帰り際の目黒。
「なんすかあのかわいい生き物・・・」
「うちの自慢の末っ子です」
「俺んちの弟も妹もかわいいすけど、更にかわいいっすね」
「目黒も兄弟いるんだね、やっぱ可愛いもんなんだな」
クールな印象の方が強かったあの目黒が目許をふにゃっとさせている。
初対面でいきなり好印象を与え、尚且つキャラを保てないほどに崩してしまうとは
・・・末恐ろしい妹だな?
とまあそんな事を考えながら再び裏門に向かう目黒を送り出し
気をつけてな、と声をかけてから玄関の扉を施錠。
それから玄関の中で待たさせていたへ向き直った。
「・・独りでよく頑張ったね、」
ポンポンと、いや、の頭に手を乗せて一言。
そう言葉にした途端眼下の少女の目に大粒の涙が溢れた。
平気そうに振舞っていたがやはり無理をしていたのだろう。
よしよし、と精一杯の思いを込めて撫でてやると
しがみつく代わりに阿部の上着の裾をギュッと握り締めて来た。
「阿部先輩・・照さんに頼まれて早抜けして下さったんですね・・・ありがとうございます」
「頼まれなくても帰らせて貰えないか頼む気ではいたよ、きっと皆もね」
安心したら簡単に泣いてしまう自分に呆れながらも阿部へお礼を言ったら
涼しい顔で驚くような事を打ち明けてくれた。
何故そんなにも皆気に掛けてくれるんだろうと純粋に疑問が湧く。
末っ子としてここに来てからまだたったの4日目だ。
皆の人柄なんだろか?と疑問しか湧かない。
浮かんだ疑問に適切な答えとして浮かんだのは、此処に来た日の夜照に言われた言葉。
¨新しくこの家に来た末っ子のお前に喜んで貰いたいって思ってる兄ちゃんしか居ない¨
この言葉の通りなら、さっき阿部先輩が言った言葉にも納得出来る。
彼らみたいな人達と血の繋がりはないけど兄妹になれた事を心の底から幸運だと思った。
+++
此方歌舞伎の稽古場、現在21時55分。
照達のシェアハウスから戻った目黒を交えた全体稽古も終わりを迎えた。
支度や明日の準備を終えた者から稽古場を出て行く。
その流れを眺めるのはSnow Manリーダーの岩本照。
他のメンバーを待つ間、照は視界に入った長身の後輩を呼び止めた。
「――目黒、ちょっといい?」
呼び止めたのは数時間前に阿部とシェアハウスへ向かわせた目黒蓮。
黒曜石のような目が此方へ向き、はいと返事した目黒が照の近くへ歩み寄った。
座長の滝沢は今、三宅と共に明日のスケジュールの確認をしており此方は見ていない。
聞くなら今しかないと思い呼び寄せた目黒。
目黒が近くに来るや否、照は留守番しているの様子を尋ねる。
「お前が阿部と行った時・・、俺らの弟は見た?」
そう問う照の目線は厳しい。
迂闊な事は言えない雰囲気だが敢えて見たままを目黒は伝えた。
「見ました、というか裏門から訪ねたせいで・・驚かせてしまったと反省してます」
「驚かせた・・?詳しく聞いても良い?」
「はい、その阿部くんが裏門を閉めに行く間に玄関の鍵を開けて入ったのが不味かったみたいでした」
本当にすいませんでした岩本くん、と包み隠さず事実を話してくれた目黒が頭を下げる。
目黒が頭を下げる様は、稽古後というのも加わって自然な光景として映った。
それから数回聞き出したのをまとめると、阿部と行く前からは悪夢に魘され
ストレスからヒステリー球って症状と、過呼吸を起こしていた。
そこに見知らぬ大人、目黒と遭遇した為酷く怯えさせてしまったと・・
幸い阿部が駆けつけ事なきを得た、その後持たされたお土産を手渡し
ぎこちないながらにも帰る頃には目黒を玄関まで見送ってくれた。
とっても可愛い弟さんでした、と笑む目黒の顔を見て照は何故かイラッとするのを感じた。
その辺の感想は要らんby照
まあ兎も角、大変な事態にならずに済んで一安心。
ありがとなと伝えてから目黒を見送ってやった。
今回は何とかなりそうだが・・これからは更に稽古もレッスンも増える。
時間も遅くなるし泊まり込む可能性も捨てきれない。
こうやって独りに慣れさせるつもりなのかな、竜憲さんは・・・・
考えたくないが、事業を継がせる後継者として厳しさをも学ばせてる可能性もある。
それにしたって中々横暴じゃないか?心にある傷が癒えないうちから孤独に耐える心を鍛えてるのだとしたらさ
取り敢えず今日はシェアハウスに残りのメンバーと帰ろう。
