そして迎えた翌朝、何時頃とは聞いていないが恐らく午前中には来るだろう。
皆不思議とソワソワしてそれぞれが起床した。
寝坊しがちな渡辺翔太が早起きするくらいに皆落ち着かない。
何だかんだ皆新しい弟と対面するのを楽しみにしているのだと分かる。
ソワソワして待つ4人は、誰が最初に出迎えるのかのジャンケンを開始。
騒がしい兄達を照だけが静かに眺めていた。
気にはなるが、騒ぐほどと言う訳でもない・・
だが同じ養父母に引き取られた弟に変わりはないからその辺は面倒を見るつもりだ。
その点は宮舘も同じなのか、ジャンケンには混ざらず静観している。
何回戦目かで結果玄関で出迎えるのは阿部に決まった。
物凄く悔しがる佐久間を横目に皆それぞれ解散。
部屋に戻る者とそのままリビングに残る者に分かれる。
そんな中照もリビングを出て自分の部屋へと戻った。
レッスン室と違う個室なので防音設備は整えてないが
何となくピアノを弾きたくなったのだ。
新しい弟にはリビングに通された後でも顔を出せば良いだろう。
ピアノの蓋を開け、椅子に座り楽譜を広げる。
頭の部分を鍵盤に指を走らせ奏で始めた。
自分達Snow Manの思いが籠められた大切な曲を自分自身の指で奏でる。
メロディに思いを乗せながら弾く事数分、インターフォンが鳴り響いた。
音を奏でる事に集中しつつも気持ち半分が階下のやり取りに注力している。
ざわついたリビング組が阿部を玄関に向かわす様子も何となく想像出来た。
鍵盤に指を走らせる照の耳には玄関が開く音は届かない。
その頃丁度阿部が訪ねて来た7人目の弟を迎え入れる所だった。
「あ、ごめんなさいその」
「もしかして君がくんかな」
会話のような声が微かに奏でる音色の間を縫って照の耳に届く。
少しだけ手を止め、やり取りに耳を傾けてみた。
そのタイミングで訪ねて来たと思しき人物が食い気味で肯定する声がする。
本来ならまだ高校生だしな・・まだ幼さも残るから声も中性的な響き。
まあ阿部からの説明でも年齢は16歳って言ってたな・・・
大学4年制の単位をあっと言う間に修了し、飛び級で異例の大学院進学。
どんな顔をした弟なるやつなのか、ここで少し気になり始める。
下ではどうやら舘さんも姿を見せたらしく、阿部が名を呼ぶ声がした。
上がるよう阿部が声をかけ、と名乗った青年がお邪魔しますと断る声がする。
それなりの礼儀は身に付けているようだ。
阿部と会話する感じからして常に敬語、まあ多分緊張のせいもあるだろう。
階下を移動する音と気配が階段を上って来るのが分かる。
何となく盗み聞きしてるような感覚になったので、止まっていた指を動かし
再び楽譜を見ながら演奏を続行、耳聡い阿部が演奏に触れつつ隣人の照の話を末弟にしてるのも聞こえた。
「煩かったら言ってね、くんの隣の部屋の奴が弾いてるから余計にさ」
これに対し、煩くなんて無いですよ、という返答まで聞き
頭から終わりまでを通しで弾く事に照は集中した。
集中して弾く事数分、隣の部屋にを案内した阿部の声が少し不穏なものだと感じた。
上智大学創立以来の天才、と口上を述べるかのような調子。
そこまで聞いて照は¨ん?¨と気づいた、上智大学という単語に聞き覚えがあるからだ。
言わずもがな、上智大学は阿部が二年前に卒業した所。
前日阿部の説明の中にあったの経歴にも飛び級で大学を卒業したって話があったな?
その話は阿部自身がしていたのだから、今そこで検める必要はないはず。
一体阿部は何を聞き出そうとしてるのか・・何となく不穏な感じがした。
此処に突然住むよう言われ、俺達以上に戸惑っているはずの末弟を今問い質す必要はないだろ?
直感でそう感じた照はピアノの蓋を閉じ、迷いのない足取りで部屋の扉を開けると
真左に在る元空室の扉の前を塞ぐようにして立っていた阿部の肩を掴んで制止した。
「――ちょっと阿部ストップ」
そこで初めて照は阿部の奥に隠れていた末弟を見た。
明るい茶色の髪は色素が薄く、少し揺らいだ双眸はこれまた色素の薄い青。
身長は佐久間より少し低いといったところか・・?
