シェアハウス『雪花篝』(ゆきはなかがり)14時過ぎ。
今日の仕事、所謂稽古は夕方の18時開始。
その為4人の兄弟達はそれぞれ時間を過ごしていた。
早めに夕飯を終わらせるべく、宮舘だけがキッチンで下準備の最中。
残るメンバーは佐久間は個室でアニメ三昧、翔太は洗濯室、深澤はリビングでテレビタイムと分かれている。
阿部が荷物運びを募った際は個々の用事で家を空けていたが
夕飯に間に合うようにと全員が帰宅していた。
これまでもなるべく食事は6人で摂るよう心がけていた。
それは今も変わらないのだが、6人がこぞって仕事が遅くなっても家に帰るようになったのは今月から。
阿部と照のみが把握している過去の傷を抱えながらも健気に振舞う末っ子は6人のアイドルだ。
阿部と照以外はの事に関し、大人を特に嫌う極度の人見知りだと思っている。
まあ間違ってはいない、でも兎に角の事が可愛くて仕方がないのだ。
何れはまた別々になってしまうけど、それまでに人見知りが克服出来ればなと考えている。
リビングで寛ぐ深澤は何となく時計を見て眉を顰めた。
「ねえ舘さん、阿部ちゃんと照遅くない?」
キッチンで下拵えを開始した宮舘に何となく聞いてみる。
聞かれた宮舘もつられて時計を見て、確かに遅いねと答えた。
2人が此処を出るのは、宮舘も見送っている。
確か昼前の10時半過ぎくらいだった。
だが今の時間は14時を過ぎている、これは・・寄り道してるな?と思う宮舘。
「寄り道してるとしても、阿部が居るし流石にもう帰って来る頃だね」
「だよな?まさか自分達だけでと昼メシ食いに行ってんじゃないだろな」
それだったら狡い!と怒ってみせる深澤。
長年の経験から本気で怒ってるのとは違うなと見抜く宮舘。
とは言え、店からはもう出てても良い頃だ。
何となく宮舘も気になり始め、深澤にグループLINEで聞いてみたら?と助言。
その手があったな!と思い出したように深澤はスマホを操作し始めた。
丁度そこに洗濯室から戻った翔太も合流。
深澤から見て左側のソファーに腰を沈め、ケータイを弄りつつテレビを見始めた。
ピロン♪
とその場の3人から受信音が聞こえる。
全員が入ってるグループLINEに深澤がメッセージを打ち込んだ為だ。
なんだ?と深澤と宮舘のやり取りを知らない翔太がLINEを起動。
¨もう14時過ぎたけど阿部ちゃんと照は何処ほつき歩いてんだ?と抜け駆けの昼メシしてねぇだろな?!¨
何とも子供じみた内容に宮舘が小さく呆れ笑いを漏らした。
返事が来るまで再び深澤はソファーに寝転び、テレビを見るに徹する。
「てか3人はまだ帰ってなかったんだ?」
逆に口を開いたのは今し方現れた翔太。
この問いにキッチンから宮舘が肯定を返す。
まあ宮舘以外の3人、深澤・佐久間・翔太は阿部達が出る頃不在だったから仕方ない。
用向きは大学院に阿部の荷物の残りを取りに行きがてら
と待ち合わせてそのまま車で帰って来る予定だった。
少なくとも予定通りだったら今頃もう此処に居るはず。
だからこそ宮舘や深澤、特に深澤はヤキモキしてるんだろう。
なるほどねえ、と手にした自分のケータイを眺めた。
ピロン♪
まさにジャストタイミングでLINEの受信音が鳴る。
簡易表示されるグループLINEの文面を翔太は二度見した。
¨ごめん、くんが階段から落ちてしまって病院に寄ってたんだ¨
そう一瞬だけ見えた画面をもう一度タップして表示させる。
同じくソファーで受信した深澤も、慌ててその場に体を起こした。
「が階段から落ちてケガした・・・?!」(ふっか
「病院に行ってたってマジかよ」(翔太
「・・・マジみたいだね・・」(舘さま
三者三様にケータイを手に声を上げる。
てっきり寄り道してるだけだと思ってただけに、衝撃も大きい。
しかも階段から落ちたってどんなパワーワードよ・・
そう思いつつ翔太はグループLINEに発言を残した。
