ベッドに寝かせ、立とうとした翔太。
重みのようなものを感じ、服の裾を握られてる事に気づく。
これはかわいい・・と思ったが、前に上体を傾けたままなので辛み。
仕方なく少し後ろの方に居る照を呼ぶ事にした。
「照ちょっとくんの手、外してー」
え?と呼ばれた照は翔太の横に行く。
呼ばれて行ってみてすぐその理由を察した。
無意識だと思うが眠りながらの右手が、翔太の服の裾を握っている。
多分下ろされて寝かされる際に握ったんだろう。
傷つけないように慎重に翔太の裾からの指を解く・・
しかし寝ているのに力が強く中々離そうとしない為、翔太は上着を脱ぐ事にした。
「仕方ないから今夜は俺の上着貸してやるよ」
「だな、明日起きた頃言っとくわ」
2人して少し部屋に残るがやがて翔太は眠気に負け、照に任せて部屋に戻って行った。
明日も忙しく稽古にレッスンの漬けで、記者会見も加わって忙しさはMAX。
少しでも睡眠は長く取りたいのが心情だ。
せめて歌舞伎を無事終えた頃には、と皆で出かけたりをしてやりたいと照は考えている。
じっくり話す機会も忙しくて作ってやれてないしな・・・
眼下のを撫でてやりながら、彼を苦しめる過去とは具体的になんだったのか
以前が熱を出した前夜ポロっと打ち明けた事を不意に思い出す。
理由を思い出しただけであんなに苦しそうな顔をするなんてさ
俺も動揺しちゃったからまともに聞いてやれなかった。
というか、俺だけで受け止められる話なのか自信がなかったのかもな。
なるべくなら俺や他の兄弟が居る時に思い出すってのが理想だけど
独りで居る時に思い出してしまったら・・誰もアイツを抱き締めて安心させてやる事が出来ない。
1日も早く・・が心の底から笑える日が来るように、全員で支えてやらないとだな。
改めて気持ちを引き締め、数秒寝顔を眺めてから照もの部屋を出た。
それからリビングに立ち寄り、照の分ねと待っていた宮舘からポトフを受け取った。
+++
そうして迎えた翌日、3月16日。
目が覚めた私、最後に覚えてるのはリビングのソファーで雑誌を読んだ所まで。
だが今目が覚めた場所はソファーじゃなく、自分の部屋のベッドだ。
若しかしなくても誰かが運んでくれたって事だよね?
体を起こした時、自分の右手に違和感を感じた。
「これは・・・・・誰の上着?」
どう見てもサイズが自分の持ちものより大きい。
え?男物だよねコレ・・えっ?なんで???
だっ誰かの上着を何で私が握って寝てるの??
何かプチパニックになった。
誰かの上着を何の意味もなく握り締めたりなんて出来ないが
・・・でも実際男物の上着があるのは事実。
モヤモヤしてしまう・・取り敢えず誰かに聞いてみよう。
でもまあパジャマに着替えさせるまでされてなく良かった・・・
幾ら貧相な体だとしても、脱がされていたら女物の下着がバレてただろうし。
誰の上着か分からないがホッとしつつ昨日の服を脱ぎ新しく着替える。
黄色のシャツの上に裏地が灰色の青いジャケットを着込み
茶色に縦のストライプ紋様の描かれたズボンに着替えた。
一応大学院に行く為の用意を整えてから部屋を出た。
手には握って寝てた男物の上着を持っている。
兄の誰かに聞いたら分かるのかな・・誰に聞くか悩んだ結果、部屋が近い照さんに決めた。
コンコンとノックする寸前、後ろから呼ばれた。
なのでノックする形にしていた手を下ろし、声の方を向いてみる。
「おはよ、くん」
「あ、宮舘さんおはようございます」
「照に何か用事?」
後ろ、というか相対するように造られた部屋の方向からだね。
丁度個室から出て来たと見える宮舘が振り向いたを見ていた。
照の部屋の前に立っていた様子から察した宮舘に問われる。
宮舘に話すかこのままノックするかで数秒迷った。
朝8時半の今、照が起きてるか分からない故
どうなんだろうと思ったのもあり、寝てた場合起こす事になるし
それはそれで申し訳ないと思ったから宮舘に聞く事とした。
「実は――」
しかし聞こうとした瞬間、閉じていた照の部屋のドアが開かれ
パッと其方を見たに向けて、若干不機嫌そうな照が口を開いた。
「その上着は翔太のな、昨日ソファーで寝てたお前を運んだ時握ったまま放しそうにないからそのままにしてた」
言葉を挟む間もなく一息で説明する照をも宮舘も驚いて眺める。
何故か機嫌が悪そうに見えたので、ただ聞き手に回った。
ドアの前で話してたから結果起こしてしまったのかも・・?
