翌18日、阿部は早速大学院へ行き
気づいた時で構わないからの様子を気にかけて欲しいと頼み込んだ。
相手は医務室にいた講師と、担任に、保険医。
それから同じ階に教室がある院生らにも気にかけて貰うよう頼んでみた。
嫌な顔をされるかなと覚悟していたが、意外にも承諾してくれる院生ばかりだった。
敬遠されたり奇異な目を向けられていたのが嘘のよう。
・・一体どんな手で彼らの見る目を変えたんだい?
思わず自問してしまうほど、院内の雰囲気は好転していた。
後は彼女が自宅にいる間を誰に任せるか、だね・・・
昨日苦渋の選択として名が挙がったのは
一度シェアハウスを訪ね、リビングに入った事のある目黒蓮。
しかし阿部的には快諾し兼ねていた。
理由はただ1つ、帰り際の目黒がに対して言った言葉にある。
¨俺んちの弟も妹もかわいいすけど、更にかわいいっすね¨
そう口にした目黒の表情は柔らかかったから本音に間違いない。
目黒自身の兄弟を思い浮かべて接するならまだ良い。
しかし相手はあの人たらしのだ・・・間違いが起きないとも言い切れないし・・
どうしたものか悩んだ末、打開案を閃いた。
もう1人適任なやつが居たじゃないか、と。
関西ジャニーズを引っ張る中心的な存在。
歌もダンスも優れ、トークでの笑いもとれる男。
少し遅れて滝沢歌舞伎に参加予定の向井康二に白羽の矢を立てた。
実は阿部自身、既に康二とは顔見知りである。
滝沢歌舞伎で向井ら関西ジャニーズが参加するのは6月4日開始の御園座から。
今回の出演の為、向井ら関西ジャニーズ勢は都内のホテルで待機している。
その合間に稽古を見学に来たり、全体の流れを話し合う会議に出る為に顔を出したりしている筈。
取り敢えずこれから向かうよとグループLINEにメッセージを投下した。
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今日阿部以外のメンバーは午前中からコンサートのレッスンに打ち込んでいる。
大学院に立ち寄ってから行く都合上、メンバーからスタッフ達に話は通して貰った。
時間的にも見て、レッスンは始まっている頃。
明後日はYouTubeの記者会見、翌21日からはYouTubeで企画会議の様子を投下する。
なので企画会議の様子は記者会見後に撮ると思う。
コンサートへ向けたレッスンや全体の通し、確認等を行うのは明日まで。
その後はもう滝沢歌舞伎へ向けた稽古三昧の日々に戻る。
せめてが家にいる期間くらいは誰かしら兄弟で診てやりたかった。
いや待てよ?明日なら皆で早めに帰れるかもしれない。
大詰めは今日までで、恐らく明日は最終確認の細々した確認と仕上げくらいだろう。
は大事をとって21日まで個室の部屋からインターネット講義に参加している。
そんな事が可能なら全部の院生が希望しそうだが、インターネット講義は余程の理由が無いと許可されていない。
今回のや、身体的問題を抱えた院生が必要な単位を獲れるよう利用させたりと限られている。
寧ろこのインターネット講義が出来る事すら院生は知らないはず。
皆から遅れる事3時間ちょいで阿部も事務所に到着。
送迎はないので自ら公共機関を乗り継いで来た。
阿部曰く意外と気づかれないもんだよ、との事。
普段通り地下駐車場から入り、エレベーターに乗り込んで一気に6Fへ。
廊下を小走りで駆け抜け、自分達に使用許可の出ているレッスン場を目指す。
そこへ近づくにつれ、聞いた事のあるメンバーの話声も聞こえて来た。
壁面の白い壁と同じ色をした扉を押し開け、中へと入る。
すると扉近くにいた佐久間と目が合った。
「阿部ちゃん来たーー」
「おう来たよ」
「大学院の方どうだった??」
目が合うやすぐに席から移動して阿部の方に向かって来る。
そんな佐久間のお尻に子犬の尻尾が見えたような気がした。
佐久間の声で奥側の鏡の近くに固まっていた残りのメンバーも此方を見る。
どうだった?と落ち着かない佐久間に、皆も交えて話すよとだけ返す。
すると佐久間は分かった!と言うやこっちに歩き始めた照達を早く早くと手招き。
急かされたメンバー達が近くに集まり始める。
今日が大詰めだから手短にね、と断り、大学院での事を報告した。
「協力者が意外と見つかってね、居合わせた講師と担任の講師に保険医の人」
その他に同じ階の教室にいる院生らも、気にかけてくれる事になったよと。
報告を聞いた照達、深い息を吐きだすと口々に良かったと漏らした。
それと、と言葉を一旦区切ってから阿部は来ながら決めた事を5人へ追加で報告。
「くんが家に居る間、今日と明日の俺らが帰るまでの間の様子を見に行く役目・・関西ジャニーズの子に頼もうと思う」
「は?何でまた関西ジャニーズに?」(岩本
まあ尤もな疑問を正面に立っていた照が投げて来る。
凄く鋭い眼差しをして阿部に聞いている照。
それは気配でビリビリ伝わってるから阿部も視線は合わさない。
照から聞かれるのは予想していたのもあり、冷静に問いに答えた。
その関西ジャニーズの子は阿部の1つ下、関西では知らない人は居ないくらいに人気があり
歌もダンスもトークも定評があるその人物は向井康二という名。
少なくともSnow Man全員は一度だけスタジオ収録時に顔を合わせている。
この先の滝沢歌舞伎、御園座から稽古に参加する関西ジャニーズとしても記憶に新しい。
だが共通点が無さすぎやしないか?