ケガは酷いのか?と意識はあるの?の2つを。
先ずなんでどうして?と聞きたかったが、の具合が気になった。
もしかしたら入院なんて事になる可能性もある。
下拵えをする宮舘以外の2人はケータイに釘付けだ。
¨意識を失くしてたけど今は眠ってるだけだから安心して¨
固唾を飲んでケータイと見つめ合う2人の前で
一文だけだが阿部から返答が返された。
今は眠ってるだけだと分かり、無意識に止めていた息を吐き出す2人。
眠ってるだけなら家に帰って来れるかもしれないと安堵する。
兎に角3人で帰れるのかは分からないが、の無事を確認出来るまでは不安で仕方がなかった。
何となく落ち着かなくてソファーを立つと無理矢理一人用のソファーに居る深澤の横に座る翔太。
驚いて深澤は翔太を見るが、何となく心境を察したのかそのままにし
肩を組みながら翔太の肩を抱き寄せてやった。
「・・・大丈夫だよな、くん・・」(翔太
「大丈夫だろ・・照と阿部ちゃんがついてるんだから」(ふっか
「俺らは帰って来る3人が不安にならないよう笑顔で迎えてやろう?」(舘さま
「・・うん」(翔太
抱き寄せた翔太の肩をポンポンと叩いてやりつつ深澤も口を開く。
不安なのは皆同じで、キッチンから届く宮舘の言葉が崩れかけた心を浮上させてくれた。
すると2階でドアが激しく開く音がし、バタバタと駆け下りて来る音が迫って来た。
アニメに夢中だと思っていた佐久間も流石にグループLINEに気づいたよう。
まあ仮に気づかなかったら鉄拳を浴びてたと思うbyふっか
駆け下りてリビングに現れるなり、と照と阿部ちゃんは!?と叫ぶ。
慌てて来たのだろう、佐久間は片足だけスリッパを履いている。
両足突っ掛ける間すら惜しんだのだと見受けられた。
「見た通り、まだ3人で帰ってるのかは分からないよ」(舘さま
「そっか・・・でも何では階段から落ちたんだ?事故??」(佐久間
駈け込んで来た佐久間へ落ち着いたトーンで宮舘が現状を告げる。
まだ階段から落ちた事と病院に行ってた事、今は眠ってる事しか分かっていない。
眠ってるのが病院のベッドなのか、それとも車内なのかすらまだ分からないのだ。
だとしても気が急ぐのか、冷静な宮舘に矢継ぎ早に問いかける佐久間。
目に見えて動揺してるのが分かり、宮舘は一旦IHのスイッチを切ると
ガラス戸の前に立ち尽くした佐久間へ歩み寄り、よしよしと佐久間の頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ佐久間、くんには照と阿部が付いてるんだから」
3人が帰って来た時安心させてあげる為に笑顔で迎えよう?
とあやすみたいに話して聞かせる宮舘。
穏やかに話す宮舘の言葉で落ち着いて来たのか、ゆるりと佐久間は頷いた。
それを見るともう一度佐久間の頭を撫で、キッチンに戻ると
「ほら佐久間、下拵え手伝って欲しいな」
貴族スマイルで頼まれた瞬間、国民佐久間の顔が輝き
はーい!と元気よく挙手、先ずは何を手伝いましょうか国王!と宮舘の横から問う。
あっと言う間に落ち込みから回復させた宮舘の手腕を、少し笑いながら翔太も眺めた。
+++
シェアハウスでのやり取りより数十分前の13時40分頃
大学院を出た足で都内の病院へ立ち寄っていた照と阿部。
詳しく診て貰った結果、大学院の保険医の見解通り
大きなケガはなく、左手足の捻挫と主に左側の打撲だけで脳波も異常なしですよと診断を受けた。
漸く心の底からホッとした阿部。
医師にお礼を言い、診察室から出て待合室に向かう。
一応診断を受けてる際、は精密検査中だった。
ホッとした足取りで待合室に戻ると、一番後ろの目立たない椅子に腰かける照を見つける。
彼はまだ診断結果を知らないので、横顔はまだ険しい。
そんな照を安心させてやりたくなり、早歩きでその姿に歩み寄った。
「照お待たせ」
「――診断結果、分かったんか?」
