ガチャッと音がして中から出て来た人。
細身でスラリと長い手足、清潔感漂う雰囲気と利発そうな目元。

あれ・・・?見た事があるような気がする・・・・

現れた長身の爽やかな男性を、は何処かで見た事があった。
雰囲気とか背格好とかが特に・・少し話題になった人に似てる。
あまりにもジロジロ見てしまったのか、現れた男性も不思議そうな顔をし始めた。

不審者だと思われる前に何か言わなくては、と取り敢えず声を発したと同時に
目の前に立つ青年の唇が開き、と似た響きを紡いだ。

「あ、ごめんなさいその」
「もしかして君がくんかな」

一瞬だけ誰だそれ、と思ったが数秒後に察知。

・・?あ!はいそうです、父から聞いてたんですね?」

養父が先に連絡と説明をしておくと自分に言ったのを思い出した。
恐らく男としての名前を説明しておいたんだろう。
辻褄が合うように食い気味で肯定する。
必死で頷く、もといへ青年は柔らかく微笑む。

その間もピアノの旋律は流れ、何回か頭から弾いては止まるを繰り返している。
誰かが練習してるんだろうか?
改めて耳を澄ましたタイミングで曲は止まり、青年の後ろに見える扉が開いた。

現れたのはこれまた長身の青年。
二人とも黒髪で軽そうな雰囲気とは縁のない印象を受ける。
必要以上に近づいてくる風もないし、後から顔を出した人に至っては現れた位置で止まっている。
逆に応対をしていた青年の方が振り向き、現れた人を¨舘さま¨と呼んだ。

え、様付け?と思うのは仕方ないと思う。
それ相応の地位にでも居ない限り様付けで呼ばれる一般人は居ないのでは?

「こんにちは、君がさん?」
「はい、突然のお話で驚かれてるかもしれませんが今日から宜しくお願いします」
「確かに驚いたよね舘さま、俺達にまだ弟がいたなんて」
「(あと一人いますとか言ったらもっと驚かせてしまうだろうなぁ)」
「本当にね、それじゃあ入って貰って皆を呼んで来ようか」
「だね、さあくん上がって皆に紹介するよ」

とか思いながら舘さまを見ていると不意に目が合い、にこりと美しく微笑まれた。
美しくってオイ私よ(内心突っ込み)独特な雰囲気を持つ舘さまとやらに抱いた印象を自分で突っ込んでしまった。
靴を脱いた私の目の前にスッとタイミングよくスリッパが出される。

視線を上げる先に居るのは最初に玄関を開けた青年。
舘さまはリビングの戸を開けた体勢で此方が来るのを待ってくれている。
様付けで呼ばれるくらいだから傲慢なのかなと思ったが、それは早くも違うと理解。

スリッパを履き荷物を持ち直して青年二人から案内を受ける。
外観から分かってはいたが、養父母の家に負けず劣らずこれは広い家だ。

流石個室十部屋あるシェアハウス・・・
感心しながら廊下を進み始めたの少し前で先に出迎えた青年は舘さまへ
先に中向かってて下さい的なジェスチャーを送った。

そうした後青年は先に荷物を置きに行こうか、と提案。
確かに荷物を持ったままあれこれ移動させられるのは大変かもしれない。
青年の提案に素直に応じると、個室のある二階へと向かう。
二階へ通されながら改めて青年の背中を眺める、やっぱ見た事あるよね・・・

年齢は25か26だと思われるこの青年、私が普通に大学生なら姿を見る機会は無かったと思う。
自分でも驚く速さで飛び級してしまったお陰で私はこの青年の姿をチラッと見てる。
本来ならまだ必要のない大学院の資料を貰いに大学院を訪ねた時、掲示板を眺めるこの青年を見かけた。

確か名前は・・・――
そこまで思案した時、宛がわれた自室に到着したと思わしきタイミングで
暫く止んでいたピアノの旋律が再び聞こえ始めた。

やっぱりこの旋律好きだな・・
切なくて胸を打つ、だが切ないだけじゃなく優しく包み込むような部分も感じる。

くん?ああ、ピアノ気になった?」
「はい、玄関前に来た時から聴こえてたので少し気になりました」
「煩かったら言ってね、くんの隣の部屋の奴が弾いてるから余計にさ」
「いえ煩くなんて無いですよ、ああ・・そうなんですね?あ、えと貴方のお名前は・・・」

個室の前に来たにも関わらず違う方を見ている末弟のに気づき
すぐに青年もが気にしているものの正体に気づく。

くんの部屋の隣の主はピアノを弾くイメージの無い体格の主で俺達のリーダー。
年功序列で言うと5番目にあたる、が年齢は1つしか違わない。
年下だがグループ一人一人を見れて、甘党でお化け屋敷が苦手だが熱くて頼れる男だ。