肌も雪のように白く体型も頼りなく線は細い、これで男?と疑問視してしまう。
¨照、何でここに?¨と問う阿部へ答えながらも視線はへ向けられていた。
瞳の色からして間違いなく異国の血が入っているのは明白。
その薄い青の中に、明らかな怯えを見た。
感じたままを答えたら目の前の阿部もあからさまに落ち込んだ(何で
自分が阿部を止めてくれたのだと感じたのか、怯えの色がの目から消えて行く。
不思議な感覚が照の中を駆け抜けた、が敢えて気にせずこの場を収めるべく養父の話を口にした。
此処に来た理由は竜憲さんの説明した通りなんだろ?と。
それに阿部自身が色々気になるが、先ずは本人と会って徐々に気になった事を明らかにすればいいと口にしたはず。
相手を糾弾するかのような聞き方で退路を断つみたいなやり口を阿部がするのが意外だった。
宥めるように阿部の肩に乗せた手をポンポンと動かした。
そんな照を見上げるようにして見ている青い目と視線が合う。
「そしたら阿部はこいつに謝って、怯えさせたでしょ」
「あ、いえ気にしないで下さい」
目が合うとまた少しだけ緊張した顔色になる。
キョドり具合が小動物めいていて何やら笑いそうになった。
距離を置いているのがあからさまに分かる、まあそれも当然だろう。
少しだけ下から見上げるアングルに夜の闇と街灯の灯りが重なった。
ほんの一瞬だけだが感じたコレは既視感。
前にもこんな風に背の低い相手から見上げられたような?
些末すぎる記憶の断片。
取り敢えず阿部の謝罪を受け入れたへ近づき持ったままの荷物を代わりに持つ。
すると眼下のの体がビクッと震えるのが見えた。
「ん、俺怖がらせた?」
前もどこかで体験したような怯え方。
兎に角気になって確認してみると、俺の行動を理解したが眉宇を下げた。
申し訳ないとか思ってそうな顔つきである。
それからやはり申し訳ないと感じたらしいが全力で違うと説明した。
何だろうこの必死な感じ・・・・シマリス?
おもしれぇー
と緩む口許で預かった荷物を棚の上に乗せた背に阿部のフォロー。
「照デカいから、吃驚しちゃったんだねくん」
いやそれフォローになってないから。
でもまあアシストが入った方がギクシャクしないだろうと思い
が言った怖くないです吃驚してしまっただけです、の言葉に対し、なら良かったと答えておいた。
照自身も驚くくらい優しい口調と声でへ答えていた。
取り敢えず荷物も置いたので、阿部やを促し一階のリビングへ向かう。
その為の階段を下る時、自然と自分達がの前を進んだ。
純粋にリビングへ案内する為であり、野郎相手だが一応安全面を気にしたのかも?
先頭を歩く照がリビングへ続くガラス戸を奥へ開き、一歩入った位置で体を横に向け
後ろから続いてくる阿部とを先に中へ通した。
此処で初めて他のメンバーも末弟になるの姿を目にする。
佐久間は純粋に息を呑み、小さく可愛いとか呟いたのが口の動きで察せられた。
各々待っていた4人のリアクションを見てから照はガラス戸を閉める。
それから務めて怯えさせないよう自然な動きでの横に立ち、上座の位置に立たせた。
本来その位置にあるソファーには長兄の深澤が座るのだが、今日はが主役。
「ほら、挨拶してみ」
「は、はい。その、初めましてです・・若輩者ですが今日から二年間宜しくお願いします!」
緊張から来る背筋ピーンなの背にそっと触れ、優しく促すように囁く岩本。
その落ち着いた声音にドキッとしながら頷いて見せ
6人の目が見守る中、噛まないように気をつけつつ簡単に自己紹介をした。
挨拶し終えたリビングを静寂が包む・・・・誰も一言も発しない。
変な挨拶だったのかなと反応を待つの顔に不安な色が浮かび始めた時
と丁度正面で相対していた佐久間が¨かっ¨と口にし、数秒溜めた後高らかに叫んだ。
「(か)っわいいいい」
これにがビクッとなったのは言うまでもないだろう。
叫んだ佐久間に続き、他の面々も頷きながら歓迎の姿勢を見せる。
中でも佐久間は体全体で嬉しさを表現している。
その嬉しさは何から来るものなのかは分からんが、自分より背の低い弟が出来て喜んでるのだけは分かった。
しかしにとって、この喜び方は複雑でもある。
喜んで貰えるのは嬉しいが、自分は弟じゃなく妹なのだ。
兄達を騙してるみたいで素直に喜べない傍ら、今にも此方に駆けて来そうな兄の様子に気が気じゃない。
