August act.2
指定された時間より5分遅れで到着した岩本。
ホールでのちょっとした騒ぎを経て、漸くオーナー室に到着した。
ドアの前に立ち、右手を拳にして軽くノックする。
💜「開いてるから入っといで~」
中から聞こえた暢気な声。
それを聞いてからノブを回し、オーナー室へ入ると
正面のデスクではなくソファーに座る深澤を見つけた。
深澤も入って来た岩本に気づき一瞥。
相向かいに座るようジェスチャーした。
示された通りに倣い、深澤の正面に腰を下ろす。
それから口を開いた深澤は、早速祭りの事を話し始めた。
と言っても例年通りする事は変わらない為、聞き流して終わる。
『SnowDream』は祭りの開催費等にも貢献しており
祭りの当日は主賓扱い並みに持て成される。
役員だけが使える冷房の効いた部屋で待機し、その間は飲み食いも自由。
偶に挨拶に来る他店舗の店長らと挨拶を交わすくらいだ。
なのでついさっき気になった事を深澤に聞いてみる事にした。
祭りの説明を終え、話を切り上げたタイミングで早速聞く。
💛「ふっかさ、翔太を加えたのって理由あるん?」
中々直球で聞いてしまった為、深澤がキョトンとした。
お前急だね、と笑いながら居住まいを直し、岩本を見る。
それから深澤は特に隠す理由もないし追加した事の理由も無いから軽く説明。
町内と役員らに他のプレイヤーの顔も覚えて貰う為だよと。
確かに自分達の店はここらでは新参。
ホストクラブというのは敬遠されがちだし、色眼鏡で見られる。
最近のホストクラブは親しみやすい?よと示す為でもあると話した深澤。
まあ筋はそれなりに通った説明ではある。
深澤曰く、来年は別の幹部を連れて行くかもとの事。
それに関して異論は無かったので賛同しておいた。
話す事を話し終えた深澤はソファーの背凭れに寄り掛かり背伸びをする。
日も暮れて来た故、もう少ししたら会場に向かわなくてはならない。
その前に一服するわー、と口にし胸ポケットから煙草を取り出した深澤。
説明の〆を口にしながら取り出して指に挟んだ煙草に火をつける。
それを見つつ、何気なく口から問いが出ていた。
先月大我の店で聞いた気になる事を知る為に。
💜「祭りなら人も集まるし宣伝になるでしょ」
💛「んー・・・後さ、ふっか俺らに隠してる事とかないよな?」
💜「隠してる事?俺がお前らに?それは無いね」
いつになくキッパリ断言した深澤、逆に怪しい(ぇ
ならばと、切り札になりそうな単語も口にしてみる事にした。
💛「『シャトランジ』ってヤツの事も知らない?」
の追ってる元凶男の源氏名を口にした瞬間。
僅かにだが深澤の纏う気配がピリッと張り詰めた。
先月大我が口を滑らせた事で、深澤が元凶男と関わりがある予感がした故の問い。
あの話が本当なら、深澤はの追う元凶男と面識がある事になる。
なのに俺達にはその事実を伏せていた、その理由がとても気になった。
試しに出したシャトランジの源氏名。
それを聞いた深澤の顔つきが鋭くなり
岩本側へ上体を傾けると、眼光鋭く見上げてから低い声で言った。
💜「その名前、誰から聞いた」
💛「誰からかは言えないけどその反応・・知ってるみたいだな」
冷静に問い返せばスッと目を逸らされる。
突っ込んで来るけど逆に来られたら引く男それが深澤辰哉。
自らのリアクションで岩本の問いに肯定した事になると気づいたのだろうが遅い。
ふっかは良い意味で嘘が吐けないからなー・・。
それはいいとして、何故面識があるソイツの事を今の今まで黙っていたのかが気になる。
MSMの頃から知っていたのかは分からないが、もし知っていたなら何故黙っていた?
当時No1だった真田とNo2だった渡辺辺りになら話してても良いだろうに・・・
そう思っていそうな岩本からの視線を受けながら深澤は黙していた。
墓穴掘ったーーてな感じに。
祭りの話だけで終わる予定が、まさかの話を岩本が持って来た事にも動揺させられた。
今から5年前、当時も岩本はMSMに勤めていたから本来なら知っていてもおかしくはない。
が、シャトランジが絡む出来事があった頃岩本は体調を崩して店を休んでいた。
あの頃は役職にも就いてなかったから出来事に関する話も伝わっていない。
もし立ち会っていたらこんな風にストレートに聞いたりしないだろう。
あの頃の出来事を知ってるとしたら・・今は居ない真田と野澤くらいか?
