「寝ちゃったみたいだね」

歓迎パーティーが開始してから約三時間。
あんなにも怯えていたは、ソファーでスヤスヤと眠っている。
これは、安心してくれたと思って良いのだろうか少し悩むね。

時刻は夜の23時、食事を終えた面々はテレビを見たり本を読んでいたりしていた。
自分達も出演する今年の滝沢歌舞伎も控えている今
本当なら稽古漬けの日々を送っている筈だ、まあ偶々昨日今日が稽古前最後の休みだったりする。

が寝てしまったのを気づいた阿部も、読んでいるのは滝沢歌舞伎で使う資料だ。
主演のバックで踊るだけではあるが、2012年から毎年参加させて貰っている名誉ある舞台。

勿論今年も出演する、メインキャストにV6の三宅健を迎えた三回目の舞台だ。
今回は芝居中心だった2幕目が大きく変更され、最終的には1と2幕両方がショースタイルに変更された。
その為の稽古も明日から幕を開ける、Snow Man全員が出演するのだが・・・は一人になってしまう。

「・・みたいだな」

を視界に入れつつ話す阿部へ、言葉少なく答えるのは照だ。
彼の向けるへの視線は意図を読み取らせない静かな眼差し。

「明日から稽古が始まるね、6月は俺達全員が名古屋に行く事になるんだけど・・・くんどうしよっか」

都内には居るが稽古場に泊まり込む、しかも6月からは新劇場開場記念として名古屋へ行かねばならない。
となれば自然と生まれる憂いを静かな眼差しの照へ懸念と共に話す。
阿部の言葉を聞いてる途中に何を言わんとしてるのかに気づいた照が¨あー¨と発した。

折角新たな家族としてこのシェアハウスに来た翌日、いきなり彼は一人ぼっちになる。
豪邸のような広いシェアハウスに一人ぼっちはキツイ・・
これには照も、偶々近くでテレビを見ていた翔太も同じ反応をした。

浮かれた訳ではないがスッカリ今の今まで明日の稽古漬けと6月からの名古屋行きを忘れていた。
前半は都内に居るとは言え、事実上は独りだ。
誰も居ない家に一人残されたを想像し、うーん・・・と照は腕組みをして唸る。

「流石に歓迎された翌日から独りは辛いよな」(岩本
「うん、辛いと思う」(翔太
「俺は平気だけど厳しいだろうね」(阿部
「・・・・・ま、阿部は平気だろな」(岩本
「ん?何か言った?」(阿部

一人残されたを想像しながら話す照にすぐ同意したのは翔太。
A型二人は意外と寂しがり屋だからな、と思いながら阿部はクールに答える。

迷いなく俺は平気だけど、と言ってのける阿部をチラッと見やった照。
耳聡く聞きつけた阿部がニコやかに問い返す声に被せ気味な声を誰かが重ねた。

「兎に角どうしようか!ふっかにも聞く?」(翔太
「何だどした翔太ァ急に大声出して、が起きるぞ」(岩本
「二人とも話の変え方が下手すぎ」(阿部

まあ確かに不自然過ぎた。
ただ、どうするにも先ずは本人が起きてる時に聞くしかないな。

偶に顔を出す治安の悪い阿部からの視線を回避すべく
無理に話の軌道を変えようと翔太が試みたが下手糞すぎた(笑)
その努力は認めよう、と半笑いの顔で翔太の背中をポンポン叩いてやる照。

取り敢えず今夜は寝かせるとして、明日自分達が稽古場へ移動する前に確認するしかなさそうだ。
意見が満場一致した三人の兄達、揃いも揃って眠るをどうしたものかと眺める。

運ぶにしろ途中で起こしてしまったら怯えてしまうかもしれない。
気づかないふりはしたが昼間の出来事を6人は気づいていた。
が何に怯えているのか、を。

阿部とのやり取り時にも怯えていたが、あれは突然問い詰められたからだと照は思っていた。
が、それを知ってるのは照と阿部のみ。
今会話に混ざる翔太はその様子を見ていないので、佐久間との様子で見せたの怯え具合しか知らない。
たったそれだけではあるが、誰がどう見ても他人に対して異常に怯える様子は何かあったと思わせるに十分だった。

多分此処に来る前の施設か家庭での恐怖?が怯えとしての心に根付いているのだろう。
その根っこを取り除かない限り、は他者に怯え続ける。
あの様子から察するに、恐怖はあるが本人は恐怖を超えて俺達と家族になりたいと思っている感じだった。

ただ心に深く根付いた恐怖と怯えは簡単には消えない。
こうして無防備に眠れているのは自分達を信用してくれた表れだと思う。
だからこそ部屋に運んでやりたいんだが、数分だけ三人は悩んだ。

