朝霧の花―5―



色んな事があり過ぎた一日も終わり
にとって、漸く落ち着ける自室へと到着。

幸い門は開いていたので、静かに入り親に声など掛けずに戻った。
わざわざ声なんて掛ければ、絶対煩い事を言うに決まってる。
習い事はどうだこうだ、勉学は進んでるのかとか。

決まりきった事を聞かれて、言い争うのも従順なフリをするのも疲れる。

執事やメイドの小言も耳に障る、信頼出来る者など極僅か。
息が詰まって、そのうち死ぬんじゃないかって思うくらい此処の暮らしは億劫。

そんな毎日に、少し変化が起きた。


『そんなんじゃない!君の事が心配で、守りたいから・・・!』


竹下通りの交差点で、誰かに突き飛ばされたのを助けてくれた人。
ソイツは上田竜也、今世間を賑わしている芸能人グループの1人。

只者じゃない感じがした、だってさ普通マネージャーは『様』なんか付けない。
芸能人なのはホントだと思う、あの後もう1人の変なヤツと会ったし。
亀梨和也とかゆうヤツ。

その2人は、何かしんないけどあたしを芸能界に誘った。
どうかしてるのかと思った、だってあたしは女だからソイツ等と同じグループには入れない。

そう思ったのと同時に、自由を手に入れられるんじゃないかとも思った。
その話を理由に邸を出られるだろうから。


ΨΨΨΨΨΨ


その日の夜、は夢を見た。
日本であって、日本ではない場所の夢。
建物も服も、全く異なった集落。

其処には飛鳥風の造りの家が建ち並び、舗装のされてない道を幼い子供が走り回っている。
違って見えるのは、服のせいだろうか。
洋服ではない、着物を身に纏ってる。

其処から意識は飛び、気がつけば飛鳥風の家の中にいた。
中の造りも、今とはかけ離れた和装の造り。

御簾の中なのだろうか、外界の様子が歪んで見える。
外界の方ではない目の前に、気がつけば人の背中を見つけた。
白髪に染まった髪を、後頭部で結わい、淡い水色と白の着物に身を包んだ老女。

「あの・・」
「よぉく来たねぇ・・・ちゃん」

あたしが声を掛けるより早く、振り向いてないのに
老女はあたしの名を口にした。
驚いて何も言えずにいるを振り返り、ニッコリと微笑むのだった。

不思議とその笑顔は、の気持ちを落ち着かせた。
何だか聞いた事のある声だとも思う。

「どうして、あたしの名前・・・」
「どうしてだろうねぇ、それはきっと私がずっとちゃんを見てきたから。」
「ずっと?」
「そう・・ずっと、ちゃんにとっては数年だけれども
私にとっては、気の遠くなる程の昔から・・・」

老女が何を言ってるのかが分からない、でも前に聞いた事のある声。
そう思うのは間違いない、おばあさんにとっては気の遠くなる程の昔?
年齢の差があるからかしら?

目の前の老女は、の心を見透かしたような笑みを浮かべている。

「今日は大変だったようだねぇ」
「え?」

しばらくそうしていたかと思えば、突然を危惧するかのように話し始めた。
今日は大変だったようだねぇって・・・何があったか分かるの?
益々分からなくて首を捻る。

「でも大丈夫、誰もちゃんを悲しませ傷つけたりはしないから」

何があって、何をされたかとか話したりしてないのに。
そう言えば・・・竜也って人も、あたしが心配で守りたいからって。
本当なのかな?

この人は、これからあたしに何が起こるかとか分かってるのかな。
亀梨って人の纏ってた不思議な雰囲気も気になるけど
あたし自身に起きてる変な現象も気になる。

「あの、おばあさん・・・あたし聞きたい事が・・・・」
「ごめんね、ちゃん・・・もう時間が来たようだよ」
「時間?お願い、1つだけでいいから」
ちゃん、貴女の力は災厄ではない・・私等の希望。覚えておいてね・・・・」
「希望?あっおばあさん!」

今まさに聞こうとしたタイミングで、目の端から光が滲んできた。
その光に片目を閉じたあたしへ、静かな声で時間がないと言ったおばあさん。

それでもどうしても聞きたくて、おばあさんを呼べば
の周りで起こす不思議な出来事を、おばあさんは『希望』だと称し
再度問いかけた時には、おばあさんも御簾の部屋も消えていた。


ΨΨΨΨΨΨ


目が覚めた時は、もう見慣れた自分の部屋の天井が見える。
現実とかけ離れたように感じても、あれが夢とは言い難かった。

「あの人・・・名前聞くの忘れちゃったな」

気になったのは老女の名前。
ホントに気にして欲しいのは名前じゃないだろ。

ボォーッと見上げる天井、ただっぴろく無機質な室内。
ベッドは天蓋付きで、まるで一国の姫。
ベッドから、扉までの距離は大きく、軽く50mはある。

大きい窓の外に広がる、広大な庭。
その窓から差し込む朝日、おばあさんが言ってたのは朝が来てしまったって事だったのか。

そのうち執事が朝食を運んでくるのだろう。
時間を潰すべく、は手元に置いてあるリモコンを取り
右側へ向けてスイッチを押す。

ピッ――と鳴って何が起きたのか、というと、巨大なスクリーンに
テレビの画面が映された音だった。
こうしてまた、退屈な一日が始まるのだった。


ΨΨΨΨΨΨ


某所
此処には、ある一族が居を構えている。

周りを森に囲まれ、都会の中とは違い騒がしくない。
その屋敷の一室に、一族を率いる当主が布団に横になっていた。
時刻は6時、朝日が照らす屋敷の廊下を誰かが此方へ歩いてくる。

