朝日が昇り、2018年3月2日を迎えたシェアハウス。
先ず部屋から出て歯を磨きシャワーを浴び、リビングに現れたのは阿部亮平だ。

日付が変わる前にベッドへ入っていたので目覚めはスッキリしている。
せめて竜憲さんにくんを寄越した理由と諸々の確認だけしたい。
何故このタイミングなのか、どうして弟に扮する必要があったのか等々。

昨夜阿部にの何について問い詰めていたのか聞かれた時
どうせなら此処にを寄越した本人に聞くのが一番手っ取り早いと考えた。

入ったリビングにはまだ立ち会うと言っていた照の姿は無い。
時刻は朝の6時10分・・多分もう少ししたら起きてくる気もする。

「うん?・・・誰かお湯でも沸かしたのかな」

シャワーでスッキリ目も覚めたし、牛乳飲もうかなと冷蔵庫へ向かう途中
IHのコンロにスチール製のポットが中身が少し残った状態で置かれたままなのを見つけた。
よく見ればシンクにもコップが1つ置かれている。

歓迎パーティーの後出た食器は舘さんが全部洗ってたし拭いて仕舞ったのも見ているから洗い忘れではない。
そう言えば何となくだけど誰かが夜中に廊下歩いて下りてったね・・・
誰なのかは見てないけどその誰かが水でも飲んだんかな?

まあいいか、今回だけは一緒に洗っといてやろう。

目覚めがスッキリしてたので寛大な気持ちになった阿部。
コップに牛乳を注ぎ、卵を取り出して冷蔵庫を閉め
蓋つきのケースから食パンの袋に入った一枚を取り出し、オーブントースターにイン。
焼けるのを待つ間、フライパンをコンロに置くとオリーブオイルを垂らす。

そこへ卵を手際よく割り、パラパラとコショウを振りかける。
黄身が焼ける前の半熟状態で火を止め、タイミング良く焼き上がったカリカリのトーストの上にその目玉焼きを載せた。
(何だこの料理番組みたいなヤツ)

「よーし朝メシ完成〜」
「ふぁ〜・・・何コレ良い匂い」

大学院時代に舘さんから教わった簡単カリカリトーストin目玉焼き!
実に上手く作れたなあ、と満足したその時だ。
タイミング良く欠伸をしながら照がキッチン兼リビングに現れたのである。

予想したより数分遅れた6時15分、まだ時間はあるね。
目ざとく阿部のお手製朝メシを見つけ、目を輝かせ近づいて来た照。
こういうの見るとギャップが凄いよな(誉めてます

見たまんまの恵まれた体格の良さと鍛えてる事も合わさり、岩本照は食べる量が凄い。
キラキラした眼差しに負け、仕方なく食べようとしたそのトーストを譲りもう一枚同じのを作る事にした。

「さんきゅ阿部」

俺のトーストが〜・・とは思うが、この嬉しそうなくしゃっとした笑顔をされるとつい許せてしまう。
男らしさの塊だと言うのに、食べ物やチョコとタピオカの前ではこの笑顔である。
うーん、でももう6時半になりそうだな・・・確認する事と稽古場に向かう時間を考えると作り直すのも手間か。

仕方ない今日はトーストだけにしよう。
冷蔵庫から出そうとした卵を戻し、食パンを一枚だけ取り出す。

それからバターを塗っただけのパンをオーブントースターへ突っ込む。
焼き上がりを待つ傍ら、先にシンクに置かれていたコップを洗う事にした。

目の前では阿部の手作り簡単カリカリトーストin目玉焼きにかぶりつく照の姿。
我ながら美味そうに仕上がったなあ・・
コップ一つなのですぐ洗い終え、濡れたコップを布巾で拭きながら一応聞く。

「味はどうだった?」
「んまぁい」

聞いてみたら口いっぱいにパンを頬張った照が口をモゴモゴさせながら答えた。
ハムスターが居る・・・すんごいデカいハムスターが。
ファンの子の照担が見たら可愛いって喜びそうな姿だなあ。

「あれ阿部は?」
「俺?また今度にする、そろそろ竜憲さんに電話したいしね」
「んー・・一切れ残りだけどコレ食え(注:阿部が作った奴です)」
「いいよ、照にあげたんだし俺もトースト焼いてるしさ」
「良いからちょっと来い」

食べながら阿部がコップを洗い終えたのを確認した照。
作り直すのだとばかり思っていたが、そのそぶりもない。

どうしたん?と思って聞いてみると時短の為に今回はトーストだけに変えたとのこと。
まあ言うまでもなく俺が阿部のやつ食っちゃったからなのは分かった。

半分になったけど食うか?て聞いてみたがそれは断るのがまた阿部という人間のらしさ。
取り敢えず閃いた事を実行したいので半ば強引に阿部を手招きした。
強めに呼ぶと漸く折れた阿部がこっちに歩いてくる。

