一方の照は、隣の部屋から微かに聞こえる噎せ返りの音と
微かな嗚咽を聞き眉を顰め、布団を出かかった・・が
見られたくないだろうと感じ隣を気に掛けながらも気づけば眠っていた。


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迎えた朝、7時くらいに目を覚ましたのは
噎せたままの体勢、つまりベッドではなく椅子に座ったままで朝を迎えていた。
背中とお尻とかが痛い・・・春先で良かった・・

何か色々酷い顔してるだろうなあ・・皆が起きる前に顔を洗ってしまおう。
ベッドで寝られなかったが体のだるさと重さは緩和しており
少し寒いなあと思いながらも厚手のパーカーを着込み、白湯の入っていたカップを手に部屋を出る。

朝の空気がピーンと張り詰め、少し冷たい空気に包まれた。
3月だがまだまだ気温が下がる季節でもある為だろう。

椅子で寝たせいなのか・・厚手のパーカー着てるのに寒いな。
何か温かい物でも飲んだら良くなるかも。

ぼんやりとした頭で左側の洗面所を目指す。
まだ兄達は寝ているのか、家の中は静かだ。
昨日と同じ時間、9時20分前後に兄達は出発するはず・・

だから遅くても8時すぎには起きて来るだろう。
それまでに自分も朝飯を済ませ、見送れるよう着替えておかねば。
自身の講義は開始が11時近いので、兄達を見送ってからでも十分間に合う。

そのはずなんだが、今日はやたらと息が切れる。
椅子なんかで寝たから節々も痛いし、なんかふわふわするな?

兎に角顔を洗えばふわふわはなくなるだろう、とノズルを捻ってお湯を出す。
少し温めに設定したところで顔を洗っていると洗面所の戸が開き誰かが入って来た。

「――おっ、早いなーオハ!」

誰だろうと感じ、タオルで拭いて姿を確認しようとするより先に誰なのか分かった。
この明るい話し方からして寝る前に話した佐久間だと推察。
先ず現れたのが照ではなく佐久間だった事にホッとした自分が居た。

ちゃんと寝るからと言ったくせに結果椅子で寝てたとバレたら怒られる・・・
鉢合わせる前にと思い、佐久間へ挨拶を返してからそそくさと自室へ戻った。
朝から居合わせてたら間違いなく聞かれると思う事が一つ

Det kan vara en dalig kanslaの意味だ。
これは自嘲気味につい出てしまった言葉で、意味は¨気持ちの悪い話かもしれませんし¨となる。

男として住んでいる以上、皆に過去の話を聞かせた場合
確実に男の私をイメージし、伯父にされた事を頭に描く事になれば
そういうケの無い人からすれば気持ち悪い以外の何物でもない。

私ですら思い出すだけでリバースしそうになるのだ。
これはノーマルな男性陣に聞かせても、自分が辱められる結果にしかならない気がして
伯父の件も裁判沙汰にもならず泣き寝入りしたようなものである・・・

あの頃の私には人権なんてもの無かった。
もう二度と会う事も無いだろう、ただ、悔しさみたいのものだけが残る。

まあ兎も角リビングに行く事にして、もう少し着込もう。
何か起きた時より寒い気がするのよね・・・
あれこれ考えるのは後からでも出来る、てな訳で部屋に戻るとパーカーの上にダウンジャケットを着た。
ちょっと厚着し過ぎたかなーと思いながら部屋を出ると右側から声がかかる。

おはよ」
「・・照さんおはようございます」
「あの後ちゃんと寝たんだろうな?」

声の方を見ると起きて来たと見える照が立っていた。
寝起きなのが分かる眠そうな目、片目は線で右目だけがへ向けられている。

「・・・・少しだけ椅子で寝ちゃってましたが気づいたのでベッドで寝ましたよ」
「椅子・・・ってお前なあ」
「今夜はちゃんとベッドで寝てるはずです」
「そうしといて」

嘘を吐く事も出来たが、良心が痛んだので半分だけホラを吹いた。
寝惚け眼な照を洗面所に見送り、リビングに続く階段を下りる。
何やら既にキッチンに人の気配めいたものを感じた。

でもまあリビングには行かねばならないので仕切りのガラス戸を押し開ける。
何かを油で炒めるような音が左側から聞こえた。

「あ、くん起きたんだね おはよう」

そうを呼んでニッコリ笑むのは阿部亮平。
朝早いと言うのにこの爽やかさ・・・さすが(?)芸能人だなあ。
おはようございます、と挨拶を返し、喉が渇いたので冷蔵庫へ向かう。

