兄達は出かける間際、わざわざの部屋を訪ね言葉を掛けて行った。
早く帰れなくても泊まり込みにならないよう心掛けるよ、と。
仮にそれが気休めの言葉だとして、にとっては強い励みの言葉に変わりは無かった。
日中とはいえ、家の中はとても静かだ。
考えないようにしようとしても記憶は勝手に溢れる。
それなら楽しい事だけ思い出すようにしよう。
過去は過去、今は今、少なくとも今を私は生きている。
あの頃を無かった事には出来ない、それだったらそれを踏まえた上でどう前に進むのかのが大事だ。
辛くて死にたい時期があり、それでも何とか生きて来た。
だからこその今だと、思う方が全然良い。
あれがあったから6人の兄達に出会えたのだ。
少しでも運命が違っていれば、私は養子にすらなっていないし兄達と出会う事すらなかった。
それだったら今の方が良い・・血は繋がってなくても言うべき事を言って怒ってくれる人達と過ごせる方が。
養父母には感謝してもし切れないが、何処かで知らないうちに線引きしていたのかもしれない。
腹を割って話した事も無ければ声を荒げて叱られた事もないものね。
本当の子供みたいに育てて貰った、けれど本当の親ではない・・どこなく冷めた部分のあるこの性格。
お父様と呼べはせど、そこに情はないのだ・・・いや・・情の入れ方を忘れてしまった。
自分自身が心の距離を生み出してるのは自覚している。
でもそれをどう変えたらいいのかが分からないのだ、我ながら難儀な性格だなと笑えた。
いつか素直に話せるようになるだろうか・・
養子に迎えてくれてありがとう、私に家族をくれてありがとうと伝えられる日が来ると良いな。
淡い期待と不確かな未来を思いながらはふわふわしている意識を手放し、少し眠った。
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月日は今2018年3月4日。
この頃のSnow Manはかなりハードスケジュールだった。
4月から開幕の滝沢歌舞伎の稽古の合間、今月の24日から開始のジャニーズJr祭りの横浜アリーナ公演のレッスンもこなしている。
普段なら滝沢歌舞伎と横アリへ向け、それだけの事を考え他は考えない。
だが今年だけはそうではなかった、突然増えた新たな弟を迎える事になり自分達の生活も変化した為だ。
8つも9つも歳の離れた弟の存在は一気に自分達を兄バカへと変えたのである。
わちゃーっと構いたいのを抑えつつ、過度にならないよう軽く頭を撫でるくらいにしている
末弟も末弟なりに自分達に慣れようと、兄弟の一員になろうとしている姿勢が分かる為それだけでも嬉しい。
17歳というか誕生日前だから16か・・笑顔を見せたりするようにもなり、それがまた可愛らしいのだ。
まあまだ素直に頼ったり甘えたりはしてくれないが、その理由も知り得ている為急かすつもりもない。
ゆっくり慣れてくれればいいと思いつつも二年は結構短いなと感じ始めている。
クオーターの末弟はとても儚い印象だ・・その外見もさる事ながら心に傷を負っていて
流れでその理由を打ち明けられた照は他の兄弟にどう話そうかを考えているとこだ。
察するにデリケートな問題なんだというのだけは察知している・・・
じっくり聞いてやりたいからこそ、いつどのタイミングが良いのかを決めかねていた。
ある程度稽古とレッスンが形になり、落ち着く頃が一番良いかもしれない。
6人が余裕をもって集まれるそんな時間を設けられるのが理想的だ。
それより先ずは、の風邪が良くなる事を考えねば。
少しでも二年内のうちにと密に関わり、一つでも多くの良い思い出を作ってやりたかった。
とまあ所変わって新橋演舞場の稽古場。
無事稽古場入りしたSnow Manは、それぞれ稽古場に作られた席に着いていた。
稽古が開始するまでの時間をそれぞれが自由に過ごす。
今日は演目の一つを集中的に稽古する日。
義経や弁慶を登場させるも、今回はその内容を変更しショースタイルで披露する事になった。
恐らく再来年開催の東京オリンピックを見据えての変更だろう。
