August act.7
🦢「嫌いな事に変わりはないけれど皆さんの前で言うべきじゃなかった」
ただその事を謝りたくて、と俺らに頭を下げたちゃん。
別に嫌いなものを嫌いという事がダメな訳でも無い。
寧ろ我慢するよりハッキリ意思表示してくれた方がこっちも有り難い。
人によっては、自分が好きなものを否定された事を良く思わない可能性もある。
まあちゃんが謝ったのはそれを考えたからかもしれないし
逆に他の人間の事に気を遣いすぎとも感じる。
多分ちゃんの性格からして筋を通しておきたいんだと思う。
きっと彼女の中に彼女なりのルールがあってそれに沿って動いている。
こういう所が彼女が彼女たる所以なのだろう。
人に流されず在るがままの己を生きている。
だからこそ他の人間の目を、心を惹きつける・・
💜「俺らはヘーキよ、慣れてる」
💙「まあこういう仕事だからなー好かれるのも嫌われるのも慣れたわ」
💜「それでもこの仕事が天職だと思ってるし何だかんだで楽しい」
💙「確かにな(笑)色んな出会いもあるから飽きないしね」
💛「俺もコイツらと同じ、ちゃんは謝る必要なんてないよ」
自分の中で正したいからそう言ってみたけど
そういうものなんかな・・?
押し付けがましかったのかもしれない気もして来た。
別に謝って満足したかった訳じゃない。
何となく、ちょっとした気持ち?気の遣い方諸々が彼らには届いてない気がした。
💛「何だかんだ慣れてるから、アンタが俺らに心を割く必要はない」
まあ・・・そうなんだろうけど。
なんだろう、今チクリと何か刺さった。
この先も心を赦しその先に踏み込む事はなく
開いたままの距離も縮まったりしないよと言われてるみたいで苦しさを覚えた。
・・何で苦しいとか思うの?寧ろ好都合じゃないか。
元々関わりたくなかった業種の人達だ。
このまま開く距離をそのままにしておけば関わる日々に終わりは来る。
ホストなんかを好きになるな、ていう風にも聞こえた岩本さんの言い方も
契約の条件を忘れるなよ?と私に思い出させる為の言葉にも思えた。
何とも返事に困り、この話は切り上げ取り敢えず名前だけ名乗る事とした。
兎に角気まずい感じになってしまったから・・無性に帰りたくなってね・・・
🦢「余計な事、してしまったみたいで私そろそろ失礼します」
💙「えっ?そんな事なのにもう少し休んで行きなよ」
🦢「いえ・・具合ももう良くなったので大丈夫です。」
先月岩本さんの同伴者として選んで頂いたです、と。
今回のお礼はまた、別の機会にでもとだけ早口で喋った。
元凶男の事を調べる時以外は出来れば関わりたくない人達。
お礼も早々に切り上げて立ち上がろうとしたが、引き戻された。
🦢「――っ??」
あれ?と首を捻り、重さを感じた方を見れば何故か見つめる目。
引き戻した重さは岩本さんに握られた腕に感じたもの。
早々に立ち去りたいのにそれを阻止され、怪訝そうに見やれば
💛「まだダメ、ふっか達に説明してないから」
🦢「それは私が居なくても出来ますよね?」
💛「シャトランジに関係する話だとしても帰る?」
🦢「・・・それは・・聞いていきますっ」
💛「ふふ、良い子」
下から見上げるように言われ、言葉が喉に詰まった。
帰る気満々だったのに元凶男の話なら聞いて行かざるを得ない。
良いように動かされてる気もしたが、こればかりはね・・・。
一方の深澤と渡辺も、シャトランジの名が出た瞬間目を見合わせた。
この名前を持つ男の事で岩本の指名客も目の色を変えた。
つまり、彼女はあのクズ男の関係者という事になる。
即ちそれは、深澤自身の既視感が正しいかもしれないと示したも同然。
やっぱ過去の因果からは逃れられないって事だな・・
と密かに自嘲し、岩本から語られる言葉を待った。
それと・・・彼女が来てからの岩本の様子や雰囲気も思い当たるものがあった。
まあそう言う事は簡単には聞けないし聞くならタイミングを――
💙「照、随分その子の事気に入ってんじゃん~」
🦢「!?」
あー( 'ㅂ')
そんなの関係ねぇとばかりに直球を翔太が投げていた。
ストレートなのは良いけど、その聞き方じゃ照は言わないだろなあ。
良くてスルーかはぐらかす悪くて機嫌を損ねるかのどちらか。
だがこの日の岩本はどの反応とも違うものを見せた。
💛「まあね、最近彼女に夢中かも」
これにはは固まり、翔太は『まぁあじぃいい??』と興奮。
本心なのかはさておき・・の方は固まったまま口をパクパクさせていた。
それはまあ驚くだろうなあなんて暢気に考える深澤。
