暗い暗い闇夜を抜け、逃げ切る為に必死に走った。
伸びて来る魔手と嘲りの声が追いかけて来て、私を捕えようとする。
それでも必死で拒み抗い、無我夢中で手を動かした。
諦めようとした私を奮い立たせたのは、兄達と過ごした日々。
あの温かな場所に帰りたい、皆とまた笑い合いたい。
真っ暗な世界に閉じ籠る昔の自分には戻りたくないと必死だった。
そしたら思わぬ力が出て、押し倒された傍にあった予備の机と椅子に手が触れ
もう必死で掴んだ、どっちだったか忘れたけど(ぇ
兎に角誰かに気づいて貰おうと必死だったから
掴んだやつを火事場のバカ力で投げた。
運よく投げたものが窓ガラスを直撃して大きな音が出たからホッとした。
けど戻って来た白藍月華に強硬な指示をされた男子院生2人。
行為をやめそうにない、ひたすら恐怖が私を支配した。
伯父の時はなんとか性行為自体は免れていたが(ベタベタ触られたりはした
今度はもう逃げられない、そう思ったからもう死んだ方がマシだと
能動的に動き、割れた破片を夢中で引っ掴んだ。
ギュッと握った両手に走る痛みと流れる赤。
ああ、私はまだ生きてるんだ・・そう思ったらまた泣けた。
やっぱりしがみ付きたくなったんだ、生きる事に。
どうせ逃げれないなら覚悟はもう決まってる。
やりたいだけやればいい、それならいっそ泥臭く生きてやろう
どんな私になっても、兄達は受け入れてくれる気がしたから。
例え私の願望だとしても、一縷の望みに賭けて縋った。
欠片を握る手で自分の首筋にあてると、冷たい感覚が触れる。
負けてなるものかと必死で相手を睨んだ。
――君達は其処で何をしてたんだ!!
この声が聞こえ、扉から講師や院生が駆け込んでくる光景は一生忘れないだろう。
諦めなくて良かったと心の底から思った瞬間だ。
駆け付けてくれた院生らを見た時、すぐ気づいたよ。
亮兄が募ってくれた有志の院生達だって。
守れなかったって泣いた亮兄だけど、そんな事ない・・亮兄はちゃんと私を守ってくれたよ。
女の院生に抱き締めて貰った時、亮兄がちゃんと守ってくれた事が嬉しくて涙が溢れた。
後は人の温もりってこんなに安心するんだなあって思えた事に、たまらなくなった。
兄さん達に会いたいなあ・・って思いながら眠ってしまったけど
移動する音と温もり、それから聞き慣れた声がした。
でも少し険悪で言い合ってる声だった、言い争って欲しくなくてでも安心して目を開けてみたら
そこにはやっぱり皆の姿があった。
怒りと後悔、腹立たしさ・・色んな感情が鬩ぎ合ってはいたけど兄達だ。
何だか子供みたいな印象の兄達が微笑ましくて自然と笑ってたなあ・・
その後亮兄が私に謝ったんだ。
私なんかの事で心を痛めて欲しくなくてぼんやりする思考回路で懸命に伝えた。
何度も負けそうになった私の心を引き上げてくれたのは兄達だと。
諦めるのを赦さないみたいに目先で輝いて導いてくれた。
私に温もりと家族をくれた人達。
きっかけは養父でも、私と過ごし受け入れてくれた兄達が私を家族にしてくれた。
本当の性別の事はどうするのが正解なのか分からない・・
スッと自然に目が開いた。
ふわふわした意識だったが、今はしっかり目が覚めた。
あの地獄は越えたらしい・・視界に広がるのは見慣れた自分の個室。
掛布団を捲ってみると今朝着て行った服装のままだった。
どうやらそのままにしておいてくれたらしい・・・。
🌕「――痛っ」
掛布団を握った瞬間手に走る痛み。
パッと見た両手に巻かれている包帯・・
あの地獄が実際起きて、乗り越えて来たのだと
両手の怪我と痛みがそれを教えてくれる。
忘れ得ぬ過去がまたも増えてしまった。
怖くて堪らなかったが・・・不思議と根深くはならない予感はしている。
だって私はあの頃と違うから、2年前は独りで耐えるしかなかった。
けど今は、私と一緒に悩み考えてくれる人達が6人も居る。
これ程心強い事は無い、性別の事だけは騙してるのが心苦しいけどね・・
でも、性別を明かすのはこの暮らしを去る時だと決めたんだ。
養父の願いでもある人間らしい感情を得て、何れの後継者としてあの家に帰る。
兄達とはそれまでの契約関係・・いや、そんな物じゃない。
2年間だけではあるけど、住む家は養父母のところだけども
私と兄達が養子関係ながらも兄妹なのは変わらない。
養父母の家に戻ってからだって会おうと思えば幾らでも会える。
この関係は終わりにはならない・・・今後も続いて行くのだ。
兄さん達の顔が見たくなって来たからそろそろ起きよう。
一応部屋着に着替えようかとも思った。
しかしですね・・・・両手は包帯でぐるぐるだし痛いし何だコレ状態。
スキニーとか手の痛みに悶絶しながら脱いだよね、うん。
上も悶絶しながら脱ぎ、ボタンで留める着脱の簡単なシャツを着直し
下は仕方ない・・軽い素材のズボンでダボッとした奴に変えた。
🌕「はあ・・・着替えだけでこんなに労力を使う事になるとは・・」
お前まだ16歳だろ、ていうツッコミが来そうな発言をした。
ドアノブは肘で下に下げてノブとドアの隙間に手を下から差し込み
手首を使って内開きのドアを開けた。
室内で軽い脳トレしてる気分になったわ・・
それはまあ兎も角何とか個室から出る事に成功。
階段の淵まで行くと話し声が聞こえた。
改めて聞くと心が温かくなる。
兄さん達の声だ!と喜びを感じるのだ。
しかし階段を下りる事はまだ躊躇う。
3日前の事が過るし・・・手すりを使って下りる事も考えたが
今のこの手では掴まる事すら難しいだろう・・頑張って掴まったとしても痛みで無理。
最悪痛い!とか思った瞬間に転げ落ちるわ
('ω')・・・いっそ転げ落ちるか?
