その日の夜23時過ぎ、何とか大詰めのレッスンを終えた照達。
車内に阿部の姿は無い、事務所の人間からはいざとなった時の見解を提示された。
本番と記者会見までに阿部と話し合う事。
折り合いがつかず、支障が出ると判断した場合・・阿部亮平はSnow Man脱退に処する。
この話を聞いた時5人全員が鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
メンバー同士の諍いとは言え、照は阿部の横っ面を殴り飛ばしている。
上からの意見に対し照は重く口を閉ざすと、そのまま視線を落とした。
頭に来たのは事実だし殴ったのも事実・・・
もしこれでSnow Manがバラバラにでもなったら、誰よりも深澤がショックを受ける。
偉そうに阿部に怒鳴っておきながら、その危機を招いたのは少なからず自分自身なのでは?
時間が経つにつれそうとしか思えなくなり、無意識に両手で顔を覆った。
深澤やメンバーの為にも、何としてもこのグループだけは守りたい。
気を抜いたら泣いてしまいそうな自分の心を戒めるようにきつく目を閉じた。
静かなまま車はシェアハウスに到着し、声は沈んでいるがありがとうございましたと言って車を下りた。
目の前にしたシェアハウス、外灯は付いているが電気の灯りは見えない。
日付が変わる手前だしそれは当然だろう。
先頭の宮舘がスペアキーで玄関を開け、無言のまま全員家の中に入る。
誰が何を言うでもなく、それぞれ2階の個室へ向かった。
今は誰も何かを口にする気が起きず、寝る為だけに個室へと消えて行く。
それは全員が同じで、適当に洗濯物を洗濯機に放り込んだ後
洗濯機を回す事すらしないまま、個室へ入って行った。
阿部の個室の前を通った宮舘や翔太、宮舘は少し足を止めたが翔太は一瞥しただけで個室へ入る。
多分帰宅はしてるんだと思う。
玄関には一応脱ぎ捨てたまま揃えてない阿部の靴があった。
あの照に加減なく殴り飛ばされ、どこかにぶつかった音も響いてたくらいだ・・ケガをしてる可能性もある。
だが時間が遅い為、止めていた足を再び動かして宮舘も個室へ戻って行った。
涙涙で病院から戻った阿部と照に駆け寄った彼らの姿はそこには無い。
重い沈黙だけが彼らの下に横たわっていた。
ただ一人、一言も話さず個室へと向かったメンバーを照は玄関から見送っていた。
彼らにあんな顔をさせたのは自分自身の行動が関わっている。
あの時殴らずにセーブ出来てればこんな風にはならなかったんかな・・と自己嫌悪に襲われる。
こんな風にしたかったんじゃない。
でも・・冷静さを欠いた阿部の言葉にカッとなったのは無かった事には出来ない事実。
今出来るのは初日を迎えるまでに、阿部ともう一度話し合わなくてはならない。
今回阿部があんな風に激情したのも自分が色々と抑えさせた反動かもしれないと思い始めていた。
「何やってんだよ・・・俺・・」
誰も居ないキッチンに立ち、腕で目許を隠すように口にしたら鼻の奥がツンとした。
阿部にばかり抱えさせ、俺も抱えるとか言っときながらこの様だ・・
いい加減自分自身に嫌気が差して来る。
そんな自分に腹が立って泣きそうになったから急いで水を出し頭ごと水で濡らした。
雑に勢い任せで顔を洗ったのと同時に¨ひえっ¨とかいう間の抜けた声が聞こえた。
ハッと顔を向けると、寝てると思っていたがガラス戸の前にが立っている。
瞬間怯えさせないようにと顔を拭きながら表情筋をマッサージ。
「、もしかして起こしたか俺」
「いえ・・皆が帰って来た音がしたから」
顔を見たいなと思って来てみたんです、と左足を捻挫してるくせにはへらりと笑った。
まだ昨日の今日だ、恐らく階段を下りるのも辛いはず。
でも今は、そんな気の抜けたようなの笑みが有り難かった。
何故か分からないがの顔を見ると心が休まるし落ち着く。
自分より8つも下なのに、こいつには人を落ち着かせる雰囲気があるって言うんかな・・
顔を見ただけで安心させられてしまう不思議な奴だ。
「それ起こされたようなもんじゃん」
思わず自然と苦笑を浮かべ、髪から滴る雫をタオル掛けに下げてあったタオルでガシガシと拭く。
その仕草を見た、改めて見た照の表情がいつもより寂しげに見えた。
金色に染まった短髪は濡れているし、適当に拭いたから所々水が滴っている。
何となく放っとけなくなって照の方へ歩き出していた。
てくてくとゆっくり進んで行き、松葉杖を使って照の傍まで向かう。
流石に向かって来る様に驚いた照は自分がの方へ歩き、小柄な背中を支える。
「あ、ごめんなさい」
「まだ痛むのに無茶すんな」
「・・照さんが元気ないように見えたから・・・」
「俺が?」
「はい・・・俺の気のせいなら良いんです、ただいつも助けて貰ってばかりだから偶には役に立ちたい」
「・・・そっか、やっぱそう見えちまうよな」
