がとしてシェアハウスを訪ねる前夜。
都内にあるシェアハウスに住む青年の元へ1本の電話が行った。
『急で申し訳ない、明日から約二年間の限定で私の迎えた養子を君達の弟として迎えて欲しいんだ』
とか言う突拍子もない内容の電話、それを受けたのは阿部亮平。
年功序列と多分生まれた順から末っ子扱いされているが
彼の経歴は輝かしく、知識力の高さや臨機応変さは兄達から一目置かれている。
この電話を受けた阿部は数分間iPhoneを持ったまま考えた。
複数の衝撃があったせいだと思う。
先ず自分達にまだ兄弟がいた事、次いではその弟と思しき者が
期間は設けてあるとはいえ二年間生活を共にするという事。
何故突然弟が居る事を明かし、期間限定で同居させる事になったのかは不明。
辛うじて聞き出せたのは、将来自分の事業を継がせたいからだという事のみ・・
謎が多すぎる・・養父母の事は大切だし大好きだ、信用もしている。
しかし今回のこの話は少し驚きが強く、一人で考えても埒が明かないなと思考を中断。
部屋を訪ねる前にと考え、先ず5人の兄弟達とのLINEグループへメッセージを送った。
緊急招集、今すぐ全員リビングに集まれ。と
LINEを閉じるとその足でリビングへ向かうべく自室を出る。
大事な事は兄弟全員で共有するのが自分達の鉄則だ。
阿部自身頭は切れるが実際のまとめ役はまた別にいる。
こういう時はその人物に仕切って貰う方が良い。
時刻は15時過ぎ、昼寝をしてない限りLINEには気づくはず・・
先にリビングへ向かい、皆の飲み物でも用意しようと廊下に出たタイミングで後ろから声がかかった。
「あー阿部ちゃん今のLINEどういう事?」
「ああ、ふっかか。詳しい事は皆が揃ってから話すよ」
阿部を呼んだのはまとめ役として思い浮かべた相手、最年長の深澤辰哉。
彼とはジャニーズ事務所という場所に同期で入った仲。
そのせいか彼だけはあだ名で呼び、口調も砕けたものになる。
反応が遅そうな兄弟を呼びに行く事を深澤に任せ、阿部は先に階下へ。
兄弟達を呼びに向かう役を任された深澤が先ずドアをノックしたのは
「なべ起きてるかー?」
深澤の部屋の隣の隣に位置する弟の部屋だ。
なべと言うのもその弟のあだ名、本名は渡辺翔太。
同じ92年組ではあるが、先に生まれた深澤の弟という位置づけになっている。
声を掛ける事数分、少し気配が動いた。
これ寝てそうだな・・・と予想。
昔はあんなにツンツンしたキャラを作っていたのに今ではすっかりバブい。
食事をして風呂に入ったら一番先にベッドへ行くのも翔太と決まっている。
ぽやぽやとした雰囲気がまたファンに受け、甘やかされている男だ。
でもステージに立てばダンスはキレキレだし歌も上手い。
声が通るから翔太が笑っていたり話したりしているとすぐ分かったりする。
「うーん・・あ、翔太。今滝沢くんから電話が来てるんだけど――」
このまま起きないとなれば呼び出しを掛けた阿部が黙ってはいないだろう。
それは後々めんどくさいと感じ、あだ名から名前呼びに戻して咳払いを1つ・・・
究極の手段として用いたのは先輩の力(
自分達は今年の4月5日〜6月30日までを滝沢歌舞伎に宛てている。
本番まで一カ月を切った今、脚本・演出・主演の大先輩からの電話というのは中々の圧。
予想通り室内からガタガタと物音が響き、慌てふためいた様子の翔太が飛び出して来た。
横を駆け抜けて行く勢いの翔太をキャッチして止める。
「起きたな翔太」
「うん起きたよ・・ってふっか?俺に滝沢くんから電話って聞いたけど」
「吃驚した?(笑)」
「・・・え!?何、嘘??」
「翔太が起きないからだろ、それよりLINE見たのか?」
「LINE?」
キャッチされたまま問われ、キョトンとした目を深澤へ向ける。
