August act.5
畳みに敷かれた簡易ベッドから立ち上がろうとした視界に
スッと差し出された大きな掌が映り込む。
え?って思いながら見ると、岩本さんがニッコリ笑っていた。
大きな掌が私へ向けて向けられている。
こういう風にエスコート?される事自体初めてではないのに妙に胸が躍った。
妙に緊張して手を重ねるのすら遅い。
にも関わらず岩本さんは急かしもせず強引に手を握るでもなく
ジッと辛抱強く私から手を重ねるのを待ってくれた。
そっと置いた手を軽く握り、それから少し力を籠め
立ち上がる私に合わせて手を引いてくれる岩本さん。
先月だって手を取られたし今更驚く事でもない。
なのに、妙に胸が騒がしくなった。
自分でもよく分からない戸惑いを気取られたくないから平静を努める。
でもですね・・・考えないようにしたいのに近いのよ・・。
立たせて貰った関係上、一歩踏み出しただけで岩本さんに突っ込めるくらい近い。
しかもまだ手を握られたままだし、振り払うに払えずにいると
頭の上の方から機嫌の良さそうな岩本さんの声が降って来る。
💛「そんな可愛い恰好してたなら俺も屋台見に行けばよかったな」
🦢「え?」
💛「そしたら樹達より先にちゃんの浴衣姿独り占め出来たのに」
🦢「・・・でもこの恰好最初に見たのは友人、かな?」
💛「ちゃんマジレスの鬼だね(笑)」
まあそういう鈍い所も好きだけど?
内心だけで呟きながら浴衣姿のちゃんをまじまじと見る。
レモン色?みたいな発色の良い色に映える水色?
彼女の色白な肌の色にも合っていて、何かドキドキさせられた。
黄色系は俺の好きな色でもあるから余計に何か・・考えちゃうよね。
俺の好きな色に身を包んだちゃんっていう構図。
🦢「マジレスの鬼・・て、ワードチョイスに笑うんですけど・・・ホントの事を言っただけです」
💛「マジ?笑ってくれたの嬉しいわ、それじゃ戻る?」
全て気を許した訳でもないが表情を崩してくれたちゃん。
面白い事に、その顔を見れただけでくすぐったい気持ちになった。
幾つか年下の女の子の笑った顔が見れた事に喜ぶ歳でもないのにな、と。
ただ話して面白かったら笑って。
些細な事だし日常の一コマにすぎなくても、妙に心地よかった。
+++
岩本とが奥の和室に消えてから数十分。
今に至る経緯はざっと大我や樹が説明してくれた。
『Rough.TrackONE』で飼ってる犬は、近くで見張る為に同行させたらしい。
飲み物を買いに行かせたら若い女の子に絡んるように見え
大きな声で樹が呼んだ所、相手がまさかの顔見知りだったと。
先月同業回りで岩本と佐久間が行く際、同伴として岩本が選んだ子の友人が犬に絡まれてた。
当然飼い主として大我も樹も手綱を握りに合流。
流れ上変に縁を作らぬよう道中自分達で飲み物は買い直した大我と樹。
軽く屋台を見て回り、犬が絡んだお詫びがてら用事の有った此処に来てみたら
同業回りの際、岩本と大我の店に行った子が貧血?を起こしたとの事だ。
まあ・・・聞いた限りでは流れで此処に来ただけみたいだな。
にしても久々にシャトランジ見たけど相変わらず目つき悪ぃなあ・・
あの性根の悪さで過去あれだけの騒ぎを起こしたヤツが
この先も大人しく大我の下で『犬』に甘んじてるとは思えないんだよねー・・・
とか思いながら思案していると、自然な動きで樹とナベから離れた大我が此方へ来る。
どした?という視線を送れば、眉毛をハの字にした大我が小声で謝罪した。
🦇「ごめんふっか・・俺さ」
💜「ん?どした大我、なんで謝るのよ」
🦇「俺先月同業回りで来た岩本くんから『犬』の事聞かれた時に」
💜「うん」
🦇「アイツが犬になった理由をふっかから聞いてない?って口滑らせちゃったんだ」
てっきり岩本くんも聞いてると思ってた、ホントごめんふっか。
そう大我はすまなさそうに話し、頭を軽く下げた。
勿論そんな姿他の3人に見せられないからすぐ顔を上げさせた。
でもまあ合点は行ったよね、何で急に照が俺に対し
隠してる事とかないよねと念を押したりした理由の。
けど大我は悪気があった訳じゃない、聞かれたから答えただけだ。
寧ろ良い頃合いなのかもしれないと・・・
