嫌なくらいに静かな空間で、は目覚めた。
眠っていたのは5時間程、目覚めのきっかけは悪夢・・・

前見た時と同じ、気づいたら夢の中の伯父の家にいた。
誰も居ない家の中・・無表情で部屋に現れたのは2年前と変わらぬ伯父。

これは夢だと分かっている、自分は今この場に居る訳じゃない。
なのに、伯父はしっかり『今』を生きる私を見ている。
逃げようとしたが、伯父に部屋の隅に追い詰められてしまった。
下劣に緩んだ口許の伯父から伸ばされる手。

恐怖と嫌悪感で気道が狭まる。
いつまでもこんな悪夢に怯えていたくない。
伸ばされる手を払いながら強く思った。

驚くべき速さで私を捕らえようと伸びて来る伯父の手。
向かってくる伯父が無表情な事に寒気すら感じた。

早くこの場から遠くへ逃げたい。
もう2度とこの家に戻りたくない・・
この家を夢に見なくなるくらい強くなりたい――

強い気持ちを胸に、伯父の腕を掻い潜って部屋の外
廊下へ飛び出した、足がもつれその場に転倒。
足は竦み、言い知れぬ恐怖に自分の歯がカタカタと鳴った。

無表情の伯父の手が今度こそ転んだ自分の腕を掴み
部屋の中に引き戻そうとしたまさにその瞬間

音もなく現れた大きな影が伯父の手を払いのけながら割って入り
廊下に座り込んだ体勢の私の前に立ち塞がった。
何故か部屋の奥から差し込む光が逆光となり、前に立つ人を光で包み見え難くしてしまう。

ふとその背と光景に既視感を覚えた。


「――っ・・・!!」

急激に意識が浮上、酷い寝汗と息苦しさに現実に帰れたのだと実感。
どこかで前にもあんな風に誰かが私と何かの間に立ってくれたような・・・・?

寝汗で張り付いた髪を額から剥がし、胸に手を当てて呼吸を整える。
眩しい光が照らしたせいでその人の背格好は分からなかったが・・安心する感じはした・・・
見ず知らずの人だと思うけど不思議だね・・思いながら枕元のiPhoneをチラ見。

18時を過ぎていた。
・・照さんのLINEによれば、19時くらいには誰か1人帰って来てくれるらしい。

呼吸は苦しいままだ・・怖い・・・夢の中の伯父は無表情過ぎて余計に怖かった。
あの男の実を把握する為に入った総合人間科学研究科・・
あんなやつの心理を知り、その上で私はどうしたいんだろう?

「苦し・・・」

考えれば考える程何故か息苦しさが増す。
息を吸おうとしても喉からはヒューと風か抜けるような音しかしない。

喉に感じる異物感、唾を飲み込んでも無くならない異物感がただただ怖い。
どんなに息を吸っても良くならず、次第に焦りと不安でジッとしてられなくなった。

今で言う『ヒステリー球』という状態と、過呼吸を起こしていた。
ヒステリー球は咽喉頭異常感症とも呼ばれ、のどから食道にかけて詰まったような違和感や圧迫されたような不快感などの異常を覚える。
詳しい原因は不明だが、過度なストレスによるものからも起こりやすい。

兎に角そんな事より息苦しさからはパニックになりかかっていた。
助けを求めようにも家には自分しかいない、どう対処したらいいのかすら分からない。

そうだ、こんな時こそ・・・兄達に・・
iPhoneを開きLINEを起動、グループLINEの画面を振るえる指でタップ。
呼吸が苦しくてどうしたらいいですか・・怖いです・・・・と打ち込もうとしたがやめた。

仕事で忙しいのにそんな事打ち込んだら迷惑にしかならないじゃないか。
落ち着いて冷静になれば治まるかもしれない、若しくはiPhoneで調べてみよう。

浅い呼吸を繰り返し頻繁に息を吸い込む
過呼吸の原因がまさにそれなのだが、そんな事を知ってるのは医療に携わる者くらいだろう。
それでも何だか部屋に居るのが落ち着かない・・あんな夢のせいだ。

夢とは違い12畳もある広い部屋だが、閉じた空間に居るのが猛烈に嫌で洗面所へ。
昼間洗濯した下着を取り出し、その場で汗で濡れた下着を脱ぐ。
またついでに洗濯しておこうと考え、中身の透けないネットへ入れて洗濯機に放り込んだ。

