帰宅したシェアハウス全ての住人。
先にリビングを覗いたの目に入ったのは、二人の兄。

とても食欲をそそる匂いを漂わせた皿を、小柄な兄がテーブルに並べていた。
チラりと見える彩の良い野菜とおかず・・見てるだけでお腹の虫が鳴りそうだ。
するとテーブルに並べ終え、また取りにキッチンへ歩き出した兄が此方に気づきニカッと笑う。

「あー!お帰り!」(佐久間
くんお帰り、先に荷物置いて来てね」(舘さま
「はい!えと、その、ただいまです」
「くーーっ!もう可愛いなあ、ぎゅーってしたい!」(佐久間
「ぎゅーっ・・・」
「佐久間は気にせずくん、うがいと手洗いも忘れずにね」(舘さま
「はい、行ってきます!」

ニコニコと笑顔で迎えてくれた佐久間、成人男性に言うのは失礼かもしれないけど可愛い。
嬉しそうに出迎えて貰う事がまだ照れてしまうから、たどたどしく返すと
逆に佐久間が少し悶絶(?)するように両拳を握り締めて声を張った。

ぎゅーって言葉に若干構えてしまったのを察した宮舘に、やんわりと洗面所へ行くよう促され
物凄く申し訳ない気持ちになりながら佐久間へお辞儀すると、小走りで荷物を置きに二階へ向かった。

残された佐久間、ちょっと居住まいの悪そうな顔で宮舘をチラ見。
目が合った宮舘は少し呆れた目つきで佐久間を小突く真似をした。

「はー・・ナイス舘さん、佐久間お前後で説教な」(岩本

そのタイミングで玄関の方から呆れた声が。
パッと佐久間が顔を向けると、帰宅したらしき長身の岩本と阿部が立っていた。

「工エエェェ(´д`)ェェエエ工」(佐久間
「えー!じゃないよ佐久間、お前気づいてない訳じゃないだろ?」(阿部
「・・の事だろ?そりゃさすがの俺もあれだけ顔色悪くされたら分かるって」(佐久間
「ホントに分かってるん?」(岩本
「・・・・・ごめん」(佐久間

照は宮舘のナイスパスに感謝し、呆れた目を佐久間へ向けている。
佐久間は佐久間で、忘れていた訳じゃないがNGワードをつい口にしてしまった事を反省。
なんというか心の底から慣れない感じだけど頑張って慣れようとしてる様がいじらしくてかわいいと思ったのだ。

どうもすぐ行動に出してしまう・・分かってるのにやらかしてしまったのは謝るしかない。
ワントーン低くなった照の声に問われ、これはホントに怒ってると察知する佐久間。
久し振りに照のこういう声と雰囲気を目にした。
佐久間が謝る言葉を発し、リビングに何とも言えない空気が流れる。

その時、誰が何を言うでもなく秒針の音だけ響いたところへ
重くなった空気を払うかのような声が飛び込んで来た。

「え?やっぱり俺がとっといたプリン食べたの佐久間さんだったんですね?」

のほほんとした声音にガラス戸を見ると、いつの間に来たのかの姿が。
プリン???突然ぶっ込まれた言葉に、状況を飲み込めない4人がキョトンとなる。

数秒だけ互いが互いにこの場の皆の顔を眺める。
その際宮舘が一つ何かに気づき、現れたへ少し近づくと口を開いた。

くんも気づいたんだね、実はあのプリン後でおやつに食べようって全員分作っておいたんだけど1つ消えてたから」(舘さま
「あ、はいそうです宮舘さんの手作りだったんですね・・それは是非とも食べたかった!」
「また作るからそしたら食べて欲しいな」(舘さま
「是非!今度は食べないで下さいね?佐久間さん、では着替えてきます」

にこやかに話に乗っかるように続きを話した宮舘。
も話に乗ってくれたのが分かり、相槌を交え、また作って下さいねとさり気なく頼むと
唖然とした顔の佐久間をチラ見してから念を押すように言い、リビングを出て行った。

これはこれで妙な間が流れる。
話を合わせている宮舘だったが、プリンを作った事実は無い。
・・・・これは機転を利かせたって事だよな?と照や阿部は顔を見合わす。

誕生日前の16歳に気を遣わせるとは、自分達もまだまだ未熟だな。
何だか真面目に話してたのがバカらしくなり、照は立ったまま固まっている佐久間の頭を小突いた。

「俺も舘さん手作りのプリン食いてぇーー」(岩本
「俺も俺も!作る時は教えてね舘さま」(阿部
「うん、その時はくんも呼ぼうか」(舘さま
「・・・・ごめんてぃーー!」(佐久間
「お前ちょっと裏来い(笑)」(岩本
「取り敢えずこれからは気をつけるようにな佐久間」(阿部
「おう マジに気をつけるわ」(佐久間

変な空気はとのやり取りで和らぎ、その後はいつも通りの佐久間の言葉で雰囲気も戻った。
佐久間は再び料理を運ぶ作業に戻って行く、その背を見送りつつ宮舘は少しガラス戸を眺めた。
ああもタイミング良く現れたという事は洗面所かどこかに向かおうとした時、会話を聞きつけたんだろう・・

