ガタン――
そんな物音が玄関で聞こえたのは18日の夜22時。
リビングで皆を出迎えたくても松葉杖で行くのは至難の業な為
仕方なく音に集中させながら私は個室で待機していた。
そこへ聞こえた大きな物音、兄達が帰って来た?と松葉杖でドアまで行き少しだけ開く。
でも静かすぎやしないか?いつもなら佐久間さんがお腹空いたーとか叫んで
照さんや翔太さんにうるさいと言われるまでがデフォなはず。
賑やかな6人の兄達が静かに帰宅した事なんて無い。
傍から見てても彼らの仲の良さに絆の強さを感じられた。
考えてる間も何かを倒した音とか荒い呼吸が聞こえる。
今度こそ泥棒?だとしたら今この家を守れるのは私しかいない。
意を決し、松葉杖を支えにしながら部屋を出る。
廊下に出て見ると電気が付いていた。
そして見えるのは玄関に脱ぎ捨てられたスニーカー。
あれは阿部先輩の履いてる靴だとすぐ気づく。
前に佐久間さんのスニーカーを借りる際、靴箱を開けさせて貰った時に記憶していた為気づけた。
ゆっくりゆっくり降りて行くうちにリビングから感じる気配。
リビングの電気は付けられ、これが泥棒だったら油断しすぎだなと思いつつ中を覗く。
中ではこっちに背を向けた長身の男性が救急箱を開けているのが見えた。
「・・・・阿部先輩?」
「――!!・・っう」
そっと声を掛けたら想像以上に驚かせてしまったらしく
勢いよくこっちを振り向いた阿部は、苦痛に顔を歪め項垂れた。
これには声を掛けたが吃驚してしまい、慌てて松葉杖で近寄る。
近づいてみて思わず目を疑った。
殴られた事が一目で分かる腫れた頬と口の端に流れた血の痕。
それから阿部から微かに香った湿布薬とか病院の匂い。
ふらついている体を何とか支えようとしたが、伸ばした手を阿部はいなす。
要するに、やんわりと断られた。
初めて感じた拒絶、動きを止めたに対し目を伏せた阿部が弱々しく掠れた声で言った。
「ごめん・・背中が痛いから、少しの振動も響きそうでさ・・・」
阿部先輩はそう口にすると説明しながらゆっくりとソファーに腰を下ろした。
そっか拒絶された訳じゃなかったんだ・・良かった・・・
話す阿部の顔を見ると確かに辛そう、痛みを我慢してるのか眉間に皺が寄っている。
でも何故阿部だけ帰宅したんだろう。
レッスンか稽古中のケガならメンバーの誰かが付き添いしそうなものだが?
若しかしてメンバーの誰も気づかない所でケガしたのかな。
阿部先輩って痛みとかケガとかしても黙ってそうだし・・・
「病院には行ったみたいで安心しました、けど・・・・」
「あ、行ったの分かったんだね。」
「病院特有の匂いとか湿布の匂いがしたので・・」
「・・大丈夫、ただの打ち身だから3〜4日くらいで治るよ」
「皆さんは誰も先輩に付き添わなかったんですか?こんなに辛そうなのに独りで帰すなんて酷いです」
「・・・・・酷いのは、俺だからさ・・」
「――え?」
診断結果を聞いて安心はしたが、それでも少し憤りも感じた。
ケガを負った状況は分からないが仮にそうだとしても家族でありメンバーでもあるなら
誰か一人くらい病院まで付き添うとか、早めに帰るとか出来そうなものだろうに。
そう憤りを口にしたに対し、力なく答えた阿部は口にしたと同時に両膝に肘をついて顔を覆う。
にはどうしてそんな風に阿部が言うのかが分からなかった。
自分には分からない世界での悩みを抱えてるのだとすれば、立ち入る事は出来ない。
「ううん、何でもない・・」
ついポロッと彼女に話しそうになるのを留め
痛みの波が落ち着くのを待ち、部屋に戻ると決める。
芸能界は外から見ればキラキラと輝き眩しい世界だが
内側は泥臭い努力と食い下がる貪欲さが求められる・・・
誰しもが生き残る為に必死に抗っている世界であり
芸能を志し、それで食って行くと決めた者達の歩む道。
その為には自分の生活をある程度は犠牲にしなくてはならない。
家族や友人との交流より芸能の道を究め、足元を固めなければならないから。
気を抜けばすぐ足元が崩れ、築いたものは失われる。
そんな世界に彼女は来るべきじゃない・・