早くのやつを安心させてやりたい、逸る気持ちを抑えつつ照はメンバーを待った。
――時刻は22時15分。
照達が稽古場を出発する頃、皆の帰宅を待つと阿部はリビングに居た。
夕飯はあれから阿部が用意してくれた鮭入りのお粥を食べ
今はテレビを見つつ、クイズ本を読む阿部ちゃんと寛いでいる。
夕方、目黒を玄関へ送り出した後
対応は阿部に任せ、は紙袋に入れられていた手紙を読んでいた。
そこには綺麗な字で綴られたお見舞いの言葉。
お土産を渡される際目黒が口にした、事務所の先輩兼座長の滝沢秀明と署名された内容。
先ずは体を大事に的な言葉が連なっていたが、読んで行くうちに別の流れに変わっている事に気づいた。
¨これから岩本達は厳しい稽古とレッスンが続き、稽古場に泊まり込む事も増え、家に戻れぬ日々気が来ると思います¨
今後を気に掛けてくれる内容だ。
やはり先輩兼座長ともなると気遣いも凄く細やかなんだなあと感心。
それとやはり兄達が話していた通り、今後は益々忙しくなるらしい・・
気持ちが一気に沈んだ、やっぱ今回は偶々早抜けさせて貰えただけだったんだ・・・と。
こうなると迷惑にしかなってないじゃないかと気づく。
早抜けしたという事は阿部や付き添いの目黒らの稽古時間はその分削られ
次回の稽古では抜け多分を取り戻さなくてはならない。
それは阿部も目黒も分かっている筈、それなのに2人は此処で数十分過ごしてくれた。
迷惑を掛けない為には健康管理にも力を入れなきゃだし
些細な悩みは自分で解決出来るようにならなきゃだ。
心細いけど独り立ちを何れはしなきゃならない。
これはその独り立ちが早まっただけよ、と手紙の続きを読んだ時・・・
そこには今のこの心情を見透かされたような願ってもない申し出が書かれていた。
¨そこで僕からの提案なのですが、もしくんさえ良ければ彼らと寝泊り出来るよう準備する事も可能です¨
これはもうそうして貰えるなら・・!と前向きに考えてみたくなった。
大学院が終わったら帰宅してから色々用意、それから直行し、稽古を見学。
ずっと見てなくても兄達の控室?で待たせて貰う事も出来るだろう。
そうなれば独りこの家で帰るか帰らないか分からない兄達を待たずに済む。
・・・いや、でもやっぱダメだ・・私はこのスペアキーを預けてくれた照さんに留守を任された。
カラ元気で宣言した私に嬉しそうな笑みを向けてくれた照さん、信頼して貰えた気がしたから
だから私は・・滝沢さんからの申し出を丁重に断るメールを送信していた。
確かに同じ空間に居られれば安心するし、怖くもないだろう。
でも何となくそれは克服した事にならないと感じた。
手紙に記載されていたアドレスにメールを送信して数分後、ピロンと受信音が聞こえた。
¨泊まり込みの件は残念です、が、くんの強い意思を知れて嬉しく思います。
良ければ一度、真剣に取り込む岩本達を見学に来ませんか?¨
続けて届いた文面、これはちょっと気になった。
兄達が取り組む稽古、兄達が身を置く世界はどんなものなのか
純粋な興味、日頃全くと言っていいほどテレビで見た事のない兄達。
稽古を見学に行ったら彼らが身を置く世界の事を知る事が出来るだろう・・
阿部に相談しようと思ったが、分からないように見学するかもしれないし
一度だけでも皆を見れたら安心出来るから姿は見せなくても良い。
だから話さず内緒で見に行こう、そう私は決めた。
後にこの決断が大きく私のその後を左右する事となる。
ちょっとだけ後ろ暗い気持ちになったが、陰ながら見れれば十分だ。
何となく頑張る兄達の姿を励みと支えにしたいと考えていた。
「、眠かったり辛かったりしないかい?」
「薬も飲んだし何より先輩の作った鮭入りお粥のお陰で結構良くなって来ました」
「ふふ、それは嬉しいな。でも油断は大敵だからね?」
「はい!・・・あ、車の音がしましたね先輩」
「良い返事、ああホントだ皆が帰って来たみたいだ」
思案とメール返信に集中していたせいか
いつの間にかクイズ本を閉じ、此方を見ている阿部と目が合った。
会話しながらリビングの時計を見ると、針は22時40分を指している。
夜も更けて来ており、通りから奥まった位置にある建物に居ると凄く静かだと気づく。
ほんの一瞬だけだがは滝沢の申し出を断った自分を殴りたくなった。