自分達Snow Manも主演の滝沢、三宅のバックで出演はする。
あくまでもシーンを盛り上げる脇役だ、それでも出演者の一人に変わりはない。
壁に張り出された演目等を確認しつつ照は自分のiPhoneを眺めた。
通知は今の所届いていない、その事に安堵しつつも通知がない事に心配もしていた。
今は朝飲ませた薬が少しでも効果を発揮している事を祈るしかない。
にしても面白い飲み方だったな――
あのユニークな飲み方を思い出し、照の口許に笑みが浮かぶ。
昼間も一人、あの飲み方をしてるんかなと想像するだけで笑いそうになる。
本人は無意識だろうが、存在自体が目を惹くし面白い。
隠している過去の傷すら翳りを差して儚い魅力を引き立てている。
だからこそ自分達も支えになりたいと、自然に感じるようになっていたのかもしれない
「今日は何時頃帰れるんだろなー」
と、照が今にも考えそうになった事を誰かが先に口にした。
気持ちが言葉に出てしまったのかと内心ドキッとなる。
吃驚したのを顔に出さないよう努めて声の方を見ると
いつ来たのか分からんが照の前の席に座った佐久間が居た。
人の気持ち読んだみたいなこと言うなよ、という目線をふわふわした後ろ頭へ飛ばす。
独り言のようなそうでないような呟きに対し
我関せずな口調で短く照は口にするに留めた。
「さあな、それこそ俺らの頑張り次第じゃね」
と、これに対し佐久間は半身を照へ向けると¨それはそうだけどさあ¨と返す。
その大きな佐久間の目が¨随分と冷静じゃん¨と言いたそうに向けられている。
視線を合わさずiPhoneを弄っていると、佐久間が動く気配がした。
瞬間ばふっと音がするんじゃないかと感じる勢いで背後から羽交い絞めにされた。
「ちょっ、何だよいきなり」
「照かわいいなーって思っただけー」
「はあ?何訳分らん事言ってんだよ」
「心配してますって顔に書いてあるから素直じゃないなあって」
取り敢えず楽しそうに言うな(゜-゜)可愛いとかなんだよコラ
羽交い絞めにしながらケタケタ笑う佐久間を下から睨む。
今の何処にかわいい要素があったのか真面目に聞きたい。
確かに心配はしてるけど、稽古が始まれば気持ちを切り替えるつもりでいた。
切り替える前にそこに気づかれてしまい、何やら複雑である。
普段かわいいと言われる事が少ないだけに、かわいいと言われ慣れている佐久間にそう言われたのが心外(笑)
自分自身気づかない部分を気づかれてしまった照れ?恥ずかしさが先行した。
後ろ手に佐久間の背中をバシッと叩く。
思いきり叩かれた佐久間はアイタッと言った後、照に耳打ちするように言った。
「俺も心配してるし他の奴ら皆の事心配してるもんな、少しでも早く帰ってやれるように稽古頑張ろうぜ」
「・・・・おう、言われなくてもそのつもりだし」
照の気持ちを汲みつつ、6人全員が気にかけて心配してる事を言い
それは決して恥ずかしい事じゃないんだと、そう言われてる気がして
笑みを浮かべつつ照も耳打ちした佐久間へ答えた。
さり気ないいわさく風景を提供する二人を眺めるメンバー。
それ以外にもSnowMan全体を眺める1つの視線も加わっていた。
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その頃シェアハウスで一人留守番している。
軽く寝て起きた時間は11時、当初受けるはずだった講義が開始していた事に一気に目が覚めた。
風邪で休む事を連絡していなかったと焦るが、中高のように出席を取る訳でもないのでまあいいやと寝転ぶ。
全ての記憶と自分の特異な特技を思い出した今となっては、講義に出る事に左程重要さを感じれない。
学生にあるまじき考え方ではあるが、こればかりはどうにも・・・
それでも一応講義を次回受けた際には今までのノートを読み返したりしておこう。
ノートと講師の話を照らし合わせて記憶さえしておけばもう忘れる事もない。
目が覚めた今は喉が渇いたなあって感じ。
薬が効いているのか、熱っぽさは朝よりマシになってきている。
だが油断しないよう心掛けた、念の為下着とか変えておこうかな・・汗をかいてたし。