常に多くの事を考える必要がある。
自分が大事にしたい事や大事なものだけに心を砕けない厳しさ。
照は恐らくそう言いたかったんだと思う。
辛くてもそれが自分達の選んだ世界で、且つこの世界でテッペンを獲ろうって誓い合った。
俺が考えなしに感情に任せて放った言葉は、自分達のファンをも裏切るものだったと今実感。
だからこそ照は俺を殴ったのかもね・・・
自分自身についてくれてるファンを裏切るような事言うな、ってさ。
「ちょっと照とケンカしちゃってさ、酷い事・・言っちゃったんだ」
気持ちが落ち着いてきたらそう口が動いていた。
言うべきじゃないのに、今回だけは芸能の世界外に居るに聞いて貰いたかったのかも。
この世界に身を置いてないから、澄んだ意見が聞けるような気がして。
「阿部先輩は、照さんを傷つける事を言ってしまったと理解してるから辛そうな顔してるんですね」
「・・・・うん」
「気づいて話し合いたいと感じれたら何度でもぶつかって話し合えばいいと思いますよ?」
「そんな簡単じゃないよ・・」
「悪いと思ったら謝って納得行かないなら出来るまで話し合う、阿部さんも照さんもそれが出来る人です」
「・・・」
「言わない後悔より言って後悔ですよ、話し合うと思ったら話し合える、ケンカ出来るって素晴らしいじゃないですか」
16歳の少女は忌憚ない意見を伝えようと話している。
分かり合えないなら話し合え、て言うのは簡単。
寧ろ話し合いでカタが着いてたら今頃6人で帰宅してる。
でも言ってる事はあまりにも当たり前な事で、真っ直ぐすぎた。
ただあの場はお互い頭に血が上ってしまい、まともな話し合いにはならなかったなあ・・・
しかも勢いで抜けると口走っている。
これを本気で受け取られれば、俺は守りたかったグループを去らねばならなくなる。
不意に怖さに襲われた・・まさに的を射たような¨言って後悔¨状態。
「私にはもう、話したくても話す機会は無いし・・ケンカしたくても出来ないんですから」
静かにの言葉に耳を傾けていたが
少し声のトーンが低くなり、呟きを口にしたの言葉に視線だけを向ける。
「お互いを曝け出してとことん話し合える事が出来る阿部さんは幸せ者です、大いに話し合って下さい」
お二人ならきっと仲直り出来るって信じてます。
このまま仲違いでもしたら私、阿部先輩の事嫌いになりますからね。
そう言ってから¨なんてね¨とははにかんだ。
平静を努めていたようだが、眉宇を下げた目許は憂いを帯び
少しだけ泣きそうに見える顔をしていた。
意見を聞いてみるだけのつもりがは真剣に話してくれた。
その中で1つ気づいたのは、自分自身で選んだ道を、捨てようとしてた事。
今に至るまでの葛藤も、自分なりに見つけた個性すらも・・
ただ単に抜ける!と口走っただけだとしても、だ。
・・・少し、いやかなり気が大きくなってたのかな俺。
と言うよりはがむしゃらだったかもね。
「はあーあ・・ホントは君に頼って貰いたいのに不甲斐ないな俺」
「へっ」
「・・・・俺だけがくんが本当はって名前の女の子だって知ってるんだよ?特権持ってるのにさ」
「特権??」
「何故か照にリードされちゃってるし、焦ってたのかなあ」
何故リードされてると思うのか、またそれに対し焦る理由は?
と色々気になる言葉を目の前で阿部が口にしている。
こんな返しが来るとは予想外だし意図が見えない。
まあ兎に角、今見る限り目に見えて平静を取り戻した様子の阿部。
さっきと比べて顔色も良い、これなら照と冷静に話し合えるだろう。
ちゃんと話し合えさえすれば兄達はまた仲良しに戻れるはず。
私が嫉妬するくらい仲の良い兄達に戻るのを楽しみにしていよう。
想像しただけで嬉しくなるに、阿部は少し真面目なトーンで1つだけ言った。
「、俺が今君に話した事全部・・俺のケガの事も皆には話さないで欲しい」
「・・・ですね、阿部先輩の口から皆さんに伝える方が良いと思います」
「うん、色々ありがとう」
真面目な顔から一転、阿部は肯定したに微笑む。
伝える時になったらついでに教えて欲しい。
どうして私と2人になる時だけ本名呼び捨てで呼ぶの?