タオルをお湯で濡らし、2回目になる寝汗を拭く。
体感で測った熱は37℃くらいだろうか?平熱に戻りつつある感じはした。

「息苦しさが・・治らない・・・・」

だが呼吸の苦しさはまだ続いている。
頭に酸素が回らなくなって来たのか、熱とは違うふわふわ感とぼんやりする感覚に襲われた。
時刻はまだ18時30近く・・誰でもいいから早く兄達に帰ってきて欲しかった。

息苦しさを抱えたまま下着とパジャマを変え、ウォーキングクローゼットから出したジャージ姿で階下へ。
生憎とパジャマは2枚しか持参しておらず、2度の着替えで足りなくなり
仕方なく高校で体育の際着ていたジャージに身を包んだ。

幸い校章のみが縫い込まれた仕様だった為、本名がバレる心配は無い。
兎に角水でも飲もう、階下へ着いたの頭の中はそれだけだ。

パチッとリビング&キッチンの電気を付け
一応兄達が帰宅した時に困らないように外の外灯も点灯させておいた。

食器棚からコップを出し、冷蔵庫に入ったミネラルウォーターのペットボトルを出す。
震える手でそれを注ぎ、喉のつかえを取りたい気持ちから
喉に力を入れてその水を飲みほして行く、だが異物感は飲み終えた後も変化がなかった。

こうなるといよいよ分からない。
さっき検索した結果はいつでも思い出せる。
ヒステリー球と過呼吸が今の自分の状態だった。

*過呼吸

(1)胸に手をあてて、呼吸を「浅く・ゆっくり」行う
(2)息を吸ったあとに口を閉じて、1〜2秒息を止める
(3)吸い込んだ息を、10秒かけて吐く

と記されているのでそれをそのまま実践してみる。
ヒステリー球の方は具体的な対処法が分からないので諦めた。

不安と戦いながらどのくらい実践していただろう・・・
ふと、玄関の辺りに何かの気配を感じた。
というか、その気配は家の壁面に沿うようにして移動して来たのが外灯の灯りで見えた。

え・・・?泥棒?

先ず思ったのはその2文字。
外の気配は人目を避けるように家の真横、恐らく裏門から入って来た。

もし兄達だったら普通に正面の門から入って来る。
そうしないなら兄達以外の誰か、としか思えない・・・
こんな豪邸だし・・金目のものがあるとか思ったのかな

「どうしよ・・っ・・・」

焦りと恐怖で息苦しさは増し、心臓も早鐘を打つ。
落ち着かなきゃ、玄関は鍵掛かってるし・・

パニックになりそうな精神をギリギリで落ち着かせようと努める。
それから恐る恐る玄関へ近づき、扉のある壁際へ立った。
この扉は内開きだ、上手く行けば扉が開けられた瞬間此処は死角になる。

あわよくば不審者をやり過ごせるかもしれない。
壁に身を寄せて作戦を練る、外に現れた不審者は2人だというのも察した。
何かを話しながら玄関へ最初の1人が到着、ドクンドクンと脈打つ私の心臓。
強い緊張感に晒され、全ての音が遠くに聞こえる。

息を潜めて待機する事数分、唐突にインターフォンが鳴り響いた。
これにはも虚を突かれた・・不審者だと捉えた相手がわざわざインターフォンを鳴らすとは。

しかし相手が誰なのかが分からない今、迂闊に鍵を開けるのも躊躇われる。
兄達にどうしようと聞いたとて、今すぐ来られる距離ではないだろうし・・・・
どうするのが正解なのか分からず逸る呼吸を繰り返してしまう。

そこに追い打ちをかけるかのように、不審者2人が何事かを話した後
何と施錠してある玄関の鍵がカチャリと開錠されたのである。

こじ開けるとか破壊するでもなく、予めスペアキーでも作っておいたのかと思うくらい自然に。
逃げるにも足はもとらず、素早く動くのは難しい。
そんな中、震えるの前でゆっくりと玄関が内側に開いた。

――コツ・・・と響く靴音。
入って来た背は高く、180以上はありそうな男性だ。
すらりと伸びた手足のその人、しかし見た事は無い・・やはり不審者?

