照と宮舘が席を外し、大学院関係者からの電話に出ている頃。
滝沢に呼ばれた深澤が話を聞いていた。
💜「阿部自身の動揺が強くて俺らも把握しきれてないんすけど・・」
滝「うん、分かってる範囲で良い」
💜「・・その・・・俺達の末っ子が院生に攫われて暴行された・・って阿部が」
滝「・・・・お前らすぐ帰れ、今日だけは稽古してる場合じゃない」
💜「いや・・けど」
滝「稽古も本番も大事だ、がそれより大切なモンが今のお前らにはあるだろ?」
💜「・・・滝沢くん・・」
滝「それに多分、今日阿部はこのまま稽古に取り組めないと思う」
チラッと視線を阿部に向ける滝沢、倣うように阿部を見た深澤。
渡辺と佐久間が落ち着かせ、傍にはついているが顔色は悪く落ち着かない。
確かにあの様子では稽古しても身が入らないのは明白。
このまま続けても集中出来てないしケガなんてされたらそれこそ阿部が悔いる。
兎に角今日は全員早抜けしろ、そう滝沢は話をまとめた。
気は引けたが、こんな状態のまま稽古を続けても迷惑を掛けるだけ。
それならいっそ全員で大学院へ駆け付け、少しでも阿部を安心させてやる方が吉だろう。
滝沢と三宅に一礼し3人の方へ深澤は戻った。
の事が何より気掛かりだが、同時に阿部の事も気になった。
つい3日前に階段から転落させられ、未だに階段を1人で下りる事すら出来ないくらい
彼は心に恐怖と傷を負い、照と殴り合いの口論をするくらいの事を気にかけていた阿部。
近くで守れない分、阿部なりに出来る事を考え実行したのにそれを嘲笑うかのように最悪の事態が起きた。
阿部は、大丈夫だろうか。
それだけが気掛かりで、深澤の心をざわつかせていた。
💜「滝沢くんから早抜けの許可が出たから、照と舘来たらすぐ出るぞ」
💗「おっけ、分かった」
💙「照と涼太の荷物纏めとく」
翔太と佐久間に伝えると思いの外しっかりした翔太と佐久間が応を返し
椅子と机に置かれたままの照と宮舘の荷物、それから阿部の荷物を纏め始める。
テキパキと動く翔太と佐久間を見つつ、深澤も自分の荷物を纏めた。
しかし阿部は何故こんなに動揺しているのか、それだけが分からなかった。
秘密の共有者でもある阿部は、酷く動揺しながらもの性別の事だけは黙っていた。
やがて照と宮舘が稽古場に駆け戻り、迎え行くぞと照が低い声で促す。
その顔はかなり張り詰めていて、ただ事ではないのだと渡辺と佐久間も再認識した。
⛄「大事な時にホント申し訳ありません・・」
滝「早抜けは今日しかもう作ってやれないから兎に角行って来い」
💛「――はい・・!」
用意してあった荷物を手に、6人は滝沢と三宅に謝罪の言葉を口にする。
彼らとて抜けたくて抜ける訳ではない事は承知している滝沢。
兎に角急いで行ってやれと6人の後輩を促し、パッと顔を上げて感謝する姿を静かに見送った。
酷く重い事態になってない事だけを、祈りながら。
+++
移動車に乗り込む6人、運転席には事務所の人間ではなく照自身が座った。
他ならぬ自分達の事だ、その件に事務所の人間を関わらせたくない。
それに此処には大学院の事を誰よりも知る阿部が居る。
まだ不安そうではあるが、前から2列目席の両脇を深澤と宮舘が固め
前の席を座席ごと一回転させ、そこに渡辺と佐久間が座る事で少し安心したようにも見えた。
2回ほど既に大学院へ行った事のある照が早速車を走らせ
稽古場から1時間弱かけ、上智大学大学院へと到着した。
終始無言で車に揺られていた6人、その表情は少し強張っている。
中でも今回で2回目の呼び出しを経験してる照と阿部の表情は暗い。
あの日も悔いたのに、また自分達の力不足を悔いる事になったのだ。
自分を責めても後悔しても何にもならない、けど悔いずにはいられなかった。
3日前と同じ正面ではなく、裏門がある脇の塀沿いに車を停めた照。
駆け付けたい気持ちもあるがまだ昼過ぎ、流石に目立ってしまう。
💛「俺らは待ってるから、阿部とふっかに舘さん・・行ける?」
💜「行けるけど照は来ねぇの?」
💛「流石に全員で行ったら目立つだろ、まだ阿部は危なっかしいし対応にはふっかが居た方が良い」
💜「・・・まあ」
💛「万が一を連れて行く時おんぶ出来るのは俺の次に力のある舘さんだと思う」
❤「流石照、適材適所を分かってるね・・・」
💙「確かにその布陣なら俺と佐久間は待機してる方が良さそうだな」
到着するなり適任者を挙げる照に聞き手の5人は感心した。
強く反対する者も居なかったので、提案通りの3人が車から降りて大学院へと走って行った。
一気に車内は静かになった、その車内で照が思案したのは今回の件の幕引きについて。
恐らくこの件は公にならずに大学院内で鎮火させられるだろう。
スキャンダラスな事態は大学院の名と歴史を穢す。
生徒数を得る為、何としても穏便に済まそうとするはず・・・個人の尊厳はどこまで守られるのか。
まあでも・・阿部を怒らせたら誰よりも怖いからな?
