流転 三十四章Ψ仇討ちの舞姫Ψ



寝込んでいた自分に掛かる重さ、それと温かい温もり。
その温もりが、自分の体を温めてくれてるのを感じた。
温かい・・・とっても安心する。

もっと、感じていたい。

心が求めた、自然と手が伸びて
自分の上に乗っている重みの背に回る。

抱きしめるように熱を与えていた現八は、背に腕を回された事に一瞬驚く。
それでも、その細い腕の温もりが・・・・愛しかった。
の肩口に顔を埋めながら、そんな事を思う。


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時を同じくし、武蔵国へ行っていた荘助達も
ある騒動に巻き込まれていた。

物取りの盗賊達を捕まえた所に、偶々武蔵一帯を治める馬加大記。
それに荘助が見初められ(!?)、屋敷の宴に呼ばれた。
其処で荘助と小文吾は、馬加大記と籠山逸東太の犯した罪を小姓から聞かされ

大記の屋敷に招かれた、女田楽の一行と再会。
小文吾が見惚れた女も其処で舞い踊っていた。
男色の大記や、籠山をも見惚れさせた旦開野だったが

実は籠山と、馬加の2人に殺された千葉の重臣。
粟飯原胤度を父に持つ息子で、女田楽に身を寄せながら
ずっと仇を討つべく機会を待っていたのだ。

毛野に惚れた小文吾を始め、荘助は牡丹の痣を見ていた為すぐさま助太刀に入った。
馬加大記の方は、見事毛野が仇討ちを果たしている。

籠山逸東太こそ逃がしたが、荘助達も無事逃げ遂せた。
一座の座長が用意してくれた船に乗り、馬加の城を抜け出す。
船頭の役は、力のある小文吾がした。

日の暮れた夜の空の下、船を岸に着けた小文吾。
落ち着いた所で、荘助は毛野に肘に見えた痣の事を問うた。

「あの、毛野さん。貴女のその痣は、生まれつきですか?」
「痣?ああ・・それがどうかしたか?」

岸に着いた船から下りる前に、荘助は毛野へ問うた所
右肘を見せて、問いかけに頷く。
逆に聞き返せば、荘助も着物を捲って右肩甲骨にある痣を見せた。

船頭をしていた小文吾も、照れながら尻にある痣を見せる。
それから荘助は、とても嬉しそうな顔をして自分達は兄弟なんだと言ったが
毛野は一瞬驚いたような顔をしたが、船を下りながら荘助へ言った。

「いきなり犬士とか言われてもねぇ・・・俺は仇討ちの為だけに生きて来た。まだ終わってはいない、籠山と扇谷定正を殺すまでは」

「もう止めろ、これからは剣を捨て己の幸せの為だけに生きるのだ。」
「はぁ?」
「こうして、犬士として出逢えたのも何かの縁。これからは、俺がアンタを守る。」
「は?」
「惚れてしまった、俺の妻になってくれ!」
「ちょっ・・・!?何言ってるんですかっ!駄目ですよ!!」

荘助が里見の里の事、その痣の事。
色々説明したが、仇討ちを果たせていないからと毛野は断った。
だが、毛野の美しさにスッカリ惚れてしまった小文吾は待ったを掛ける。

振り向いた毛野の前に来た小文吾。
華奢な両肩を掴んで猛烈なアタックをする。
求婚してしまった小文吾に焦り、船を下りる際小文吾に後ろへ転ばされていた荘助が止めに入った。

焦る荘助と、盲目状態の小文吾を見て呆気に取られていた毛野だが
あまりのおかしさに、笑い出した毛野は2人にこう切り出した。

「残念ながら、妻にはなれませぬ。」

そう言って、着物の袷を掴むと
勢いよく左右に肌蹴させた。

目が釘付けになっていた荘助達は、肌蹴た先を見て時間が止まった。
ない・・ないですよ?アレが。
思わず目が点になってしまう2人。

「お・・・男ぉ!?」
「そんな莫迦な・・・・」

毛野の胸部に、女の証はなかった。
信じられない現実を突きつけられ、開いた口が塞がらず
激しく動揺する2人に、笑いながら毛野は言った。

馬加大記と籠山逸東太の2人の共謀で、父と母、兄、姉。
一族そのものを滅ぼされ、犬坂という所に落ち延びた母が
其処で自分を生み落とした。

馬加に見つかるのを恐れた母が、女として自分を育てたと。
女田楽に拾われ、其処でずっと仇を探していたとも。

「流石智の玉を持つだけの事はある、犬坂殿はなかなかの策士ですね。」

ショックを受けた小文吾は置いて、川辺へしゃがんだ毛野の隣りに行き
毛野に、仲間の中に同じ敵を追う者がいると教え

共に戦おうと、自分たちも同じ犬士です。と毛野へ告げた。


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毛野も里見へ行く決意をした為、荘助達は武蔵国と下総国の国境目指して移動を開始。
夜の亥の下刻(午後10時50分くらい)を回っていた為、旅籠を探している。

小文吾は、余程ショックが大きかったのか
あれからずっと口を閉ざして歩いている。
ある意味、青春を無駄にしたという感じか?

