帰宅し、場所を変えレッスン場に集まった6人。
神妙な面持ちの5人を前に、先輩Jr滝沢からされた話を照は続けて話した。

「結論から先に言うと、滝沢くんがの事を評価しててスカウトしようとしてるっぽい」
「――は?え、何で??」(阿部
「何だそれ、だってくんと滝沢くんは面識全くないだろ」(翔太
「皆取り敢えず落ち着け、照は何でそう思った?」(ふっか

結論だけ話したら阿部と翔太だけ声を上げた。
こういう時は意外と大人しく話を聞いている佐久間。
納得の行かない2人を落ち着かせ、続きを促す最年長深澤。

促された照は¨この問いが来てしまったか¨と少し緊張で強張る。
滝沢がの事を知るきっかけは他ならぬ自分自身が与えてしまったから。
非難されるのを覚悟してからゆっくりと口を開き、5人へ理由を説明した。

が熱出して早抜け出来ないか交渉しに行った時、やたらと滝沢くんから詳細を聞かれて・・俺が話した」

滝沢の事は先輩として信頼していたし、歌舞伎では座長。
早抜けするにはそれ相応の理由も要る。

何とかして許可して貰えないかと、それにはの事を明かす必要があった。
判断材料にする為に詳しい事を聞かれたのだと思い、年齢と性別に外見と学歴は明かし
だが一般人だから面倒をかけないよう伏せたままにして欲しいってのは言っておいたと説明。

静かなレッスン場が更に静まり、少しだけ重苦しい雰囲気に。
の事は俺達だけの秘密だ、事務所の人間にも言わずにおくとあれだけ言っておきながら話してしまった負い目。

「・・でもそれは仕方なかったと思うよ俺は」(阿部
「だよな、俺だってもしかしたら話したかもしれないしさ」(佐久間
の容態も心配だったし兎に角独りにさせないようにしなきゃって照も必死だっただろうしな」(翔太
「それに俺らは交渉とか思いつかなかったばかりか照に任せきりだったからね、照を責めたりはしないよ」(舘さま
「あの状況じゃ全員がの事、滝沢くんに話さざるを得なかったと思うぞ」(ふっか

珍しく視線を伏せて話し終えた照に対し、一番先に声を発したのは意外にも阿部。
誰一人否定的な事は言わず、自分自身に置き換えた視点から5人は照へ意見を口にした。
今いる全ジャニーズらを統括するような立ち位置にいる滝沢に質問されたら言わざるを得ない。

信頼を得たい気持ちから誠実に照は質問に答えただけだから非はないはず。
全幅の信頼を向けてくれるメンバーらに照も重い気持ちが軽くなるのを感じた。

「というか、照からある程度の人と成りを聞いただけの滝沢くんを動かしたのは何だろうね」(阿部
「そうだね・・照の話だけでスカウトを考えた訳じゃないと俺も思う」(舘さま
「うーん、何か決定打になる出来事があったからスカウトをほのめかしたんだよな」(翔太

結果新たに疑問が湧く6人。

の持つ才能と素質やらを熱く照に話したとなれば・・・
話で聞いただけの状態から、更に情報を得たから実際会ってみたいって感じた訳だしな?
問題はその情報を誰から得たか、だと思う。

俺ら以外から得たんなら・・
考えたくはないが思い当たる人物は今、全員の脳裏に浮かんでいるだろう。

目黒蓮、である。
互いの目を見れば、同じ人間に行きついた事が分かる顔つきをしていた6人。

「ああああまさかの目黒かよ!!」(佐久間
「妙だとは思ったんだよな、お土産を持たすだけなら阿部に持たせりゃ済む話じゃん」(翔太
「あの時点で滝沢くん、目黒に同行させてくんの事を探らせていたんだね・・」(舘さま
「なら目黒は単に利用されただけか・・・そこまでしてまでアイツの事知りたくなったって事だよな」(岩本
「目黒からの報告で滝沢くんから恐らくくんに接触したんだろうね・・手紙、添えられたから」(阿部
「・・・・で、この話を俺らにしたって事は照はどうしたいのか決まってるん?」(ふっか
「正しい事なのかは分からないけどまあ・・決めてる」(岩本

この際目黒がどうのこうのじゃなく、先ず確かめたいと照は思った。
滝沢が実際目にしたの優れた能力と優れた目を。
後はもうそれを見た上で、また見学に行くのか否かは本人に決めさせるべきだと。

活動はしていてもデビューしてない事が、照の中に躊躇いとして存在していた事も打ち明けといた。
そこがネックになってたから¨彼に自分達の仕事はこういうんだよって話したの?¨
ていう滝沢からの問いに図星を突かれた事も正直に照は皆に話した。

