優しい声とゆらゆら揺れる感覚、心地のいい声。
力強い腕に抱えられた瞬間、私の意識は一瞬だけ浮上。

異性に触られるのは恐怖でしかないのに。
少しでも近づかれると震えてしまうくらい怖いはず・・
でも、安心してしまってる自分が居た。

そんな早く克服出来る事じゃないでしょ?と批判されるだろう。
私自身信じられない気持ちでいっぱいだった。

警戒もしたし、流されまいと決意もした。
でもさ・・この人達は、私の予想の斜め上を行ったんだ・・・
必死に虚勢を張って馴染むまいとしてる心に自然と寄り添ってくれて・・

押し付けたりしないからスルリと彼らの心遣いが沁み込んで来るの。
私自身が自分で気持ちの整理が出来るように矢継ぎ早に話したりもしない。
聞き入れろ、と強い態度で追い込んだりもしなかった。
ちょっとだけ阿部先輩は怖かったけど、あれは私が迂闊だったせいだから自然の流れだった。

あの時、間に入ってくれた照さんの言葉と姿が浮かぶ・・
照さんを思い返すと、決まって別の光景みたいなものがチラつくのだ。
パッと見は怖い感じもするのに笑うと一気に雰囲気が柔らかくなる。

こういう印象の人に会うのが初めてだと思えないからなのかな・・
照さんは怖くない、凄く信頼出来る人だ・・て言い切れてしまうのは。

優しくベッドへ寝かせ、布団を掛けた照と阿部の気配が部屋を出て行くのを感じつつ
私は久し振りに心の底から安堵して深い眠りに落ちた。

夢を見るのは時間も必要としなかった。

懐かしい景色の中を歩く
見た所都内ではなく、その景色は・・・思い出しくない記憶が渦巻く伯父の家。

眠りながら無意識に力が入る体。
幸せな生活を送っているのに、夢は逃れたはずの過去を見せる。
伯父の家の前に場面が変わり家の中に入る。

先ず現れたのは、あの地獄から救い出してくれた従妹。
夢の中ではあるが元気そうな様子にホッとした。
会う事は無いかもしれない、それでも従妹や義母には幸せに暮らしてて欲しいと思う自分が居る。

このまま夢が覚めてくれる事を期待したが、まだ覚める様子はない。
従妹の場面からまた切り変わり、景色はキッチンへ。
・・それから廊下へと移り、勝手に進む先に見えて来るのは恐怖の部屋。
変わった様子のない襖に仕切られた最も奥にある部屋だ。

「う・・・・」

この辺りになると寝ているからは苦悶の声が洩れ始める。
襖を開けたら伯父が居ると分かっているのに、夢は進み、閉じていた襖が横にずれて行く。

ゆっくりずれた襖の先、見えた室内に恐怖の権化の姿は無かった。
夢の中だというのにホッとした自分の吐く息の音がリアルに聞こえる。
奴が居ないなら戻ってくる前に他へ移動するに越した事は無い。

やけにゆっくり動く夢の中の足・・襖を閉め、踵を返した時
それは前触れなく背後に現れ、振り向いた私の眼前にニタリと笑う伯父が立っていた。



「うわあっ・・・!!!」

恐怖のまま叫び、飛び起きた
辺りは暗く、荒い自分の呼吸だけが聞こえる。
そんな中ドクンドクンと脈打つ心臓の音が煩い・・

3月とは言えまだ寒い日もある夜中、飛び起きたは自分が汗をかいている事に気づく。
魘されてたから冷や汗ならぬ寝汗をかいたんだろう。
飛び起きる寸前の伯父の顔つきをまざまざと思い出してしまい、ブルッと震えた。

喉もカラカラに乾いていて、叫び声も掠れていたと思う。
取り敢えず何か飲みたい・・・怖い・・

よろりとベッドから出て洗面所に行くかなと考えた。
先ず顔を洗って服を取り替えたりしないとまた悪夢を見そうだわ・・・
部屋の電気は付けず、枕元にあるブックスタンドを点灯させた。