このまま阿部が黙ってると思ったら大間違い。
運転席で片膝を立てるように座り、立てた膝の上に腕を乗せ
窓の外を横目で眺めながら静かに照は内心で呟いた。
所変わって大学院へ入り、阿部を先頭に内部を急ぐ3人。
始めこそ紙のように白かった阿部の顔色も、今は血の気も戻り表情も戻って来た。
その事に深澤がホッとしたのは言うまでもない。
正面玄関から入り、暫く直進するのだが不意に阿部は脳内で3日前の光景を重ねた。
あの日もこう入って来た時に騒ぎを耳にし、自分のファンだと名乗った院生に呼び止められた。
階段から転落ってだけでも大事だったのに僅か3日後に暴行されるなんて・・・
どれだけ運命は彼女を傷つけるんだろう・・酷すぎる。
💜「阿部ちゃん、後悔は後でも出来るから今はくんの所早く行ってあげよう」
❤「ふっかに俺も賛成、阿部だってくんの事安心させたいでしょ?」
💚「・・・そう、だね・・行こう」
記憶を振り返ったのは体感で一瞬だったが、実は足を止めてしまっていた阿部。
当然大学院に初めて来た深澤宮舘が医務室を知るはずもなく
少し先に行ってしまってから阿部に気づき戻って来ての言葉だ。
2人に声を掛けられたことで足を止めてた事に気づき
両側に立つ深澤と宮舘を見つめてから力強く頷き、再び先頭を阿部は医務室へと歩いた。
本当は医務室で寝かされた、を直視出来るか自信がない。
でも・・ふっかも舘さんも居るし、大丈夫。
しっかりしろ俺、と自分を鼓舞するように左胸を叩き
廊下を右に折れた先にある医務室の前まで歩いて行った。
もう2度と来る事はないと考えていた医務室。
まさか今月のうちに2回も来ることになるなんてね・・・
先月までの俺は思いもしなかったよ。
1つ深呼吸した阿部、それからゆっくり右手を上げ医務室をノックした。
中の気配が動き応が返されるまでの数秒が数十分に感じるくらい長く感じた。
やがて¨どうぞ¨という声が聞こえ、閉じた目を開き医務室と廊下を隔てる扉を開く。
💚「失礼します」
神妙な声音と表情で中に入ると、先ず目が合った講師と保険医が自分達に会釈。
講師らに会釈を返しながら宮舘が扉を閉め、室内を進むと場違いな歓声が発せられた。
🤱「阿部先輩!またお会い出来ましたね!」
・・そう、この場には主犯の白藍月華の姿も在った。
幸い実行した男子院生2人の姿はない(命拾いしたな)
それでも瞬間的に阿部の纏う空気が冷えるのを深澤と宮舘は感じ取っていた。
ただのファンとして偶然会えた風を装っているつもりかもしれないが徒労に終わるだろう。
既に阿部は、3日前自分を呼び止めたのと照とを睨むように見ていたのがこの女子院生だと知っている。
今更無害のファンを演じても全く無意味だという事を、この女子院生は気づいていない。
💚「ああ、君か3日前の騒ぎの時俺に声かけてくれた子だよね」
🤱「わあ嬉しい覚えててくれたんですね!」
💚「とても綺麗な子だなって思ったから覚えてたんだよ」
🤱「そんな綺麗だなんて・・大好きな阿部先輩にそう言って貰えて光栄です」
と何やら会話が弾んでいるが、楽しそうに舞い上がっているのはこの女子院生だけ。
阿部も笑みは浮かべて話してはいるが、よく見ると目は全く笑っていなかった。
何となく嵐の前の静けさめいた気配を感じ取る宮舘。
いつ如何なる事態になっても動けるよう、横に居る深澤に目配せした。
長男と4男が目配せし合う中、阿部と女子院生のやり取りは続いている。
講師2人も何故阿部が笑みを浮かべて主犯の女子院生と話が出来るのか怪訝そう。
憧れでファンだと公言している女子院生、月華は気持ちが高揚して来ており饒舌だ。
🤱「去年阿部先輩を見かけてからずっと横に並び立つに相応しい相手になれるよう努力して来たんです」
💚「そうなんだ?凄く嬉しいよ、君みたいに綺麗な子にそう言って貰えるなんてさ」
💜阿部のコレさ、本気で口説いてるとかじゃないよね?
