朝霧の花
現代であって、現代ではない所。
古の奈良、そんな佇まいの家々が軒並みを連ねている場所。
その中でも一番立派な家の中、御簾が奥にあり
室内全体も薄い布が垂れ下がっている奥行きのある部屋。
其処に、1人の老婆がいた。
その井出たちは、まるで古代の日本女性。
和服に身を包んだ老婆。
年輪の刻まれた肌、優しい光を宿す瞳は
御簾越しの空を見つめている。
「これも・・さだめなのかもしれないねぇ・・・」
その言葉が指す意味とは・・・。
老婆の目には、この先起こる出来事全てではないが
見えているのかもしれない――
1
2006年 春 東京:成城
家。
知らない者はいない程、知られた名。
日本各地、いや・・世界を股にかけた事業を展開し多額の富を築いた 当主。
空港・銀行資金援助・会社・工場・原油工場などなど
大体の事業主を、が管理している。
海外にも会社や工場を持ち、契約会社は万と存在。
そんな家だが、今回の主役はその一人娘。
。
には、世間に知られていない不思議な力が備わっていた。
その力が現れ始めたのは、10年前の10歳の時。
きっかけは至極当たり前の日常の中にあった。
成績が伸びない事を、父親に叱られた事。
都内にある学習院に通っていた。
学習院四年目だった幼い子供、厳しい言葉は幼い心を傷つけ
大粒の涙を流させた。
普通なら其処で終わるのだが、の場合は違った。
の涙に惹かれるかのように、晴れ渡っていた空が曇り始めたのだ。
まるで泣き出すかのように、やがて雨粒が窓を叩き出す。
それは、の心に降る涙の雨。
最初はただの偶然だと、両親もも思っていた。
そう・・・全ての駒が揃うまでは――
2
東京 某所
とあるスタジオで、歌の収録をしている6人の青年。
個性が1人1人ハッキリしていて、誰1人被っていない。
今一番人気のあるJrのグループ。
結成5年、長かった下積み時代は終わり
今年の3月に、待ちに待ったデビューが確定した
KAT-TUN
ファン待望のデビューCDを、現在収録している。
曲名は『Real face』
デビュー前から、人気のあった彼等に相応しくそうそうたる人物から詩と曲の提供。
デビュー曲から、こんなに凄くていいのか?
とも思ってるが・・・それを足がけに上を目指すのもいいかもしんないね。
と暢気に思ってるのは、中性的な顔をした青年。
Uの上田竜也である。
彼の前には、マイクと歌詞の書かれた紙。
勿論 デビュー曲の歌詞だ。
振り付けも決まり、日々の忙しさを縫って覚えて撮る予定。
しっかし、ただのデビューじゃなくて
CDとアルバムとPVを引っ下げてのデビューだから
早くも注目を浴びてるみたい。
「オイ上田、今から休憩だって」
「ん」
自分なりに歌詞の書かれた紙に、プロデューサーのアドバイスを書いていた竜也。
休憩と声を掛けてきたのは、同じグループの赤西仁。
赤西とは、目指す所が似ていて同じ価値観を持つ 仕事上でのベストパートナー(と管理人は思いたい)
その赤西に軽く頷き、ヘッドフォンを耳から外した。
その足で、2人は休憩場所へ向かう。
デビュー曲を収録してるのは、都内のスタジオ。
「あ、赤西さ あっちの歌詞どう」
「んー結構順調、上田は?ギターのアレンジの方」
「俺も順調だよ、それと提案」
「提案?」
「そ、二番歌詞が終わった後の繰り返しに行く前に、スペイン語で告白みたいなの入れたらどうかなって」
「スペイン語で?ふーん・・・面白そうじゃね?やってみるか」
休憩場所へ向かいながらの会話。
彼等が話してるのは、2人ずつで歌う曲について。
亀と田口、赤西と上田、聖と中丸の組み合わせ。
亀と田口コンビ以外の2組は、自分達で作詞を手がけた。
それらの曲は、デビュー曲と同時発売のアルバムに収録される。
竜也達の歌は妖艶な歌詞で、ツインギターのロック。
『BUTTERFIY』
その曲の間奏部分にと、竜也は提案を持ちかけ
赤西もそれを承諾、曲の仕上がりを想像し
張り切る竜也と赤西。
6人全員が、休憩場所へ邂逅した途端
彼等は1つの『気』を感じ取った。