ただ他の女の子達と違うのは、真っ赤になって照れるのではなく
唖然とした顔で照を見上げている反応を見せた事かな。
強面だけど照はモテるし、カッコイイというか漢らしいからさ。
あんな事言われたら大抵の女の子は真っ赤になる訳よ。
でもちゃんって子は、ただ唖然としてたから新鮮なリアクション。
取り敢えず翔太を黙らせた形になった発言後、理由も照は言葉にした。
ちゃんって子にはずっと探してるホストが居て・・・
先月ついに探していたホストを見つけた。
何故探しているのか、その理由を照が話した時散らばっていたピースがカチリと繋がる音がした。
5年前に彼女の母親はホストに溺れるようになり、身を滅ぼし
挙句父親とは離婚、仲の良かった家庭は崩壊した。
💜「なんの為にそのホストを探してるの?」
🦢「・・・納得出来ないから」
彼女曰く、母親はそれまで真面目に働き
男遊びなんてした事も無く、父親一筋で生きて来た良妻賢母。
それが突然5年前、緊急でかかってきた電話に出た父親と兄が呼び出され
この日以降母親は職場に行かなくなり、父親とも擦れ違いが生じ
結果、子供を父親が引き取る形で母親と離婚し、今に至る。
普通なら出来事を受け入れ母親の事は忘れるかもしれない。
だがはそれが出来ず、あの母親に限ってそれは無いと信じているのだ。
確証はないし人は変わる・・今まで良妻賢母として父親に尽くして来たが
何かのきっかけで魔が差す事もあるだろう。
曰く、納得出来ないのは他にも理由があるとの事。
🦢「仕事も辞めてるんです、ホストに貢ぐならお金が要る・・なのに職を辞すなんて」
💙「・・そういやシャトランジ、あの件以来金回り良くなったよな」
💛「――マジ?てか、翔太も知ってんの?」
💙「・・・おう、多分お前以外のプレイヤーは知ってるし覚えてるはず」
🦢「皆さんもあの男の事知ってるんですか・・?」
確かに仕事を辞めたら収入は無くなるからホストクラブに行く事も難しい。
なのに彼女の母親は仕事を辞めていた。
時を同じくした頃、シャトランジは金回りが良くなったのか格好も派手になっていた。
それを思い出した渡辺がの話に相槌を入れる。
深澤ではなく渡辺が相槌を入れた事で、渡辺も知ってるのだと察した岩本。
あっ、と思った渡辺がチラリと深澤を見やった。
口を滑らせた感じではあるが何れ知れる事だし岩本も知る権利はある
との事で送られた視線に対し深澤は話しても良いと頷く。
だがそれを見ていたも察したのか、眉間を険しく寄せて声を発した。
これを聞いてれば当然出て来る疑問だろう。
問い返されることは予測していたので深澤が率先して頷いて見せた。
頷いた深澤がその後何て言葉を続けるのかを察知した岩本が言葉を挟むより先に
💜「知ってるよ、シャトランジは元々こっちのプレイヤーだったから」
躊躇う素振りすら見せずに深澤は口にした。
捉え方によっては如何様にも受け取れる言葉を。
🦢「それじゃあ・・・岩本さん、も?」
💙「照は知らなかったよな、丁度その頃お前店に来てなかったしさ」
💛「ああ・・まあ。」
💜「翔太の言う通り照はその頃店休んでたからあんま覚えてなかったと思う」
🦢「そうですよね、もし知っていたら大我さんに確認しに行ってませんもん」
💛「・・・ん、けど今日ふっかから聞かされてたから知ってたようなモンだな」
『SnowDream』に居たなら時期が合わないという疑問も深澤さんは話してくれた。
あの店は今年の4月にオープンした。
シャトランジ(元凶男)は今の店舗になる前の店に勤めていたらしい。
3人ともその前の店の頃からの知り合いで
前の店を畳んだ後、紆余曲折を経て今の店のオープンに漕ぎ付けた。
何故前の店を畳んだのかはまだ分からないが調べて行けば分かるだろう。
ただ、岩本さんがシャトランジを知ってたのにも関わらず
知らないふりして私に協力してたのかと思ったがと思いそうになった。
そんな考えは深澤さんがすぐ両断してくれたけどもね。
良かった、岩本さんは深く関わってないばかりか覚えてなかったんだ・・
だからこそ親身に?ホストの名誉挽回を言い出したり
今元凶男が勤める店のオーナーにわざわざ確認しに行ったりしていた。
あの姿は本当の姿だと思う・・ホントに真摯に聞きに行ってくれたもの。
最初から知ってたなら私にその男どれ?なんて聞いて来ないよ、うんうん。
兎に角岩本さんは何も知らない状況から協力を申し出たのだと分かった。
💛『俺がちゃんと関わりたいの、それが理由じゃダメ?』
あの言葉も岩本さん自身の率直な気持ちから出たものなんだよね?