冷蔵庫へ向かう傍ら阿部の手元を覗き見ると、黄色いものが見えた。
IHクッキングヒーターの上に乗せたフライパンで滑らかに滑らさせているのは卵だ。
卵が焼けないうちに菜箸で混ぜ、半熟のうちにフライパンから白い皿へ。

これはスクランブルエッグかな・・焼いたパンに乗せても美味しそう・・・
つい目を奪われて冷蔵庫を開けるのも忘れ、魅入った。

そんな様子に作っている側の阿部の口許も緩む。
全員分用意してるから座って待っててね、と言い、器用に片手をの頭に乗せて撫でた。
ビクッとしてしまっていた撫でられる行為も、数日と経たずに慣れてきている。
適応力が高いって事にしよう(誰に対して言っているのか

素直に頷き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し
食器棚から自分用のコップを取り出す、その時は気づいた。
昨夜照が持ってきてくれた白湯のコップをシンクに出していない事を。

水を飲むのも席に着くのも後にして、先にコップを洗う事にした。
6人分のスクランブルエッグを作る阿部の傍らでお湯を出し、スポンジを濡らして洗剤を付ける。

「あれ、昨日部屋に持ってったの?」
「えと・・はい、昨日また眠れなかったから照さんに頼んで用意して貰ったんです」
「照にねえ・・・なるほど」
「??はい」

当然隣で洗い始めれば目敏く気づいた阿部、が洗っているのが一昨日の朝シンクに在ったものと同じだと察した。
まだ眠りが浅いの事も気になるが、そういった場面に照が遭遇する頻度が高い事に驚いた。
まあ部屋が隣ってのもあると思う・・結構照なりに気にかけてるんだろうな末弟だし。

思案した為出来た間に戸惑う様子のへ向き直り、洗ったら座っててねと送り出した。
その間阿部は考えていた、自身の事を話すタイミングは本人に委ねているが
待ってるだけでなく自分にも何か出来る事は無いのかなと。

自然な打ち解け方?で照は既に役割を得ている。
が遠慮してしまうような気の掛け方でなく、ごく自然にやってのけているのだ。

彼が本当は女性だと知ってるのは自分だけなのに、何だろうこの悔しさみたいな感情は・・
スタートラインは皆同じ、ただ自分は彼女の在籍する大学院に通っていた為少し先を皆より走っている。
彼女の性別の実を知り得ているから彼女も頼り易いと思っていたのも確かだ。

あれ・・これただの自惚れだったのかな

現に何も知らない、まあ、の過去に何かがあり
それを抱えている事は把握してる段階の照の方が、現時点で阿部よりに近い位置にいるのも確かだ。
何故だかその事を悔しく思う自分が居た。

「阿部早いじゃん、おはよ」

悶々としながら最後のスクランブルエッグを作り始めた所にその本人が現れた。
無意識にギョッと目を見張った阿部に、ハテナマークを頭の上に出した照が挨拶する。

それすら面白くなくてむすぅと頬を膨らませた阿部。
ファンの子が見たら¨かわいい¨と騒ぐ光景だっただろう。

「どうした?阿部、お前も何かあったん?」

あからさまに膨れっ面で挨拶された照、当然気づいて阿部へ近寄るや
膨れた阿部の頬をツンツン突き、楽し気にどうした?と尋ねた。
卵をかき混ぜてるからその手を払えずされるがまま。

悔しいが勝てそうにない、それが分かるから余計に悔しい(
別に、と短く返し1つだけカリカリの卵焼きに仕上げたソレを皿に乗せた。

お前もの¨も¨には昨夜のの事が含まれてるんだろう。
いつも通り自然体な照を見ていると、自分は自分にしか出来ない助け方をすればいいと思えた。
に対してだけでなく、元々共に生活して来た兄弟の役に立ちたい気持ちもあるしな。

そう考え方を変えてみるだけでも気持ちは収まり
何であれ本当に自分の事も気にかけているであろう照を見上げた。

「俺は平気、ちょっと考えてる事はあったけど俺には俺なりの役割があるしなーって」
「・・ん、そだな・・・ってか何で俺のだけスクランブルエッグじゃないんだよ」
「照がツンツンして来るから手元が狂ったんだよ」