シャトランジという男が、MSM時代に何を犯したのかを。
――・・壊されたスクーターと地面に咲いた血痕。
店内にも届いた悲鳴と衝撃音。
泣きながら店内に戻って来た客の女性。
助けを乞われ、客の女性と一緒に外に出た俺の目に飛び込んで来た光景は・・・
激しく壊れたスクーターの傍に立つ女性と
地面にしゃがんだシャトランジ。
脚を押さえて痛がるシャトランジと対峙する女性。
あの日の俺は、馴染みの配達員の女性が居る事に驚いたのと
地面に落ちた血がシャトランジのではなく、女性の方だった事に驚いた。
シャトランジが駆けつけた俺と真田に話した説明を
状況を把握してない真田や野澤は信じた。
結果、俺達は誤った答えを導き・・MSMは閉店の末路を辿り
5年経った今も俺らはあの頃と同じホストを続けてる。
配達員の女性がその後どうしているのかは、最近まで俺も知らなかった。
思わぬ形で知る事になったけど、5年後の転身っぷりに驚かされたなあ・・・
ただ・・・5年前に俺らが誤った答えを出した結果が今なんだと思うと心が痛む。
配達員だった女性からはこの店がオープンした日の翌日に手紙が届いた。
てっきり恨み辛みを書かれていると思っていたが、全く違った。
あの事件後の事と現在の事が書かれ、今が在るのは過去のお陰ですと綴られていた。
んー・・・・女の人って強いよね!( 'ㅂ')
💙「なあふっか」
💜「――うおっ!!?何だナベか、脅かすなよ」
💙「いやそれ俺のセリフなんだけど」
暫く考えに耽っていたが、一段落させたタイミングで急に話しかけられた。
その犯人は今まで樹と話していたナベ。
いつの間にか俺の右側の結構近くに立っていた。
足音くらいさせろよお前は忍びか?
とか言う突っ込みを内心でキメてから問う。
何気なく視線で樹を探せば、彼も彼で大我と話している。
💜「樹との話は済んだん?」
💙「おう、取り敢えず分かった事だけ報告しよっかなって」
💜「お前気が利くなあ」
💙「今頃気付いたの?俺気遣いの鬼だからね?」
💜「ナベはすごいなあー」
💙「バカにしてるだろさては」
💜「ごめんごめん、で、何て言ってたの樹は」
少しナベを弄って遊んだら気持ちが少し晴れたから
自分が思案してる間ナベが何を樹から聞いたのかを促す。
すると、さっきここに飛び込んで来た後説明しなかった細かい事を樹から聞いたと教えてくれた。
説明を端折った細かい所・・要するに会話の部分。
通行人に絡んでるように見えたシャトランジは意外にも機嫌が良く
ぶつかられた女の子と普通に話しをしていたらしい。
女の子の方から飲み物と汚してしまったTシャツのお詫びをしたいとの申し出があり
まさに飲み物を新しく買いに行こうとしていた。
そこを敢えて止め、此処に行く途中で適当に買うからと言ったのが樹と大我。
💙「名前も聞いたんだわ、えと、照が運んでった子がちゃんで友達の方が結莉ちゃん」
💜「お前抜かりねぇな名前聞いたとか(笑)」
説明の途中ちゃっかり女の子の名前は聞いたと話すナベに頬が緩む。
さすがMSMのNo2ってところか?と。
指摘したら別に良いじゃんと頬を膨らませるナベ。
まあそれは兎も角説明に戻るとだ。
此処に向かう事になってからちゃんって子の顔色が悪くなった。
その間もシャトランジは結莉と楽し気に話す様子も見られ
お詫びは『Rough.TrackONE』に遊びに来てくれるだけで良いよと言ったらしい。
随分とまあ・・殊勝な事言うようになったんだなと笑ってしまう。
けどアイツの性根は元々腐ってるからその態度も怪しい。
性格は最悪だが顔面の良さだけでNo7に居たくらいだからな~・・・
大我達も万が一、その結莉って子がそっちの店に来たら
シャトランジが絡む事は多分無いとしてもゼロではないから気に掛けておくとの事。
💙「それにさ、ちゃんも結莉ちゃんも1回だけとはいえウチに来たお姫様だし」
あのクズ犬に何かされたりしたら良い気がしないんだよね、と悪態をつく渡辺。
確かにそれは言えている・・てか、ウチにも来た事あったのね?
そう言う事なら俺らも無関係とは言えねぇーなと思う。
例えまだ担当が決まってなかったとはいえ、な?