どんな言葉を重ねられるより、あの岩本さんの言葉が心に刻まれていた。
そう言った時の岩本さんの眼差しに籠められた真剣さだけは信じたいと思ったから。
💜「何か嬉しそうな顔しちゃってまあ」
💛「んな顔してねぇよ🦢「えっ」」
💙「わ~言うタイミングハモってんなあ」
💜「ちゃんに信じて貰えたのが嬉しいって顔に出てんぞー」
💛「お前らいい加減にしろ?話が進まねぇだろがっ」
💜💙「へいへーい」
急にぶっ込まれた深澤のニヤついた言葉にビクッと反応する。
自分の事を言われてるのかと思ってしまった系。
まあ岩本に対して言ったのだが、まで吃驚してる辺りが微笑ましい。
何となく良い雰囲気の2人だなとこっそり感じた深澤。
そこにすぐ便乗するのが悪友渡辺翔太である。
2人してチャチャを入れたら勿論睨まれたが痛くも痒くもない。
いやあさ、ホント嬉しそうに頬緩ませてたのよ照が!
あれはもう無意識にちゃんの事気にしてるね。
気にしてるから勘違いされないかどうかを内心ドキドキしながら見てたんじゃねーかな。
だからこそ彼女も率先して同意してくれたのが嬉しかったんだろね。
あーなにこの初々しい感じ、このままちゃんと良い感じになれたらいいのになあ。
直ぐにそうなるのは難しいかもしんないな・・カスミソウの様子も見に行かないとだし?
こんなにも波長も合うし信頼し合ってる2人だからこそ応援したいのになー。
でも上手く行く感じもすんのよ、それにはまあ・・・2人の気持ち次第か
どこまで互いを信用出来るか?に掛かってるのかな。
何れにしても、深澤の目から見て岩本とは良い感じに見えていた。
🦢「最終的な目的は、何故母だったのかをヤツから聞き出す事です」
話のまとめとしてが真っ直ぐな眼差しで口にした。
5年前のピースが繋がり、真相が分かりそうな深澤は彼女の知りたい答えのヒントを知っている。
ただ今それをここで言うのが正しいのかどうかが分からない。
は5年前MSMに出前を届けに来た飲食店の女性の娘だと分かった今
おいそれと真実に近づくヒントを口には出来なかった。
彼女の母親が身を滅ぼすきっかけを与えてしまったのが自分達の店で
そこで働いてたシャトランジ、しかも羽振りと金回りが良くなったとなればもう答えは出る。
💛「俺は女の子1人でそれを調べるのは危険だし難しいってのとホストの名誉挽回の為に協力してる」
💙「なるほどな、んで大我の店で働いてるからここにも来た訳か」
💛「ん、大我も知ってるから飼い殺しにしつつ見張ってくれるって」
💙「はぇ~・・綺麗な顔に似合わないエグイ発言やん」
💛「俺も翔太と同じ事思ったわ(笑)」
シャトランジのあのケガ、あれすら嘘だったんだろう。
兎に角の母親の件にシャトランジが大きく関わってるのだけは確かだ。
岩本と渡辺の2人が真剣に話し合う中、1人思案した深澤だけが確信を得ていた。
因果ってものはホントに返って来るんだなーと。
5年前どうする事も出来ず、欺かれてしまった俺達・・
この子の母親の事にすら対処出来なかったのに
今度はその娘にあたる子が俺らの前に現れるなんてさ。
つまり・・・今度こそシャトランジに引導を渡せっていう事なのか?
5年前の真相は闇に葬り去られ、恐らく深澤以外のプレイヤーの記憶には
シャトランジが巻き込んだ女性客が居たなあくらいにしか記憶が無いと思う。
気が付いたらシャトランジが逃げるように辞め
その後オーナーの真田と野澤も辞めて行き
深澤自身も辞め、MSMは閉店した。
今目の前に用意された道は1つ。
と共にシャトランジに関係した5年前を調べる事だ。
恐らくこの子の母親とシャトランジの件を調べて行けば全ての真相に繋がる。
5年前に辿り着けなかった真相にも手が届くかもしれない。
💜「ならやる事は1つしかねぇな」
💙「お?ついにやっちゃう?」
💜「君の話を聞いたのと俺が覚えてる事を繋げると・・君のお母さんは」
🦢「・・・大丈夫です、教えて下さい深澤さん」
ポツリと通る声で呟けば、すぐ反応する渡辺。
ヤツも乗り気のようだ、がその前にこれだけは先に言う必要があった。
動き出す為の原動力になるかもしれない事。
彼女が感じた違和感は正しいんだということを教えておきたくね。
少し言い淀んでから口を開く俺をちゃんはしっかり見つめた。
背中を押すみたいに隣の岩本が彼女の肩を叩く。
励ましの仕草をした岩本の後、きっぱりと言い切って彼女に伝えた。