聞きたいのは翔太も同じで電話に出る為に急いで起きたのだという目で伺えば
途端にふっかが吹き出すようにして笑い出し、その瞬間あれは嘘だと気づく。
してやられた・・・まだちょっとハッキリしない状態のところへLINE見て見ろと言うふっかの言葉
ぼんやりする目を擦りながらズボンのポケットに入れてあるスマホを取り出す。
画面には確かにLINEの通知が表示されていた・・緊急招集、と書かれた本文も確認出来た。
「それ読んだらリビングな」
翔太がスマホを取り出し、LINEを確認しているのを現認。
それを見届けてから次の部屋へ深澤は向かう。
途中LINEを確認したと思しき宮舘と擦れ違った。
まだ姿を確認出来てないのは五男に次男。
6人の兄弟の中では五男だがグループ内ではリーダーの岩本照と
6人の兄弟の次男、いつも明るく騒がしい男 佐久間大介の二人だ。
照は兎も角、佐久間は寝てそうだなと一瞬考えた深澤。
趣味の域を超えた拘りを持つ二人だ、一方はトレーニング中で
もう一方は撮り溜めしたテレビ番組とかを見てそうな気もする・・・
まあ兎に角阿部の言い出した緊急招集だしなー、彼が意味なくそう言うとは思えない。
だからまあ取り込み中だと思うけどそこは我慢して貰おう。
阿部に対する謎の配慮を念頭に、先ず手前にある照の部屋をノック・・
「あ」
「――っ、吃驚したァ」
「おおうごめんな?今ノックしようとしてたのよ」
しようとしたのと同時に叩くはずのドアが目の前から消え
入れ違いに中から照本人が出て来たモンだからまあ吃驚したよね。
吃驚したのは照も同じだったらしく、若干低い声で呟いている。
なんかちょっとドスが利いててVシネみたいな迫力がありますよ岩本さん?
っていう小ボケは飲み込み、取り敢えず驚かせた事を謝る。
謝る深澤に¨いやいいよ¨という仕草を返した岩本。
それから深澤を見やり、部屋の前に居た理由を察したと見える言葉を発した。
「ああ、阿部からのLINE?」
なので頷いて肯定してやる。
どうやら昼寝はしてなかったようだ。
まあ照=昼寝って言葉はイメージし難い(失礼
「もう照と佐久間以外はリビングに揃ってる」
「マジか、じゃふっかもう行ってて佐久間俺が呼んで連れてくわ」
「おっけ任せる、阿部ちゃん達待たせてるから早くな」
「ハイハイ」
間近で深澤の至近距離アップを見せられたお陰か頭はクリアになった(こっちも失礼
やっぱり用向きはLINEの内容だったらしい、まあ緊急招集って題目からして気になるしな。
すぐリビングには向かわずメンバーを呼んで回った辺りがふっからしい。
まとめ役を逸早くリビングへ向かわせる事とし、最後の佐久間を呼びに行く役を照は引き受けた。
佐久間の部屋は一番角の部屋になる、設計上壁を曲がった先に引っ込んでいる為見え難い。
個室はそれぞれ12と10畳と8畳くらいのだだっ広い造りになっている。
唯一空室の個室が一番広い12畳、そこにグランドピアノが置かれていた。
偶に兄弟らがそこの部屋に入り浸って自由に過ごす時もある。
他にはヴォイトレ室にシアタールームやダンスレッスン室等も完備されたシェアハウスだ。
兄弟それぞれの趣味を活かした部屋もある為最早シェアハウスというより豪邸・・・
十数年前は孤児院に居たという事実の方が夢だったのでは?と感じる暮らしの変貌。
皆それぞれが已むに已まれぬ事情や背景があり、孤児院へ連れて来られたから姓は皆違う。
それでも純粋に嬉しかった、血の繋がりはなくても俺達は兄弟で竜憲さん夫婦が親だ。
「佐久間ー、LINE見た?」
部屋の前に立つと、起きてるかの有無ではなく用件を中へ問うた。
問いながらコンコンと数回ノックをしてみる。
数分後、チャラン♪ていう独特な受信音が聞こえた。
アイツもしかしなくても電源切ってたな?