「玉梓の呪いか、その姫は父親を恨んだりはしなかったんだな」
「はい、お心の真っ直ぐな方だったそうです。」

しょげて無言の小文吾は袖にされ、荘助と会話を交わしている毛野。
自分と違って、本当に心が綺麗な人だったんだと
荘助の話を聞くうちに、毛野はそう思った。

毛野は、仇を恨み憎む事で自らを鍛え 生きてこられた。
そんな人の子だなんて・・と少し驚いている。

「それと、私達には玉はないんですが仲間がいるんです。」
「・・・・玉を持たない仲間?」
「ええ、さんと言って伏姫の導きで私達の旅に同行しているんです。」

玉を眺めながら、荘助はの事を毛野に話して聞かせる。
後ろからついて来る小文吾は、静かに会話を聞く。

毛野も、玉を持たないのに伏姫に頼まれて
この旅に同行しているに、興味を持った。

「いつも一生懸命で、真っ直ぐで意志の強い人です。」
「それと、何処か人を惹きつける奴だ。」
「・・・へぇ・・会ってみたいね。」

「会えますよ、何れ古那屋で落ち合う事になってますから」
「フッ・・そうか。」

会ってみたいと答えた毛野、いつの間にか会話に入って来た小文吾を見て笑い
遠くを見るような目で言った。
それを聞いた荘助も、嬉しくなって会えると答えた。

仲間が段々と集まって行くのは圧巻というか、強い絆と導きを感じて
胸がいっぱいになった。

しばらく闇の中を歩き、武蔵国の宿場町を見つけ
3人は値の張らなさそうな旅籠を見つけ、迷わず其処へ入った。

食事をしてからは、互いの身の上話を話した。
とは言っても、余り自分の事を話したがらない毛野を除いてだが。
打ち解ける為に、荘助と小文吾が自分達の事を話した。

互いに話し合いながら、ふとを思い出した小文吾。
まさか・・毛野みたいに、アイツも女だったりして?

そんな事を考えては、まさか!と1人自嘲気味に笑うのだった。


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温かい・・・体の芯から温まる感じだ。
誰かが俺に、熱を分けてくれてる。

うっすらとした意識で、それだけを感じていた
目を開ける事はしなかった。
目覚めたくなかった、この温かさの中で眠っていたかった。

「はぁ・・・っ」

ほんのり赤みの戻った頬、色づき始めた唇から漏れた吐息。
それは溜息のようにも感じられた。

の肩口に顔を埋めていた現八は、その吐息に反応して顔を上げる。
重なり合った体、伝わる肌の温もりと体温。
しっとりと濡れた肌、体の震えはなくなっているようだ。

現八は理性が吹き飛ぶ前に離れ、の着物を直すと
自分も体を起こして着物を着直し、濡れ手拭いでの汗を拭いてやる。

木枠窓を見ると、空が白み始めていた。
もう朝方だな、と思いながら現八はその足で外へ出る。
それから顔を洗いに移動。

「ふぅ・・・」

溜息を1つ、それから庵を振り向きそれから手元に視線を戻す。
この肌で、触れ合った。
この手で、触れた。

は女だ、無理矢理自分の物にだって出来る。
何故そう思う?ワシは何を求めてる?
を傷つける事か?

もう・・・そうしたくないと、思った。

分かってはいるのじゃ、ワシの心にはが居る事を。

も多分、ワシを必要としている。
なら、手に入れてしまえばいいではないか。

そうは思うが、は大切な感情を知らない。
相手を愛し、愛されるという感情を。
言葉は知っていても、意味を知らぬのだ。

無理に教える必要はない、自らが知って行くのが大事なのじゃ。
何より分からないのは、の事をワシが手に入れたいなどと思ってしまう理由。

「益々接し方が分からんようになってしまいそうじゃ」

自嘲気味に笑うと、顔を洗い庵へと戻って行った。