背中を支えられて近づく照さんの体温。
凄く安心するんだが、近くで見るとやっぱ寂しそうで私も寂しくなった。
普段から凄く頼りになって、ずっと助けてくれてた照さん。
寡黙だけど笑う顔は優しい照さんは、皆にとっても頼れるリーダーだ。
饒舌に話さなくても其処に居るだけで場が締まるし安心感が凄い。
でも今は違う、目に見えて声に覇気はないし声も力がないのだ。
頼りなく不安定に感じる照さんを見たのは初めて。
思い切って役に立ちたいと口にしてみた。
そしたら目の前の照さんは視線を私から外し、自嘲。
何だか胸がぎゅーっと締め付けられて、照さんの双肩に掛けられたタオルを抜き取る。
「――??」
素早く取られたタオルを追うように動いた照の視線との視線がかち合う。
照の目との持つアースアイが数秒だけ合わさる。
マジマジと見たの目は見惚れるくらいに綺麗だった。
無意識に覗き込むように見れば、瞳孔の外周から黄色の光彩が花を開くように薄い緑と青の中に見える。
まるでそれは初夏の空の下に咲き誇る、向日葵の花のように思えた。
「まだ濡れてるから俺が拭いてあげますっ」
急に真剣な顔をした照に顔を覗き込まれ気持ち焦りながら流しの左に備え付けられた椅子に座るよう言う。
ジッと見てしまった事に照も気づいて言われるまま収納されてる椅子を引き出し、座る。
すると丁度目が合う位置に照の顔が来た。
目線が近いなあ・・と内心ドキドキ、それからタオルを手に照の前に立つと
目を閉じるように言い、照が目を閉じたのを確認し タオルを頭から掛けた。
そのまま頭に手をあててワシャワシャと動かす。
いつも照がにやってるのと同じように。
遠慮されるかなと思っていたが意外にも照は大人しくワシャワシャされている。
間近で上から照の顔を見下ろすのは初めてだ。
大人しく16歳に髪を拭かれるに任せ、目を閉じたり開けても伏し目がちな目許。
やっぱり元気ないなあ・・・でも私が立ち入れる事じゃないかもだし・・
何とか自然に照を励ませない物かと考える。
不自然じゃないように励ませる方法・・そんな方法あるのかな・・・
「あ」
「・・・どした?」
「照さんてくせっ毛なんですね」
何か出来る事ないかなと考えてたのに口から出たのは何ら関係のない言葉。
濡れていた髪が乾いて来たのを見ていたら、毛先が無造作に跳ねてる事に気づいた。
「何か良いね、無造作ヘアだ!」
とかタメ口を利いてしまい、あっと口を押える。
の漏らした声に目線を上げて見た照も忙しく変わるの表情を見て、息を吐くように笑った。
「ははっ、お前顔輝きすぎ(笑)」
「ごめんなさい、でも無造作ヘアってカッコ良くないですか?」
「そうかあ?って、無造作ヘアじゃなくてただのクセっ毛だからカッコ良くはないだろ」
「でも自然な感じでセット要らずだから時短になりますよ?」
なんて全く目的とは関係のない話で盛り上がってしまった。
励ましたかったけどまあ照さんが笑ってくれたし、結果オーライよね!
と基本前向きな、乾いた照の頭からタオルを回収し
ハイ乾きましたよ!と笑い、満足そうに照の頭を直接ワシャワシャ。
そんなを少し目を細めるようにした照の目が捉える。
こう言ったら変な奴だと言われると思うけども
俺の髪と頭をワシャワシャさせて髪の毛乾かして、乾いたよと笑う姿になんかさ
上手く言えないけど・・後悔と悔しさしかなかった俺の心が晴れてく感じがした。
「確かにそうかもな」
「ふふふ」
「なあ、また俺が今みたいに頭濡れてたらまた乾かしてよ」
そう感じた瞬間、冷静さが照へ戻り改めてきちんと阿部の話を聞いて
ちゃんと向かい合い、冷えた頭で話し合わなきゃだめだなと感じた。
これはにタオルで乾かして貰いながらいつのまにか思い始めた事でもある。
こいつの体温にも落ち着かせる効果があんのかな?
思ったより気を抜いて考えれた事で、己を取り戻せた気がした照。
座った自分と目線が近い位置に立つを少し見上げ
またお願いしても良いかと、口が勝手に動いた。
こう言われるのは想定してなかったの目が驚いて照に向く。
でも今回みたいに何気ない話をするのは楽しかったが
自分みたいな子供に任せても良いのかな?と確認するように問い返す。
「えっ?俺で良いんですか?」
「ん、お前がいい」
「!」
「あ、変な意味じゃなくてやり方が上手いから」
聞いたら真面目な顔の照さんが少し下から見上げつつ放った言葉。
思わず目を瞬き、眼下の照を凝視してしまうと気づいた照が違う違うと言い方を変えた。
あああそういう事か、何か無駄にドキッとしちゃったじゃん。
「ホントですか?初めて言われた!」
「粗っぽくないから安心して任せれた、ありがとな」
ホッとしたような何とも言えない感覚。
そんな私の前で照さんが笑う、あのふにゃっとした柔らかい顔をして。
言葉では励ませなかったけど笑ってくれたからこっちも嬉しくなれたし良いよね?