「・・・・なぁ、この感じって前にもなかったっけ」
「あー・・・前っつても、かなり前じゃなかった?」
「10年くらい前だったと思うけど」
「俺等まだ結成前だぜ?10年前っつたら」
「今日も、泣いてるのかな」
「最近しばらくなかったから、間違いだと思ってたけどな」
同時に反応した6人は、それぞれに言葉を交わすと
暗雲の広がり始めた空を見つめた。
竜也は、1人、泣いてるのかなと漏らす。
『気』の変化を悟る時、空はいつも涙の滴を落とすから。
この中でそう感じてるのは竜也だけだろう。
10年前から竜也には、気掛かりな者がいた。
きっと、この変化は自分が昔した事が深く関わってる。
出逢いを含めれば、13年も前になるだろう。
その者の『気』を違う物にしてしまったのは。
「亀 分かってるよな、今回はまだ確認だけだって」
「ああ、その事は俺の仕え主も分かってるよ」
「そっちこそフライングは禁止だかんな?イーブンの約束。」
竜也が考える周囲で、深刻な会話が交わされる。
亀梨に問うたのは聖で、答えた亀梨の後聞き返したのは赤西。
同じグループの仲間だが、『気』を感じ取った時だけは
空気もピリピリして、互いに警戒し合う。
それは何故なのか、答えは彼等の家に関係していた。
「『九艘』の当主の息子として言うけど、あくまで俺等の目的は力の確認だよ?捕らえる事じゃない。」
「それは『一揺』も同じだぜ?今の所はな」
竜也が重い口を開いて言うと、誤解を招くような煽るような言葉を
向かい側の赤西が言い放った。
その瞬間、竜也の右腕が伸び 赤西の胸倉を掴む。
一触即発の雰囲気に、先程までの互いを信頼し合う姿はない。
完全に敵対した雰囲気に変わっている。
「赤西・・オマエは『一揺』の当主の息子だけど
オマエの父親、当主の秀明殿の意思じゃないだろ?さっきの言葉。」
「まあな、親父は和解すべきだって。」
「じゃあオマエの意思は?」
「和解もいいと思うぜ?俺も戦うべきじゃないって思うし。」
胸倉を掴む竜也の手を解きながら顔色を変えずに言う赤西。
その目に浮かぶのは腹の内を伺わせない色。
他メンバーは、2人のやり取りを黙って聞いている。
他メンバーにとって、赤西と上田は仕えるべき相手の息子。
2人にとって必要な言葉以外、口にはしない。
「俺の父も和解を望んでる、その点では争う意味はないな。」
「よし、じゃあどうすっか。」
この場での中心人物2人のピリピリムードが終えた所で
外野に回っていた4人も、会話に参加する。
今の話題を切り替え、監視相手の確認についての議題に移行。
僅かな休憩時間を削っての話し合いが始められた。
3
竜也達が『気』の変化を感じ取った同時刻。
は今、窮屈で退屈な日々の繰り返しに嫌気が差し
屋敷を飛び出して、都内をぶらついていた。
稽古・勉学・日本舞踊・社交ダンス・社交辞令。
料理・お茶・作法・経済学・株式市場の勉学・外国語。
こんな事ばかりやってたら、頭がおかしくなる!
こんな家、生まれたくて生まれた訳じゃない。
羨ましいなら喜んで変わってあげるわよ。
そんな風に思ったら、自然と目尻に涙が浮かぶ。
完全に泣くのは恥ずかしいから、無理矢理引っ込めた。
だからなのか、曇りかけた空に再び太陽が戻る。
これも偶然?
偶然よね、そうに決まってるって。
は自分の力を認めてない。
認めそうなのを、辛うじて認めないようにしているだけ。
何かきっかけでもあれば、認めてしまうかもしれない。
今の時代に在り得ない事だ、信じてしまいたくない。
認めたくなんかない。
今の環境は嫌だけど、だからってもっと普通じゃなくなりたくなんかない。
「居場所が欲しい・・・家は窮屈だから嫌だ・・」
こんな気持ちを全て受け入れてくれる人がいればいいのに。
変な力があるかもしれないって不安を、包み込んでくれる人がいてくれればいいのにね。
の足は、知らないうちに6人のいるスタジオ付近へと
近づいて行った。
導かれ、惹かれ合うかのように。
スタジオの休憩場所で、何度も感じ取った『気』が近づくのを竜也は感じていた。