意気消沈し、力が抜けた阿部を宮舘が支えながら立たせる。
6年前の氷河期の頃なら有り得ない光景だ。
取り敢えずを何とかして車に運ばねばならない。

身長165で華奢ななら、宮舘じゃなくても背負えるかも?
と1人思案した深澤、阿部に任せるのも考えたがまだ心配だ・・
ならばと阿部を支える役を宮舘に委ね、自分はを背負うかなと結論を出す。

💜「俺が背負うから阿部ちゃん、手伝って」
💚「あ・・うん」

支えられて立ったばかりの阿部に声を掛ける。
だがここで阿部は気付いた。
今日のがどんな服装なのか分からないと言う事に。

今朝彼女に会う間もなく出発してしまった事が仇となるとは・・
何とか服装の確認が出来ないものか・・・悩む。

万が一スカートだった場合、どうにかして履き替えさせる必要がある。
あの時と同じ、寝かせられているから全体的な服装は見えない。
だがこの後布団を捲られれば嫌でも見られてしまう。

これは絶体絶命のピンチか?
無意識に動作を遅く動き、辿り着くまでに打開案を捻りだそうと試みる。

コンコン――

ドクンドクンと自分の心臓の音が鳴り響く中
閉じていた医務室の扉がノックされた。
ハッと我に返り、他の2人と共にノックされた扉を振り向く。

ガチャッと開いた扉からはこの部屋の主
保険医が足早に入ってくるところだった。
それから間を置かずに入って来た講師も一緒だ。

👨‍💼「良かったまだ居ましたか」
💜「どうしました??」

しかもナイスな事に、応対にと深澤がベッドの前から移動。
阿部や宮舘の横に並び、保険医と講師の応対をし始めた。
これはチャンスだ、この隙にの服装を確認しておこう・・

とゆっくり後退し、の様子を見るフリをして近づき
さり気なく足の方の布団を捲る・・・・
ああ・・これは・・・・スキニーだね。

パッと捲ってすぐ戻しただけだったが黒いスキニーパンツが確認出来た。
この感じだと全体的にボーイッシュなコーディネートの可能性が高い。

男装を解いて来てるはずなのに・・何だろう、この予期してたみたいな服装は。
あの日みたいに不測の事態だったら可愛らしい服装とかしていても不思議じゃない。
なのに今日のは完全にボーイッシュスタイル。

歳の頃16~7歳、オシャレだって楽しみたい盛りだろうに・・・
常に気を張っているのは明らかで、このまま男装させたままで良いのだろうかとすら感じる。

間違いが無いように、俺達のファンから睨まれないようさせた男装だと思う。
でもこれって本当にの為になってるのかな。
ただ単に俺らの為に無理させてるようにしか見えないよ、竜憲(養父)さん。


+++


車内待機組の所へ連絡が来たのは、阿部達が出てから20分後だった。
保険医と講師から今後の事も聞き今から戻るとの事。

照が一番危惧していた事態の対処については意外にも良いものだった。
主犯の白藍月華は強姦教唆で退学、実行犯は未遂とはいえ強姦罪にあたり
実名公開はするが大学院名は伏せて執行猶予付きの実刑が下る事に。

とは言え未遂なので、刑は短く1年と半年。
それでもまあ彼らの大学院生活は幕を閉じ、今後の人生に置いても今回の事は尾を引くだろう。

刑期は短くとも社会的制裁が下された事にはなるはず。
それからの今後だが、これは本人の意思に任すとの事。
穏便に済ませたいのは見え見えだ・・だがそれもまた仕方がないのだろう・・・。

後、暴行された際の防衛に考えたのか
割ったガラスの欠片を両手で握り、首筋にあてて牽制したとも聞いた。
そこまで彼にさせたその実が気になった3人。

💗「ふっか達なんて?」
💛「が休学するならそれも良しで、これまで通り通学しても良いしオンライン授業も許可するらしい」
💙「・・要するに本人任せで大学院側はノータッチって事だろ」
💛「まあな、けど主犯と実行役が処罰されただけでもマシかもな」
💗「てか・・・主犯と実行犯ってサラッと言ってっけど、ヤバくない?」
💙「――だよな、刑事事件じゃあるまいし・・・・・・」
💛💙💗「・・・・・」

佐久間に問われてそのままを答えた照だったが、ふと気づいた違和感を更に指摘され
短いが重い沈黙が車内に満ちる・・翔太なんて青褪めていた。

そんな翔太の手を握り締める佐久間。
兎にも角にも詳しい事を聞くのは深澤達が戻るのを待つしかない。
不安顔だった翔太も佐久間に手を握って貰う事で少し落ち着いたようだった。

