朝霧の花 7



目の前に見えた車。
その車内に、確かに気配を感じ取り口許を緩める和也。

社長が許可を出し、上田と中丸・聖が迎えに行った『お雪』。
秀明はアイツを試せと言った。
試すだけなのに『水断刀』がいるのかは分からないが。

「主の命令には従ってやらねぇとな」

自嘲気味に笑うと、あの日と同じように指で印を結んだ。
『マ』の梵字が浮かび上がる・・摩利支天の印。

「オン マリシエイ ソワカ」

真言を囁くように唱え、力を注ぐ。
摩利支天の力が篭った指を、顔の前から右に動かし
最後に、空を切る動作で左前へ戻した。

和也の下から力が放たれ、丁度車から降りた達の付近に注がれ
彼等の付近にいた全ての者に降り注いだ。


「着いたよ、此処が事務所。」
「でっかいね・・・」
「そりゃあね、此処で抱えるジャニーズは結構いるから」

気配を消した和也の存在は気づかれる事がなく。
側のドアを竜也が開け、降りるのを手伝いながらそんなやり取りをしていた。

雄一と聖も車から降り、四方を囲むようにして歩き出す。
皆笑顔で自分と接しているが、何処か緊張感を漂わせている。
囲まれて歩きながら、はそう感じていた。

ただの迎えなら、こんなピリピリした緊張感は漂わないはず。

自然と辺りを見渡しながら歩く、異変が起きたのは数分後だった。
一足先に悟った聖が、断りなくの腕を引いて引き寄せたのだ。

「――!?」

しかも、ただ引き寄せられただけじゃない。
周りの景色が、隣にいた竜也も雄一も瞬時に消えて
視界が戻った時には、聖だけが傍に立ってた。

普段から強面な表情が、際立って鋭さを増してる。
竜也と雄一は、特に驚く事なくすぐにあたし達の傍に来た。
何で驚かないの??

「聖!・・『一謡』か?」
「多分、わかんねぇけど」
「今の何だよ、ちゃん狙ってた感じだけど」
「何の話?」

真剣な表情で傍に来た竜也が、聞き慣れない言葉を口にする。
彼等にはその言葉を使うのは日常化してるみたい。分からないのはあたしだけ。

後から傍に来た雄一は、辺りを見渡しながら言う。
あたしを狙ってた?益々分からない。
分からないから説明して欲しくて尋ねるんだけど、緊迫してる3人は誰一人として答えてはくれない。

屋上から見つめる和也は、聖の反射神経にピュッと口笛を吹いた。
今のは失敗じゃない、本番はこれからだ。
そして再び印を結び、更なる真言を唱え始めた。

しばらくして、その真言に魅せられるまま現れた刺客は――

「早く中に入ろう、此処だと的にされる!」
「了解、ちゃんの周りには俺が結界張るから」
「ああ」

今度は気配を感じた竜也、一瞬見ただけで視線を外し
グイッとの肩を引き寄せ、肩を組むかのような体勢で歩き始めた。

それに雄一が付き、訳の分からない次元の話をしている。
結界張るから?この人達は何を言ってんの?
しかもこのハスキー犬は何処から湧いて来たのさ!!

傀儡のエとして選んだのは、シベリアンハスキー。
より狼に近い類な為、群れを成して現れる。
獰猛な表情で犬歯を剥き出しにし、此方を威嚇。

次から次へと起こる恐怖、雄一はあたしを狙ってるって言った。
じゃあこれからもずっとこんな事が起きるの?

肩を抱くようにして歩く竜也は、僅かにが震えている事に気づいた。
怖がらせてしまっている、と嫌でも分かる。

にしても、一謡は何でを狙う?
俺と仁の考えは同じだし、秀明殿も承知してる事なのに。
誰が叛いてるんだ?どうしてをそっとしておいてくれないんだ。

「ガゥウウッ!!」
「――っ!?」

意識がほんの少し逸れた時、凶暴化した犬の前足が
結界を張っている雄一の腕に届いた。
虚を突かれた雄一は、痛みの為集中力が途切れてしまった。

一瞬だけ風の結界が揺らぎ、少しの隙間が生まれる。
本当に一瞬を狙い、牙を剥いた犬がへと飛び掛った。
雄一に気を取られていた竜也も、力を使うタイミングを外してしまう。

「うぁあっ!?」
!」

聖が駆け寄るよりも早く、犬の牙はの脹脛に深々と突き刺さった。
牙が肉を突き破った瞬間、焼け付くような痛みが
電流のように、全身を貫く。

痛みに耐え切れず、倒れかけたを庇うように竜也が前へ出て
己の力を使って犬を退ける。
その間に、聖がを受け止めて短い距離を飛んだ。

「くそっ!」
「上田!戻れ!」

立つ事が叶わないを雄一に預け、凶暴化した犬を風の刃で切り刻まんばかりの竜也へ叫び
聖は其処までの距離を飛び、引っつかむように竜也の腕を掴んだ。
そのまま怒りが収まらない竜也を連れて、飛び、再び雄一達の傍に現れ