苦い記憶と共に甦る、MSMが終わりを迎えた日。
店を辞めたのは責任を感じたからだが、その後に真田や野澤も辞めるとはなー・・・
残された5人の苦労を思うと自責の念に駆られる。
率先して動いてくれた渡辺と岩本には頭が上がらない。
各々が動く事できちんとMSMを終わらせた彼らは、また自分を頼りに集まってくれた。
今度こそやり直す気持ちで始めたこの『SnowDream』
辞める事でしか責任を取れないと思っていたが今は違うと感じている。
続ける事で変わる事もあるし、取り返せるものもあるのだと。
ああいう事象を起こさない為にも少しずつ話して行こう。
岩本や他のメンバーも信頼出来て頼もしい奴らだからと心を決めた深澤。
💜「『シャトランジ』は元MSMのプレイヤーだよ」
💛「――は!?俺全く知らねぇんだけど??」
💜「まあそうだろな、丁度照が店に居ない時にシャトランジは出勤してたから」
💛「それにしたってシフトが重なったりするだろ?俺全く記憶にないんだけど・・・」
💜「あの頃の照、No1目指して結構ガムシャラだったからなー」
ふっかが言うには今から5年前、の追う憎き男はMSMでNo7の指名量を誇っていたらしい。
その頃の俺はトップになる事ばかり考えていたから
他のプレイヤーと交流なんて少ししかしなかったし、何れは蹴落とす相手としか思ってなかった。
俺が奴を覚えていなかった理由にも合点が行く。
既に俺より順位の低かった奴の事など眼中になかったと言う事だ。
5年前と言えば、まだ21くらいだったと思う・・イキってたなあ・・・。
俺だけでなく、他メンバーも皆20代前半くらいだったと思う。
店が軌道に乗り始めた頃でもあったから、兎に角人脈とパイプを増やそうと
それぞれが躍起になって営業に取り組んでた頃だ。
そんな時にシャトランジは問題を起こし、店を辞め、MSMも終わった。
💛「未だに分かんないのは何でふっかが辞めたのか、なんだよね」
シャトランジの事はこの際どうでもいい。
本当に気になるのは深澤や真田、野澤達が辞めて行った事だ。
別に責めるつもりはない、5年も前の事だし今は共に店をやれてるしさ。
上層部の3人が辞めた事で渡辺も頭角を現し、自分も結構行動派だと知れた。
あの事があったからこそ代表取締役に収まる考えになったと思う。
💜「・・・時期が来たらちゃんと説明するよ」
💛「ホントだろうな?」
💜「ホントホント、お前らに嘘はつきたくないからね」
💛「いや5年前の事シャトランジの件は言わなかったじゃん」
💜「それはアレだよ、思い返しても腹の立つ話しか無い奴の事なんか覚えてたくねぇーもん俺」
💛「ほー・・・・そういう系の事があったって事かなるほどね」
💜「あ」
💛「ふっか向いてねぇな、嘘つくの(笑)」
取り敢えず現時点でははぐらかされるだけだと感じた岩本。
しかし当の深澤自らが墓穴を掘りまくっている為
漏れた情報を組み合わせて行ったら理由が分かりそうな気もして来る。
憎めない性格の深澤へ笑いながら突っ込みつつソファーを立つ。
全て知れた訳ではないが、少なくともシャトランジは元同店舗のプレイヤーだと判明した。
早速新たな情報をゲットした訳だが・・何とも複雑な気持ちにさせられる。
元同じ店の従業員がの家族を壊した元凶男だとは流石に予想はしてなかった。
伝えるべきかどうなのか・・・正直すぐに答えは出そうにない。
取り敢えずこの話は保留となり、一旦オーナー室を出る。
今考えるのは元凶男の事ではなく今夜の祭りの事だ。
まあ考えると言っても自分達役員は
祭り開催を宣言する市長と役員のトップとして挨拶するくらいしか用は無い。
これに関しては深澤が挨拶するのだが、今の所誰一人としてホスト店のオーナーだと知れてないな。
ホストっぽさを消す事が出来るのかってくらい地域に馴染んでいる。
祭り中は神輿やら他のイベントとかの司会も任されたりする。
主に司会は他の役員が任されたりしているから、自分らのやる事は少ない。
ただ、祭り開催の資金等の提供をうちがメインで結構寄付してるのもあって
他の役員から文句を言われることもなければ苦情を言われた事もない。
今年は渡辺も参加するとの事だから、彼にも白羽の矢が立つかも?
後、恐らくだが参加する店も増えるかもしれない。
例えば・・・・大我達の店、とかな。
+++
歌舞伎町に通ずる通りで祭りが開催される事はの耳にも入っていた。
何せバイト先のタピオカ屋が面した通りがその会場となるのだから。
これは凄い混みそうだなあ・・・店長はかき入れ時だと喜んでいたっけな・・
🦢「ありがとうございました~」
まあ、今まさにかき入れ時で混んでますけどねっ
今日はピンチヒッターを名乗り出てくれた友人と共にバイトに勤しんでいる。
先月の衝撃を忘れた訳ではないが、今振り返る時じゃないから考えないようにしていた。
初めての同業回りとその同伴者として他店のホストクラブへ行き
まさかの元凶男の発見・・・それから・・・・・・
💛『俺がちゃんと関わりたいの、それが理由じゃダメ?』
掠めるように触れた感触と共に脳裏に浮かぶ声。
あんな風に真面目な顔して言われるとは思わなくて
寧ろああいう言葉を言われること自体が初めてで、リアクションに困った。
関わりたくないと思えば思うほど却って関わりが深くなってしまっている・・
先月で終わらせられると思ってた岩本さんとの関わりも
そう願う私の言葉や考えすら岩本さんは受け付けてくれなかった。
逆に私に関わりたい、関わりたいからと元凶男の居るホストクラブへ通う事を反対した。
わざわざ私に指名客で居る事を強要してまで関わろうとする理由。
岩本さんが関わりたいから、が理由では納得出来る筈もない。
答えのように聞こえるだけで答えになってないもの・・・
👩「、お客さん来てるからオーダー聞いて~」
🦢「あぁはいっ!いらっしゃいませ!!」
気づいたら岩本の事を考えている自分に戸惑う。
知り合ってしまってからもう半年が経過した。
彼らがここにタピオカドリンクを買いに来た時はこんな未来が待ってるとは思いもしなかったよ・・
この半年が濃すぎる反動で来年はどうなることやら・・考えるのが怖い。
岩本さんに関しては、遠ざければ遠ざける程距離は縮まり
新たに追加の契約?を結ばされてしまった。
私は『Rough.TrackONE』に勤める元凶男に近づく為
岩本さんはホストが元凶男ばかりではない事を示す為?