ったく・・まあ好きだから良いけど、と目線を合わせた阿部に手渡された皿を見てボヤく照。
デカイ図体が少ししょんもりしてるのが何だか笑えた。

兄二人のやり取りを微笑ましく眺めていた
やがて少しずつ他の兄達も現れ、スクランブルエッグとサラダにパンやらが用意された朝飯を食べた。

*料理はした事の無い阿部ですが簡単なものなら以前宮舘に教わって作れる設定にしてます。

時刻は朝の8時、朝飯を食べ終えてから出発まで時間のある兄達。
個室に戻る者やリビングで寛ぐ者、皿洗いを済ます者に分かれた。
自分より先に出る兄達を見送る為当然はリビングに残ってソファーに凭れている。

いつもよりぼーっとする頭ではテレビを眺めた。
テレビでは朝のニュースやら芸能ニュースが流れている。
そう言えば・・芸能人と聞いている兄達をテレビやメディアで見た事はまだない。
稽古とか言っているから若しかすると、活躍する場が違うのかもしれないね。

テレビで活躍するのとは別の芸能・・・ジャンルは過多にある。
兄達の忙しさが落ち着いたら聞いてみようかな、とウトウトとした時隣に誰かが来た気配がした。

「――?!」
「ねぇ照、やっぱ熱あるーー!」
「??????」

ハッと目を開いたら横に佐久間の姿。
驚いて飛び退きたかったのを制され、素早く佐久間の手が額に当てられた。

私の額に手を当てた佐久間さんは、廊下から現れた照さんに何か報告している。
え?熱・・?突然の事に頭が追い付かず口を開けたままパクパクさせてしまった。

そこへ戻って来た照が眉宇を寄せ、やっぱりな、と呟いた。

無自覚だった私からすれば、え?何の話状態である。
何で熱なんか出してるんだろ私・・・あ、椅子で寝たから・・か!?
原因に気づいたその顔を、向かって来た照に目撃されたらしく目が合った。

ヤバイ、確実に怒られる。
部屋に運ぼうよと佐久間が照へ聞いているが、明らかに怒った顔になった照はそれに答えず
それこそ問答無用でソファーからを肩に担ぎあげた。

「ひぇっ」
お前、ちゃんと寝たっつったよな?」

声と顔が怖いです照さん(白旗

「ごめんなさい、あの後その・・」
「うん」
「白湯で噎せたのを聞かれたくなくて、毛布で抑えてるうちに気づいたらそのまま朝になってました」
「それって要はベッドじゃなく椅子で寝たって事だよな?」
「はい・・・」
「あー・・だから風邪引いちゃったんだね」(佐久間

担がれたまま尋問を受ける事数分、誰が見ても気づく事をそれらしく言う佐久間には突っ込まず
抱え直してから改めて照はに寝ているよう言った。

否を口にすることは許さないというかのような低い声。
その場に居る佐久間も口調は優しいが、目は真剣だ。

これは見送ると言い張っても許して貰えそうにないと私は感じた。
見送りたくて早起きしたが、昨日の自分の不甲斐なさでその機会を逸してしまった。
悔しいがこればかりは素直に寝ておかねば・・・兄達に移してしまう方が嫌だもんね。

「今日は大学院休んで寝てろ」(岩本
「・・・・・はい・・しっかり治したらまた見送りさせて下さいね?」
「そんなの言われるまでもないよ、俺らに見送って貰うの嬉しいし好きだからさ」(佐久間
「良かった、俺も皆見送るの好きです。そうすると一日頑張って乗り切れるから・・・」

厳しい口調だけど二人は優しい、二人だけじゃなく6人の兄全員が優しい。
ダメな事はダメ、無理しても誰も褒めたりしないという事をちゃんと指摘してくれる。

何より心配して怒ってくれる存在が凄く嬉しいとは感じた。
暴力でも威圧的でもなく、普通に家族として心配し怒ってくれる行為が嬉しかった。

「じゃあ早く治さないとだな、もう少ししっかり掴まっとけ動くぞ」

がきちんと反省したのを確認すると、優しい声音で照が動く事を教える。
リビングでそれを見送る佐久間がへ手を振り、担がれて高い位置にあるの頭を撫でた。

佐久間に見送られて出たリビングからゆっくりと照は二階へ向かう。
ゆらゆらと揺れる感覚が、此処に来てすぐの夜の事を思い出させた。
あの夜も寝てしまった私を照さんが運んでくれたなあ・・と。

熱があるのも加わり、その揺れは眠気を誘う。
しっかり抱えてくれてる安心感から、照に担がれていたはその肩に身を預けるようにして目を閉じた。