「んー、こうしてても埒が明かないわ俺が運ぶ」

そう決意して立ち上がったのはSnow Manのリーダー岩本照。
眠ってるから分からないと思うが、抱える前にそっと近づくと優しい手つきでの髪を梳いた。

、これから部屋まで運ぶから触るぞ?」

阿部と翔太が照の仕草と行動に意外そうな反応を見せる中
耳元で運ぶからな?触るぞ、と囁く。
何か見てるこっちが恥ずかしいんだけど?と阿部は苦笑して見守る。

一応断りを入れ、ソファーで横向きに転がって寝入るの前に屈み込むと
の体勢を仰向けに変え、先に膝裏に右腕を差し込んで自分の右膝の上での脚を乗せ
細い右腕を自分の首に回させ背中に左手を差し込み、ぐっと自分の胸元へ引き寄せながら立ち上がった。
手際の良さに眺める翔太と阿部が、小さく¨ヒュー¨と音にする。

男相手でも躊躇わずに横抱き出来ちゃうところが照の良いとこだよな
とか思いながら小さく¨軽っ¨と口走ってる照を阿部は眺める。

照も照で、男なんだからもうちっと鍛えないとだな・・俺がトレーニングつけてやるか?
等と思案しつつ、自分達をソファーから見上げる二人の兄弟に部屋に運んでくるわと言った。

「じゃ阿部ちゃん付いてって個室のドア開けてやりなよ」(翔太
「えっ」(阿部
「最初に彼が寝ちゃった事に気づいたの阿部ちゃんだしさ」(翔太
「はあ?翔太それ答えになってないじゃん、まあいっか了解」(阿部
「決まった?んじゃあ阿部が先に二階行って」(岩本

を抱えたまま部屋のドアを開けるのは大変だろうと感じた翔太の気遣い。
尤もらしい理由で部屋のドアを開ける役目に阿部を指名した。
またも白羽の矢を立てられた阿部だが、理由が納得出来るものだったので承諾。

不承不承にも見えたが、ドアを開けといて貰えるのは実際助かるので照も反論は無く
治安の悪い阿部が承諾した直後に先に向かって貰いたいと促した。

リビングに残った翔太へ行ってくる、と告げて廊下へ出る。
最初見た時から思っていたが、予想を裏切らない軽さ。
抱える為に握ったの腕は柔らかく、細かった。

益々男なのか?と不思議になってくる。
まあそれを考えるのは後にしよう、と揺らさないように階段を上り
廊下の中ほどにある12畳の個室のドアの前に阿部を確認

の両足がドアや壁にぶつからないよう気をつけながら室内に入って行き
次いで入って来た阿部がベッドの掛布団を足元辺りまで捲ってくれた。

声には出さず¨さんきゅ¨と口を動かし、洗い立てのシーツの上へゆっくりを寝かせた。
幸い起こさずに運び終えた事にホッと胸を撫で下ろす照と阿部。
スヤスヤと相変わらず寝ているへ捲った布団を掛けてやり、起こさないよう静かに二人は個室を出た。

「良かった、起こさずに済んだね」
「ん・・・ところで阿部さ、の何について問い詰めてたの?」

廊下を出て少し歩き出してから安心した様子の阿部が口を開く。
その言葉に頷いた照は、少し気になっていた事を今聞いてみた。
聞いたのは昼間個室に案内した際の、阿部の言葉と様子。

正直昼間の阿部は、ただならぬ様子だったと記憶している。
キツイ調子で問い詰めるみたいな聞き方は、実に阿部らしくなかった。

部分的には聞こえたが、何故ああいう流れになったのか
肝心な流れの部分は生憎とピアノを弾いていた為把握出来てない。
阿部にとって避けたい話題だったのか分からないが、微かに眉宇を潜めた。

対する阿部、まあ照に聞かれる可能性は予期していた。
ピアノを弾いていたとはいえ隣の部屋に居たしね・・・
ただ・・これを話してしまって良いものか・・・
これから此処で生活するとなるなら言うべきなのだろうと思う。

今一踏ん切りがつかないのは、くん、もといさんが性別を偽って現れた理由だ。
他ならぬ竜憲さんからの条件で男装させたのか、それとも本人の意思なのか。
この理由次第では男として振舞わせた方が良い場合もある。

弟としてならこのシェアハウスに出入りするのも問題ないだろうからね・・
もし女の子として此処に出入りしたら・・偶に出待ちをしてくれてるファンの子達が良く思わないと予想。
・・・・万が一が起きないとは言い切れないね?ちょっと不穏な想像しちゃった。