反目し合う者同士が共通の目的の為に手を取り合う・・
まさに呉越同舟・・・岩本さんは私に協力する条件を1つ提示した。
―俺を好きにならない事―
関わりたいから関わって来るくせに、好きになるなというのが条件とは・・
別に好きになったりしないけど随分と勝手な事を言ってるなあと思う。
考え事をしながらも器用に接客し、タピオカドリンクを作る。
習慣と体に染み込んだタピオカドリンクの製作工程。
私から注文したタピオカミルクティーを受け取った客を見送った所で耳に届く音声。
只今より風月祭を開催します、という宣言だ。
が此処でバイトを始めたのは今年に入ってからな為
初めて祭りの日を経験した事になる。
友人がレジを打ちつつ良い声のアナウンス!と興奮していた。
確かに自然で飾らない色気のある声だなとは思った。
声の感じからしてまだ若そうな男の人の声。
宣言や司会は祭りの開催役員達が取り仕切っているらしいが
年配の人達がそういう役回りをしてるイメージがあったので何か意外ね。
👨🍳「ちゃんとお友達、そろそろあがっていいよ」
賑わいを増す通りを見ていると友人に店長から声が掛かった。
あがっていいと言われ時計を見れば、いつの間にか閉店時刻を迎えていた。
👩「祭りは24時迄だから2時間くらい回れそうね!」
🦢「結莉アンタは未だ元気そうだねえ・・」
👩「そりゃあ半分は祭り楽しみにしてたし?」
友人の結莉は、祭りへは近いのバイト先から参加する気でいたらしい。
だからバイト手伝いに来てくれたのかな?
そういうもバイト終わりに祭りは見て回ろうと考えていたので
一応ロッカーの中に着替える為の浴衣を用意してある。
の浴衣は菜の花色(黄色より檸檬色系)で白菊の模様、帯は鮮やかな天色だ。
結莉が用意した浴衣は丈の短いタイプで、生地は露草(青より若干薄い)色。
帯は蒲公英色で、互いが互いの色を引き立てる組み合わせだ。
服飾系の大学を出ているのもあり、2人とも着付けはお手の物。
慣れた速さで浴衣を着ると、店長夫婦に挨拶してから店を出た。
通りに出ると人の圧と熱気に気圧される。
多分平気だと思うけど・・・岩本さん達、祭りに来てたりしないよね?
ホストクラブは通常通り営業してるという認識で私はいた。
ある程度屋台で何か買うつもりでいるので財布は持って来ている。
何となくだが通りの奥、つまり歌舞伎町方面には近づかず
この近辺でなるべく済まそうとはしていた。
👩「 夕飯は屋台ので済ます?」
🦢「うん、今日はその予定だよ」
👩「よーし何食べようか!りんご飴とかチョコバナナとかあるよ?」
🦢「いやそれデザートじゃん・・(笑)」
岩本さんじゃあるまいし、とツッコミを入れそうになってハタと気づく。
5月に岩本さんと甘味処へ行った事は友人の結莉には話してないからね・・
危うく墓穴を掘りそうになったわ、と胸を撫で下ろした瞬間。
私の方を見ながら後ろ向きに歩く結莉の背中側に人影が在ると気づいた。
相手の方は男で、飲みものを両手に持ちながら辺りを見渡していて気づいてない。
ヤバい結莉とぶつかるかも、と咄嗟に注意を促したが既に遅く
双方が強くぶつかり、男の持っていた飲み物は地面へと落下した。
バシャッ!と響く液体が毀れる音。
背中からぶつかった結莉は気づいてすぐ相手を振り向き謝った。
勿論友人としても一緒に謝ろうと考え、結莉と男へ駆け寄って凍り付いた。
🦢「ごめんなさ――」
👤「ってぇ・・」
そこにいたのは、忘れもしない憎き男・・・。
源氏名をシャトランジ、と読み、Rough.TrackONEに雑用として勤める元ホスト。
そして、且つて私の母を壊し・・家族をも壊した元凶男が不機嫌そうに立っていたのである。