あの鳴り方からして、電源入れた瞬間受信しました的な感じだったぞ。
て事は・・アニメに集中してたなアイツ。
最近はどうか分からないが、高確率で連絡のレスポンスが遅い時佐久間はアニメか漫画に没頭している。
そういう時佐久間は集中する為だと言って、よくケータイとか音が鳴るものは電源から落としていた。
全く・・・普段の行動からアイツが今何してたのか分かる自分がキモイわ(笑)
「――緊急招集って何!!」
「いいから早く出て来い佐久間」
「あれ、その声は岩本照さんですかー?」
それから漸くLINEを見たとみえる佐久間の叫び声が廊下に立つ照へ届いた。
佐久間らしいリアクションに苦笑しながら廊下へ出るよう言うと
わざとらしい敬語呼びで伺ってきた。
流石に待たせてる側なのでコール&レスポンスしてる場合じゃねぇんだよ早く出て来い、と中へ切り返す。
声音からマジの呼び方だと悟った佐久間、明るく答えてからケータイだけ手に部屋を出る。
扉と手すりの間にスラリと高い長身の照が待っていた。
二階の造りはコの字型になっており、正面に残り5室の扉が見えている。
手すりの外側は吹き抜けで、覗き込むと真下にある玄関が見える造りだ。
「やっと来たか、取り敢えず皆待たしてるからリビング行くぞ」
「了解であります!」
目が合った照の表情は怒ってる風もなく、取り敢えずいつもの調子で言葉に応えた。
緊急招集って響きが何か厨二っぽくてワクワクするなあとかそんな事を考えながら。
そして6人揃った所で阿部の口から全員が驚く事実が語られるのである。
一通り聞いてみての感想、まさかの7人兄弟だった衝撃。
衝撃も相当だったが、今の今になって何故新たな養子を此処に住まわそうと思ったのかが気になった。
阿部曰く、その辺の疑問は追々聞くとして
先ずは本人と会って話してから徐々に気になった事を明らかにすればいいのでは?という結論に至ったとの事。
「まあそれは俺も賛成」(岩
「うん、あれこれ考えるのは後でも出来るからね」(舘さま
「俺も賛成!先ずは明日から弟になるそいつを俺達が兄貴として歓迎してやろうぜ!」(佐久間
「て事は、部屋は空室を使って貰う事になる感じね?」(ふっか
「良いと思うよ今から部屋変えるのは難しいし」(翔太
「じゃあ部屋は空室で決まりな、そしたら照と何人かでピアノ移動させないとだ」(阿部
意外と静かに阿部の意見を皆で聞き、各々が賛同しながら自分達の意見も入れる。
理由はどうあれ、明日来るのは自分達と同じ養父母に引き取られた養子。
つまりは自分達の新しい兄弟になるのだ、以前は恐らく孤児院かどこかで辛い生活を送ってたに違いない。
養父、竜憲が言うに、名前は(厨二心を掻き立てる名前だぜ!by佐久間
誕生日が来たら17になる現在16歳、現役の大学院生だとか?