いやそれはダメだろ(セルフツッコミ
また余計なケガとかして迷惑かけるのが関の山だ。
うーん・・ここは安パイにエレベーター使おう。
💙「――くん?」
頭をブンブン振って変な案を掻き消し
仕方ないなあと踵を返そうとした時下から呼ばれた。
パッと瞬間的に振り向くと、吃驚顔の兄が1人。
私と目が合った兄、翔太さんの顔がみるみる輝いて行く。
💙「待って、そこに居て!」
ぱああっと顔を輝かせた翔太は、上に居るに叫ぶ。
この声でリビングに居た他のメンバーもざわついていた。
引き返すのを止めた翔太は階段を駆け上り、2階にいるの前まで来る。
7㎝差はある翔太との身長。
軽く見上げる驚いた顔のを間近で見た翔太は躊躇う事なく抱き締めた。
🌕「―――ファッ!!?」
💙「くん良かったああ起きたんだ?手はまだ痛む??体調とか大丈夫だよね!?」
🌕「だだだだだだ大丈夫ですよ、翔兄おち落ち着いてえ」
💙「あ、ごめんごめん(笑)」
まさか抱き締められるとは思わなかったは一瞬パニックになった。
大学院で女子院生にされた時とは違う広い肩幅と強い力。
耳の近くで聞こえる翔太の声はとても美声で吃驚した。
それでも異性に抱き締められると言うのは初めての体験。
どうするのが正解なのか分からず、わたわたする。
何よりこの状況が恥ずかしくて顔に熱が集まる。
何とか腕の中から声を上げると、我に返った翔太から解放してくれた。
はあ吃驚した・・・
でも本当に心配してくれてたからこその行動だと思うと嬉しくなる。
わざわざ其処に居て、と言ってまで駆け付けた兄を見やると
💙「くん階段まだ難しいでしょ?」
🌕「あ・・うん、もしかしてそれで?」
💙「まあね、俺だって気づく時は気付きますよ」
('ω')気付かない時は気付かないけど
とオチを自分から付ける兄にも吹き出した。
カラカラと笑う姿を目を細めて見た後、翔太はに言う。
💙「頼りないかもしれないけどくんくらい背負って下りる事は出来るから」
そうはにかんでしゃがんだ背を向ける。
照れ屋な翔太なりの精一杯の言葉。
真っ直ぐに向けられた好意がダイレクトに届き
これにはも嬉しく感じ、その優しさに甘えさせて貰う事にした。
しゃがんだ背にゆっくり近づき、翔太の両肩から腕を前に出す。
立つよ?としゃがんだ翔太が声を掛ける。
が頷くと、細い両脚を両腕で引き寄せて抱え込み
自身は前屈みになりながらゆっくりと立ち上がった。
💙「おおー・・確かに照が言ってた通り軽いねえ」
🌕「ちゃんと食べてますからね?」
軽いねと言われた瞬間反射的に先手を打つ。
何週間か前に照に言われた時と同じ答えを返した。
食べ盛りだから最近は3食きちんと食べたりしてるし・・
そりゃあ以前は1食抜いたり量が少なかったりしたけどさ
兄達と暮らすようになってからは3食食べてると思う。
理由は勿論、宮舘の作る料理が美味すぎる事が挙げられる・・・
後は作ってあげたいって思うようになったら前より機会も増えたし
1人で食べる食事より皆と食べる方が楽しくて、自然と抜かなくなったのが大きい。
先手を打った返答に独特な笑い方をした翔太。
これから下りるよ?ゆっくり行くから怖かったら言うんだよ?
と背負ったに何回か確認し、元気よくが答えると安堵して下り始めた。
頼りないかもしれないって言っていたが全くそんな事は無かった。
こうやって気づいてくれた事も嬉しいし、温もりに安心する。
何だか幸せだなあと感じた。
💗「あーー!!翔太狡い!!」
無事1階に下りた瞬間届いた声。
其方を見るまでもなく声の主はすぐ分かった。
💙「狡いとかなしに、気づいたのが偶々俺だったのもあるじゃん」
💗「くそー!俺はいつになったら背負えるんだああ」
💙「そもそもお前だと危なっかしい気がするんだよなー・・」
💗「おはよう!何かもう兎に角良かった」
💙「おい聞けよ!!(笑)」
騒がし・・いや元気な声の主は佐久間で、一直線に此方に駆け寄って来る。
偶々まだ翔太に背負われていたのもあって抱き着かれることは回避した。
何やら問答を繰り広げ、その度に表情がくるくると変わる。
それも含めて佐久間さ・・さっくんだなあと微笑ましい気持ちになる私。
さく兄と呼ぼうかと思った時、本人の強い希望で訂正されたのを思い出す。
呼び方の練習をさせられた日の事を思い返していると
いつの間にか翔太との論争を投げた佐久間が声を掛けて来た。
その後ろでは袖にされた翔太が軽くキレている。
やっぱりこういう光景を見ると帰って来たんだなーって実感出来る。
あまりに居心地が良すぎて離れ難く思う自分もまた居て、寂しさも感じた。