August act1



夏の太陽が照り付ける季節。
クーラーの利いたタワーマンションの一室では
1組の男女が体を重ねていた。

👒「ひかる・・っ、すき・・・」

甘い吐息と共に唇から毀れる睦言。
それをぼんやりと聞きながら、ひかる、つまり岩本は女を抱いた。

華奢で折れそうなくらいに細い手足の女。
岩本を呼びながら求めて来るその細腕を掴み
しっかりと自分の首に回させ、強く下から女を貫くように動く。

その度に快楽に溺れた女の喘ぐ声や、打ち付ける肌の音が響いた。
行為中の岩本の脳内は抱いてる女ではない別の事で埋まっている。

先月自分の意思で同伴者に選び、最初で最後の指名客になった彼女・・
誰にも媚びず、強い意思を持ち自分達と向き合う女の子。
己の母親を壊し、家庭を壊したホストを憎み探し続けていた。

ホストとホストクラブを憎んでいるが、本質は優しく真っ直ぐで真っ白。
憎む存在に対しても真っ直ぐ向き合うその人間性は他を惹きつける。

👒「あっ、ひか・・る、気持ちイイ・・・っ」
💛「イきそ?」
👒「んっ・・イっちゃ・・・」

頭では別の事を考えてるのに、能動的に動く体は女を絶頂へ導こうとしている。
女の耳元で囁く言葉もスラスラ出て来た。

俺の下で腰をくねらせ、深くナカに咥え込んで喘ぐ女。
それを見ても驚くくらい何も感じなかった。

兎に角早く終わればいいのに、とすら考えている。
今日も抱いているのは契約を結んだ相手だ。
先月の『Rough.TrackONE』の帰り、酔ってしまったを送り届けてからも俺は女を抱いた。

契約期間中は私だけを愛して欲しい。
それがこの女の願いだから、けど本来ホストクラブはそういう私情は汲まない。
オーナーの深澤にこの話を持ち込む事も出来ず
他のプレイヤーに任す事は出来ず、俺が引き受けた。

現役を退いていて指名も無いし、何より久し振りに女を抱きたかった。
契約相手の体の面も気にしながらだから激しいプレイは出来ないけど
且つてはNo3の指名量を誇っていたそれなりの自負もあったから引き受けた。

久し振りに女を抱くという行為もそれなりに良かった。
柔らかい肢体を抱き締め、柔肌に舌を這わす・・
何より組み敷いた女を見下ろす眺めが高揚感を生み、興奮した。
まあ・・今年の3月までは結構俺も楽しめてたと思う。

と知り合うまでは。

卑猥な音をさせる女の最奥を突き上げた瞬間
眼下で乱れていた女が背中を逸らせ、ナカを締め付けながら絶頂した。
殆ど女の事に意識を向けてなかったが、締め付けは心地よく膜越しに岩本も欲を吐き出す。

本能では達したが、心は何となく空疎だった。
女はイった余韻で体が震え、恍惚とした表情をしている。
普通のカップルとかであれば、そんな表情に欲情したりして2ラウンド目が始まるのだろうが
岩本と女性はそういう関係ではない為、特に表情を変えずナカから抜いた。

👒「――・・っ」

抜く時すら吐息を漏らす契約相手。
そんな様子を見つめ、汗で張り付いた女の前髪を指で払ってやった。
愛情から動いた訳ではなく、殆ど無意識。

過去の経験から染み付いていた行動をとっただけ。
それでも嬉しいのか、眼下で微笑む女。

契約を結んだ初夜でこそ緊張していた契約相手も今ではこんな風に笑う。
ただの契約、期間を終える時すんなり終わらせたいモンだなあ・・
緊張し警戒し・・オドオドし、体を強張らせていたのも半年も前だ。

半年の間で女は俺に身も心も赦し
自分から俺を求め、素直に脚を開くようになった。
・・・こんなモンだよな、普通は・・?

対するは半年経った今もホストは嫌いだし店も憎んでいる。
ある意味生き難い性格かもしれなくても岩本にとっては新鮮で興味が尽きない。
予想の域を超えた行動をとるから目が離せないんだ。
長いものには巻かれないタイプで己を持っている。

憎きホストを探し求め、頑なに閉ざして来た心。
それが崩れてしまったらどうなってしまうんだろう?