机に置いたままのiPhoneを軽くタッチし、確認した時刻は深夜3時。
寝込む前は23時過ぎだったからそれでも4時間は寝れたのか・・

気怠い体を両腕で掻き抱くようにして扉まで歩く。
手を扉のノブに添え、取っ手を下げて内側に引いたタイミングで廊下の冷たい空気にクシャミが出た。

「――っくしゅん!」

咄嗟に口許を抑えてクシャミしたが
誰も起きてないはずの家の中、開いた扉の奥から名を呼ばれたのである。

「・・おい、今叫び声」
「え?――きゃあ!・・・・あ・・」
「・・・・・んん?」

薄暗い廊下から突然声がしたらもう吃驚するじゃん??
不意打ちの不意打ちすぎて出てしまった悲鳴。

咄嗟に口を覆ったが時既に遅し・・・・
私の目の前に現れたのは、もう寝てると思ってた照さん。

手に照さん自身のiPhoneを持ち、光源にした姿。
意外と至近距離に立っていた長身の兄は¨きゃあ¨をバッチリ聞いてしまった・・・よね?
気まずい・・どうしよう、阿部先輩に続き照さんにもバレてしまったよ・・・

痛いくらいの沈黙と静寂・・耐え兼ねたは、再びノブを握り締め勢いに任せて閉めようと試みた。
しかし恐ろしく早い段階でそれに気づいた照が素早く長身を閉まる前に滑り込ませる。

バタン、と閉められた扉。
逃げ込むはずが逆に照さんごと扉を閉めてしまった!!
駆け込み乗車並みに素早く動いた照もゼェハァと乱れた呼吸を繰り返して

「・・ぁっぶね!、おいお前――」

何なんだ今のは!という問答をしようと慣れた手つきで室内の電気を探り当て点灯させた。
点灯した電気に明るく照らし出された、背の高い照を見上げるその姿に既視感が重なる。

ブロンドに近い色素の薄い茶色の髪、それから薄い青の瞳。
こんな風に照らされた灯りの下、自分を見上げていた・・少女・・・・?

そう少女が今みたいに俺を夜の闇の中、街灯だけを頼りに見上げていた。

特徴がまさにと同じで・・・・って辺りで照はの様子に眉を顰め
怯えている事と、寝汗で額や頬に張り付いた髪や青褪めた顔色に気づく。

「怖い夢でも見たんか?」
「・・・うん」
「なるほどな・・俺に吃驚して女の子みたいな声出ちゃった系?」
「・・・・・・はい」

よく見たら震えていて、その姿が照に冷静さを取り戻させた。
まあ思い切り女子みたいな反応してたけど、今はそれよりこいつの状態が気になる。
聞き方も断定ではなく想定に変えてみたら間を取りつつ頷いた

取り敢えず震える肩に自分が羽織って来たパーカーを掛けてやり、ベッドの淵へ座らせる。
体格が違うのもあってサイズは大きい(モコモコだな
何処に行こうとしていたのか聞くと、抑えた声で洗面所とキッチンにと答えが来た。
汗を拭いたり水でも飲みに行こうとしていたのかもしれないと推察。

クシャミもしていたし、着替えはしないとダメだな・・・

「水でいいなら下から取って来る、その間に着替えとけ」
「あ・・はい、起こしてしまってごめんなさい」

扉へ向かう照の背にかけられる緊張したの声。
すぐすぐ兄と呼ぶのは難しいんだろう。
少し視線を合わせれば、まだ若干顔色の悪いが映った。

分からない程度の息を吐き、照は暗い中iPhoneの灯りを頼りにキッチンへ下りる。
幸いなのかは別としてあの悲鳴で目が覚めたのは照のみだったらしい。
廊下に出ても他の部屋は静かで、寝息やらだけ聞こえていた。

悲鳴を上げてしまうくらいの怖い夢とか見た事ないかも俺。
環境が変わったのも関係してるのかもしんないね。

キッチンに到着すると電気をつけ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
キャップを捻って中身をコップともう一つ分けた。
普通にコップへ注いだ方を照自身が飲み干し、別に白湯を用意。
理由は体が冷えると悪い夢を見るんだとかいうのをどこかで見たのを思い出したから。