夜の静寂は中々に孤独で、静かな分、空気も張り詰める・・・正直怖い気持ちしかない。
克服出来るようになるには・・・時間が掛かるだろう。
兄達と暮らす間に克服出来る自信はまだ無い。
今この時に、独りじゃなくて本当に良かったと心の底から感じた。
阿部が柔らかく微笑んだ時、家へ近づくエンジン音とドアが閉まる音が聞こえた。
運転してくれた相手にお礼を言っている声も聞こえる。
あれはきっと佐久間と呼ばれる小柄な兄の声だ、そう思ったら皆が帰って来た事が現実味を帯びて一気に心が温かくなった。
不安や恐怖が嘘みたいに気にならなくなる。
逸る気持ちを胸に、玄関へ行こうとしたがそれは阿部に制された。
熱が下がりきってないんだからジッとしてなさい、と。
ド正論だったので渋々だが浮かせた腰をまたソファーに戻す。
代わりに阿部が玄関へ皆を迎えに出てくれた。
「ただいまーー!」(佐久間
「お帰り、て言うか声がデカイよ佐久間は・・時間を考えないと」(阿部
「ホントそれな、佐久間は車の中からずーっとはどうしてるかなもう寝てるかなって騒がしくてさ」(ふっか
ガチャッと開いた玄関の扉、一番に入って来たのは小柄な兄の佐久間。
迎えた阿部が苦笑して話してるのが手に取るように分かる。
後に続いて入って来た深澤の話す言葉に聞き手のは照れた。
自分の事をこんなに気に掛けて貰ったのは初めてに近い。
「はあー疲れた、ただいま阿部」(翔太
続いて来たのは眠そうな顔の翔太と舘さま。
玄関に座って靴を脱ぐ深澤と佐久間、それから翔太を待ち
3人の靴を揃えてやってから舘さまは自分の靴を脱いで家に上がった(ロイヤル
「あーー!だ!!!俺達を待っててくれたん??!」(佐久間
「お、お帰りなさい!はい、熱も大分下がって来たのでせめてお迎えしたく」
「嬉しいけど早めに寝とくようにな?油断禁物」(ふっか
「阿部さんからも同じように言って貰ってるので皆さんを迎えたら寝ときます!」
「ふふふ、やっぱりくんは素直でイイ子」(翔太
「そうだね、ああ、夕飯は食べれた?」(舘さま
真っ先にリビングに入った佐久間と目が合うや、顔を輝かせた兄はとても喜んでくれた。
深澤には少し釘を刺されてしまったが、その通りなので反論は無い。
翔太と宮舘には穏やかーに接され、嬉しそうな翔太からは優しく頭を撫でられる。
声の良いこの2人に褒められると何かこそばゆい。
そのままキッチンに向かった宮舘に食事の事を聞かれ
そうだと気づいた私、朝用意しといてくれた玉子粥のお礼も兼ねて宮舘へ言った。
「夕飯は阿部さんが鮭入りお粥を用意して下さったので、後宮舘さん・・玉子粥本当にありがとうございました!」
美味しかった?と宮舘に聞かれ、とっても美味しかったですと全力返しすれば
それは上品な笑みを浮かべた宮舘から¨良かった、ありがとうくん¨と逆に感謝されてしまった。
・・・あれ?リビングを眺めて気づいた、今此処に居るのは5人の兄と私。
一番背の高い兄、照の姿がない。
何だか不安というか、心配になって制されていたのも忘れは玄関へ。
居るだけで存在感があり、安心させてくれる照の姿が無いのは妙に落ち着かない。
リビングに戻ろうとしていた阿部が不思議そうにを振り向く。
どうしたの?と聞かれる声はそのままに、外の様子を見ようと玄関のノブを手前に引いた瞬間
良い香りのする硬いものに顔面から突っ込んだ。
「わっぷ」
「――っと」
顔面ダイヴしたのと同時に優しい手に支えられる。
ひぇっと体が強張ったのは一瞬だけ。
上から降って来た声で、それが誰なのかはすぐ気づいた。
「あれ・・?お前とはよくぶつかるな(笑)」
呆れたように笑う声に顔を上げれば
そこには予想した通りふにゃっと笑う照の姿があった。
照の大きな両手が自分の両腕に添えられ
反動で後ろに傾いたのを支えてくれている。
その笑顔を見たら、妙にソワソワして来てしまい熱が上がった気がした。
思い切り抱き着いてお帰りなさいお兄ちゃん
そう口走りそうになって、不自然なくらい急いで照さんから距離を取り
「お帰りなさい照さん」
そう言いながら出迎えるだけに留める。
こうしたのは、手放しで甘える事にまだ抵抗があるからだと思う事にした。
玄関でのやり取りを見ていたのは阿部一人。
これもまた人たらし中か?と思う傍ら
はまだ心を完全に許してはいない様子にも何となく阿部は気づいていた。