照と阿部がを連れて帰宅したのは午後15時。
表から車で入る際、来ていたファンらしき女性に笑顔で応える。
いつ如何なる時も自分達はアイドルなのだ。
笑顔を向けられたファンから嬉しそうな笑顔が毀れる。
マナ―を重視する彼女らは、門が閉まるまで決して門には近づかない。
一定の礼儀を心得ているのだろう。
ここに待機してるのも夕方の17時か18時までと決まっている。
朝は9時過ぎに現れ始め、自分達を見送ったら16時辺りまで現れない。
ファンのそうしたマナ―もあり、比較的自分達は静かに生活を送れている。
それはさておき、敷地内の車庫に車を収めた照。
完全にエンジンを切ってからシートベルトを外した。
「俺が背負って行くから阿部は玄関開けてくれ」
「了解」
素早く意図を汲んで自分の荷物との荷物を持てる分だけ抱えて玄関へ。
6人と全員が持つスペアキーを使い、シェアハウスの玄関を開けた。
それからすぐノブを下げて内側へ全開に開く。
そしたらすぐ誰かが駆けて来たのが聞こえる。
次の瞬間には勢いよく抱き締められた。
「???」
「うわああん阿部ちゃん帰って来たああ」
「うぇっ?佐久間??」
ばふっと抱き締めて来たのが佐久間だと判明。
飛び掛かる勢いで抱き締められた為、下に重さが掛かる。
「おいおい騒がしいな、が起きるぞ?」
続いて玄関から現れるのはを背負った照。
苦笑はしているが、佐久間の心情が痛いほど分かる為声は優しい。
このやり取りを聞きつけたらしきメンバーがリビングから駆けつけて来た。
「3人ともお帰り・・・!!」(翔太
「2人に任せっぱなしでごめん、それとお帰り」(ふっか
「もうそろそろ夕飯も完成するから、それまで部屋で休むといいよ」(舘さま
「皆・・」(阿部
「頑張ったな、照、亮平も」(舘さま
駆けつけて来た翔太と深澤の顔を見て、阿部と照は胸が締め付けられた。
明らかに泣いてたと分かる翔太の目許と佐久間の様子。
そんな2人を自分達も不安な中、励ましてたと思しき深澤と宮舘。
途端に涙腺が緩んだ照と阿部に、優しく微笑んだ宮舘が労いの言葉をくれた。
久々に下の名前を呼んで労ってくれた事が、更に心に沁みる。
こんな時、皆が居て良かったと強く感じた照と阿部。
宮舘と深澤はうんうんと微笑み、佐久間と翔太も笑ってくれる。
温かな兄弟兼メンバーに感謝しつつ、照は先ずを個室へと連れて行った。
照が戻って来るまでにリビングへ皆を呼ぶと、事の次第を阿部は話す事とした。
待ってるだけしか出来なかった3人が最も気になってるであろう落下した理由。
阿部がそれを話し始める頃、の個室に着いた照は
を背負ったままドアを開け、布団を捲ってから寝かせてやる。
痛めた手足を気遣いつつ寝かせるのは中々に至難の業だった。
こんな細い手足で落ちかけた人間を支えようとしたなんてな・・・
重力に逆らえず落下する人間を受け止めには、それ相応のGが掛かる。
今回は相手が女性だったが、細身のには支えきれずに落ちてしまったのだろう。
捻った手足がそれを物語っている。
巻かれた包帯とサポーターが痛々しい・・
「無茶しやがって・・・でも、偉かったな」
無茶をした事には腹が立ってるが、同時に褒めてやりたい気持ちもあった。
孤軍奮闘していたが、自分自身の強さで得た友人。
その友人を迷わず助けて負ったケガだ、称えこそしないが褒めてやっても良いだろう。
ケガが捻挫と打撲で済んだのも、咄嗟にが受け身を取ったからだと阿部からの説明もあった。
そう話したのは医師だが、照は強く感心していた。
武術の心得でもない限り16歳の少年が咄嗟に受け身がとれるとは思い難い。
不思議に思う事もあるが布団を掛けてやり、部屋から出ようとした時
少し掠れた声に照は足を止めた。
「――・・照、さん?」
聞こえた声は紛れもなくの声だ。
すぐさま踵を返し、枕元に膝を折ると
あの変わった光彩を持つ双眸が照を見ていた。
「?・・・良かった、気が付いたんだな」
「はい・・その・・・ご迷惑をおかけしました・・」
「迷惑な訳ないだろ、兎に角気が付いてよかった」
「・・・っ」