弟だと説明されているから怖さの理由を聞かれても説明出来ないのだ。
それに変な態度をとったらこんなにも喜んでいる兄達を傷つけてしまう。
だが喜びが最高潮の佐久間に、の気遣いは通じなかった。
予期した通りの憂いが現実となったのである。
「くん宜しくなぁ!俺よりちっちゃくて可愛いーー」(佐久間
「――!?」
「佐久間お前分かりやすく喜びすぎだろ」(岩本
「言えてる、て言うかあんま佐久間と差は無いよ」(阿部
アカン、とは思ったが佐久間と呼ばれた小柄な兄が
嬉しそうな笑みを浮かべて目指し、駆けて来たのである。
自身の意思で接するのは我慢出来るが、もうこれはパニックになりかけた。
呆れたように笑う岩本照の様子も、同感した阿部の声も耳に入らない。
こっちに異性が来る、触られる、触れてしまう。
その現実だけが突き付けられ、喉が干上がると喉が締め付けられ息が吸い難くなり
ヒュッと空気が抜け出るような音だけがの耳に入る。
でも此処で意識を飛ばしでもしたら、兄に避けられてしまう気を遣わせてしまう・・
異性は怖い、恐怖でしかない・・!でも、でも・・・この人達に嫌われたくないと思う自分も居た。
しかし怖い――
どうしたらいいのか分からなくなり、殆ど無意識に横にいる照の後ろへ身を隠した。
のと同じタイミングで駆けだした佐久間が盛大にこけたのである。
「いってぇ!」(佐久間
「ぶっ、佐久間だっさ!」(岩本
ギュッと目を閉じていたの耳に音が戻り、呼吸も楽になった。
まだ動悸が残る胸を抑えつつ、そっと岩本の体越しに前を窺ってみる。
ていうか、目を開けたら目の前に広い背中が見えて吃驚してしまったよ・・・
「あ、あの・・ごめんなさい」
自分のせいで転んでしまったのでは?と感じた口が自然と出る謝罪の言葉。
照の背中越しに聞こえた慎ましいの言葉に、6人の兄達は揃いも揃ってキョトンとした顔をする。
それから互いに顔を見合わせると、誰が言うでもなく自然と意外な言葉がへ向けられた。
どうして謝るの?と。
これは佐久間が浮かれて勝手に転んだだけで、くんが謝る必要は何一つないよ?
それより驚かせてしまってごめんねくん。
と、阿部を筆頭に皆笑顔でへそう言ったのだ。
「けど俺達本当にくんが来てくれて嬉しいと思ってるんだよ?」
だからこれからなるべく俺達に話して欲しいな。
急にされたら驚く事はどんな事なのかとか、怖いものはお化けと佐久間とかね?
と明るく冗談も交えて阿部先輩が私に話してくれる。
自分が明らかに怯えてしまったのに、この人達は何一つそこを指摘しなかった。
そればかりかを気遣い、佐久間さんの事も悪者にするでもない言い方をしている。
それに比べて自分は・・・いつまでも過去に怯え、怖いなんて思ってしまって
「・・っ、ごめんなさい」
「あー!阿部ちゃんが泣かしたーー」(佐久間
「うぇっ俺!?」(阿部
「あーあ、ごめんな。怖かったなぁ」(ふっか
「今夜の歓迎パーティーの食事当番は阿部に決定ですね」(舘さま
「俺一人!?」(阿部
「阿部ちゃん宜しくね」(翔太
堪えようとするより先に視界が滲み、涙と嗚咽が漏れてしまった。
こんなにも優しくて温かい人達が存在し、兄になる事が嬉しくてたまらない。
懸命に溢れた涙を拭おうとしていると、頭に温もりが添えられた。
不意打ちなのでビクッとなるが、その温もりの主がずっと横に居た照さんの大きな手だと分かる。
置かれた手は数回だけ撫でるとその後くしゃりと髪を乱して行った。
見上げた時には照の姿は皆にからかわれている阿部の近くに移動。
頑張れよ、と言いながら笑っていた。
こんなスタートになってしまったが、此処でなら二年間頑張れそうな気がした。
怖い気持ちもあるけれど、兄達を少しずつ知っておきたいと思った。
二年後にはまた別れる事になるけれど、知る事は無駄じゃないはずだから・・
「み、皆さん・・!その、改めて二年間宜しくお願いします!」
「おう、宜しくな」(岩本
少しでも皆の優しさに応えたくなり、ゴシゴシと腕の袖で涙を拭うと
思い切って6人の兄達へ向け、精一杯の言葉を返した。
するとまたキョトンとなる兄達だったが、左程間を空けずに今度は口数の少なかった照さんから応を返して貰えた。
その返答を合図に再び他の兄達も歓声を上げ
口々に二年間宜しくな!と口にしてくれたのである。
こうしての、として過ごす二年間のシェアハウス生活が幕を開けた。