へ笑んだ後時間を見た照、そろそろ寝るかと末弟へ声を掛けた。
今夜は難しいが明日に時間を作り、阿部と改めて話し合わなきゃならない。
擦れ違ったままいたら最悪の結果が待っている。
ホントは凄い焦りが心を満たしてたが、今はそれも解消された。
明確な言葉で言われた訳ではない、ただ普通の会話をしただけ・・それだけで俺の心を掬い上げた。
もしと鉢合わせて話をしてなければまだ俺の気持ちも心も曇ったままだったろう。
こういう励まし方もあるんだなと思わせてくれた末っ子。
気づいてないだろうけど、すげえやつだよ、お前は。
今度はいつも通り照から手を伸ばし、色素の薄い茶色の髪をくしゃくしゃに撫でてやった。
そうしてやった後へ背中を向け、ほら乗れよと待ち受け体勢を取る。
「いいの?手間じゃない?」
「手間な訳あるかよ、いいから乗れ 遠慮はナシ」
「はーい、じゃ遠慮なく!」
「おお」
少し迷う様子を見せた。
遠慮するもんじゃねぇよと言えば、声音が変わり
げんきんな末っ子は声を弾ませると照の両肩に掴まり、体重を乗せる。
椅子から立ち上がりながら膝裏に両腕を潜らせてヒョイっと背負うのも大分手馴れた。
結構を抱えたり背負ったりしてきたが、その都度思うのは体重が軽すぎる事。
育ち盛りの16歳、小柄だがそれなりに男なら重さもあるはず。
しかし左程重さを感じず、松葉杖をプラスしても大した重さではない。
ひょっとしたら照が鍛えてるからかもしれないが、それにしても心配になる軽さ。
「なあお前さ、ちゃんと食ってる?」
「た、食べてますよ?」
思わず歩き出しながら後ろのに問いかけていた。
突然何ら脈絡のない事を聞かれ、虚を突かれた。
一応食事は摂ってるはず・・・と食生活を振り返り始める。
朝はシリアル・・最近は宮舘のお陰で和食だったり洋食なりを食べるようになった。
昼は学食を今まで避けてたから・・・・途中のコンビニでサラダとおにぎりと偶にパスタサラダ
夜も宮舘お手製の美味しい食事を食べる機会も増えたはず。
3食きちんと食べてるが、外食をした事が今までない。
それに誰にも話してない特技もあるし?
截拳道(ジークンドー)ってやつもやってたし、今も偶にこっそり体は動かしてる。
仮に間食したとしても体を動かしてしまうから脂肪が蓄積されずに済んだのかな?
でも筋肉はそれなりにある気もするからこんな驚かれるほど軽くないと自負してた。
吃驚しながら答えるの返事を聞きつつ、ガラス戸を抜けながら電気を消す。
んー・・7人で生活するようになってからのしか知らんけど
確かに舘さんが作った料理は残さず食べてるし、何だったらあのポトフめっちゃ美味かった。
自炊しろって言ったらは出来ると思う。
「にしては軽いし華奢だな、筋肉は付いてるのにさ」
しげしげと後ろから照の胸の辺りまで伸ばされたの腕をチラ見。
僅かだが抱える時とかに掴んだ事はある、が柔らかいけど程よく筋肉が付いてたのは覚えてた。
階段を上りつつ左側に並んだ個室の1つを一瞬だけ見て逸らした。
背負われてるは照の右側に寄りかかってる為、気づかなかったが照の頭が少し左を見たのは
首に回した腕に何かあたった感覚で感じ取っていた。
それは他の兄達も同じ、皆が帰って来る数時間前に私は阿部先輩が帰って来たのを見てる。
今までのどんな瞬間にも見た事がない、ボロボロに疲弊した先輩。
吃驚して駆け寄りたかったけど・・殺気立ってるような雰囲気に気圧されてしまい見て見ぬふりをしてしまった。
背中を抑えつつ歩く姿は痛々しく、口の端に血のような赤も見えた。
阿部先輩が誰かと殴り合いの喧嘩をするとかは想像し難いが・・・フラフラで見てられなかった。
他の皆が帰宅すると皆いつもは賑やかなのに死人が帰って来たみたいに無言。
会話らしい会話もなくそれぞれ部屋に入る音だけが聞こえてた。
どうにも気になってそっとドアから見た時、静かに廊下に佇み阿部先輩の部屋を見つめていた宮舘さんを見た。
宮舘さんだけでなく照さんも今、僅かに顔を動かしてたから阿部先輩の部屋を見たんだと思う。
これは皆に何かあったんだろなと・・照さんは今笑ってくれたけど
残りの皆が元気になってくれるように私も早くケガ治さなきゃ、照の背中では決意を新たにした。