「あ、あのごめんなさい・・起こしちゃいましたよね」
「・・?いや、もう起きてたから気にすんな」
思い切って聞いてみると意外と優しく返され、起こしてしまった訳ではないと分かりホッとする。
なら何故不機嫌そうな話し方をしたんだろう・・・?
まあ取り敢えず深く考えても仕方ない、それにこの上着の持ち主が分かって良かった。
しかも運んでくれた翔太さんの上着を握り締めて寝てたとか何か申し訳ない。
握ってた理由も、夢遊病宜しくとばかりに勝手に部屋へ入って盗って来たとかじゃなくて良かった・・・
「翔太さんに謝らないとですね、後運んでくれたお礼も言わなくちゃ」
「ふふ・・そうだね、でも翔太は怒らないと思うよ?」(舘さま
「ん、俺も同感、洗濯して返すだけで十分」(岩本
「お2人がそう言うなら心強いです、早速洗濯機に入れてきますね」
「うん、行っといで」(舘さま
安心したは手にした上着を眺めてから心強い2人の言葉に笑みで応え
ペコリと一礼すると早速右端にある洗面所へ向かって行った。
宮舘も笑みを浮かべ見送ると、朝の食事を済ますべく階下へ向かう。
それぞれ目的の場所へ移動し始めた2人を見送りながら
ポツリと照はよく分からない感情のまま呟いた。
「俺に聞きに来たならそのままノックして俺に聞けよ」
口にした言葉は幸い誰も聞いていなかったが
呟いた後¨なに言ってんだ俺¨と、自分でも不思議に感じ少し思案。
別に誰に聞こうと構わないだろ?偶々舘さんが居合わせたから聞こうとしてたんだし・・
何故そんな風に呟いたのか分からないまま照もリビングへ向かった。
その照と入れ替わるように部屋から現れたのは阿部。
宮舘と、照の3人が話してる声は所々聞こえていた。
照の不機嫌そうな声、中々面白いものが見れたかな。
血は繋がってないからね、うん。
取り敢えず荷物を持って部屋から出て階段を下りようとした所に洗面所からが現れた。
青のリバーシブルジャケットと黄色のシャツに茶色のズボン。
これまでの服装を見て来て思ったのは、の色の好み、青系が多いなと。
「くんおはよう、ちょっといい?」
「阿部先輩おはようございます、はい、なんですか?」
取り敢えず伝えたい用件があったので近くへ呼び寄せた。
「明日ちょっと大学院の方に用があって行くから、この前の空き教室で待っててよ」
「え?私は平気ですけど阿部先輩・・お仕事は」
「うん、明日は開始が夕方からで遅いからね」
近くに来たへ伝えたのは明日大学院に顔を出すという話だった。
しかも待ち合わせをしたいていう申し出付き。
まああの空き教室の辺りは人気も少ないし、待ち合わせには十分適しているだろう。
わざわざ待ってて欲しいというからには、大事な用事があるのかもとは思う事とし了承した。
それから阿部と2人、リビングへ。
中に入れば佐久間以外の全員が集合している。
はその中に翔太を見つけると近くへ歩み寄り、声を掛けた。
「翔太さん、おはようございます・・!昨日は上着すみませんでした」
「お。昨日?大丈夫だよ安心して寝れた?」
「は、はい寝れました!洗濯してるので乾いたら返します」
「わざわざいいのに、でもありがとうくん」
に気づくとニコッと笑み、自然な動作で頭をヨシヨシ撫でる。
