幕を開けたショーの稽古。
バックを勤める身として真剣に稽古に打ち込むSnow Man。

牛若丸(義経)と弁慶が橋の上で出会い、舞うように弁慶の攻撃を避ける牛若丸。
その立ち回り中も出番に備え、袖から見守る6人。
彼らのセリフは極僅かだが、照と翔太は少しだけ長台詞がある。

Snow Manを牽引する照は勿論の事、中々に演技慣れした翔太と深澤にも出番は用意されていた。
立ち回りの稽古が終わり、設けられた待機位置へ戻る6人。
午後は役回りのある翔太と深澤達の場面のセリフ合わせが予定されている。

照はと言うと、その合わせではなく別の演目の稽古が予定されていた。
その為メンバーとは離れ、一人で準備を整えると別の稽古場へと向かう事に。

「――岩ちゃん、ちょっと良い?」

全員が待機する稽古場から通路へ出た瞬間、左の方から愛称で呼ばれた。
その呼び方をする人物を照はたった一人しか知らない。
この滝沢歌舞伎の座長にして演出家でもある大先輩。

「・・滝沢くん?」

午後の稽古に向けて各々が昼食を取りに行ったり自己練したりする中
演出家でもある滝沢はかなり忙しいはず、にも関わらず左から来た滝沢に呼び止められた。

若しかするとダメ出しをされる可能性も考え、無意識に荷物からメモ帳を取り出し
自分の方へと距離を詰める滝沢の発言に集中した。

目の前まで来た滝沢が用件を口にする。
その内容は予想していたダメ出しではなく
一瞬肝を冷やす事になるものだった。

「さっき佐久間と話してた¨心配してる事¨ってのは何?」

それ・・ついさっき佐久間に突っ込まれてた時の?
勿論心配の対象になってるのは高熱を出し、一人シェアハウスで寝ている末弟の事だ。

バカ佐久間・・・・!!やっぱアイツの声でけぇんだよ

この場に居ない佐久間に対するヘイトが一気に上がる。
だがもう聞かれているのなら誤魔化せそうにない・・・
特に滝沢相手にとなれば尚の事難しいだろう。

こうなれば素直に話すしかない・・
自分達の身の上はファン達にも知られているし、勿論事務所も把握している。
それに信頼する滝沢相手なら末弟が増えた事を打ち明けても大丈夫だと感じた。

「その、これはまだ何処にも話してないんですが」

自分達6人の養父母が、来年の秋で17になる末弟を去年の春頃に引き取り育てていたが
将来の社会勉強の一環として多くの人間に慣れさせ、人心を知る為にと自分達の住むシェアハウスに住まわせている事。

迎えたのはたった三日前だが、交流した事で親しくなり始めている段階。
今回佐久間と話していた心配事というのは、今朝方に39.5℃の高熱を出してしまい
自分達は今回の稽古で全員出てしまった事と医者に連れていけないのが心配だと話していた事を説明した。

真剣な眼差しで説明する照、その様子をジッと見つめて聞く事数分。
滝沢は幾つかの質問を照へ投げかけて来た。

「へえ?名前は何て?」
「・・名前っすか?・・・ですね」
「どんな外見?今16で秋に17って事はまだ高校1年くらいかな?」
「外見すか、アイツは確かクオーターって言ってましたね・・あ、いや高校は」

何故末弟の事を事細かく聞かれるのか理解が追い付かず照は困惑した。
だが不思議に感じる間を多く与えない滝沢の問い掛けに、思案するより答えていた。
ハーフではないと、最初の阿部の説明にあったはずだと答え 年齢から推察するならやっぱそうなるよなとも思う。

末弟は自分達と頭の作りが違うのだと、誇らしげに照は説明した。
年齢こそ高校生だが、大学から推薦で招待を受けるほどに頭が良く
飛び級で高卒・大卒の資格を会得し、今は最年少で異例の大学院生なのだと話した。

年齢差はあるが、すっかり末弟は自分達の中心的存在なのだと。
朝市販の常備薬は飲ませたが、独りで留守番させている為6人全員が気にかけている。

なるほど?と聞き手の滝沢は照を眺めた。
確かにその末弟の話をしている時の表情はとても優しい。
強面な印象の岩本照から、7人兄弟の兄的な顔に変わっている。

経歴や外見からして、かなり滝沢の興味を惹く存在だ。
高学歴な後輩をたくさん見て来たが、その中でも群を抜いて凄まじい学歴である。
何れ会ってみたい存在だと滝沢は感じた。