風邪の熱が汗として出ていたならじきに熱も下がるだろう。
そう考えてベッドから出ると部屋を出て洗面所に向かった。
誰もいない今がチャンス、堂々とシャワーが浴びれる。
「あ・・・でもダメだ、汗を拭くだけにしないと」
熱が汗として出た今はまだ体は冷えている事になる。
そんなところにシャワーを浴びたりすれば、若しかするとまた熱を出す羽目になりかねない。
なので洗面所に置かれたタオルケースから取り出したタオルをお湯で濡らす。
合間にパジャマと下着を外し、温かいタオルで汗を拭くだけに留めた。
思春期を迎え、発育真っただ中の割りにの体型は幼児型である。
女性らしいくびれも無ければ胸も小さい。
この貧弱な体型のお陰で男装しても女だと気づかれずに済んだのかな(女としてそれはどうなのさ
きっとあれかな・・・・まだアレが始まってないんだよね。
早い子は11歳から始まってるであろうアレ、初潮と言う名の生理だ。
それが始まるか否かの辺りで伯父との件があり
以降生理が始まる気配もない・・周りの女の子達が生理用品を貸し合う光景も他人事のように見ていた。
私は女性としてきちんと成長してるんだろうかと不安で仕方がない。
ただ産婦人科に行くのは怖くて行けそうにない。
貴女は異常かもしれませんと診断されるのが怖くて。
取り敢えず楽でいいよね!とポジティブに捉えるようにしている。
来るべき時が来たら来るもんだろう、もしその時異常があるなら治療すればいいだけの事。
という事で無事汗を拭く事を済ませて下着とかを洗濯機に放り込む。
そのまま洗濯機の電源を入れて今まで着た服とかをついでに洗濯する事にした。
皆が居ない今しか出来ないからね。
それから洗面所を出て自分の部屋に向かい、衣装ケースから新しい下着を取り出す。
胸は可哀そうなくらい小さいのでブラジャー要らずのスポーツブラだ。
我ながら貧相すぎて将来相手が出来た時に脱ぐのが恥ずかしいねと自嘲。
自嘲してからまた現実に戻る。
そもそも相手とか出来る未来が描けない。
引くくらいの過去を抱えた自分みたいな女を好きになってくれるような物好きな人が居るなら会ってみたいね。
自分を嘲るように嗤いながらも、憐れむ自分も居て何だか泣き笑いみたいになった。
「お腹も空いたし、食べれる時に食べようかな」
気持ちを切り替えるみたいに声を張り、誰も居ない家の中キッチンへ向かう。
養父母に出会うまでは自分の身の回りの事は全部やってきた。
やらなきゃ野垂れ死んでたと思う、だから料理を作るのは一人前に出来る。
今の所披露する機会は無いが、二年の期間が終わるまでには兄達に料理を振舞えたらなと考えたりした。
そうして入ったキッチン、ワイワイと騒がしい兄達が居ないと凄く静か。
いつも大体此処にも数人の兄達が寛いだりテレビを見たりしてたなあ・・・
イカンイカン、これじゃ二年後一人でまた養父母の家に戻って振り返ってるみたいな感じやん。
まあ何れはそうなるんだけどまだ始まったばかりだ。
などと自主突っ込みを入れながらキッチンに立つ。
取り敢えずはお粥かなあ・・・と考え、手持ち鍋を探そうとした時
既にその鍋がIHの上に置かれている事に気づく。
え?何でここに?と素直に感じた疑問。
鍋を見ていたら目に入る1枚のメモ書き・・・
そこに書かれた文面を読んだら胸がいっぱいになった。
¨おはようくん、目覚めは何時か分からないけどお腹が空いてるだろうから温めて食べるように 宮舘より¨
いつの間に作ってくれたのだろう。
しかもそれを敢えて言わずに出かけて行った宮舘の心意気に胸を打たれた。
蓋を外して中身を見れば、そこには先読みしたように作られた玉子粥。
正直な事に自分のお腹がグゥーと鳴った。
今まで体調を崩しても執事や家政婦が用意したお粥だったり、或いは自分で作ったりしていた物。
大きな愛情が籠められた玉子粥を初めて目にした。
実の両親と居る頃作って貰ったかもしれないお粥は特技を要しても思い出せない。
しかしその記憶を塗り替えるように宮舘が用意してくれたお粥が記憶に刻まれた。