二枚舌はありそうなホストを天敵にしている
しかし追い詰めるにはは優しすぎるし向いてない。
そうだとしても彼女は挑む事をやめず、逃げようともしなかった。

その真っ直ぐさが最近眩しすぎて・・
眩しくて目を逸らしたいのに探してしまう自分がいる。

理由は分からない、けど、彼女を見ると安心する・・・
気高く真っ直ぐで真っ白なは俺らを嫌ってる。
まだ嫌ったまま警戒もしてるし懐疑的だ、と。

軽く後処理をしながら考える岩本。
その手に白い肌の手が重ねられ、握られた。
岩本の思考は遮られ視線だけぼんやりと女へ向ければ

👒「・・ひかる、なに考えてるの?」
💛「知りたい?」
👒「うん・・・知りたい」
💛「今夜もエロくて可愛かったなーって考えてた」

少しだけ射抜くような視線と目が合った。
俺の様子を窺い、縋り、甘える姿は可愛らしいものなんだろう。

でもやっぱり心は音を立てなかった。
音を立てたのはと一緒に居る時だけ・・この違いって何なんだろな。

岩本の答えに照れながら笑った女の唇を塞ぎ
深い口付けを1度だけ落としてから低く響いた振動音に気づく。
音の正体は岩本のiPhone、通知画面に表示されたのはメッセージ。

👒「・・・職場から?」
💛「ん、急な呼び出しだわ」
👒「そっか・・」
💛「ごめんな、また会いに来るよ」
👒「ひかる」
💛「ん?」

差出人はオーナーの深澤で、迷わず岩本は返事を送信。
取り敢えずシャワーだけ浴びて行くか、とベッドから立ち上がる背にかかる声。

別れを惜しむでもなく淡々とした態度の岩本をベッドの中から女が呼び止めた。
まあ本来は契約関係なだけでビジネスセックスでしかないから
何の名残も岩本が感じないのはいつも通りだし、当たり前。

この関係を始めてからは凄く心が浮足立っていた。
自分だけを愛し、逢いに来ては甘く優しく抱いてくれる岩本。
契約期間中は使って良いよ、とこの高層タワーマンションに住まわせてくれている。

容姿も整い、背も高い岩本。
強面だが女性の扱いが上手く、セックスも上手い。

寂しい逢いたいと呼んでみれば、すぐ来てくれた。
何よりも自分だけを優先してくれる姿にいつしか惹かれ
契約期間が終わらなければいいのにとすら思うようになっていた己。

だから自分から岩本を呼ぶ回数も増え、気づけば求めるようになり
彼に早く抱かれたいと思うようにもなっていて
電話もLINEも増えたし、依存していた。

そんな日々の中先月もいつも通り電話をしたら
電話口から聞こえたやり取りを聞いた時、冷や水を浴びせられたみたいになった。

💛『もう一回しとく?』
🦢『――なっ』

相手は知らないが、優しい声で見知らぬ女の子と話している会話。
驚いて反応する相手を愛しむみたいに優しく見つめてるのが声だけで見えるようだった。
あんま可愛い顔して誘わないように・・・とも言ってた。

他愛ないやり取りだとしても急に怖くなった。
ビジネス関係なのに、岩本を取られる気がして怖さを覚えた。
何より・・自分に対して話す時より岩本の声が甘く・・・

今でこそ呼んだら来てくれるが、契約関係にあるから来てくれるなんて事くらい分かってる。
でも契約関係中だけは私だけを見ていて欲しかった。

👒「・・・ううん、いってらっしゃい」

私の事をビジネス相手としか見ていない人に抱く願望じゃないわね。
と自嘲した女は自然と言い掛けた言葉を飲み込み、目を伏せた。
自分はただの契約相手、それ以上でもそれ以下でもない。

目を伏せ、言い掛けた言葉を飲み込んだ契約相手を静かに見た後
ベッドの淵に屈み、その伏せられた目許に岩本は口付け
そのままシャワー室へと着替えを手に歩いて行った。


+++


タワーマンションから『SnowDream』へ岩本が現れたのは夕方。
今日も変わらず店の営業は通常通り行われていた。

が、平時よりも通りが賑やかなのは今日が町内の祭りだから。
この通りが祭りという事は、の働くタピオカ屋もかき入れ時だろう。

店外は既に出店が並び、大勢の人で賑わっていた。
祭りが最大限に賑わう時刻はこれからの時間。
そんな時でも営業を続けるのは如何なものかと思いつつ裏口から入店。

💙「よう照」

入るなり声が掛かり、其方に視線を流せば見慣れた仲間の姿。
岩本より10㎝低い青年がヘラッとした笑みで此方を見ていた。

💛「翔太か、早かったんだな」
💙「ちげーよ照が遅れただけ」
💛「え、時間過ぎてた?」

遅刻魔でもある渡辺が自分より先に来ていた事に驚くが
実は自分が遅れたのだと渡辺に指摘され、時計を確認。

💛「あー・・まあ5分くらいだし遅刻に入らねーだろ」

因みに渡辺の源氏名は『Queen』である。
MSM時代は人気No.2を常にキープしていた。
その店舗からの固定客をそのまま『SnowDream』に連れて来た為今は実質No1。