動じないようにしている照も、内心では気が気じゃない。
主犯と実行犯が何をしたのか推考すらしたくないくらいに動じていた。

連絡が来てから10分ちょい経過した頃、近づく足音が響き
後部座席の佐久間と翔太がパッとドアを見たのと同時にそのドアが開いた。

💜「お待たせ・・!」

開口一番そう口にして現れたのは深澤。
すぐにその背中に背負われた小柄な末弟に気づく3人。
心配で堪らなかった本人を目にした瞬間、翔太は涙を浮かべた。

心配だったのもあるが、不穏な考えを脳裏に浮かべてしまったのもあり
一見すれば無事な姿を見れて安堵したのだ。

照は自分の予想に反してを背負って来たのが深澤な事に驚いていた。
宮舘と阿部の姿を探せば、数秒遅れで阿部を支えて歩く宮舘を見つける。

💛「・・阿部は平気なん?」
❤「大丈夫だよ、俺らの分も1人で主犯を言い負かしてくれたからちょっと疲れてるけど」
💙「阿部ちゃんが??やるじゃんお前・・・!」

車に乗り込む顔色が悪く見えた理由を宮舘が説明。
なるほど、意外と骨のある奴というかやっぱ黙っちゃいなかったみたいだな。

元末っ子は自分が見込んだ通り、黙ってはいなかったらしい。
自分の事のように誇らしく感じる照。
それは翔太も同じだったらしく、元末っ子の活躍を素直に驚き称えた。

頑張りは喜ばしいが、顔色の良さが戻らないのだけは気がかりだった。
取り敢えず照は運転手なので、質問は帰ってからにするかと判断。
シートベルトを全員に促し、エンジンをかけて発進する。

深澤に背負われて車に乗せられたは眠ってるようだった。
ルームミラー越しに見た時気づいたのは殴られたような痕。
やはり・・・実行犯?とやらに暴行を受けたというのは本当なのだろう。
ただ見た感じ強い力で殴られたのとは違うようにも見えた。

帰りの車内は行きと同じく静かなもので、佐久間ですら言葉を発する事なく
終始沈黙だけが流れ、シェアハウスへと急いだ。

まだ日が高い事もあり、ハウス前には数人のファンらしき女性達が居た為
窓側の深澤と宮舘のみが手を振り返す(後のメンバーは気落ち中)
車が敷地内に入ると同時に閉まる門、偶々ハウス前に居たファン達の嬉しそうな声も車内に届いた。

要するにそのくらい車内が静かだと言う事になる。
そんな時ふと深澤が声を発した。

💜「お前らなあ、アイドルならファンの子に手ェ振ってやれよ 死人の集まりかこの車は」
❤「・・・ふっかの言う通りだね、彼女達は本来なら居合わせるはずのない時間に来てくれてたんだから」
💗「うん・・」
💚「ふっかの言う事は間違ってない・・けど、そう出来ない時だってあるよ」
💛「阿部・・・」
💜「阿部ちゃんの気持ちも分かるよ、ただ俺らはどんな時もアイドルとして見られてる訳じゃん?」

気持ちは分かる、分かるからこそぶつかりそうになった。
アイドルとして振舞うなら深澤と宮舘が圧倒的に正しい・・・
けど今は、とてもじゃないが出来そうにない。

皆は男同士の殴り合い的なものくらいにしか捉えてないからね。
彼女は・・身を穢されるところだったんだ。

深澤が照に報告した事件の概要、罪状だけは伏せられている。
強姦罪云々は講師らに上手く説明し、2人の前ではなく阿部にだけ話して貰っていた。
なので照達に報告した退学理由は暴行罪、暴行教唆にすり替えて伝わっている。

取り敢えず問答する気力も今の阿部には残っておらず
まだ何か言いたそうな深澤の話は聞く事を拒否。
脳内を整理したらにして欲しいとだけ告げ、顔を背けた。

如何せんしがたい空気が車内に流れた。
深澤、阿部、どちらの気持ちも分かるからこそ4人も何も言えず俯く。
そんな重い空気を一瞬で晴らしたのは一声の言葉。

🌕「兄さん・・?目が据わってる、イケメンが台無しですね」

掠れてはいたが聞き覚えるのあるソレ。
思わず深澤は左横の末弟を振り向いた。

すると、閉じていた筈のあの綺麗なアースアイと視線が合う。
目が合うとがにこりと微笑む。

💜「――・・起きたな?痛むところ無い?」
🌕「ふっかさんだ、道理で車内が狭い訳ですね(笑)」
💜「おいこら起きて二言目がそれかい(笑)」
💚「っ」

息を呑み、他の兄達はと深澤のやり取りを見守っている。
そんな中後部座席から慌ただしく移動したのは阿部だ。
慌ただしく移動し、通路側の椅子に座らされていたに掛け寄り膝をつく。