何だよ照、と言いながら正面に立った阿部。
自分の前に来た阿部の前に立ち、一口サイズに残ったトーストを

「口開けて」
「――もごっ」

遠慮される前に問答無用、開けさせた阿部の口にトーストを突っ込んだ。
半熟目玉焼きの部分もちょっと残ってたし、少しは足しになっただろう。
一方の阿部は、吃驚しながらも突っ込まれたトーストを咀嚼し始める。

時を同じくした頃、二枚目のトーストが焼き上がる音がした。
気づいた阿部が¨ふぁふぃはほ¨と言ってトースターを開けに戻る。
食うのか喋るのかどっちかにしろ(笑)と照もその背を見送った。

カリカリに焼きがったバタートーストの香ばしい香りが漂う。
改めてそのトーストを手にした阿部が照を振り返り、その横の椅子へ腰かけた。

「そういや照さ、今朝方キッチンに来た?」
「・・・うん、来たけど」

腰掛けたと同時に直球で聞かれた。
でも隠す事でもないので素直に認める。
悪い夢に飛び起きたに飲ませようと白湯を作りに来た事も説明しておく。

聞き手の阿部は、照の説明を成る程と納得しながら聞いていた。
理に適った説明か、不自然な点は無いか等を無意識に照らし合わせながら聞いてしまう癖。

まあ照は保身の為に事実を曲げて話したりするような奴ではないからね。
聞きながら感じたのはの様子のみ。
後合点が行ったのはコンロに置かれたままだったポットだ。
あれはの為に照が白湯を作った残りものだったのだと納得。

欲を言うなら中身を捨てて水を入れといてもらいたかったくらいかな。
そうやっといて貰えると後から洗う人が助かるからね。

疑問も晴れたし、これ食ったら竜憲さんにいよいよ電話だな・・・
阿部が納得のいく理由だったら此処にいる照にも、俺が察した事を話す。
全て話していいのかは自信ない、それこそ竜憲さんに判断して貰おう。

「そいじゃ早速連絡するよ」
「ん」

照も自分も朝メシを食べ終えたのを確認し、横にいる照へそう告げてから電話帳を開き
頷いた照を見てから呼び出しボタンをタップした。
時刻は朝の7時20分、事業主を務める竜憲さんならもう起きているだろう。

turuu〜

と静かな室内に聞こえる呼び出し音。
4.5回聞こえていた呼び出し音が途切れ、微かな機械音の後に一昨日も聞いた養父の声が聞こえた。

『もしもし』

養父に先ず阿部は朝の挨拶をし、率直に聞きたい事があって電話をしたと説明。
これに対し、一瞬の沈黙の後養父竜憲は¨の事だね?¨と答えた。

察しのいい竜憲の返答に虚を突かれたが、肯定して阿部は質問を開始。
何故今このタイミングなのか、どうしてあの恰好だったのかを知る為に。

まだやり取りは阿部にしか聞こえていない。
ただ微かに漏れる会話と、あの恰好ていう言葉が照は気になった。
あの恰好って普通の男子大学院生が着てるお洒落なやつなんじゃないの?

ファッションに興味のある照から見ても、昨日が着ていた服は中々お洒落だった。
養父母と住んでいるから大分洗練されたデザインの服ばかりではあったが、アレはアレで似合ってたと思う。

しかし阿部が聞きたいのはそこではない。
もう少し踏み込んで聞くべきか、自分達も同じ竜憲の養子だ。
二年間という期限付きではあるが共に暮らす以上知る権利もあるはず。

悩んだ末、一時的に照にリビングを出て貰い核心に迫るべく言うことにした。

「竜憲さん、くんは・・さんは女性ですよね なぜ弟として住まわせようとしたんですか?」
『・・・・』
「俺が思ったのは出待ちの子達から彼女を守る為にさせたのだと考えてますが他の思惑があるなら知っておきたいんです」
『・・ふむ・・・思ったよりそれを聞かれるのが早くて正直驚いたよ』
「ごめんなさい、でもさんを守る為にも、俺達全員が知りたいと思うはずです」

何でだよと言いたそうな顔の照をリビングから出してから直球で聞いた阿部。
阿部からの言葉で、微かに竜憲が息を呑む感じがした。

どう答えようか悩んでいるのも阿部には手に取るように察せられた。
阿部が聞く前に言っていたように、まさか送り込んだ翌日に聞かれるとは思っていなかったのだろう。
『聞かれたら答えるつもりでいたが・・・流石亮平だな』