声をかけて横に座るや、被せ気味に問いを投げて来た照。
大学院では毅然としていたようだが、やはり本当は不安だったんだろう。
不安なのに俺の方が動揺しちゃってたから照は我慢してたんだろな・・・
今度は反対に阿部が照の背に腕を回し、トントンと優しく触れた。
そしてそのまま診断結果を照に報告し始める。
「左側のケガがあるけど、頭は打ってないみたい」
2〜3日くらいは痛みがあるかもしれないから安静に。
歩行がし易いように松葉杖を貸し出すけれど、無理はさせないようにとの事。
通学は可能なら送迎してあげて欲しいとも言われた。
早ければ捻挫も1週間と少しすれば完治する。
ただ、落下した恐怖が残るかもしれないから努めてケアをしてあげて下さいとの内容だ。
これが新たな心の傷になってしまう可能性もある・・そうならないようしてやりたい。
そう思うと同時に、そんな当たり前の事すら今は難しいのだと分かっていた。
打撲と捻挫で事なきを得た、このまま家に帰れるのが救いだった。
静かに聞いていた照からも、良かったという言葉が漏れる。
しかし落ちた原因が原因なだけに、心の底から良かったとは言い切れなかった。
明らかに誰かが作為的にを狙って起こした事件にしか思えない。
照と阿部は何となくだが誰が企んだのか気づいている。
憎しみを隠しもせずへ向けていたあの女子院生しか思い浮かばなかった。
何故そうまでを敵視しているのか、照にはまだ分からない。
対する阿部の方は、何となくこれかなと思う要因は導き出せそうだった。
見た感じプライドの高そうな女子院生だったと思う。
恥じらう様が画になるくらいには容姿も整っていた。
若しかするとその事でを敵視していたのでは?と阿部は予想を立てる。
だがどんな理由があるにせよ、人を故意に突き落とすのは下手したら殺人罪に匹敵する行為。
よくて殺人未遂か傷害罪にあたるだろう・・・
大学院でなるべく早く協力者を見つけなきゃならないかもしれない。
「阿部さん居ますか?」
「――はい!」
「検査も終わったのでもう帰って大丈夫ですよ」
「そうですか、ありがとうございました」
体勢はそのままで考え込んでいると、車椅子を押した看護婦が阿部を呼んだ。
鎮静剤でまだ眠っているが、検査を終えたが座らされている。
照もその場に立ち、阿部と2人で看護婦に感謝を伝えて一礼した。
「俺車正面に回して来るから阿部宜しくな」
「うん」
起こさないように照は眠るの頭を撫でると
気持ちを切り替えたのか、一足先にロビーから外へ向かった。
それをしっかり送り出してからiPhoneを取り出し、グループLINEの通知に気づいた。
¨もう14時過ぎたけど阿部ちゃんと照は何処ほつき歩いてんだ?と抜け駆けの昼メシしてねぇだろな?!¨
ていう深澤からのメッセージだ。
もう14時過ぎた、という文を見て漸く時間を確認。
慌ただしく気もそぞろだった為、家にいるメンバーに連絡するのを忘れていた。
漸くも大丈夫だと判明したのでグループLINEに状況を端的に投下。
捻挫と打撲はしたけど脳に異常はない、今は眠ってるだけだよと返答もした。
聞いて来たのはふっかではなく、このやり取りを見た翔太から。
珍しく絵文字のない文面、相当翔太も動揺してる事が窺えた。
気持ちは分かる、この6人全員にとって今回の事は衝撃でしかなかったのだから。
診断結果も出たから3人で今から帰るよ、と打っていた所で正面に車を回した照に気づき
送信しないまま阿部は立ち上がり、車椅子を押して病院を出た。
四駆の後部座席のドアを開け、横向きに座席へ寝かしてやる。
それから車椅子をロビーに返し、松葉杖と湿布等を受け取ってからシェアハウスへと向かった。
シェアハウスで待つ彼らに何から説明しよう。
翔太と佐久間は動揺してるかもしれないから落ち着かせないとだ。
それからを部屋に運ばないとだね、とあれこれ考えながら阿部は車外の景色を眺めた。