、体から意識だけが切り離され
自由に外の世界へ・・・・・
この時点で夢を見ているのだと気づく。
現実の世界で外へ自由に行く事は出来ないから。
見えて来たのは大きなお屋敷。
一度も見た事もない景色・・・そして其処に暮らす人々。
何だろう・・何で?どうして懐かしいなんて思うの?
私は来た事もないし、見た事もない人達なのに・・・・
音声と言うか無音の夢だから、何を喋っているのかは分からない。
一人の男の人が上座に座り、その正面に机を並べた数名の男の人達に何か説いている。
此処は学生塾なのだろうか?
少し違うのは、師匠だけでなく弟子側の人達も発言し
討論をしているように見えた。
そして場面が変わり、何処かの監獄のような場所になる。
さっきの場面で弟子を指導していた人が中に囚われていて
面会に来たのだろうか、一人の女性らしい影がいる。
あれ・・・・・?
は少し違和感を覚えた。
学生塾場面では夢だし当たり前だけど、誰も私と目が合う人はいなかった。
それがどうだろう、今監獄の中にいる影だけの人は
しっかりと私の目を見ている。
普通夢とは客観的に見る物だ。
だが今の私はきちんとその夢の場面に存在している。
私と目を合わせた影の男の人はこう言うのだ。
『怨まれて当然の事だ、赦せなどとは言わん』
健やかに朗らかであれ
続けてこうも言った。
その人はとても満足そうな顔で言った。
投獄されたとしても今まで歩んできた道に後悔などないとばかりに。
聞こえた声はその言葉だけ・・・
姿も見えないのに、私はとても悲しくて懐かしくて
もう二度と会えないのだと泣くのだ。
影だけの女の人も泣いていて、監獄の中の男の人は
そんな私達を影だけだが、優しく見つめているのが分かった。
やがて視界は真っ赤に染まる・・
++++++++++
「―――――っ!!?」
真っ赤に染まった視界に驚いて、思わず飛び起きた。
視界に飛び込む漆喰の天井・・・頬が濡れている・・
それにしては不思議な夢だった。
懐かしいのに悲しくて・・・・
初めて見る夢だった。
夢の中にきちんと自分が存在していて、夢の中の人と対話しているなんて・・
顔は見えない・・声だけが聞こえた。
後悔のない凛とした清々しささえ感じさせる声。
監獄にいた男の人・・・赤に染まった視界。
其処から連想する事は1つ。
処刑・・・・きっとあの男の人は処刑されたんだ。
私には両親がいない、死因は分からない・・
花町に来るまで何処にいたのかさえ私には分からない。
それなのに顔の見えない男の人を懐かしいと思った。
だが今日は沖田さんの(かもしれない?)忘れ物を届けに行くと決めた日。
朝からスッキリしない気分のまま、は動きやすい着物に着替える
手には先日見つけた発句集。
太夫から町娘へ着物を着替え部屋を出ると
「お出かけ?太夫」
「あ・・真朱太夫・・・・へえ、ちょいと町まで・・」
「、分かってはると思うけど・・」
「分かってます、お座敷までには―――」
声を掛けてきたのは此処へ来た時から姉のように自分に接してくれた人。
此処の太夫を私に譲り、白夜と言う店の太夫になった姐さん。
今日は顔を出しに来ていたのだろうか?
その姐さんがいつものように小言を言いそうだったので
予測してお座敷までには戻ると言おうとした。
けど真朱姐さんは淡く微笑んで全く違う事を口にする。
「気をつけて」
「・・・・・・はい」
その一言に全ての意味合いが込められているかのように思えて
私はただ頷くだけだった。
そして町へ出ただったが・・1つ肝心の事を忘れていた。
屯所の場所を知らないと言う事を。
勿論、勇んで外出したのに私は迷っていた。
外出する前に気づいていなくてはならなかった重要な事。
そうだったわ、私・・新選組の屯所を知らない!!
どうしよう、これでは忘れ物を届けられないわ・・・・・
揚羽の前で途方に暮れてしまう。
目的地に着く前からこれでは先が思いやられる・・
取り敢えず人伝に聞くしかないわね。
この界隈の人なら知っていそうだし。
そう考えると、早速尋ねる相手を探す。
どうせなら聞き易そうな人がいいかしら・・・・私を揚羽の太夫だと知らない人とか
沢山の人と擦れ違う中、不思議と目に留まった人がいた。
着流しの着物を肩から羽織り、上質な着物をその身に纏っている。
品のよさが漂う人、この花町にいると却って目立った。
視線を逸らせずにいるまま距離は近づき・・
気づけば私は声を掛けていた。
「あ・・あの、お尋ねしても良いでしょうか」
「・・・・私にか?」
「はい、あのご存知でしたらで構わないのですが・・・」
「ほう?まあいい、申してみろ」
少し尊大な態度だけど、声を掛けてから止めるのは相手に失礼。
それに聞くだけ聞いてくれるみたい。
ただ純粋に、忘れ物を届ける為だけに私は男性に尋ねた。
「新選組の屯所が何処にあるかご存知ですか?」
「―――――新選組、だと?」
「はい、ご存知ですか?」
だから男性の目が訝しげに自分を見た事も
声のトーンが警戒を帯びた事にも気づかなかった。