ていうのが話を聞いた5人の感想である。
うーん・・様子を見に行かせるだけだとして、何か面白くない(は?
自分達より他人の向井が、と長い時間過ごせるとか不公平だ!て顔に書いてある佐久間さん。
かと言って、養父母に頼むというのも最近は気が重い。
完全にに関してノータッチ過ぎるのだ。
幾ら血の繋がりは無くても自ら赴いて養子に迎えたなら
例え独り立ちをさせるべく、シェアハウスに住まわしたとしても様子を気にかけたりはするもんだろ?
心を鬼にしてるとでも?本当に愛情を持ってと接して来たんだろうか。
・・後を継がせたいと思ってるなら愛情はあるんだろうか、考えても全く分からない。
と同時に阿部の提案にすぐ頷けない照達、珍しく言葉を言い淀む照。
「んー・・・・・」(岩本
「俺らは向井とまだ顔しか合わせてないからなあ」(翔太
「・・まあ」(阿部
「でも阿部ちゃんは向井の人と成りを知ってるからこそ任せようって思ったんだよね?」(ふっか
「うん・・・けどやっぱやめとこう、戸締りをしっかりするように伝えておく」(阿部
難色を示す気持ちも分からなくはない。
向井の事を今一番知ってるのは阿部だけだ、多分旗色は悪い。
幾ら向井の事を話しても、彼らは本人と会話も交わしていないし
一度共演しただけの人間を信頼し、家に上げさせの部屋に様子を見に行かすのはちょっと厳しい。
阿部が信頼する向井を信じてやりたいが、急すぎる話に黙ってしまった。
すると阿部の方が空気を察し、向井に頼む話はナシにしようと決断した。
その時の阿部はどこか焦ったような余裕のない顔に見えた。
「阿部ちょっといい?」
その後すぐレッスン再開するぞと仕切り直した佐久間と深澤の号令で最終確認に戻る面々。
阿部も無言のままだったが、上着を脱ぎ、下に着ていたレッスン着になって荷物を片す。
そんなところへ阿部を呼ぶ声がかけられた、声で分かる相手。
「・・・・照か、うん」
多分指摘されるのは予感してる。
焦りもある、怒りもある、苛立ちを抑えるので精一杯でもあった。
レッスンを再開した他の面々を残し、照に続いてレッスン場から出る。
廊下に出るとそのまま階段のある廊下の突き当りへ向かう照。
「お前ちょっと変だぞ、焦りとか顔に出てる」
「・・・そんなの分かってるよ」
「分かってるならもう少し気持ち切り替えろ」
改めて予想通り照は指摘した。
自分でも分かってる事を言われる、些細な事ですらイライラしてしまう。
本番が近いのも分かってる、集中しなきゃならない事も。
でもは自分達兄弟の大事な末っ子だ。
末っ子は末っ子でも・・彼は彼ではなく彼女。
でもこれは阿部だけが知っている秘密。
言わずにいる事で彼女を守れると思ってた。
でも現実はちっとも守れなかった。
力になりたい気持ちだけが空回ってるとしても、出来る事をやってあげたい。
なのに上手く行かない、ホントは照になら話してしまいたいんだ。
くんはさんで、本当は女の子なんだよ・・て。
もどかしさと苛立ちが心を満たし、冷静な阿部から冷静さを欠いて行く。
「照はくんが心配じゃないの?まだ16歳なんだよ?」
助けてやりたいって思ったらいけないのかよ!と言葉は乱暴になる。
まだ日は高い為、関係者や他のジャニーズもこの建物に居る中の怒声。
いつ誰が気付いてここに来るか分からない中
少し周りを気にした照、だが感情をぶつけて来る阿部の言葉につい声を荒げてしまう。
「心配に決まってんだろ、俺だけじゃない・・ふっかも佐久間も翔太も舘さんも皆お前みたいに心配してる」
「なら何でだよ、もう少し寄り添うべきじゃないんか!?」
「そうしてやりたいさ、俺だって皆も、でも俺らの職業って何だ?」
「分かってる・・・けど大事な末っ子が頑張ってるのを助けてやれない職業なんて選ぶんじゃなかった」
「――なんだって?」
「手を差し伸べてやれる時にそれが出来ないならSnow Manなんて、俺は抜けてやる――」
ガツッ・・!