養父母から連絡を受け、6人で話し合った結果部屋は隣同士にさせて貰った。
まあこの部屋に決めたのは俺だったりするんだよね。

一応末弟とは言え元を辿れば他人の子、俺達の養父母に引き取られたばかりだと聞いた。
恐らく大人数に慣れてないだろうし・・いきなり6人の男の中に放り込まれて不安もあるかなって
それなら俺らも頼りにしてる照と部屋が近い方がいざって時に頼もしいと思う。
と言う訳で隣の部屋に居るのは岩本照でした(誰に説明してるんや

「まだ名乗ってなかったね、初めまして、俺は阿部亮平。これから宜しくね」

あー!そうだ阿部亮平先輩だ、名前が中々思い出せなかったけどまさかここで再会するとは・・
さり気なく私の部屋の隣の人がピアノを弾いてると教えてくれた爽やかな兄。

「宜しくお願いします阿部先輩・・・あ」

気になってた事が分かったのと、話題の人が自分の兄になるという事が少し嬉しく感じ
つい先輩を付けて名前を呼んでしまい、ハッと気づくが阿部が聞き逃す訳もなく
¨ん?¨という顔をした後、ニッコリ微笑んだ(コワイ

「君・・やっぱり俺と同じ大学院の後輩だよね?」
「・・・・年上かなと思ったら先輩と呼んでしまっただけです」

私の兄になった且つての大学OBの阿部亮平に、初日にしていきなりバレた。

大学在住中に各学科で三人しか選ばれない、学業優秀賞にも輝いた相手だ・・誤魔化せそうにない。
やっぱり、と口にしてたくらいだからもっと早い段階で気づいてたんだろう。
もうこれでダメになってもいいやという気持ちになったが一応はぐらかしてみる。

するとふーん?と更に妖しく笑んだ大学院卒の秀才は
メモを見てるかのようにスラスラと私の情報?を言葉にしてみせた。

「上智大学創立して以来の天才、成績優秀で16歳にして大学4年修了扱いになり今年から大学院へ進学」
「恥ずかしながらその通りで・・・あ」
「気づいた?此処まで話題になってれば卒業生にも情報は入ってるんだよ、 さん」

あーこれはもう誤魔化せそうにない、と室内から扉へ向かおうとすると
扉の横に立っていた阿部亮平の腕が伸び、通せんぼするように現れた。

見えた腕から視線を兄、阿部亮平へ向ければ
口許は笑っていても目は厳しく、真意を探る色をしている。
恐らく性別を偽ってきた理由を話さない限り通さないつもりなのだろう。

しかし、此処に来た理由は養父が説明したはずだ。
恐らく養父が男装させようと決めたのは、初めて彼らも兄弟がまだ居ると知ったと見えるし
どうせなら男兄弟として住み込ませた方が良いと養父が判断したから性別を隠しただけだ、それ以下でもそれ以上でもない。

二年のみだと約束した臨時の管理責任者、それは今思えば表向きの理由付けだった気もして来た・・。
だとしたら養父母は何の為に私と兄達を合わせようとしたのか。
それに幾ら過去の事とは言え、私はまだ異性も他人も怖い・・・あれらを全て過去にする事は出来ないのだ
兄とは言ってもすぐに信頼とか難しい、部屋に閉じ込められるような感覚は自然と過去を彷彿とさせる。

怖い――
私の脳がそう感じた瞬間心臓が早鐘を打ち始め体も小刻みに震え出し、室内の中ほどへ後ずさる。
さしもの阿部もこれには異変を感じ、問う事を止め、様子のおかしいを気遣うように近寄ろうとすると

「――ちょっと阿部ストップ」

いつの間にかピアノの旋律は止み、低く掠れた声が歩み寄ろうとした阿部の肩を掴んで止めた。
突如現れた第三の人物に私も阿部亮平さんも声の主を見る。

近づこうとした阿部を止めたのはこれまた背の高い人物。
180は超えてそうな高い身長の青年、彼に気づいた阿部は驚いた様子でその人物の名を口にした。

「照、何でここに?」

照と呼ばれた長身の青年は、その問いかけに対し淡々とした口調で
¨話し声がして来てみたらそいつの様子がヤバそうだったから止めた¨と話した。
怯えさせたのだと指摘され軽く落ち込む阿部。

気遣う事を言っておきながらその自分がを怯えさせてしまった事を深く反省。
しかし大事な事は聞けなかったな・・・あの才女が俺達の妹ではなく弟として現れた事も驚きだけど
何故養父母はそんな回りくどいやり方で此処に寄越す事にしたのかも気になるね。