デビューしてない、という言葉は自然と6人に圧し掛かるワード。
入所した時からただそれだけを目標にレッスンに明け暮れ
何度グループが無くなっても、謎選抜を経験しても尚この世界にしがみ付いて来た。
その決意は今月の1日に貰ったオリジナルの曲に籠められている。

今日に至るまで何度辞めようと思っただろう。
多分この6人じゃなかったら皆辞めてたかもしれない。
互いを決して否定せず尊敬し、認め合う事が出来るメンバーだからこそ今日まで6人で来れた。

そして今、脳裏に過る予感を前に複雑な気持ちが渦巻いている。
が、それと同じくらいウズウズする自分達も居た。

「先ずはの今現在の気持ちを聞いてみたいと思ってる」(岩本
「・・まあそれが最優先だよな」(ふっか
「決して強要したり強制したりしない聞き方を心掛けるんだよ?」(舘さま
「(ただ頷き)分かってる」(岩本

話はまとまりを見せ、照達は一旦レッスン場を出て夕飯を食べる事にした。
腹が減っては何とやら・・・と出た所で皆ピタッと足を止める。
不意に何処からかピアノの旋律が聴こえて来たのだ。

「これって・・俺の部屋のピアノだよな?」(岩本
「うんそうだね」(舘さま
「さっきくんが家の中を見て回りたい感じだったからお勧めしといたんだ」(阿部

照の部屋にはピアノがあるから興味があったら触ってみると良いよ、て。

と得意満面で言ってのける阿部亮平。
サラッと何て事ないように答えた阿部を宮舘と深澤以外が凝視。

一斉に見つめられる阿部は¨ん?¨みたいなすっとぼけの顔をしている。
何か腹立つ顔だな(笑)と内心思う照、それから旋律に耳を澄ましてみた。
一応ピアノを習っていたのもあり、大体の曲名なら分かるかもしれなかったから。

聞こえて来るのは弾くにはかなりの技巧が求められるピアノ独奏曲。
これに管楽器も加わる交響曲だ。

「すっげ・・サン・サーンスの『死の舞踏』かよ」

何となく知っているだけだが、耳に残る管楽器とピアノの旋律は印象に残っていた。
メンバーが何だそれという顔をする中、同じく知識では負けない阿部が照の言葉に補足をする。

「原曲はリストだね、彼の原曲を交響曲にしたのが照の言ったサン・サーンスだよ」(阿部
「え?それって何凄いの??」(佐久間
「技巧自体は優れてる訳じゃないけど弾けるだけですげぇわ」(岩本
「マジ?てか、くんてピアノ弾けたんだ??」(翔太
「ピアノ習ってた照からしてどうなのよは」(ふっか
「どうって・・俺より格上だわ(笑)弾き方はゆっくりだけど音が正確で心地良い」(岩本

もうこれは感覚の話になるから次元が違う、と照は口にした。
本来のテンポよりゆっくりな事から初見で弾いたのは分かったが
たどたどしくないし音のズレが全く無い。

目だけじゃなく耳も優れてるのかなと思わせる正確さだ。
こういうジャンルの物が弾けるだけでマジすげぇ

「才能に溢れてる子だね、くんは」(舘さま

感嘆の表情で呟く面々と宮舘。
それから誰とは言わないが夕飯を食べなくてはならない事を思い出す。
聴き入ってる場合じゃなかった、と声を上げた。

「と言うか皆夕飯食べよう、折角の手作りだから冷めないうちに」(阿部
「そうだな、ちょっと呼んで来る」(岩本

声を上げたのは阿部、皆ハッと気づきリビングへ歩き出す中
代表して照が2階の個室へを呼びに行く事になった。
他ならぬ照自身の部屋で弾いてる訳だから部屋の主が行くのが妥当だろうと言う結論。

『死の舞踏』はもう少しで弾き終わる感じかなと読む。
しかしピアノが弾けるとかいうのは全く知らなかったな・・

あまり自分自身の事を話そうとしないから
まだまだ自分達が知らない飛び道具を隠してそうな気がした。

――コンコン

一応自分の部屋だがドアをノックしてみる。
ノックしてから居るか?と声を掛けると中から居ますーてな返事が聞こえた。
開けるぞ?と断ってから自分の部屋のドアを開けた。