白湯を用意してる間にはの着替えも済んでいるだろうと考えた。
にしても早起きする為に早寝したら隣の部屋の悲鳴で起こされるとはなー・・・

その事をどうこう思ってる訳ではないが、変な時間に目が覚めたせいで妙な既視感が消えない。
線の細さと肌の柔らかさに適度な筋肉、雨の日と重なる既視感・・それからあの悲鳴。

「まさかな・・・」

誰に問うでもなく呟いた声。
やがて湯が沸き、耐熱カップに出来た白湯を注ぐとトレイに乗せて二階へと向かった。

が寝てるのか様子を見るだけのつもりだったのに、白湯まで用意してる自分に笑えてくる。
でもまあ今回は確認しに来てよかったんかな・・?
同時に訪ねない方が良かったのかなとも思う部分もある。

悲鳴を聞かれた時のの顔色からして、聞かれたらマズイって感じだったしなー。

隠し事をするには向いてない系だ・・取り敢えず考えるのは朝が来てからにしよう。
部屋の前に着いた辺りで思考を中断、軽く深呼吸してから扉をノック。

また叫ばれでもしたら今度こそ誰か起きる・・
ノックに中から応が返され、ノブを下げながら扉を押し開けて中へ入った。

「お、着替えられたみたいだな」
「はい・・その、騒がせてしまって・・・ごめんなさい」
「良いって、怖い夢見たんだし叫んで当たり前」
「・・・これは?」
「ん?これは白湯な、怖い夢見た後は温かいモン飲んだ方が落ち着くだろ?」
「わざわざ?・・・・こんな時間に本当ごめんなさい」

何だろう、口癖なのかなってくらいは謝る。
謝って欲しいからやった訳ではない。
ぐっすり眠る為の助けになりたくてやった事だ、謝る必要は皆無だと照は思っている。

苦笑が自然と浮かび、向かい合う位置に屈みわしゃわしゃとの頭を撫でていた。
ついやってしまってから迂闊に触ってしまった事に気づいた照。
ごめんな、と言う為にを見たら怯える様子はなく 寧ろ嬉しそうな顔。

その顔を見たら、さっきの悲鳴の事とか阿部が確認しようとしてた事とかが一気にどうでもよくなった。
気になる点は何であれ、こいつは俺達の弟になる為にシェアハウスに来てくれたのだ。

今はまだそれだけでいい。

「あのさ、これからはごめんなさいじゃなくて¨ありがとうございます¨にしない?」
「¨ありがとうございます¨ですか?」

ゆっくりでいいかな、て思ったから照は行動に出た。
飲み終わったと気づいたの手から、ゆっくりとカップを回収しつつ口を開く。
上手く伝わるか分からないけど言っておきたい、知ってて欲しい事を伝えたくて。

「うん、俺も多分他のやつもそうだと思うけど謝って欲しいからこう・・
気にするんじゃなくて¨そうしたい¨から俺も白湯用意しちゃったのね?」

かと言って¨してあげたい¨事をお前に押し付ける気は無いよ。
ただ俺らの行動は押し付けるってより、単に歳の離れた弟の為に何かしたいからって感じだな

思った言葉を上手くこう伝えるにはどうしたらいいんかな・・
理由を待っているへ何とか伝えようと照は試行錯誤。
何て言うかだな・・・と改めて考えてから切り出し

「兎に角言いたいのは、新しくこの家に来た末っ子のお前に喜んで貰いたいって思ってる兄ちゃんしか居ない事!」

ちょっと怖がらせちゃったりしたが、泣かせたくてやったんじゃない。
歓迎する気持ちが先走ったというかまあ、来てくれてありがとうっていう気持ちしかないのだ。

何とかして末っ子に喜んで貰いたい、頼られたい。
ここにいる6人の兄ちゃんはいつでもその気持ちでと接してるんだよ、と伝えたいんだなあこれが。

今すぐじゃなくていいしゆっくりで良いから、自身の事を話せる時に話してくれればいいと。
やっと言いたいことが言えたわ・・普段からリーダーとしてコメントを振られたりするから慣れてるつもりだった。
最後の言った事を伝えるだけなのにこんな労力使うとは、ホント伝えるって大事だし大変。