まあ今日はこの辺にしておこう。
これ以上は多分話してもダメそうだ、それにうちのリーダー兼五男に止められてしまったからね。

一方のも心の底からホッとしていた。
今この場で問い詰められずに済んだ事と、閉じ込められたりしなくて済みそうだと。
後奇妙な安心感を齎す声の主、照と呼ばれた青年を恐る恐る眺めた。

「取り敢えずここに来た理由は竜憲(たつのり)さんの説明した通りなんだろ?」

視線を止めに入った照という青年へ合わせたのと同時に
青年からの視線が私に向けられた為、バチッと音がするのではないかと思う速さで目が合う。

因みに竜憲と言うのは、私と細雪やこの二人を含めた6人の兄達の養父の名前。
字面だけ見ると¨りゅうけい¨とも読めるので、癸はよくその読み方で呼んだりしていた。
目が合った照からの確認するような問いに慌てて頷く、また疑われるのは避けたい。

「・・なら今はそれでいいじゃん?気になる事があったらその都度聞いて行けばさ」
「そうだね、照がそういうなら・・・」
「そしたら阿部はこいつに謝って、怯えさせたでしょ」
「あ、いえ気にしないで下さい」
「いや気にするしないの話じゃないから、良くない事をしたら謝る、これ大事」
「うん、くんいきなり問い詰めるみたいな聞き方してごめんね」

警戒しそうになるに対し、意外な返しに出た二人の兄。
更なる追及を覚悟していたのもあるが、来るなら来いや!と構えていただけに拍子抜けした。

促された阿部は深々と頭を下げて謝罪している。
渋々とかじゃなく本当に心から申し訳ないと感じている事は表情と態度から読み取れた。

こんな男の人もいるんだ・・・

素直に感じた事が頭に浮かぶ。
そう接して貰えるとこちらも言葉を返しやすくなり、気にしないで良いと阿部へ言えた。
人と互いの意思を尊重し合いながら言葉を交わせる事の嬉しさと安堵感が心を満たす。
気が早いかもしれないが、悪い事をしたら謝るのが大事と話した照という青年に対するイメージも変わった。

現れた時は気難しい人なのかなとか少し怖い人なのかなと思ってたからさ。
整った顔をしてるだけに黙ってると迫力があるのよ。
互いに言葉をやり取りした辺りでその照さんが動いた。

急に動かれるとビクッとしてしまうのが申し訳なく思う・・・
予備動作のない動きで距離が詰められる感覚はどうも怖いのだ。

「ん、俺怖がらせた?」

の態度から怖がらせた?と心配そうに聞かれた事で
スッと動いたのは手に持ったままだった私の荷物を持ち
備え付けの衣装棚の上に乗せる為だと察する。

うわ、無意識とはいえ怯えたと思わせてしまったのが申し訳ない・・。
思いの外優しい声音で確認の問いをした照さんに対し、何だか必死に違いますと私は訂正していた。

「照デカいから、吃驚しちゃったんだねくん」

訂正だけじゃ足りないかなと心配になったが、その言葉に足すようにして阿部がフォローする。
その言葉を受けた照が少しだけ口許を綻ばせ、良かった、と笑んだ。

はにかむような笑みがまた意外性を植え付ける。
黙ってると厳めしい印象とか迫力があるのに、微かに笑っただけで途端に印象が優しくなる。
思った事と感情が表情に出易いのかもね・・表現が豊かでなんか子供みたい、とか言ったら怒られるかな。

取り敢えず持参した荷物を部屋に置き、残りの兄達の待つリビングへ向かう事に。
しかし皆背が高いな・・先に前を歩き階段を下りて行く二人の後ろ姿を眺めながらふと思う。
そういうも女子の身長で見れば高い部類に入る、160超えていれば十分背が高い。

でも前を歩く二人の兄達は、女子では背が高い分類のより頭一つ分は背が高いのだ。
照さんに至っては頭一つ半?くらいは差がある。
まあ今はそんな事はどうでもいいのよ、うん。
今の時点で遭遇した兄は三人、残り三人の兄とこれから対面だ。

どんな人達なのかドキドキする気持ちと微かにある不安。
臨時管理者として住む訳だからそれらしい事もしないとだろうし・・・
ていうか今ふと思ったけど・・臨時管理者って名目で住み込むならそう説明すればいいだけだよね?
何で彼らの弟として出向く必要があったんだい?(誰

これらの疑問を何れ養父に聞く必要があるわね。
前に在る兄達の背中を眺めつつ密かに私は養父へ向けた疑問をまとめ始めた。