―――ガシャーーーン!!
3月21日午前11時20分、人気の少ない階に
ガラスの割れる音がけたたましく響いた。
+++
同時刻、6人のSnow Manは稽古場に居た。
3日後に迫るジャニーズ祭りのレッスンは一段落している為
来月に迫る滝沢歌舞伎の稽古を重点的に頭から行い、念入りに取り組んでいた。
だから全く知らずにいた。
の身に起きたとんでもない事件の事を。
だが間もなくその知らせは照達に齎される事になる。
それは昼休憩に突入した数分後に判明した。
💗「昼メシジャンケンしようぜー」
💛「今日はどこの買い出し?」
💚「まあコンビニかHottoMotteじゃない?」
❤「この辺ならそうだね」
💙「マックは最近多かったし、偶には米食いたい」
💜「米いいねー・・って阿部ちゃんのケータイ着信来てね?」
わらわらと6人が自然と集まり、今日のメニューを話し合う。
阿部の意見に耳を傾け、翔太が同意し深澤も賛成した時だ
テーブルに置いてある阿部のiPhoneの画面が着信を知らせるものに変わった事に気づく。
え?と深澤の言葉に自らのiPhoneに視線を向けた阿部。
確かに画面は切り替わり、電話をかけて来た相手の名前も画面に表示された。
💚「・・・くんからだ」
電話の主がな事に、少なからず阿部は違和感を感じた。
彼女は明らかに俺達が仕事をしてる時間帯に電話を掛けたりしない。
必要に応じてかけるとしたら予めLINEで確認してから電話をして来る。
故に何の前触れなく電話が来たことに違和感と、胸騒ぎを覚えた。
一瞬躊躇い、深澤と照や他の兄達を見やる。
表情を曇らせた事をその視線から察した5人、怪訝そうに阿部を見返し促す。
💛「取り敢えず出てみ、丁度昼休憩だしさ」
💚「うん・・」
促したのは岩本照、他の兄達も同じ意見なのか目線を合わせ頷いた。
理由の知れない胸騒ぎを感じながら電話に出た阿部。
見守る5人の前で電話に出た阿部の顔色は紙のような白さへと変わって行った。
💚「・・・・あ・・え・・・っ」
最初は普通に応対していた阿部だったが、次第にそれは変化。
応対の様子から電話の相手はではないと照達も気づく。
だがそれよりも先ず、阿部の様子が尋常じゃない事だけは分かった。
💛「――ちょっと代われ」
まともに話せそうにないくらいに震える阿部の手からiPhoneをもぎ取る照。
iPhoneを手放した阿部は紙のような顔色のまま荷物を手に掴むと、勢いよく駆け出した。
💛「おい阿部!?ふっか頼む――」
💜「分かった」
💙「深澤だけじゃ心配だから俺も行ってくる」
思わず声を張ってしまった為、この場に居るキャストやスタッフ達が此方を見た。
ヤバい、と感じ咄嗟に深澤へ阿部の後を追わせた。
昼休憩とは言えまだ稽古中だ、座長の滝沢に何の断りもなしに飛び出す事は許されない。
兎に角落ち着かせなくてはと判断、深澤だけで平気なのか気にした翔太も駆け出して行った。
代わりに電話に出た照、3日前阿部と一緒に大学院へ付き添った兄だと明かし対応を開始。
電話の相手はの通う大学院の講師だった。
3日前も現場に居合わせ、医務室にも待機してくれていた講師だと分かり少し胸騒ぎを覚える。
応対する傍ら心配そうな顔の佐久間を見やり、阿部の方お前も行ってくれと目配せ。
取り敢えずこっち側には一番冷静な宮舘のみを残し、頷いた佐久間も稽古場から駆け出して行った。
キャストやスタッフ達は何事かと心配そうに自分達を見ている。
💛「阿部の代わりに聞きます、何か・・あったんですか?」
👨💼『落ち着いて聞いていただけると助かります・・・先ず、先に心からの謝罪を――』
応対を始めた照もそうだが、電話口の講師も強く動揺している声音だった。
声を少し震わせた講師が口にした言葉で、嫌な予感も現実味を帯びて来る。
心臓が煩いくらいに脈打ち、口の中がカラカラに乾いてくるのを感じながら照は聞いていた。
復学した今日、講義開始時間ギリギリに院内へ現れた。
その姿は用務員の人間と庭師が目撃していた。
だが兎に角時間帯が良くなかったとの事。