うーーん・・それを防ぐ前提で説明するのなら、照には話した方が良いのかな・・・
俺だけじゃ多分難しい気がする。

「照は口が堅いって信じてるよ」
「・・・ん?・・うん?」
「ただ俺がこれを言って良いのかが分からないんだよね」
「おう?」
「今言えるのは、出待ちの子達が万が一暴徒化した時は照がくんを守ってね。かな」
「は?・・・まあ、俺達の弟だからそりゃ守るけど何だその例え」

何だその例え、って言われても今はこれが精一杯。
それかもう明日になったら竜憲さんに電話して真意を問い質して理由を説明してもらうしかないな。
まあそのくんはさんていう俺の予感は正しいと思う、だから竜憲さんに聞くのはその先だ。

バレたら何が起きるか分からない危険も伴うこの家に何故住まわそうとしたのか。
危険が伴うと分かっていたから敢えての男装なのか?とかをね。

「兎に角約束して、照が守れるなら明日俺は竜憲さんに連絡する」

4cm下から見上げる阿部のは目は真剣な光を帯びていた。
阿部は間違いなく冗談抜きで自分に確認しているのだと、照は察した。

気圧されるように言葉をゆっくり紡いで分かった、とだけ囁く。
阿部が問い質すみたいに聞いていた内容は、養父の竜憲さんに連絡しなくては話せない事らしい。
それは何故なのかは勿論気になった、しかし今ここで阿部がそれを話すつもりがないのは明白。

ならば大人しく引き下がり、今夜は明日にも備えて早目に寝るべきだと思い至った。
明日の稽古入りは午前10時から、今から寝ておけば早く起きれるし時間も作れる。
竜憲さんに連絡する場に立ち会い、へも自分達の事情を説明する事も出来るだろう。

阿部はそのまま自室へ戻って行き照は一応リビングへ戻った。
まだ残ってるかもしれない翔太には寝かせたと報告しておこうと思った為。

再び戻ったリビングには幸いまだ翔太は残っていた。
を運ぶ前から此処に居たのは翔太の他に宮舘と深澤もいたはず。
律儀に待っていた翔太には寝かせて来た、と報告をする。

「舘さんとふっかは?」
「照と阿部ちゃんがくん運んでった後に部屋に行ったと思うよ」

報告がてらリビングに姿のない二人の事を確認してみると
珍しく翔太の口から尋ねた二人はもう部屋に戻ったと聞く事が出来た。
二階へ運ぶ前から宮舘は食器を洗っていたし、深澤も寛いでいる様子だったから戻っていても不思議ではない。

教えてくれた翔太に礼を言い、お前も早く寝るなら寝とけよ?と言い残し照も部屋へ向かった。
階段を上る途中、そういや佐久間はどうしたんだろ?と思い出す。
・・・が寝入る時にはもう姿は無かったな。

まあ恐らく呼びに行く前に見てた撮り溜めのアニメを見てる可能性が高い・・
明日寝坊しないと良いけど、取り敢えず俺も簡単に明日の用意をして寝とくかな。

本当はアイシングと筋トレもしたかったが、思いの外時間が経過していたらしく
iPhoneで確認した時刻はもう日付が変わっていた。
流石にそろそろ寝ておかないと明日の阿部の件に立ち会えなくなる。

部屋に入り、寝やすい恰好に着替えを済ましつつ耽った。
阿部のあの様子からして、に関する何かを気が付いたのは確かだと思う。
頭の回転が速い阿部の事だ、何かに気づいた上で既に対抗策?みたいなのを考えて先へ先へ動こうとしてるんだろな。

全く以て優秀な元末っ子だ。

息を吐くように自然な笑みが照の顔に浮かぶ。
揶揄ではなく純粋に尊敬しているからこそ出て来た単語だ。

兄弟全員が阿部の努力を知っている。
学業専念も始めは照を含めた全員が止めた。

しかし阿部の決意は固く、そんな照達の制止を振り払い大学を受験。
見事合格し、在学中に学業優秀賞を受賞・・
それだけに留まらず、更に上を目指した阿部は大学院にも進学し今月は卒業を控えるまでに。

頭脳明晰な阿部は大学院生中に気象予報士の資格まで取っている。
まさに努力の天才だ・・兄弟全員が阿部を尊敬し、尊重出来る関係を築けた。
冷静沈着で偶にネジが外れたりするヤツでもある・・・が、信頼もしている。
その阿部が見せた人間臭い一面、阿部にそうさせたという人間の事も照は気にしていた。

そして夜は更け、問題の翌日を迎えるのである。