養父から聞いた情報を話す阿部を5人が凝視したのは言うまでもない。
現末っ子に位置する阿部亮平も今月大学院卒業を控えているからだ。
92年組から見たら7つ下の弟で、93年組とは6つ違う弟が出来たという事に・・
ていうか、純粋に1つ気になった事を佐久間は阿部へ聞いてみた。
「16歳から大学院って入れるのー?」(佐久間
そんな佐久間へめんどくさがらずに阿部は説明を挟んでくれた。
大学院へ入れるのは一般的に考えると23歳から。
皆一律に先ずは大学院へ進む為に大学へと入学する。
大学で自分の学びたい学科を専攻し、4年制の間に単位を取って修了すると卒業。
だが専攻した学科を更に学びたいと希望した者が目指すのが、博士号や専門分野へ進む為の資格を得る事。
その為の入口として大学の次のステップになるのが大学院。
大学院では、大学で専攻した学科を更に研究し突き詰める為の研究科で学ぶ事になる。
しかし、この普通の流れを経ずにという人物は大学院へ駒を進めていた。
そんな事が可能なのはただ1つ、飛び級だ。
恐らく通常の速度ではない尋常ならぬ速度で4年制の卒業資格同等の成績を叩き出したに違いない。
ハーバードからスカウトが来ても不思議じゃない頭脳を持っている事になる。
阿部は通常の流れと道筋を通り、今月に無事卒業を迎える。
説明しながら思い出した事があった・・院に在学中、自分が卒業した大学に一人の天才が誕生したという話を。
ただがどの大学で専攻した学科も、大学院で何の研究科に属しているかは知らない。
が、ひょっとするとその噂の人物がだった?
阿部に説明して貰って満足した様子の佐久間を眺めつつ
既に阿部は違う事を思案していた。
もし噂の天才がだった場合、一致しない事が1つだけあった。
阿部が真剣に思案する中、他の兄弟達はピアノをどう移動させるのかについて議論している。
力学で移動させてもいいが間違いなくフローリングに傷が付く。
ここはやはり普通に業者に任せるのが一番だろ、と早い段階で意見がまとまった。
早速まとめ役の深澤がピアノに詳しい業者へ電話を掛けにリビングを出て行く。
「阿部どした?何か腑に落ちないって顔してるけど」
リビングを出て行く深澤を視線だけで追っていると
その延長線上にいた別の人物と目が合った。
すぐさま相手が阿部の様子に気づいて問うて来る。
こう言う時すぐ気づくのが意外と照だったりするんだよね。
まあリーダーを任されてるだけあって、皆をよく見てるから気づいて当然か。
問うた相手と目が合ったタイミングで照が阿部の横へ移動して来る。
他の兄弟達が新しい弟が出来る!と沸いてる中、一人真顔で黙ってれば嫌でも気づくというものだ。
まだ疑問と憶測の域を出ない為、不要な発言は控えたい阿部。
気に掛けてくれる照には申し訳ないが、今は言うべきじゃないと考え
話せる時が来たら照に言うよ、とだけ答えるに留めた。
「・・・ん、分かった。そん時が来たら必ず言えよ?」
「それは勿論、頼りにしてるよ照」
不承不承ではあるが、照は阿部の返答を承諾した。
阿部が答えを出せるまで待つと約束してくれる照の言葉が凄く有り難い。
岩本照は口にした言葉を違えたりしないと分かっているからこそのやり取り。
その後深澤が手配した業者が来訪し、12畳の部屋に置かれていたグランドピアノは岩本照の個室へ。
理由は次に部屋が広い事と、ベンチプレスが偶々トレーニングルームに置かれていた為スペースが確保出来たから。
後は移動させるにしろ距離が近かったのも大きな理由だ。
業者は帰り、各々もそれぞれ部屋に戻る。
今夜の食事を任された宮舘以外は夕飯までの時間を自室で過ごす。
照もピアノが移動した自分の部屋に戻り、何となくピアノの椅子へ腰を下ろした。
筋肉トレーニングに励む己の部屋には不釣り合いなピアノ。
だが照自身が置かれたピアノを眺める目は優しい。
明日は久々に弾いてみるか?と自問。
隠してるつもりもないが、過去ピアノを習っていた事もあり実はピアノを弾ける。
それに良い譜面が手元に届いてるじゃないか。
今月一日、まさに今日、自分達のグループの為に新たに作られたオリジナルの曲の譜面だ。
自分達の為の、今の自分達にしか歌えない唯一の歌。
音源は貰ってるし、いつかコンサートで俺自身の伴奏でこれを歌うのが小さな夢でもあった。
今ならそれが叶えられそうな気がした照は、前向きな気持ちで貰った譜面を眺めた