紫陽花
ジメジメとした梅雨がやって来た。
先々月まで眺めただけのあの青年と先月初めて言葉を交わした。
この先そんな事にはならないだろうと思っていたのに
そんな予想は簡単に外れた。
何がきっかけになるのかなんて、本当・・分からないものね。
声も初めて聞いた、低めで聞いてると落ち着く声。
あの偶然の出来事のお陰であの青年が乗ってくる駅も分かった。
私が利用してる駅の二つ先の駅だったのか〜・・・・
名前は聞けず仕舞いだけど、まあ本を拾っただけで名前は聞かないしなあ
あの青年が読んでた本がちょっと気になったりする。
私が推測した通りの内容じゃないって可能性もあるし。
男の人が読めるって事は、友情系かもしれないしさっ
・・・・何私ったらフォローしてるんだ。
気になってるなら本屋に寄って探せばいいのよ。
って訳で、今日は仕事も速く終わったから早速寄ってみよう。
定時きっかりで職場を後にし、駅ビルの中にある本屋に向かった。
今まで寄っても雑誌コーナーとか書籍コーナーだけだった店内を初めて文庫コーナーに向かう。
前見た時は・・・何文庫にあったっけなあ・・・・・
色んな文庫があって何処から探せばいいか迷う。
兎に角端っこのスニーカー文庫辺りから・・・・・・・・・・
題名だけを頼りに、そりゃあもう真剣に集中して探してた。
指を背表紙にあてながら探して行くと
やがてその題名に行き当たった。
「――あった・・・・?」
「新刊めっけ・・・って、アンタ・・・・」
「――――あっ!!」
「奇遇だね、アンタもこの本探してたんだ?」
目当ての本の背表紙に人差し指が行き着いた時
左から別の指が同じ本を指し示したのだ。
それと同時に聞こえてきた低めの声。
この声は最近聞いた初めての声で・・・
もしやと思うより先に勢い良く左を振り向けば
其処には予想通り、野球帽に薄紫のサングラスを身に着けたあの青年の姿が。
あまりに驚いて、叫んだっきり声が出なくなる。
青年が読んでたのと同じの探して、私もこの本好きなんです。
いい話ですよね。とでも言おうとしてるのか?私・・・・
何て、まるで共通の物とか作ろうとしてるみたいじゃない・・
それを理由に近づこうとしてるみたいな気がして返答に困った。
私の隣で青年が見つけた新刊を棚から抜き取ってる。
淡い紫のシャツの袖から伸びる細長い指にはシルバーの指輪。
紺色のジーンズを穿いたシンプルな服装、だけど目を引く人だなーっと思った。
無意識に人の目を惹き付けてしまう、そんな感じ。
「ち、違うんです・・」
「ん?違うって何が?」
「私・・・本、読みますけど文庫じゃなくて寧ろ書籍の方で」
「・・・・・?うん。」
「先月貴方が読んでたのが気になってしまいまして・・文庫探すの今日が初めてだったりするんですけど」
「そうなんだ?」
「何か勝手に同じ本探したりしてごめんなさい、別にそれを理由にどうこうしようとかでは・・・・っ」
「――ぷっ」
「・・・へ?」
急に恥ずかしくなって、意味の分からない弁解をしてしまった。
弁解すればするほど深みにハマって恥を曝していくような気が?
しかも相槌とか入れてくれてるし、途中から何が言いたいのか分からなくなって来たら
目の前の青年が小さく噴き出した。
キョトンとしてる私の前で、何かツボってる?
存分に笑って、それから目尻に涙が浮かんだらしく
薄紫のサングラスを・・・・俯いてから外す。
其処からは切れ長の涼しい目許が現れ、浮かんだ涙を指で拭った。
流石に其処まで景気良く笑ってもらえるといっそ清々しく
必死に弁解していた自分が面白くなって来て、私もつられた。
「大丈夫、別にそんな風に思ってないから」
「それなら良かったです、ハハハハ・・」
「笑っちゃってごめんね、何か必死な様が可愛くてさ」
「いや・・ウケて貰えたなら何よりですよ」
「何よりとか思っちゃうの?やっぱ面白いね」
面白いとか言われたの初めてですよ←
だから面白い、の前に言われた単語は聞き流す
気持ち悪がられるより爆笑して貰えたほうがマシって物です。
と言い返したらまたもツボったらしく、彼は笑った。
笑うと幼くなるんだなあ・・・。
そっちこそ何か可愛いですよ、とは思うだけにしておいた。
その後青年は新刊を買って、私には安くなってるからと中古を買うのを勧めてくれた。
共通の話題が出来た梅雨の日の事。