照や宮舘の言っていたように怒られる事は無かった。
しかもお礼を言うのは自分なのに翔太からお礼を言われてしまった。
改めて人間的に優れた人達ばかりだなあ・・ついジッと翔太を見上げてしまう。
「あんま見んなよ照れるから」
じっくり見てる事に気づいたのか、少しぶっきらぼうな言い回しで笑みはそのまま
照れ隠しなのだろう、髪をくしゃくしゃにされた。
慌てて謝るけど、互いに流れ空気は穏やかで本気のやり取りじゃないのは分かった。
そんな2人を微笑ましく眺める宮舘と深澤。
阿部は¨やっぱり人たらしだね¨という目線を送り
照は特に何も思う事なく見ただけですぐテレビに視線を戻した。
時刻が9時を過ぎる頃、慌ただしく階段を駆け下りる音と共に
小柄な佐久間がリビングへ駈け込んで来た。
皆からおっせーぞと言われて迎えられ、キッチンの方へ行き
残してあったバターロールと昨日の残りのポトフを夢中で口に運んだ。
慌てず食えよと照に苦言を呈されていたが、それ以前に行儀悪いからリビングで食えと阿部に怒られていた。
そして兄達が出発する時間になる。
心なしか外がザワザワし始め、門が開く音と車のエンジン音。
私はそうして出かけて行く兄達を見送るのだ。
「それじゃ行ってくる」(岩本
「今日も遅いかもしれないから戸締りはしっかりな」(ふっか
「くんも大学院気をつけて行くんだぞ」(翔太
「はい!」
「あ!、ポトフありがとな!すっげー美味かったぜ」(佐久間
「ホント美味しかったよポトフ、また食べたい」(阿部
「今度は俺と一緒に何か料理作ろうね」(舘さま
口々に言葉をくれる中、佐久間がパッと顔を輝かせポトフのお礼を口にすると
兄達もこぞって美味かったまた食べたいとへ感謝の言葉を投げた。
ただ一人宮舘がナチュラルに約束を取り付けるみたいなことを言い
聞き逃さなかった佐久間が¨えええ良いなああ¨と沸いていた。
「いってらっしゃい!」
賑やかな兄達にも元気いっぱいに声をかけ送り出した。
その声に皆手を振ったり行ってくるーと返事をしたりして玄関を出て行く。
出て行く際の照も朝から機嫌が悪そうに見えたが今はそうでもなさそう。
でもちょっと違うなあと思った、いつもは出かける時の頭をポンポンしていた照。
今日はそれもない、て、まあそういう日もあるし撫でられたい訳じゃないけどさ!
などと変な言い訳を内心しつつ、扉に手を掛けた様を見送る事に専念。
中から手を振り返し扉が閉まるのを眺めていると
最後に出て行く照が不意に足を止め、此方に踵を返した。
何だろう?と思い見ていると、スッと大きな手を伸ばし
ポンと頭に置かれ、ワシャワシャしながら笑うのだ。
「ん、よし 行ってくるわ」
「・・・い、いってらっしゃい照さん」
「おう」
閉まる扉と歩いて行く背中を静かに見送った。
今のはなんだったんだろう?
あれかな、ルーティンとかかな!
皆癖みたいに私の頭を撫でたりポンポンしたりしてるし?
殆ど無意識だが、見送るの頭をポンポンする事で
照は仕事とプライベートのオンオフを切り替えていた。
の頭をワシャワシャした時、僅かだが表情が和らいでいたのを照は気づいていない。
何となく心がふわふわする感覚のまま、支度を済ませ
講義に間に合うように戸締りをし、コソコソと裏口からも大学院へ出発した。