「分かった、6人の誰か一人で良ければ早めに帰る事を許可しよう」
「――ホントすか?!」
「ただしその分稽古が遅れる可能性もある、遅れずついて行けそうか?」
「はい、ついて行って見せます」
「その言葉、しっかり聞いたからな?」

興味ある逸材だと感じつつ、身内を案じる気持ちは理解が出来る。
だが今は一番大事な期間である事に変わりはなく、全員を早く帰す事は難しいとキッパリ伝えた。

寧ろ照からすれば淡い期待はしていた早帰りを許可して貰った事が素直に驚きで
パッと顔を輝かせ大きな体を折り曲げて深々と一礼する。
滝沢からしっかり釘は刺されるが、却って身が引き締まる思いになった。

やたらと細かくの事を聞かれたのは気になるところだが
今回早帰りを許可する為の判断材料にしたのだろうと思う事にした。

次の稽古場へ向かう様子だった照をそこへ向かうよう言い
それから一人滝沢は思案した、を養子に迎えた岩本たちの養父母は有名な実業家だ。
稀に見る天才と言った所だろう・・その青年を岩本達の所へ住まわせた目的は知れないが
表向きはその養父の事業を継がせる為の経験や、色々な人間と関わらせその実を学ばせるという思惑を窺わせる。

たった16.7歳の青年にそれを学ばせようとしている・・大きな期待をしてるんだろうなとも思った。
何十年に一度の逸材になりそうなその青年、彼の事をもう少し知りたいと思うようになっていた。

実際はどうだったのかは分からないが、この頃から頭の片隅くらいで
滝沢は後進を育てる事にも力を入れたいと思っていたのではなかろうか?
照から聞き入れた興味深い存在の事を脳内にメモしつつ、滝沢は来た方向へ踵を返した。


+++


時を同じく、宮舘の用意してくれていた玉子粥を完食した
リビングにある常備薬の入った箱を開け、気は進まない風邪薬を取り出していた。

まあ苦手なだけで飲めない訳ではない錠剤。
今なら兄達は居ないし、恥ずかしいなあとか思いながら飲まずに済む。
そのうちゼリーに混ぜて飲む奴買いたい・・・・

とか何とか愚痴りながらも肩を上げた独特な飲み方で、風邪薬を飲み込む。
取り敢えず夕飯はまたお粥にしとこうかな、幸い熱が出るだけの風邪だったから食欲はあるのだ。

今夜からいよいよ実質独りに近い夜を迎える。
どうしよう、恥ずかしいけど寝る前に兄達の居るグループLINEに発言してみようかな・・
何て発言したらいいかで悩むね・・おやすみなさいの挨拶くらいなら迷惑じゃないかな?

変にそわそわしてしまい、持って来ていたiPhoneを眺めたその時だ。
ピロリン♪という受信音と共に、通知が届いたのである。
あまりにタイムリーだったせいで危うくiPhoneを床に落とすところだった。

通知欄に表示されたのはLINEの名前。
兄の誰かからメッセージだろうか?とロックを解除。

LINEのアプリをタップして開いてみれば、無意識に頬が緩んだ。
通知が来たのはグループLINEではなく個人の方、トーク部屋の一番上に表示された名前。
それは皆とは別にやり取り済みの5番目の兄、照からだった。

¨今夜一人早抜けさせて貰える事になった、夕飯何か食えそう?熱下がったか?¨

用向きのみ書かれた文だが、それだけでも嬉しい気持ちになる。
熱は昼飯後測った所、まだ高いが38.5℃に下がっていたと返信。

熱だけの風邪っぽいから食欲はあります!とも返す。
すると思いの外早く既読になり、直後に返信が届いた。

¨おっけ、少し買い物しながら帰るけど19時くらいには帰るから鍵閉めて部屋で待ってて¨

これは照さんが早抜けで帰って来てくれると受け取るべきなのかな?
実際誰が帰って来てくれても嬉しいのだが、それが照ならもっと嬉しいと思う自分が居る。
色々とお世話を掛けてしまってる分、頼りに思い始めてるのかもしれないと客観的に見た。

照の文に¨分かりました、部屋で待ってます¨と返し、新しい冷えピタを冷蔵庫から出す。
朝深澤が用意してくれた氷枕も取り替えなきゃだ、と思い出した。

氷枕を取りに向かうのiPhoneがまた鳴る。
LINEが届いていたので確認すると、照から了解を表すスタンプが届いていた。
グッジョブ!という文字を背負った兎のスタンプである。

ホント外見に見合わないスタンプを使う人だなあ・・と大きすぎるギャップに笑みが毀れた。
リビングを出て玄関が施錠されたままかを確認し、ゆっくりとした足取りで自分の部屋に戻る。