一瞬そう疑ってしまうくらい自然に話している阿部。
意図が読めないままやり取りを聞く事数十分。
事の起源になる言葉を女子院生が口にした。
🤱「阿部先輩に憧れ近づく女どもは皆打ち負かして身を引かせたのに
突然卒業式に変な子が現れて傍に居るのを見たんです」
💚「卒業式の日・・・?ああ・・あの視線、アレ君だったんだあ」
恐らくその変な子ってのがを指しているんだろう。
この院生は今までも同様の手を使って女子院生らを泣き寝入りさせてきたのかもしれない。
そう考えが行きついた阿部、それから耳を疑ったのは卒業式の日の話だ。
思い返せば人通りの少ないあの階へ行く時と戻る時に誰かに見られてる感じはしていた。
あの時のも一度足を止めて振り返っていたから、彼女も視線を感じてたはず。
色んな事や疑問が一気に1本の線で結ばれるのを感じた。
個人の歪んだ考え方だけでは心に傷を負い、体にも傷を負わされた。
挙句の果てに純粋な好意を抱く子達も傷つける事で手を引かせてきたこの女・・・
悪びれる様子すらなく得意げに笑顔で語る姿には、うすら寒いものを感じ得ない。
どんどん自分の心が冷えて行くのをただ阿部は感じ、同時に滑稽すぎて笑いすら出そうになった。
💚「ねえ?どうしてそんなの事で俺やこの人らが呼ばれたんだと思う?」
🤱「・・・この人ら、て・・・・・・え」
💚「俺のファンなら知ってるでしょ?この2人も同じグループのメンバーで一緒に暮らす兄弟・・」
らしくないが苛立ちを顕にした阿部、月華を睨みつけながら壁際へ追い込み
えっ?と此方を見た月華に対し他に聞こえないよう耳元に顔を寄せ、冷たく厳しい態度で言い放った。
💚「が俺に近づいたとか思ってるみたいだけど、彼女は俺の大事な妹なんだよ」
🤱「――!!?」
💚「外面は綺麗でも、君の中身は凄く淀んでるね」
🤱「そんな・・阿部先輩と・・・このガキが兄妹・・・・??」
💚「ガキ、ね」
冷たい声の阿部に間近で明かされた内容に
取り繕っていた表情から笑みが消えた月華。
隠すのを忘れた本来の性格が表に出てしまう。
💚「気づいてる?君がこの子を嘲るのは俺やメンバーを嘲るのと同等だって事」
そんな人に俺らは応援されても好きだと言われても全然嬉しくない。
胸倉は掴まなかったが、そうされてるみたいに月華の表情は怯えていた。
どんな正論をぶつけられるよりも、拒絶される方が白藍月華には堪えただろう。
深澤と宮舘は激情のままに怒りを顕にした阿部を静かに見守っていた。
行き過ぎる部分があったらすぐ止める気持ちで居たが
最終的には阿部の思うままに振舞わせた。
全て聞こえた訳じゃないが、あの女子院生がに対して¨ガキ¨と言った事にカチンとしたのは否定しない。
ハッキリと拒絶された事で意気消沈したのか、電池が切れた玩具のように静かになった女子院生。
そのタイミングで講師が女子院生を医務室から連れ出して行った。
漸く静かになった医務室、残った保険医の口から今の状況が説明される。
発見された際、彼は抵抗を表すかのように割れた窓のガラス片を握り締めていた。
動揺した男子院生らの動きを止める事は出来たが、代わりに両掌は深く切れていると
💚「――ピアノは、弾けるようになりますか・・・?」
それを聞いて咄嗟に阿部が確認した有無。
問われた保険医は、専門ではないから何とも言えないがと前置きし
深さがどのくらいかにもよるのと、神経が切れてなければ望みは有るだろうと説明。
👨⚕️「応急処置はしたけれど、念の為総合病院の紹介状を用意しよう」
💚「有難うございます」
礼を述べて差し出された紹介状を阿部は受け取った。
彼女がピアノを弾けた事にも驚いてはいたが
色んな事が気にならなくなる程、彼女の腕前は凄くて音色も綺麗だった。
どんな理由でもピアノが聴けなくなるのは避けたい。
音楽に触れる機会をから奪いたくないと阿部は思っていた。
保険医はその後席を外し、と3人だけがこの場に残される。
そこで張り詰めていた糸が切れたのか、ガクリと阿部はその場に膝をついた。
座り込んだ阿部に気づいた2人が傍に寄る。
❤「――阿部?」
💜「阿部ちゃん??!」
💚「ヘーキ、ちょっと気が抜けただけだから」
❤「よく頑張ったよ」(舘さま
💚「・・・俺なんて全然・・っ」
宮舘は労ってくれたが、実の所悔しくて情けなくて腹立たしくて仕方がなかった。
危惧してたのに有志まで募った結果がコレだ、俺は君になんて謝ればいいんだろうね・・・