幼馴染の宮舘涼太(Rook)と共に人気の高いホストである。
今店内に居るのは渡辺と阿部に、宮舘と岩本。
MSM時代のプレイヤーが佐久間以外集結していた。

オーナーの深澤も姿は見えないだけで店には居るはず。
何せ岩本を呼び出したのが他でもないオーナーの深澤だからだ。

💙「まあ遅刻にはなんないか、ふっかもまだオーナー室だろうし」
💛「つか翔太達は何で残ってたん?アレに参加すんのは俺とふっかだけじゃ?」
💙「あれ、聞いてない?俺も参加すんの」
💛「え?ナニソレ初耳」
💙「意図は分からんけどそう言われたから俺も参加になったよ」

オーナーの深澤はオーナー室にいるらしいが、驚きの話を渡辺から聞かされた。
今日開かれる町内の祭り、当然実行委員みたいなものが存在する。
基本は町内に存在する店舗から店長クラスが集い、委員会を回す。

そこに何故か『SnowDream』も名を連ねていた。
多分オーナーの深澤が参加を決めたんだと思うがホストが地域の祭りに役員で参加って・・
まあ・・・地域貢献ってヤツの一環なんかな?

一応毎年そこに参加するのはオーナーのふっかと代表の俺だった。
が今年はプラス幹部の翔太も参加する事になっているらしい。
決めたのはふっかだから理由を聞くならふっかに聞くしか術はない。
大体こういうのって、代表補佐の舘さんか幹部補佐の阿部かなーと思うけどね?

それでもまあオーナーが決めた事に異論を唱えるつもりはない岩本。
渡辺から視線を移し、補佐役の阿部と宮舘を見やる。

出勤管理も任されている阿部は、奥のPCと睨めっこ中。
珍しい事に代表補佐の宮舘も同じ部屋で作業をしている。
まあ2人は作業が終われば退店するだろう、今夜は店も閉めるし・・

と思いながらオーナー室へ向かおうとした岩本の横に渡辺が身を寄せ
照、と呼んで来たから翔太に合わせて耳を寄せると
ニコニコと楽しげに小声で耳打ちして来た。

💙「照お前『女郎花』ちゃん抱いてから来た?」
💛「――はあ・・?」

下世話な問いに思わず眉間に皺が寄る。

『女郎花』(おみなえし)というのは隠語だ。
新人3人以外の幹部4人と深澤の間だけで通じる言葉で
それは岩本と契約した女の事を指していた。

女郎花という花は黄色の花弁で可愛らしい花である。
が、漢字だけ見ると春を売る遊女みたいな印象を持たせやすいのか
そういう言い方はやめろと言っておいたにも関わらず渡辺は口にしている。
悪い意味で言ってる訳じゃない辺りがちょっと性質が悪い。

また、花魁や娼婦を指す漢字に花な為
深く考えずに隠語にしてしまったのだろう。
そう呼ぶのが好きではない阿部や宮舘と佐久間は契約相手の名前を取り
カスミソウと表現したりしていた。

狙った訳ではないにしろ、この店には花の名前を持つ者が多く集う。
阿部の指名客は爛(ラン)岩本の契約相手は華純(カスミ)佐久間の指名客は澄玲(スミレ)
しかし渡辺の隠語だけは直さないとだな・・女性軽視になってしまう。

💙「微かだけどその子の匂いがしたからさ」
💛「それはどうでもいいけど、その呼び方何とかなんねぇの?」
💙(どうでもいいんかい)
💚「俺も照に賛成、その表現だと品位を疑われちゃうよ?」
💙「えー・・!そうなの??それはマズいかも」
❤「仮にも翔太は人気もあるし、これを機に気をつけて行こうね」

匂いの事も指摘しつつ得意満面な渡辺は5歳児だ(
だがこのやり取りを耳にして現れた阿部と宮舘に注意されると素直に項垂れる。

取り敢えずこの場は2人に任せて自分はオーナー室に行こうかと考えた岩本。
何となく目が合った阿部の方へ行き、コソっと耳打ち。

💛「俺このままふっかのとこ行くけど」
💚「うん、任せて行っといで」
💛「さんきゅな」

目線が近い位置にある阿部と目が合えば、ふわりと微笑んだ。
唯一同い年な阿部には色々任せ易く、有り難い存在でもある。

頼もしい阿部に頷き返し、頭をポンと撫でてからホールを後にした。
それに俺らが言うより幼馴染の舘さんから言われた方が効くだろうしな。
という訳で俺は2人とその監督役に阿部を残し、店内の奥へ進んだ。

従業員のみが通れる通路の一番奥にあるのがオーナー室。
恐らく今夜の祭りの話だとは思うが、取り敢えずオーナー室に到着した。