嫌とかじゃなく純粋に気になった。
皆が居る前だと男装名をくん付けで呼ぶのに
今みたいに2人になると本名呼び捨てに変わるのだ。
使い分け・・めんどくさくない?と思っていた。
でもまあ深い意味はなさそうだし私も本名忘れそうになってたから呼んで貰えると助かるね(アホの子
「それじゃあ俺は部屋に行くよ、皆とはまだ顔合わせ難いから」
「はい!私も一度部屋に戻りますね」
「ああ、えっと俺今回君を背負えないから此処から真っ直ぐ奥に行くと右側にエレベーターあるからそれで行くと良いよ」
「は!?」
「わー面白い顔(棒)知らなかったみたいだね、まああいつ等も知らずにいるから無理もない」
('ω')ファッ
ってなったの頬を指でツンツンしながら阿部は言う。
どうやら室内エレベーターに気づいてるのは阿部のみだとの事。
何となく納得出来てしまい、さすが先輩だなーって感想を抱いた。
兎に角有り難い事に変わりはないのでお礼を述べ
階段からゆっくり2階へ向かう阿部を見送った。
・・・部外者の私が何処まで皆の役に立てるか分からないけど
少しでも心が軽くなってればいいなあ。
まあこの1時間後くらいに照さん達が帰って来るんだよね・・。
部屋で待機してたけどあまりに静かな帰宅すぎて、出迎える事は出来なかった。
何となく声を掛け難い雰囲気も手伝って歩く音とか部屋に入る音を聞くだけに留める。
あの雰囲気はきっと阿部先輩の話してた、照さんとケンカした事と関係してるんだろう。
佐久間さんの足取りは迷いなく個室へと消えて行き
ドアの隙間から覗き見た宮舘さんと翔太さんに至っては
宮舘さんだけが阿部先輩の部屋の前で立ち止まり、翔太さんはチラッと見ただけで個室へと消えて行く。
ドアの前で数分佇んでいた宮舘、やがて歩き出し部屋の中へ入って行った。
皆気にはしてるみたいだったが声は掛けずに行ってしまう。
2人がどんなケンカを何処で始めたのか分からないから何とも言えないが・・皆が見てる所だったのかな。
部屋から滑らせるようにドアを出て、階下を覗き込む。
「俺ちょっと頭冷やしたいからふっかは部屋戻ってていいよ」
「・・良いけどあんま思い詰めんなよな、明日皆で阿部と話し合おう?」
モードからモードに意識を切り替えて覗き見た所では
中々2階に来ない照と深澤が話す姿がまだ玄関に在る。
少しだけ2人の会話に耳をそばだてた。
そんな中、ああ、とだけ答える照。
そう呟く照の目はこっちを見てはいなかった。
気持ちが落ちてしまってるのかもしれない・・
仲間を殴ってしまった事に対して。
目に見えて落ち込んでるのが分かるだけに気にはなっている深澤。
思えば今日のレッスン場で阿部の話を聞いた時から妙な空気になってたからね・・
レッスン場から出て行く2人を見てから実は少し気になっていた。
いつになく余裕のない阿部からは苛立つ雰囲気を感じ
勿論その事に気づいた照が何も言わずスルーするなんて思えなかった。
始めは何も聞こえなかったから冷静に話してるとばかり思ってたわけよ。
でもやっぱそのまま話を終わらせれなかったんだろな・・・
静寂の後聞こえたのは何かが何処かに激しくぶつかる音。
その音に吃驚した深澤らがレッスン場の入り口に駆け寄ると同時に聞こえて来た照の怒声。
いやでもまさか俺の名前が出るなんて思わなかったからドキッとしたよね。
―ふっかがどんな気持ちでここまで来たのか・・同期のお前が一番分かってんじゃねぇのかよ!!!―
それと同時に衝撃的だった。
俺以上に、照が俺の気持ち?とか想いを理解してた事に。
咄嗟に扉を開けて廊下を見た時に見えたのは、項垂れる阿部と照の背中。
その背中はいつも頼りがいがあるのに、あの時だけは辛そうで泣いてるように見えた。