👨💼『もう少し早く来ていたらと我々が言えた事ではないです・・・本当に申し訳ない事を・・』
💛「いえ・・兎に角何が起きたのか、聞かせて頂けますか?」
実は――
と、努めて冷静に先を促した照の声で口火を切った講師。
話が始まるのと同時に、不意に席を立った宮舘が照の横へ行き
❤「長くなるかもしれないから此処を出ておこう?」
落ち着いたトーンで囁かれ、少し昂った照の気持ちが落ち着く。
宮舘に頷き、見守るスタッフやキャストに会釈。
照の代わりに宮舘が座長、滝沢と三宅の所へ向かった。
滝「――何かあったの?」
❤「その、滝沢くんも周知している俺達の弟の通う大学院からで・・」
滝「くんの?・・阿部ちゃんと岩ちゃんや皆の様子からして何かあったんだろ?」
❤「詳しい話は岩本が聞いてます、が・・」
滝「そうだね、一応今日の通し稽古は何回か出来たし内容次第では早抜けも出来るようにしておく」
三「事情は分からないけど身内の事は最優先出来るようにしたいからね」
滝「そういうこと、じゃあ宮ちゃんも岩ちゃんについてってあげな」
❤「はい、有難うございます!」
冷静に応対したように見える宮舘の中にも僅かな揺らぎ、動揺のようなものを見た滝沢。
これは内容によらずとも彼らは早抜けさせた方がいいと判断を出していた。
彼ら6人が大事にし、可愛がっているという末弟。
あの阿部や宮舘さえも狼狽させるその影響力・・・
彼の能力と才能を高く評価している滝沢、通話もしたし直接会っていて面識もある為
少なからずとも滝沢自身も心配になっていた。
宮舘を送り出した後、少し黙した滝沢に気づいた三宅が寄り添い
大丈夫だよと言うかのように後輩でもある滝沢の肩をポンポンと叩いた。
その三宅の手の温かさが滝沢を励まし、落ち着かせてくれた。
一呼吸置いてから滝沢が動き、照と宮舘と入れ違いに阿部を伴った深澤らが戻って来る。
その表情は硬く強張り、未だ顔色は蒼白だ。
恐らく阿部から事情を聞き出すのは難しいだろうと判断。
阿部が他のメンバーに話したかは分からないが、念の為深澤だけを手招いた。
そこに気づいた深澤と渡辺、阿部の体を右側から支えるようにしていた深澤の横に行き
💙「俺が変わるからお前は行って来い」
💜「おう、ありがとな翔太」
💙「うん」
言葉少なく位置を変わる渡辺の意図を理解。
阿部を支える役を交代し、素直に感謝すれば微かだが翔太ははにかんだ。
滝沢に呼ばれ、深澤がそちらに向かう頃
稽古場を出て自分達の控室付近まで来た照と少し遅れて来た宮舘。
合流して見た講師と話す照の顔色もあまり良くなかった。
そして講師の口にした実は、の続きはこうである。
流石にこれは、聞くに堪えない気持ちに駆られてしまった。
――ガシャーーーン!!
という衝撃音は、静かな院内に空気を震撼させながら響き渡ったという。
勿論その衝撃音は目的を遂げる瞬間を待つ、月華という女子院生の耳にも届いた。
この音を聞きつけた院生なり講師らが駆けつけて来るかもしれない。
その前に此処を立ち去らねば、と常人なら焦っただろう。
だがこの女子院生は常人とは異なる思考に行きついた。
すぐさま踵を返し、らが居る教室へ駆け込むと
中にいる男子院生2人にこう叫んだのだ。
🤱「――何手ェ止めてんの!!人が来る前に終わらせなさいよ!」
👦「けど月華さん・・あの音結構デカかったし」
🤱「言い訳なんて聞きたくないわ、もう二度と阿部先輩に近づけないようにしてやるんだから」
🧒「・・・っ、分かったよ・・」
中にいた男子院生らはガラスの割れる音に驚き、動揺していた。
そこに喝を入れ、行為を続けさせようとしたのだと・・後に本人らから聞いた講師。
しかし男子院生らが最後まで月華という女子院生の目的を果たす事は叶わなかった。
これを阻止したのは、阿部の起こした行動が吉と出た為だった。
電話してきた講師が騒ぎに気づいたのは、3階にある担当教室へ入った時だ。
今までにないくらいざわついた院生らの様子に違和感を覚えたのだという。
現れた講師に気づいた院生の1人が駆け寄るや、とんでもない報告をしたのである。