とは言えもし彼女らが大我達の店に行ったとしてもそこは自由だから
そっちの事は『Rough.TrackONE』の大我らに頼む外ない。
何故こうも協力的なのかは、それがルールでもあるから。
痛客などの店にとって迷惑にしかならない客の情報を共有したり
飛びの扱いになった従業員の情報も各ホストクラブ間で共有もする。
切磋琢磨するライバルでありながら、凶事の際は協力し合うという関係。
この体制になってからは大分減った。
もてなすという意味をはき違えたホストも、それに泣かされる客も。
🦁「あ、岩もっさん」
💛「お待たせ、ちゃん回復したみたいだから連れて来た」
🦢「ど、どうも・・お騒がせしました・・・」
👩「もう大丈夫なの??」
🦢「結莉、心配かけてごめんねもう大丈夫」
そして漸く広間に岩本とと呼ばれる女性が現れる。
目敏く気づいた樹の声で渡辺と話していた深澤も気づき
動かした視界の中に岩本と、その女性の姿を映した。
佐久間くらいの身長に細身の体型。
本人によく似合う菜の花色の浴衣と天色の帯。
友人と話し心配かけてごめんと謝る感じは好印象だ。
互いの浴衣の色が互いを引き立てる色合いで
この2人の仲の良さが伝わって来た。
生真面目そうな印象も何となく見受けられる。
緊張はしてるようだが、友人の顔見た時和らいだのも見て取れた。
和やかな雰囲気の中、結莉という女性が岩本を見やり感謝を口にした。
👩「・・・あ、お兄さんも有難うございました!」
💙「え?お兄さん??」
🦢「ちょっと結莉っ」
🦁「岩もっさん、ちゃんの兄ちゃんなの!?」
👩「そうなんですよわざわざ大学にも――」
💛「んー、結莉ちゃん俺の名前知らないでしょ?だからホストの兄さんって呼んでるんじゃない?」
お礼かと思ったら一緒にとんでも発言をした為
その場が一気にザワついたが、至って冷静な岩本から比喩でしょと訂正が入る。
まあ確かに知らない人に対しても使うしね?
名前知らなければ余計に性別と年齢を呼称にして声を掛けたりする。
流石の説明にザワッとした樹達も『あーなるほどね』と口々に声にした。
とんでもなくヒヤリとしたのは言うまでもなく本人。
後でちゃんと訂正しておこうと強く決意した。
5月の時点では自身もここまで彼らと関わるなどと予想もしてなかったし
やりすごしたいばかりに咄嗟の嘘をついてしまったのだと。
多分後ろめたかったのかな・・・嫌いだと言っていながら関わってしまった事が。
興奮気味に説明しようとした結莉には申し訳ないが
言葉を遮るようにして別の見解を口にしてくれた岩本さんには感謝だわ・・。
上手く他の人達の意識が逸れた事で漸くホッと出来た私。
そうじゃないのにーと膨れる結莉を宥めつつ改めてその場を見渡す。
初めて見る人が2人ほど居た事に今気づいたのだ。
腕に役員と書かれた腕章を付け、仕立ての良さそうなYシャツを着て
黒い色の生地に赤い差し色の入ったハッピを着ている。
取り敢えず、そんな恰好をしていても分かるのは
貴方たちもホストですね?という事かしら。
どんな格好をしていようが顔が良いし雰囲気が一般人じゃないんだよなー・・
ハッピで隠されてるけど明らかにチャライ('ω')
突然押しかけたのにも関わらず部屋を貸してくれた事には感謝するけど
それとこれとは別よね・・・やっぱり改めて見ると嫌悪感は抱かざるを得ない。
💜「ねぇナベ、俺らあの子にすげぇ嫌われてるっぽくない?」
💙「確かにめっちゃ睨まれてるわ」
🦁「師匠としょっぴー大丈夫だよちゃんホストなら誰に対してもこうだから(笑)」
何となくを見ていたら向こうもこっちに気づいたと思ったら
急に警戒心みたいなものを剥き出しにし、何故か嫌そうな顔で見られた。
隠そうともしない嫌悪感を湛えるの眼差し。
初対面なのになんで??と渡辺と2人困惑した深澤だが
そんな自分達の所に楽し気な声の樹が近づいてそう耳打ちした。
どうやらという人物はホストとホストクラブを心の底から嫌ってるらしい。
嫌っているのに何故『SnowDream』に来たり大我や樹、ましてや岩本と顔見知りに?
この疑問は渡辺も感じたらしく、腑に落ちない顔で深澤と共に樹を凝視した。
樹がその理由に挙げたのは、という人物の人間味。
嫌っている相手に対しても対応は丁寧で
歯に衣着せぬ素直な言葉をくれる為、逆に何故そこまで嫌うのかとか
その考え方を変えさせてみたい、てな気持ちにさせられるらしい。
だから気づいたら彼女に関わってしまっていると。
わあー・・なにそれ魔性??
💙「何それ逆に気になるんだけど」
と横で口にしたのは渡辺。
すると聞いていた樹がニヤリと笑い、ほら気になってると指摘した。
えっこういう事??と吃驚した目で渡辺は樹を見ている。
なるほどなあと思うと共に改めてを見た時
何となくだが前にも似た人が居たような、という既視感を覚えた。