そのままどうする事も出来ず苦しさを増す呼吸。
喉の異物感も加わり、もうどうしたらいいのか分からなくなった。

ジッと警戒する視線を送っていたら、入って来た男が玄関の扉の方を振り向き
初めてに気づいたのだろう、弾かれたように驚いた顔で声を上げた。

「うわぁ!!!」
「ひぃ・・・!!」

あまりにも大きな声で叫ばれ、驚きと恐怖からも声を上げる。
しかし息苦しさのせいでその声は叫びにならず、掠れた。
ヒュッと喉が鳴り、過呼吸は余計に酷くなった。

ゼェゼェと浅い呼吸ばかりを繰り返し、目の前が暗くなる。
に驚いた男、それはシェアハウスへ行くよう滝沢から言われた目黒蓮だった。

無名の頃もあったが今は宇宙sixに属したジャニーズJr
驚かれ騒がれる事はあれど、怯えられたのは初めてだった。
玄関の灯りに照らされた相手、それは自分より小柄な少年?

髪はブロンドに近い茶髪、双眸は色素の変わった色の青。
パッと見でハーフかなと受け取った目黒、取り敢えず怯える少年を落ち着かせようと近づくが
色白の顔を更に青くしてその場に座り込んでしまった。

「・・ひ・・っは、来ないで・・・はあ・・はあ・・・」

息も絶え絶えに口にした言葉から完全に怯えていると察する。
どうしたものかと目黒も困惑、滝沢から自分の代わりに見てきて欲しいと言われただけに
こんな風に怯えられるのは予想外だし、お土産を渡せそうにない。

どうにもならず、目黒は自分と一緒に来た相手が入って来るのを待った。
目黒と来た相手つまり兄の1人は玄関を開けた後、裏門を閉めに行っていた為目黒に怯えるに気づくのが遅れた。
急ぎ足で玄関に戻ると、困り顔の目黒に気づく。

「ん?どうかした?取り敢えずリビングに置いといてくれれば」
「いやその・・弟さん具合が悪そうなんすけど・・・」
「――え?くんそこにいるの?」
「振り向いたら後ろに」

怪訝そうに近づけば、オロオロした目黒が寄って来る。
てっきり部屋にいると思っていたが此処にいると目黒は訴えた。

少し嫌な感じがしたので目黒の示した方を見て目を見張る。
示されたとこに寝てると思っていたが座り込み、ガタガタと震えていたのだ。

21の目黒もからすれば成人の男。
しかも初めて見る知らない相手だ・・これは俺とした事が迂闊だった。
裏口を閉めるまで中に入らないよう言っておくべきだったな・・・

しかしこれは想定外すぎた。
瞬間そこまで考えると目黒の横を抜けて座り込むへ掛け寄る。

くんしっかり、落ち着いて大丈夫だから」
「・・・あ・・阿部せんぱ・・・」
「先輩・・・?」
「目黒、玄関閉めて」
「あ、はい」

揺らぐ意識がハッキリした時、目の前にいたのは見慣れた顔。
唯一私が女だと知っている大学院の先輩、阿部さんが居たのである。
それだけでも心が安心するのが分かった。

阿部先輩は不審者の男の人を目黒と呼び、玄関を閉めさせる。
若しかして知り合い・・・?そんな疑問が湧く。
でも呼吸が苦しくて細かい事を考えるだけの酸素が足りない。

「いつから苦しい?」
「30分くらい前から・・その・・悪夢を見て・・・」

なるほど、との話を聞きながら相槌を入れる阿部。
原因は目黒ではなく悪夢だというのは分かった。
とは言え突然の知らない男、てのが追い打ちを掛けたのも原因の1つだろな。

しかし目黒も悪気があった訳じゃない。
偶々滝沢に言われ、シェアハウスに行くよう指示されただけなのだ。

阿部はにゆっくり呼吸してみるよう言った。
それから場所を移そうと告げ、抱えるから掴まってとに囁く。

ぎこちなくだが言われると屈んだ阿部の首に腕を回した
細身だがれっきとした男である阿部、の背と膝の裏に手を回し
しっかり抱え上げその場を立ち、開いたままのガラス戸からリビングに入った。

その一連の流れをただ見送っている目黒をリビングから阿部は呼び入れた。
何となく気まずい気持ちでお土産を持ち、広いリビングへ入る。

困惑するだけの目黒だったが、驚かせてしまったのは事実。
と呼ばれた彼らの弟が落ち着くまで立ち合おうと決め、通されたリビングのソファーに座った。