招待入学しているさんが、誰かに無理矢理上へ連れて行かれるのを鏡越しに見たと。
しかし見れたのは上に行く所のみで何階の何処、というのは分からなかった。
それでも気になり、3日前の事もあるからと話を聞いた講師はそのクラスの院生に声を掛け
取り敢えず上の階を皆で探してくれと頼み、講師自身も応援の講師を数人集め各階を回っていた。
そんな時に響き渡った衝撃音。
偶々近くでその音を聞きつけた院生数人とその階の下にいた講師が呼ばれ
一番人気の少ないその階へ駆け付け、そして、奥にある教室へ辿り着く事が出来た。
駆け込むと先ず目に入る大きく割れた窓ガラス。
それから視線を落とした際に見た衝撃的な光景に、講師と駆け付けた院生らは目を見張った。
👨💼「き、君達は此処で何をしてたんだ!!?」
👩🎓「さん!?」
👨🏫「兎に角取り押さえろ!」
割れたガラスの下に組み敷かれた小さな姿に気づいた院生が悲鳴に近い声で叫ぶ。
その声が講師たちを現に帰し、逃げ出そうとした男子院生らを急いで拘束しに走る。
の他に居た女子院生は冷静で、逃げもせず立ち尽くしていた。
その顔が白藍月華(はくあい げっか)という女子院生だと講師も気づいた。
駆け付けた院生の中には女子院生が1人おり、一番先にに駆け寄るや
羽織っていた薄手の長袖を脱ぎ、に掛けてやりながらボロボロと泣いていた。
明らかにこの男子院生2人が彼女を襲い、辱めようとしていた事は火を見るよりも明らかで
それを指示、または傍観していたのがこの白藍月華だろう。
長袖を掛けてやりながら自分の事のように女子院生が涙したのはの状況だった。
恐らくガラスを割ったのは、窓際に落ちている椅子で何とか割ったんだと思う。
まだ16歳の少女を成人した男が2人がかりで押さえ付け、暴行しようとした。
どんなに怖かっただろう。
ましてや人があまり来ないこの閉ざされた空間でたった一人
何とか逃れようと、彼女は戦った。
力では敵わず、乱暴されそうにはなったと思う。
現に彼女の上着は破られ、ボロボロにされていた。
それでも抗おうとしたのか、の右手には割れて落ちたガラス片が握られ
首筋にあてたまま、ガタガタと震え・・ぼんやりと見開かれたままの双眸からは
溢れんばかりの涙が毀れ、それがまた見る者の心を打った。
心に強く訴えるものを感じさせたのかもしれない。
👩🎓「さん・・よく頑張ったね、もう大丈夫よ・・・っ」
🌕「・・・・うぅ・・」
痛々しい体を女子院生が支え起こし、躊躇う素振りは見せずそのままギュッと抱き締めた。
ギュッと抱き締められた事で安心したのだろう、我に返ったは抱き締めてくれる女子院生にしがみ付いた。
暫くその場に泣き声と嗚咽が木霊、少しした後に女子院生と講師に付き添われ
は医務室へ直行し、ガラス片を握り締めたせいで切れた手の手当てが行われた。
とまあ此処までがワンセットで照の耳に届けられたのである。
現在は医務室に寝かされているとの事。
話をまとめると、復学したその日には因縁の男子院生2人に攫われ・・
誰も居ない教室で暴行を受けた・・・。
主犯は3日前に見かけたあの女子院生だという事も何となく腑に落ちた。
事情を話した講師は、どのように暴行されたのかは本人の尊厳を守る為口外せず
敢えて抽象的に説明した事で照はあくまでも男同士のソレと捉えて聞いていた。
だがそれにしてもあの大学院はどうなってんだ?とショックの後に湧いてくる怒り。
講師や有志の院生らに咎は無いにしろ、このまま主犯や手下の2人に何も沙汰が無いとなったら?
それこそ自分や5人のメンバーは黙ってられないと思う。
💛「――・・っ・・・すぐ、迎えに行きますんで・・」
👨💼『はい・・・お待ちしております』
沸き起こる怒りの感情のまま怒鳴ってしまいそうになるも
近くに居た宮舘が照を落ち着かせるようにきつく握りしめた拳をそっと握ってくれた。
目を合わせると静かな眼差しに制される。
そのお陰で怒りを抑え込ませられ、迎えに行く旨だけを伝えた。
呟く自分の声は、驚くくらいに低かったのをこの時の照自身は遠くの方で感じていた。