眠る当主は、その足音と微かな気配を感じ目を開けた。
向かってくる足音が、当主の部屋の前で止まり膝を折る。
そして、外に現れた者が当主へ声を掛けた。

「朝早くからわりぃな、起きてるよな?」
「和也か、何か動きでもあったのか?」

一族の当主に対し、口調を直す事なく接する男。
当主に名を呼ばれたのは、亀梨和也。
彼は『一揺』そう・・此処は、一揺の一族が済む所だ。

そして、彼が朝早くから会いに来たのは
一揺の当主がいる部屋。
赤西秀明、彼は仁の父親で当主だ。

それから、和也が守るべく相手でもある。
和也は秀明を守る、亀梨家のハンター。

「動きっつったら動きか、俺や仁に田口が感じてた『気』の主を見つけた。」
「初代と似た『気』を持つ娘をか?」
「ああ・・だが、俺より先に『九艘』の上田が見つけてる。」
「・・・希紗良殿の息子か」

布団の上で、上体を起こしたまま考え込む秀明。
その姿を、ジッと和也は見つめた。

次、どう動くかは、当主の言葉次第。
誰しも勝手な動きは禁じられている。
勿論『九艘』との闘争もだ。

「どう動くんだ?」
「何も知らない者が手を出さぬよう、監視しろ。最終的には保護をしたい。」

秀明が保護を口にすると、和也は納得が行かなさそうに舌打ち。
舌打ちを聞いた秀明が和也を見やり、何か言いたげな目を向ける。
これに対し、和也は疑問を正面からぶつけた。

「じゃあ何で俺に『水断刀』を持ち出す許可を出した、俺はアンタや仁のように優しかないんだぜ?」

『水断刀』というのは、『一揺』最大の武器。
怪我や病い、死すら恐れぬ『九艘』もコレばかりは恐れる。

当主の秀明は、娘1人の為にその『水断刀』を持ち出す許可を出した。
そのくせ、口から出たのは保護の二文字。
荒々しい和也は、それが納得出来ない。

「落ち着けよ、和也。」

黙る秀明に、もう一度何か言う前に廊下から聞こえた別の声。
障子の影は和也よりも大きい、が仁ではない。

ジッと睨む和也の前から、秀明の声が入るよう促す。
促されて入って来たのは・・・・

「オマエか、横尾・・盗み聞きなんていい趣味してるじゃん」
「違うよ、和也の声が大きいんだよ・・筒抜けだぜ?廊下まで」
「フン・・・今更聞かれて困る事じゃないだろ」

入って来たのは、横尾渉という人物。
彼もハンターをしていて、秀明の息子・仁のハンターをしている。

多分当主に用でもあったのだろう、彼も何かを調べて回る為
里の外へ出る事を許可されている。
一族で、外へ出て暮らす者は4人。

「何かあったか?」
「いいえ、お耳に入れる事は和也と同じです。」

当主の問い掛けに、さっと秀明へ体を向け
片膝を付いて、短く用件を口にした。
横尾の能力は『幻惑揺』(まぼろしのうた)相手に幻惑を見せられる。

「俺はこれで失礼します」
「ああ、和也も用がないなら下がれ。」
「待てよ、俺の質問に答えてねぇじゃねぇか」
「答えを出す必要はない、太刀を許可したのはオマエにしかソレが出来ないからだ」
「はぁ?」

横尾に引っ張られるように、腕を引かれた和也。
食いついて解を求めると、答えとは程遠い事だけ言ってそれ以上は何も言わなかった。
訳が分からないまま、問い返そうとしても横尾に引かれて部屋から出されてしまった。

「おい横尾!!何連れ出してんだよ、話の途中だったんだぞ?」
「そんなに怒鳴るなって、俺達これからリハなんだしさ」

強引に連れ出された怒りをぶつけても、サラリと流されてしまう。
リハとはリハーサル、実は横尾も芸能界に身を置いていた。
デビューこそしていないが、最近実力をつけている。

歌番組のリハがあるから、怒鳴りすぎると声枯れるぞと言いたいんだろう。
だがそれでも、和也は消化出来ない苛立ちを腹に残していた。
俺にしか出来ない事・・?一体何だってゆうんだ?

当主の意味深な言い回しが、頭の中でグルグル回る。
昔から一癖も二癖もある当主、何を企んでるのかがよく分からない。
仁は似てなくて、何考えてんだかがすぐ分かる。

秀明の目論見は、追々分かるであろう。