苛立ちから溢れる言葉が止まらず、言ったらだめだと分かってる言葉も照にぶつけてしまった。
あっと思ったがそれは遅く、照の目が鋭くなったと思った瞬間左頬に鈍い衝撃が。
瞬間細身の阿部の体は吹っ飛び、背後にあった非常口の扉に思い切り背中を打ち付けた。
「ぐっ・・・」
「阿部・・お前今の言葉、ふっかの前で言えんの?」
「・・・・」
「ふっかがどんな気持ちでここまで来たか・・同期のお前が一番分かってんじゃねぇのかよ!!!」
「――っ!!」
殴られた痛みと打ち付けた背中の痛みも去る事ながら
照に突き付けられた言葉の方が痛くて鋭いナイフとなった。
口の端が切れ、滲んだ血を手の甲で拭いながら負けじと照を睨み返す。
此処に居ない深澤の名を出されると、胸が締め付けられた。
深澤は此処に至るまで何度か属したグループが解散するという辛い出来事を経験している。
誰か一人でも欠ける事を人一倍憂い、そうならないよう防ごうとしている。
だからこそ率先して間に入り、メンバー1人1人を気にかけてる・・そんなの分かってるよ・・・!
誰より近くで阿部も同じ葛藤を経験し、後輩や同期のデビューを見届けて来た。
分かってる、痛いほど分かってるし今口にした言葉は言っちゃダメなのも分かってるさ!
感情の高ぶりと殴られた頬を通して伝わる照の気持ちと深澤の思い。
どちらも痛いほど分かる、だからこそ余計に悔しさが募った。
よく分からない涙で視界が滲む、最早自分は何を言いたいのかすら分からなくなって来た。
勝手に彼女を守れると思っていた結果叶わず、その不甲斐なさと悔しさをぶつけてはいけない相手にぶつけ
この葛藤をどうしたらいいのか知らないうちにいっぱいいっぱいになっていた阿部。
「――おい!?なにしてんだお前ら!」(?
「・・・ふっか」(岩本
「げほっ・・」(阿部
肺か何かを負傷したのか噎せ返る阿部は涙と血でえらい顔になっている。
レッスン場から飛び出して来たのは深澤と佐久間やメンバー達。
この情けない姿を見られたくなく、乱暴に口許と涙を阿部は拭った。
それより先に阿部の様子に気づいた深澤と佐久間が顔色を変える。
だが今はほっといて欲しかった、痛む背中を抑えながら何とか立ち上がり皆とは反対方向に歩き出す。
「何処行く気だ」
反射的に手を貸そうとした照だが、伸ばした手を下げた後静かに問う。
今は彼と会話すらしたくない、兎に角この場から去りたい一心で阿部は答える。
「――・・・・ほっといてくれ」
あんなにも誇りに思っていたSnow Manの阿部亮平。
この時ほど重荷に感じた事は無い。
問いには答えず言うだけ言うと、阿部はよたよたと歩き出した。
今度は止めようとせず、照もその頼りない背中を見送るに留める。
頭に来たとはいえ、メンバーの阿部を殴ってしまった事が尾を引く。
レッスン場から救急箱みたいなやつを手に走って来る佐久間が追おうとしたが
無言で腕を引き、照は制止させた。
あそこまで思いつめてしまってる今、何を言っても無駄だろう。
阿部は阿部なりにを救おうと必死だった。
多分此処に居る誰よりも真剣に取り組んでたと思う。
何がそうさせるのかは分からない。
ただ、照自身も何かと気に掛けている節はある。
誰にも頼ろうとしないで立ち向かっていくその小さな背を気にしてた。
「・・・・照、阿部ちゃんと何があった?」(ふっか
その姿を俺も阿部と同じで見て来たってのに、阿部みたいに必死にはなれなかった。
俺が見つけ出せないでいる守り方を阿部は見つけたのかもしれない。
だからと言って、今守らなければならないのはSnow Manというグループ・・
リーダーである前にや阿部の兄、それ故の葛藤も照はしていた。
ただ感じて思ったままを素直に口にするには、色々背負っている故出来なかった。
「悪いふっか、俺もどうしたらいいんか分かんねぇわ」
「・・・照は意味もなく相手を殴ったりしない、ただ伝え方が偶に不器用なだけなの俺知ってっから」
「ごめん・・」
「取り敢えず今はレッスン場戻ろう、佐久間と翔太が不安になってるだろし」
「おう・・」
もし阿部が抜けたら俺のせいだわ、その言葉はどうしても口に出来なかった。