何を買って来てくれるのかなと考えつつ、兄の帰宅を待ってみる事にした。
今夜は独りだと覚悟していたから一層嬉しくて、心にゆとりが生まれるのを感じる。
19時まではまだまだ長いが、LINEでやり取りした事で安堵。

今は13時過ぎ、もう少しだけ寝ておこうと決め、氷を入れ替える作業を済ます。
枕元にiPhoneを置くと布団に潜り込み、まだ高い熱の影響で来る睡魔に自然とは寝入った。


別室の稽古場へ向かいながらLINEを送った照。
まだ油断は出来ないが朝より熱が下がっていると分かり安堵した。
常備薬だが効果を発揮してくれたようで一安心。

後は誰が早抜けするか・・・だな。
多少の稽古が遅れてもすぐ持ち直して追いつける技量のメンバーを行かせるのが妥当だろう。
コツコツ型の阿部と翔太は不向き・・となると、佐久間か舘さんか自分か・・・ふっかの誰かか?

だが今回は言い出しっぺの俺が抜けさせてもらうのが良いかな・・?
まあそう決めると一応グループLINEにも打ち込んでおいた。

しかし午後の稽古が始まるや、その予定は崩れた。

演出家として稽古に立ち会うべく現れた滝沢に照は呼ばれ
滝沢の方へ行くと同じく呼ばれたと思しき黒髪の長身な青年も駆け寄って来る。
照はその青年を見た事があったが、何故滝沢が呼び寄せたのかが分からず眉宇を寄せた。

二人が自分の近くに来たのを見てから滝沢はこう口にした。
これには心の底から¨は?¨とさせられるのである。

「悪いな岩ちゃん、早抜けの話・・お前らじゃなくその役目は目黒に頼む事にした」

一瞬滝沢が何を言ってるのかが分からず、間の抜けたえっ??しか出なかった。
今回初参加の目黒にいきなり自分達のシェアハウスに行けと?
これはどういうつもりなのか、横暴な感じを受け、問い返す自分の声が冷えて行くのを感じた。

「何故ですか?昼間は俺らの誰かが行くのなら許可するって言いましたよね」

納得が行かず鋭い目線を座長でもある滝沢へ向ける。
突然呼ばれて大役を任される流れになった目黒も剣呑な雰囲気にソワソワし始めた。

目黒には申し訳ないが、同じジャニーズだとしても
自分達兄弟が誰も居ない家の中に見ず知らずの男、目黒を上げる事は出来ない。
ただでさえ大人の男に対する恐怖と傷を抱えている、そんな彼に初対面の目黒はマズい。

「岩ちゃん達には中心になって稽古をして貰いたいと思ったんだ」
「・・・」

Snow Manとしては今年6年目となる滝沢歌舞伎。
これは兎も角、滝沢としてはそろそろ大役を彼らに任せても良いと感じ始めている。
試しに彼ら中心で稽古を仕切らせてみたいと思ったのだ。

上に立つ者は時に行動の理由を説明したりしない。
感じ取らせる事で読み取らせる、またはやり方を行動で示す故。

それはまあ何となく理解しているが、こればかりは照も首を縦には動かせない。
もし向かわせてしまったらの心が壊れてしまうかもしれないのだ。
これは兄として末っ子を守らねばならない。

大分頑なな照の様子に、これは何かありそうだなと冷静に滝沢は分析し始めた。
少し間を置くと、これならどう?と条件を変えて再び口を開く。

「それじゃあ目黒に俺から弟さんへのお土産を運ばせる」(タッキー
「お土産・・・ですか?」(岩本
「そう、お土産ね。それを届けさせたら目黒は帰らせる、これならいいかな?」(タッキー
「じゃあ俺らの中から1人早抜けさせる方向でいいんすね?」(岩本
「そうじゃないと岩ちゃんも頷けないみたいだからそれでいいよ」(タッキー

お土産を持たす為だけに何故1人付けるのかが謎だ・・。
滝沢の真意が全く読めない・・・風邪を引いてる人間に何のお土産を届けるつもりなのか。
でもまあそれさえ届ければ目黒は帰らせると言ってるし、滝沢相手に長い問答は避けたい。

後輩でもあるが、言うべき問いは向けたし理由も聞けた。
まあ本当なのかだけが判断に困ったな・・ただ早抜け要員は付けて良いと今日も出たしヨシとしよう。
そんな訳で急遽何故かジャニーズJrの目黒を伴ってシェアハウスへ早抜けする事が決まるのである。