「怖かったな、、よく頑張ったよお前は」
「う・・照さん・・っ」
目が合った瞳は揺らいでいて、感情を抑えてるのが分かる。
だから照は手を伸ばして優しく頭を撫でてやった。
今朝も見送って貰ったのに目の前で自分を見つめると数日振りに会話したような感覚になりながら。
目覚めて尚、迷惑を掛けたと落ち込む姿にやり切れなくなる。
頼る事を我慢させたくないのに我慢させてしまい、結果、ケガまで負わせてしまった。
まだ16歳だが、女の子を立派に守ったを照は褒めてやりたいと思い
ケガに響かないよう気をつけながら落ち着くまで撫でてやった。
照に褒められ撫でて貰い、漸くも心底安心出来て
呆れるくらいに泣き出してしまった。
目が覚めたら一番頼っている兄、照が居り、安心したら感情が溢れてしまった。
バカみたいに溢れる涙が枕を濡らして行く。
そんな私に呆れたりせず、照さんは落ち着くまで頭を撫でてくれていた。
数分後、安心して泣きすぎたら眠くなって来た・・・
照もそれを感じ取り、撫でている手を止め
額に触れると目許に触れて、瞼を閉じるよう優しく促した。
眠いのを我慢してるせいでトロンとした双眸の。
寝るまで居るよと約束すると、睡魔と戦いながらが照を呼ぶ。
聞き逃さないよう膝をついて間近に顔を寄せ、聞き返せば、次の瞬間には照が言葉を失った。
「寝るまで居てやるから、寝とけ」
「・・・・照さん・・」
「ん?」
「いつも、ありがとう・・・照さんも皆も大好き」
「――!」
言葉を脳内で繰り返した直後、襲われたのは照れ。
家族としての好きだと分かっていたが、物凄く恥ずかしくなった。
寧ろそれ以外の『好き』は在り得ない・・性別は同じ、だし。
勝手に照れさせときながら、その張本人はスヤスヤと夢の中。
自身、頼ったり甘えたりするのを律してる風があるが・・全力で頼ったり甘えてくれるようになったらヤバそう
一瞬で他の兄弟らを更に虜にしてしまいそうな未来に照は笑うしかなかった。
でもまあかなり嬉しい言葉だったのは間違いない。
口許が緩みそうになるのを噛み殺し、部屋の電気を消して静かに部屋から出た。
「嬉しそうにニヤついてんなよな」(阿部
「!?」
「今の『大好き』は照だけじゃなくて俺らにも言ってたんだぞ」(佐久間
「そうそう、は俺らの大事な可愛い末っ子なんです。独り占めは禁止〜」(翔太
瞬間背後から複数の声が飛んで来て吃驚しすぎた照は叫びそうになった。
素早く振り向くと、さっきまでの落ち込み様が嘘みたいに仁王立ちする3人の姿がある。
後ろに佐久間と翔太、前方から挟むように阿部。
こういう時ばかり団結しやがってコイツ等・・・
つい数十分前までの感動を返せと照は言いたくなった。
そのくらい変わり身が早い兄弟兼メンバー。
色々ツッコミたいがさて置き、騒いでたら起こしてしまうと言い
仁王立ちしていた3人をリビングへ行くようあしらう。
仕事に行くまでに話し合いたい事もあるし、夕飯を食う事も大事だ。
ブーブー拗ねるさくなべを押しやり、最後に続く阿部の背も押す。
大学院ではあんなにかわいくしがみ付いて来たのに今ではコレだ。
変わり身が早いやつだが、待合室では頼もしかったな。
そんな阿部が階段を下りつつ照へ口を開いた。
「ねえ照、くんのさ・・過去の傷・・・皆に話しとく?」
「・・・・何れはな、話すべきだと思う」
「うん」
「でも今は、伏せとこうと思う・・大きな舞台とコンサート前はその事だけ考えさせてやりたい」
「・・・うん」
「ごめんな・・もし阿部が抱えきれなくなったら俺が一緒に抱えてやる」
心の傷をと共に支える照と阿部だが
他のメンバーに伝えない代わりに、その分知ってる側は中々に辛い。
勿論傷を負ったが一番辛いのだが、残りのメンバーに伏せたままなのも辛いのだ。
本番の事だけ考えさせたいと思う傍ら、阿部には我慢させている事に矛盾を感じざるを得ない。
だからこそ照は阿部のケアも心掛けた我慢させているのは自分だから阿部は悪くないと。
苦笑が浮かび、前を歩く阿部の頭を軽く撫でてやった。
頭が切れる分彼是考えてるのは分かっている。