電話口から聞こえて来る戸惑った声音。
でもまあ、阿部はSnow Manの頭脳だ・・彼には知られても問題ないだろう。
そう竜憲は前置きし、阿部の問いに答え始めた。

先ず何故今なのか。
これに対する竜憲の答えはこうだ。

自分達以外の人間と密に関わらせ、やがては事業を継いで貰う為には
人と成りを知る事が必要だと感じた事、それを出来るのは今の学生のうちだけだったから。

、もといは阿部も知るように優秀な成績を収め大学院生へ飛び級した才女。
彼女の専攻は¨総合人間科学研究科¨そこを卒業すべく通っている。
大学時は¨文学部¨を専攻していたので、語学が堪能、三ヵ国語が話せるとか。

当然大学院でも文学系を専攻すると思っていたが、彼女が選んだのは公認心理士の資格も取れる研究科。
養父はこの研究科をが選んだと知った時、不安を感じたと吐露した。

の過去は本人の事を考えると私から話すよりは本人が話せるようになるのを待って貰いたい』

漸く笑う事が増えて来た、竜憲夫婦を信頼し実の親のように思ってくれるようになった。
そんなところに水を差したくはない、と聞こえて来る竜憲の声は微かに震えている。

あの子が心理士の資格を得る研究科を選んだのはきっと、自分の過去と向き合おうとしてるのだと竜憲は予想した。
良い事なのかもしれない、だが学んでいく過程で過去の辛い記憶を思い出してしまうとも限らない。
そんな時、誰かが支えてやらなければならないし 共に同じ目線で彼女と戦える存在が必要だと感じた。

同じ目線で物事を考え、共に乗り越えるそういう存在は自分達大人ではダメだからと切ない竜憲の言葉。
対する阿部は、何故ダメなんだろうと心に疑問が浮かぶ。

養父とはいえ、他人は他人だから?
問うこれに対し竜憲が口にしたのは否、そういう事ではないという事か。

それと気になる質問、何故¨弟¨と偽ってシェアハウスに?
これに対しては阿部も予想は幾つか立てていた。

『何れ分かるとは思うが、君達はアイドルだからね・・無益にが巻き込まれるのも君達が巻き込まれるのも』

何より君たちのファンの方々も、誰一人傷つかない為にはこれしかないと思ったんだよ。
そう竜憲は穏やかな口調で阿部の全ての問いに答えた。

これに関しては阿部の予想と一致、確かに出待ちの子達に知れてしまうなら弟として知られた方が誰も傷つかない。
なるほどな・・と阿部もすぐ言葉が出て来なかった。
取り敢えず照をはけさせての問いは聞き終えた、ソファーから立ち上がり静かにリビングのガラス戸を開け

そして再びリビングの外、律儀にも階段の上に居た照を中に呼び
次の疑問何故ここだったのかを問う。

『血の繋がりは無くても家族、兄弟になれるという事をに知って貰いたくて君たちの所を選んだんだ』

は過去に受けた心の傷から大人や異性を恐怖の対象として見ている。
その理由は養父母も知らない事だ、この際理由は知らなくても良い。
1つ今言えるのはは実の両親を亡くし、唯一の肉親の弟と共に伯父へ引き取られたという事。

ここまで聞いていた照と阿部は大人を嫌う理由が理解出来た。
考えたくないが、はその伯父から酷い扱いを受けていたのかもしれない。

他者や大人を嫌い男を嫌うに、人を思いやり愛し愛される心と気持ちを取り戻させたいのだと話した。
つまりは未だ心を開いていないという事になる。
それでも照は信じたい事があった、だから電話の向こうの養父へ昨日の様子を報告する。

「竜憲さん、昨日の歓迎パーティーしたんすよ。
始めちょっと吃驚させちゃったけど終わり際は俺達の前で居眠りしてたんです」
『本当かい・・そうか、少しずつ・・・あの子も変わろうとしてるのかもしれないな』

ありがとう、そう竜憲は消え入りそうなほど小さい声で照と阿部へ感謝を告げた。
分からない事もまだあるが、は心に傷を負ったままこの家に現れ
他者に寄り添い理解しようと努め、恐怖と向き合うとしている。
家族になろうと努力してる事が分かって、凄く嬉しい気持ちになった。

「竜憲さん、俺らに大役が務まるか分かんないけど・・此処に居る限り俺らがあいつを守るから」
「そうだね照、竜憲さん生意気言ってごめんなさい。でも話してくれてありがとう」
『・・・此方こそ有り難うな、本当に私は良い子供達に出会えたよ。期間はあるが宜しく頼むぞ息子達よ』
「勿論です」
「二年が過ぎて此処を出たとしても俺らが兄弟なのは変わらないすよ」
『そう、だな・・・ありがとう』

嬉しい気持ちと妙な高揚感から、自然と守ると口にした照。
勿論阿部も同じ決意を漲らせ、一人の人として自分達に話してくれた竜憲に感謝した。

期間をやたら気にする言い方が照も気になったが
だからなのか、期間など関係なく兄弟という関係が終わる事は無いと竜憲へ言った。
そう言われた時の、涙声を照と阿部は忘れられそうになかった。