まだ起きたばかりでふわふわしているのだろう、喋り方が幼い。
でも眼差しはしっかりとしていて、自らを心配そうに覗き込む兄達を1人ずつ見る。
運転席に居る照、左側の1人掛けの席から覗き込む宮舘。

右側に寄り添ってくれていた深澤、その後ろの席から覗き込む佐久間。
その佐久間の横から同じく立ち上がって覗き込む翔太もいた。

良かった、もう此処にはあの人たちはいないね・・帰って来たんだ。

じわりと滲む視界、院生の女の人に抱き締めて貰った時あんなに泣いたのに
まだまだ涙は枯れていなかったらしい。
集まった兄達の姿を見たら泣きたくなくても涙が滲んでは溢れた。

家に帰り漸く目を覚ました、泣きそうな阿部に微笑み
亮兄さん、皆も来てくれたんだねと嬉しそうに泣き笑い。

そんな姿が逆に辛く、包帯の巻かれたの手を握りの手に頬を寄せ
やっと絞り出した声で阿部はへ詫びた。

💚「ごめん・・ごめんね・・・守ってあげられなかった」

そっと握った小さなの手に顔を寄せ後悔を口にしたら
もう限界で、阿部自身も呆れるくらいに涙が溢れた。
泣き崩れた阿部とを見守っていた翔太と佐久間も、気づけば泣いていた。

握られていない方の手で泣き笑いのが阿部の頭を撫でる。
今の言葉全てに亮兄の気持ちが込められている気がした。

私の為に亮兄が色々考えてくれた事、全部見て来たから。
だからもう、自分自身を責めないで欲しい。
孤独に一生を過ごすと思っていた私に、皆はこんなにも良くしてくれた。

🌕「俺は十分・・亮兄に救って貰ったよ・・・俺なんかに兄さん達は居場所と、光をくれたから」
💚「・・・くん・・」
💙「しんみりするような事言うなよ」
💗「・・っ」
🌕「皆が輝く眩しい光なら、俺はそんな皆が安らげるように優しく照らしたいな・・」
💛「んなの今更じゃん、お前はもうとっくに俺らを癒してくれてるだろ・・・」
❤「そうだね、くんが待っててくれるって思うだけで俺らは仕事頑張れるし」
💜「うん、まだ一ヶ月も経ってないけどくんはとっくに俺ら家族の中心よ」
🌕「ふふー・・・嬉しいな、ありがとう」

涙でキラキラしているの双眸は見惚れる程綺麗だった。
少しずつ言葉もふわふわしてきている、多分まだ意識が沈みそうなのだろう。

察した深澤はの肩を抱いてやり、軽く自分の方に凭れかけさせた。
いつ眠ってしまっても良いように。
兄達からの言葉に心底嬉しそうな笑みを浮かべた後、予期した通りは再び眠った。

また車内は静かになったが、つい数分前とは違い穏やかな空気が漂う。
あんなにも殺伐とした雰囲気だったのにが話しただけで和らいでいる。
普段思っていても中々口にしない本音もすんなり言えてしまったくらいに。
眠るの顔は穏やか、事態を唯一知る阿部は無理してないかだけを危惧していた。

立て続けに怖い目に2度も遭わされたのだ・・
これ以上心の傷を増やす事態にならねば良いが、と。

💛「よし・・家入るか」
💗「賛成、このまま車中泊する訳にも行かないっしょ」
❤「そんな事したら彼が風邪引いちゃう」
💜「俺は温かいから風引かねーわ」
💚「てめ・・・くんで暖取るなよっ」
💛「ならふっかは車中泊な」
💜「おい何でだよ(笑)」

気まずさの無い沈黙を破り、運転席から降りる照。
すっかり雰囲気は元に戻っていて、阿部と深澤も普通に言葉を交わす。
途中と話した事で毒気を抜かれたのかもしれない。

阿部がに涙ながら謝った姿を見たのも効いている。
あんな姿を見せられたら深澤もあれ以上問答する気が失せた。

そのやり取りを聞いた後 まだ阿部には何か隠してる事があるような気がした。

思い至った照は、車から降りた阿部を運転席側に居る自分の方へ呼び寄せる。
阿部に続いて降りて来る深澤と、その背に背負われた
背負って歩く深澤を気にしつつドアを閉めてから照の方へ

近づいて来た阿部へ¨話せる時が来たら話すって言ってたの覚えてる?¨と
が来る前日辺りに阿部と話した日の事を持ち出す。

何か隠してないか?と探りを入れる照に対し、
覚えてるけどまだその時じゃないと答える阿部。

後日事件の事を聞いた静がに対し電話で謝って来た。
その際、静をまた巻き込んだりしなくて済んで良かったと笑う姿に
怖くて休んでしまった事を正直に静は詫びた。
だがは責める事はせず、あんな事が合ったら怖くなるのは当然だよと寄り添った。