雄一が痛む手で結界を張り直し、その力に守られながら
4人は無事、事務所へと駆け込む事が出来た。


ΨΨΨΨΨΨ


微かに残った血の匂いが、ビルの屋上に佇む和也へ届く。
命令は果たせた、これで面白い結果が出るだろう。
その結果で、秀明の命令が変わる事を祈るよ。

「悪く思うなよ、お姫様。」

ニィッと笑い、そう言い残すと和也は屋上を立ち去った。
これから芸能人としての仕事が自分を待っている。

さっきのアレを『九艘』側に気取られねぇようにしないとな。
俺だって、好きでやってんじゃないし。

にしても・・俺等以外に動いてんのは誰だ?
交差点での背を押したのは、俺等じゃねぇし。
大体、秀明の命令で『一謡』に『お雪』への直接的な接触は禁じられてるはず。

うーんと唸りながら、階段を降りて行く。
雄一と竜也の会話を聞いていたのは、和也であった。
正直気になった、竜也は口ではああ言ってたけど多分警戒はしてるはずだ。

だから秀明に聞いたんだ、直接的な接触をするなら分かるが
ただ『監視』するだけの為に『水断刀』を持ち出す許可をした理由を。

「あン時横尾が邪魔しなきゃ、分かってたかもしんないのによ」

連れ出された事を根に持ち、横尾と居合わせた事を悔いる和也。
あのタイミングで来た事自体、妖しい。
アイツがか?いや、まさかな・・疑わざるは罰せずだ。

気にしてたらキリがねぇ。
横尾の主は仁だし、暇を見て探りを入れるのもいいだろう。
もしかしたら、横尾が動くのは仁の意図とは違うのかもしれない。


2


無事、事務所に入れた達。
竜也は、関係のない者達に騒がれるのを防ぐべく 封真を先に向かわせた。

『九艘』は手当てなど、特に必要はない。
普通の人間だったら、すぐに病院へ行き治療を受けさせただろう。
あの犬に狂犬病のウィルスでもあったら、大変な事だ。

それでも流れる血は痛々しくて、無意識に竜也はハンカチでの脹脛を止血。
ロビーの椅子まで運び、其処に寝かせての作業。
先程の攻防の際、は気を失ってしまっている。

「早く移動しねぇと、此処だと目立つぜ?」
「今封真を向かわせた、すぐ取り次いでくれる。」
「なぁ・・やっぱ『一謡』なんだろ?さっきの。あれって亀・・」
「中丸。今それは考えるな、もしそうだとしても訳があるはずだよ」

「けどさ、こんな事する意味がわかんねぇよ。ちゃん怪我させてまでさ・・」
「俺もそれは思った、赤西言ってたじゃん『和解』が目的だって。」

を寝かせた椅子の足元に、竜也が座り。
雄一と聖は、その向かいの椅子に腰掛けている。
まず警戒しながら言ったのは聖。

KAT-TUNの一員になるにしろ、は女だ。
勤め人以外で若い女がいたらかなり外からも、中からも目立つ。
それに対し、竜也は淡々と返し封真からの連絡を待つ。

続いて雄一が言いかけた言葉を、静かだが強い口調で制止し
今議論すべきではないと話す。が、聖もこれには口を挟んだ。

レコーディング初日、仁も和也も『見定めるだけ』『和解を目的にしてる』と自分等の前で言ったのだから。
竜也はそれを信じたい、けど同時に2人と同じ疑問も拭えずにいた。
父親の言葉に、赤西が叛くはずはない。

「竜也様、社長の方より許可が下りましたのでお呼びに戻りました」
「分かった」

会話が途切れ、各々が考え込んだ時
社長室へ行っていた封真が戻り、来てもいいと許可を得てきた。
竜也は短く応え、自分の上着を頭からに被せてエレベーターへ急いだ。

エレベーターへ入る寸前、階段を降りてきた和也と鉢合う。
竜也は驚いたが、和也は見計らって来た為さして驚く事なく
平然を装って3人に声を掛ける。

「その人、どうかしたんか?」
「まあね。社長のお客さん、俺等が迎えに行った帰りに怪我しちゃってさ」

咄嗟に嘘をつき、竜也はなるべく和也に顔が見えないような体勢で言った。
だが、嗾けたのは和也本人。
その人物がだと、とっくに知っている。

が、敢えて竜也の嘘に合わせ大変だな・と声を出す。
アレの可能性があるからやった事。
まだ負ったばかりなのか、赤い血が足を流れている。

「じゃあ俺等急ぐから、リハ先にやってて」
「分かった、他の皆には伝えとくよ」

ジッと怪我を見る和也を、少し警戒して早く話を切り上げ
竜也は雄一と聖を促し、和也の横を通り過ぎて行った。

言葉は普段通りだが、言葉の節々に警戒心が漂っていた竜也。
同じグループとは言え、違う一族同士理解し合えないのかもな。
それを悲しむ事はせず、その足でリハスタジオに和也は向かった。

この時点で、竜也達は和也(他2人)の力が何なのか知らないでいた。