「俺らはこの家がにとって気の抜ける気の休まる安心できる場所にしたい、それはお前に限らず俺らにとっても然り」

助けたい時は助けるし助けて欲しい時は助け合う、そんな関係で居たい。
誰かが困ってたらいつでも助けられる所に居たいじゃん?

言い終わった後無性に恥ずかしさが襲う(笑)
普段から思っていても中々口にはしない自分の考えを言葉にするのって照れるわ。
ちょっと照れ臭いがベッドに座ったままのをチラッと見る。

引かれてないといいなあ、ていう淡い願望から覗き見たの表情。
顔色は良くなってきてて体温も戻ったのか、少し頬が赤らんでいる。
肌が白いからその赤味がやたらと目立つ・・なんか佐久間みたいなやつだな(

それは兎も角、表情だけで見ると引いたりはしてなさそうだ。
寧ろぽやーんとしてる?眠いんかな?

時計を見れば朝方の4時前、これはヤバイ。
そろそろ寝かしてやらねーとだな。
取り敢えず俺らって言ったけど、俺はこう考えてるから安心して良いんだぞってのが伝わってればいいや。

取り敢えず今夜はもう寝とけ、4時前だわごめんな眠いだろ?」
「・・照さんの言葉、凄く嬉しくて心に沁みてました・・・こんな風に言って貰えたこと・・初めてです」

私は私のままでいいんだな・・て、まだゆっくりで良いんだなと実感させて貰えたし安心出来た。
眠くて緩慢になってきた思考回路から何とか感じた言葉を伝える
温かな言葉を貰う事には慣れてないし、久し振りに感じた家族っていう感覚を実感出来たのが嬉しい。

わしゃわしゃって荒々しく撫でられる事も久し振りで、心がポカポカしてる。
照さんの手は大きくて、亡くした父親を彷彿とさせた。

このまま居たら泣いてしまいそうだ、照さんの言う通りもう寝よう。

「そっか、俺もこのタイミングでお前と話せてよかった。」
「照さんも変な時間に起こしてしまって本当にごめんなさ・・・・」
「んー?」
「いやその、ありがとうございました」

目線を合わせて話をしてくれていた照へ心から礼を贈ったのは良いが
ついまたごめんなさいと言いかけてしまった。
重くて暗すぎる過去がそうさせるのだが、照達の前では少しでも明るく努めたい。

ハッとした顔で照を見れば、わざとらしい感じで視線を寄越している。
向けられた視線は優しく、表情も柔らかかったから自然とお礼に変えれた。

会ったばかりだと言うのに自分で引くくらいの馴染み様。
多分照さん達が持っている雰囲気と、温かな空気?が頑なな心を綻ばせたんだと思う。
話せない事言えない事ばかりだと言うのに・・・
そんな自分にも本音で接してくれる・・きっと孤児院で暮らす前の家庭で愛情を貰って育ったんだろうなあ・・・

またもしんみりしそうになっただが、きちんとありがとうございましたと言えた事に対し
ふにゃっと笑った照が頭をヨシヨシしつつこんな質問をして来た。

「よぉしよく出来ました、今日は大学院だっけ?」
「えっとハイ」
「だよな」
「?」
「それ何時に終わる?」
「確か・・・夕方の18時くらいかな」
「結構遅いんだな、でもその時間なら・・ふむ おっけ分かった」

これを聞くって事は何か用事でもあるんだろうか・・・?
質問の意味について聞きたい気持ちもあったが、宥められるような感じでベッドへ寝かせられてしまい
色々気になりながらも寝入るまで居てやる、と笑った照に見守られるように気づけはは眠りについた。