「あ、えと・・話し合いは終わりました?」

中を見れば此方を振り向いたと目が合う。
少しバツが悪そうな顔をしている。

悪い事をしたと思ってるんだろう。
別に阿部が勧めたんだし気にしなくていいのにな(笑)
部屋に入りピアノの椅子に座るの横に立つ。

「ん、終わった。先にメシ食ったらお前に聞きたい事あるんだわ」
「俺に・・ですか、分かりましたでは下に行きましょう」

目を見て用向きを伝えると鍵盤の蓋を閉めようとする
その動きをやんわりと制し、机の引き出しに入れてあった楽譜を取り出し

の前に見えるよう楽譜を開いて譜面台にセット。
その様子を不思議そうには眺めている。
譜面台に置かれた楽譜の曲名は『SnowDream』

18日前の1日に提供されたばかりのオリジナル曲だ。
何故に見せる気になったのかは分からないが、純粋な興味だったのかもしれない。

「これ、弾ける?」

右から伸びて楽譜を広げる照の手を見ていたに投げかけられた言葉。
これには正直動揺させられた。
ピアノを習っていた訳でも無ければ楽譜を読んだ事もないのだから。

多分私が今の曲を弾いてたから、ピアノが弾ける子だと思われたのだ。
うーんどうしよう、正直に言ってもそれはそれで怪しまれる。
でも何か答えなきゃ怪しまれるよね・・・ええい、言うしかない。

「楽譜を・・読む事が出来ないので、一度照さんに弾いて貰えたら出来そうです」
「えぇ!?よ、読めないのに弾けちゃった系??お前ヤバくない?(笑)」

ヤバイですよね・・・自分でも何言ってんだコイツ状態ですもん。

正直に言ってみたらかなり吃驚したらしく
照さんの声が上ずったし何ならちょっと半笑いで私を見ている。
でも決して訝しむとか怪しむとか、そういった類の目ではなかった。

否定から入らないし否定すらしない彼ら共通の接し方に凄く救われる。
照は¨なら仕方ないな¨と言うとに一旦変わるよう動きで暗に示した。
察したが椅子を立ち左横に立つと、交代するように照が椅子に座る。

長い足を曲げて足元のペダルに添えるよう足裏をあてた。
めっちゃ画になるんだが?

なんて事を思いながらピアノと向き合う照さんを凝視。
長い手足と同じくらいに長い指が、鍵盤に触れる。
一呼吸置くまでの僅か数秒が凄く長く感じた。

ジッと見てたら吸い込まれそうな?そんな感じ。
空気が一瞬で引き締まった後、凄く繊細な音が奏でられた。
つい弾いている照を見つめそうになるが、終始は鍵盤の上を走る照の指先を見つめていた。

とても切ないメロディで始まるその曲は少しずつ力強さも織り交ぜられ
不思議と感情を揺さぶる曲だなとは感じた。
同時に記憶も甦って来た、この曲を聴くのは2回目だという事を。
弾いてる姿は見れなかったが、私の来た日に聴こえて来た曲。

胸に迫るラスサビへの転調が気持ちがいい。
何故か胸が締め付けられ鍵盤の上を走る照の指がぼやける。
最後までしっかり見つめたいから急いで瞬きして涙を飛ばした。

「ふう・・まあこんな感じ・・・って、どした?」

両手で最後の音を奏で終え、左に居るを見て照は目を丸くした。
不思議な光彩を持つの双眸は涙に溢れ、幾筋も涙を流していたから。

「いえすみません、大丈夫です」
「感受性強くて素直なだけだろ、謝らなくていい」
「はいっ」
「んで・・・どう?弾けちゃったりする・・?」
「見ながらなら弾けると思います、覚えちゃえば後は見なくても弾けるかな・・」
「ん????お、おお」

謝るを照は決してからかわずに慰め
確認するような声音を口にし、どう?と聞いて来た。
これに対して答えるだったが、答えのようで答えじゃないような言葉に照は首を傾げる。

見ながら弾くとは如何に??覚えたら見なくても弾けるとは?
意味を察する事が難しく曖昧に相槌だけ照は入れといた。
言葉では理解出来なくとも弾いて貰えば分かるかもしれないと優しく促す。

照と入れ違いに再びピアノの前に座った
指は弾き始めの時照が置いた鍵盤と同じ位置に置く。

深呼吸を1つ、それからは目を閉じた。
既に照は驚いて目を見張っている。
最初の音を男にしては細い指が奏で始めたが、衝撃しかなかった。

読めないから当たり前かもしれんけど、コイツ・・・楽譜一切見てないな。
そればかりか1つも間違えずに正確に弾いてる。

これホントに初見か??
あまりに正確な指の運びに背筋が粟立つのを感じた。
滝沢の称した目の良さで出来る芸当とは思い難い光景だった。