流転 四十四章Ψ哀Ψ



「これで・・これでやっと、終わる・・・伏姫――」

浜路や親兵衛の呼びかけに、`大は答えなかった。
役目を全うしたという誇りを胸に、青々と輝く空を見つめている。

そして、誰かを見つけたように微笑み、手を伸ばした`大。
その姿を見て、大輔殿は姉上と会えたのだと俺は確信した。
実際に`大の手を握ったのは、支えている浜路だった。

その事にすら気づかない、もう`大の魂はこの世を離れかかっている。
俺には、大輔殿が眠ってしまったのだと思った。
きっとそれは、否定していたからなんだと思う――

『有り難う・・・大輔、有り難う・・姫』

空疎な心に、そんな姉上の声が届いたように感じた。
それと共に浜路に支えられていた`大の体から力が抜け
握られていた手も、握った浜路の手と一緒に落ちた。

かくん・・と顔が傾き、その後を残った涙が流れ落ちて行く。
その様を、は目を見開いて見つめていた。
浜路が叫び、親兵衛が泣き崩れても。

『泣く』感情が分からない、皆は何で泣いてるんだ?
大輔殿は、眠っただけなんだろ?また起きるんだろう?
だって俺・・・まだ何も教わってない!

「起きろよ・・・・大輔」

皆が悲しみ押し黙る中、1人立ち上がり妹の胸に支えられ
ピクリとも動かない大輔へ詰め寄る。

皆驚き、声も発しないままを見た。
涙が無意識に流れ、頬を濡らしている。
それでもは、死を受け入れていない様子だった。

「寝てないで起きろよ、玉梓との戦いが迫ってんだぞ!?
戦い方教えろよ、まだ俺・・・アンタから何もっ・・・何も教わってないだろっ!!」

落ち着け!」
「離せ!俺はまだ里見の事も、自分の事も知らない!大輔にっ」
「`大さまは亡くなったんじゃ!」
「俺が傷を治す、そうすれば起きるんだろ!?」

死を理解せず、亡くなったのを眠ったと思い込んでいる
掴みかからんばかりのを止め、腕を掴んで言い聞かせる現八。

それでもは暴れ、目に溜まった涙をぱらぱらと散らす。
大角や浜路は、その切ない姿を見ていられず嗚咽を噛み殺している。
亡くなっていて、二度と目が覚めないのに賢明に`大を起こそうとしている姿が胸に響いた。

!もう・・`大さまは起きないんじゃ、分かってくれ」
「もう・・二度と?傷を、治しても・・・なのか?」
「ああ・・・`大さまは、伏姫の所へ向かわれたんじゃ」
「姉上の所・・なぁ現八・・・凄く、胸が痛い。」

現八がに、`大の死を認めさせる中
周りの仲間達は、涙を流し、2人の会話を聞いていた。

体の力が抜けて行くのかと思えた。
何をしても、どうやっても大輔は目覚めない。
それが、少しずつ分かってきた。

理解してくると同時に、胸が酷く痛む。
ズキンって、痛くて痛くて・・・・

「大輔は、もう起きないんだな?深く眠って、姉上と会えたんだな?」
「ああ・・・そうじゃ。お主は今『哀しい』を覚えたんだ。」
「哀しいという感情は、こんなにも痛くて苦しいのか?」
「――ああ」

既に現八も、瞳一杯に涙を溜めていた。
初めて覚える感情に戸惑っているを、現八は何も言わずに抱きしめた。

は静かに、眠るように亡くなった`大を見つめ
今やっと、自分は泣いていた事に気づいた。

「哀しいって、現八の事を考えた時とは違うな・・胸が苦しくなるけど違うんだ。
もう・・会えないんだな、姉上にも・・大輔にも・・・これが哀しいってゆうんだな」

そう言って、ただただ涙を流す
現八は無言で静かに抱きしめた。
は抱きしめられ腕の中、涙の溜まった目をゆっくり閉じた。


ΨΨΨΨΨΨ


風が薙ぎ、浜辺の空気を変え行く頃
誰もが押し黙り、涙していた中 信乃がゆっくり立ち上がり決意も新たに告げた。

「戦おう・・`大さまの為にも、里見の為にも」

信乃の言葉に、膝を付いていた仲間が全員立ち上がり
現八はを解放し、肩を優しく叩いた。

これから始まる戦いが、玉梓とまみえる最期の戦いとなろう。

`大の亡骸を馬で安全な所へ運び、其処で浜路とも別れた。
浜路は後程皆で埋葬すべく、富山の麓の小屋へ亡骸を隠すと
それから姉であるへ向き直り淡く微笑んで、言った。

「どうかお気をつけて、きっと信乃さまや額蔵に旦開野さん達が姉上を守って下さいますよう。」
「有り難う浜路、私は大丈夫・・必ず戻るよ。皆で。」

男装し、逞しさすら感じる姿に、浜路も安心したように微笑んだ。
それから今度は信乃へ声を掛けて、額蔵(荘助)にも声を掛けていた。
信乃を見る目で気づいた、互いに互いを大切に思ってるのが。

これは姉として、応援しなくてはな。

「よし、急いで向かうぞ」
「ああ」
「いっちょ暴れるか!」
「ええ、急ぎましょう」
「早く向かおう、恐らく相手は数を利用して多方向から来るかもしれん」
「それは言えてますね、攪乱するならば中央が適してるでしょう」
「その方がいいかもしれんな」
「はい」

馬を飛ばし、城の倉庫で青い里見家の防具に身を包んだ面々。
気合十分にそれぞれ言葉を交わし、毛野と大角は攪乱の案を提示。
これには皆納得し、道節も首を縦に振り親兵衛も頷いた。

そんな中、静かに会話を聞いていた
登場の仕方を考えるのはいいけど、俺、八犬士じゃねぇし・・
やっぱ先に戦場に行ってた方がいいよな?

「あのさ、俺・・」
「お主はわしの後ろにいろ」
「は?」
「不意打ちが出来る、ワシ等に気を取られてる隙に敵の動きくらい止められるじゃろう?」
「――あぁ・・そうゆう事なら」
「よし、行くぞ」

別行動する、と言う事は出来ず現八に声を遮られた。
しかも偉く勝手な事を言いやがったし。
恥ずかしいじゃんか!里見の八犬士、此処に見参!って名乗る中さ余分な人間が立ってるのって!

今にもこう抗議したかったのだが、それより先に尤もらしい案を現八がまたしても先に言ってしまった。
仲間達は、反対する事なく納得してしまってる。

何か凄く聞こえによっては、適当な理由で現八達と共に
も攪乱場所へと急いだ。
そんな中、黙々と走る現八へまたしても毛野が近寄り囁く。

「やるじゃん、あんな理由だけど・・を傍に置いておきたかったんだろう?
確かに1人だと心配だもんな、私も心配だしさ。」
「・・・・何か、犬坂が本名呼び捨てるのが癪に触るんだが」
「ふーん・・やっと自覚が芽生えてきたか」←小声

心の底からぼやいた現八を満足気に見つめ
やっと自覚してきたかーと、ニタニタ微笑む毛野であった。