今回の事で一番憤り、悔しいのは他でもない阿部亮平だ。
その彼にこれ以上抱え込んで欲しくなかった。
重いならその重さを分かち合えばいい、支え合えばいいのだ。
今までもずっとそうやって生きて来た。
支え合い励まし合い、ただ真っ直ぐデビューだけを目指して前へ進んで来た。
これからもそれは変わらない、この6人で夢を叶える気持ちは揺るがない。
「照もね、背負い切れなくなったら俺達を頼ってよ?」
「・・・おう」
今まではそう言われる側だった阿部が、足を止めるとそんな風に言って来た。
リーダーとして常に5人の先頭に立ち、牽引して来た照に対する信頼。
常にメンバーを気遣い、率先して行動して来た照を、阿部らは頼りにしている分 心配もしていた。
頼りにしてるからこそ出た気遣いの言葉に、照は素直に驚かされ、また嬉しくなった。
仕事は増えても先の見えない今、自分達は一層団結し前へ進まなくてはならない。
歩んで来た道程が無駄じゃなかったと思う為にも、掴み取りたい。
与えられた仕事をただこなすだけではダメだ。
照は新たに気持ちを引き締めると、皆の揃ったリビングへと入って行った。
今回は悩んだ末、大学院で起きた事件の事のみをメンバーへ話す事にした。
大事な本番前に与える情報は少ない方が良いと感じたから。
と言う訳で説明役は上智大学大学院卒の阿部亮平に代わる。
事件の内容と詳細、そこに阿部と照の感じた見解も加え
今後どうを守るのが良いのかについて意見を募る事にした。
「俺も2人の意見に賛成かな、やっぱ大学院内に協力者は必要だと思う」
先ず挙手して言ったのはまとめ役の深澤。
まあ実際の所、とれる方法と言ったらこれしかないのが実情だ。
大学院の外は守れても、肝心の院内で守る事が出来ない。
悔しくもあるが、一番有効なのは院内での協力者を得る事。
これに続くようにして残りの3人も協力者を見つける事に同意した。
肝心の方法として、友人の静に院内で内密に声を掛けて回って欲しいと頼む方法と
講師陣に協力を仰ぎ、遠くからでもいいから見守って貰うの2点。
イメージ的には後者の方が有効そうな印象を受ける。
元々被害者の1人である静に頼む事は気が引けいてたので、後者の線をメインに話し合う事とした。
「手始めに今日の事故に立ち会った講師の人に話を持ち掛けてみるよ」
卒業生の特権を活かし、OBとして大学院を訪ねた際話しておくと阿部は言った。
学業優秀賞にも選ばれた事もあり、合格率4%の気象予報士の資格も得た阿部なら適任だろう。
取り敢えずそれとなく阿部が講師陣に頼む事で決まり、少し早いが夕飯を済ませ頃
夕飯後の食休み中、どうしても納得いかない様子の佐久間が声を発した。
「その女子院生さ・・何でに酷い事するんだろ、あんないい子なのにさ」(佐久間
「・・・・だからこそ、なのかもしれないね」(舘さま
「どういう事?」(佐久間
「くんさ、凄く目を惹くでしょう?外見もあの綺麗な眼も・・それでいて飛び級して大学院に招待入学した天才」(舘さま
「だね、何て言うか世の中の人が憧れる要素の殆どを持ってる気はする」(翔太
女子に限らず誰しもが心に持っている感情。
それを剥き出しにするか否かは、本人の自制心に頼るしかない。
今回その女子院生は負の気持ちをコントロール出来ず、剥き出しにしてしまったのだろう。
「それでいて大人しく、謙虚で素直ないい子とくれば要らぬやっかみは被ると思う」(舘さま
「そんなもんなのかな・・俺だったらすげーって思うし仲良くなりたいって思うけど」(佐久間
誰もが皆、佐久間みたいな寛容さのある人間ばかりじゃないんだよ
と、懸命に話す佐久間の頭を撫でつつ宮舘は微笑んでいる。
真っ直ぐで裏表がない佐久間のような人間の方が逆に珍しい世の中だ。
佐久間には変わらずこのままで居て欲しいと5人は感じていた。
稽古へ向かう時間が迫る中、照達は決めなくてはならない事がある。
全員が歌舞伎の稽古に行ってしまうと、は独りきりになるのだ。
しかも大学院で事故に見舞われたばかりの今夜に・・
どうしたものかと悩む6人。
暫く頭を悩ませた結果、苦渋の決断を下す。