自分の事で俺達が揉めてしまうと感じて咄嗟にプリンの話にすり替えた。
何とも健気なというか・・・優しい性格の子なんだなと宮舘は一人思案する。

後気づいた事、機転を利かせ話を変えたこと以外にも宮舘は気づいた事があった。
の話に合わせる為少し近づいた際、今までよく見えなかった末弟の瞳を近くで見たのだが
パっと見た時は薄い青い瞳だと思っていたその目は、よく見ると青だけでなく中間に緑、瞳孔の周りはオレンジの3色に分かれていた。

あんな綺麗な目は滅多に見る事が出来ない組み合わせ。
見た事があるというならハーフタレントさんの目があんな感じだったなーくらいだ。

「瞳に向日葵、か」

以前先輩の大野くんがそのハーフタレントの目を見てそう例えていた。
まさにの目もそういう感じだったと思う。
そんな珍しい瞳を持つ、機会があるならもう少しじっくり見て見たいと宮舘は思った。


+++


あの後夕飯時を迎え、リビングに集合した6人の兄と共に私も夕飯を食べた。
もう佐久間や照、阿部・宮舘らの間に気まずさも変な空気も流れていない。

いつも通りワイワイと賑やかな彼らに戻っていて、ホッとした。
それはきっと長い時間で築かれた信頼関係が成せる技なのだろう・・または彼ら自身の性格。
養父も彼らの事を私に知って貰いたかったんだろうか?

此処に行くよう言われた際に任された¨臨時管理人¨みたいな肩書
それは多分養父の理由付けに使われただけだったのではと最近思うようになった。
まあ・・・そうまでして此処に住まわせようとした理由は分からないままである。

「あ、ちょっといいか?」

宮舘手作りの食事を済ませ、自分の分の皿を流しに置いて洗おうとした時
リビングに置かれたソファーに座る兄に呼ばれる。

声の方を見ると、食後のカフェラテを飲む深澤を見つけた。
この6人の中で長兄にあたる人物である。

長兄という響きが変な緊張感をへ与えた。
深澤の他にその場にいるのは渡辺、今の所全く話をした事がない兄。
6人それぞれ顔が整っていると思うが、この渡辺は更に顔が整っているので黙ってると迫力がある。

「はいっ」
「ちょっと話す事があるからこっち来れる?」(ふっか
「あ、えと・・・はい」
「大丈夫だよ長くはならないからおいで」(翔太

顔も良いけど声も良いとか狡くない?ていう言葉がの頭を巡る。
兄がそう言うなら、と素直に二人の居るソファー側へ向かった。

するとと入れ違いに渡辺が立ち上がり、キッチンへ。
何だろうと見やるへ、座ってていいよとジェスチャーした渡辺。

示された通りに空いているソファー、渡辺の相向かいに腰かける。
長兄の深澤を左側に見る側に座ったところにキッチンから戻った渡辺が
はい、どうぞ。と口にしつつテーブルにカップに注がれたカフェラテを置いた。

「あ・・ありがとうございます」
「ちょっとナベさんこれ俺のカフェラテ?」
「えっ」
「あれそうだっけ?まあいいじゃんまた買えば、それより話す事話しとかないと」(翔太
「それは申し訳ないです」
「大丈夫大丈夫、末っ子は遠慮しなくていいからグイッと飲んじゃってよ」(ふっか

これは深澤も予想外だったのか、カフェラテを出した渡辺を見上げる。
が、全く意に介していない様子の渡辺、恐らく素で忘れていたんだろう。

慌てたのはカフェラテを出されただ。
まさか所有者の居るカフェラテを出されるとは予想出来まい。
普通なら言い争いに発展しそうな事だが、まあいいかみたいな雰囲気で終了。

他の普通の家庭もこういう感じで揉め事に発展しないまま終わるんだろうか?
若しかすると彼らだけが成せる業かもしれない。

まあ兎に角カフェラテは有難く頂くとして、話す事とは何なのかが気になる。
一応男だと思って貰えるように¨俺¨って言ってるし・・服装もそれっぽくしている。
ただ口調だけはどう演技したらいいのか分からないから無理矢理な丁寧語っぽくした。

渡辺が座り直すのを見てから、結構真面目な顔つきで深澤が口を開く。
彼が口にした話す事、それは少し想定の違うものだった。

「今夜は偶々初日だから早く帰れたんだけど、今日以降からは多分日付変わる前か泊まり込みになると思う」(ふっか

泊まり込み、という単語が出た事で脳内が一気に引き締まる。
そうだ、兄達は今稽古期間に突入したばかりなのだ。
いつも今日みたいに早く帰れるとは限らない、下手すると1ヶ月は一人暮らしになる。

照からも話をされていたのに忘れていた。
昨日までなら乗り切れる自信を微かに抱けたが・・・果たして乗り越えれるのか?

賑やかな空間、仲の良い兄達に囲まれた食卓。
わざわざ大学院まで迎えに来てくれる優しさを体験してしまった身とすると
明日から誰も居ない家に一人で暮らす事になりますよ、は中々に衝撃だ。

でももう照さんと約束したんだ、一人でも平気だって。
だから照さんはスペアキーを預けてくれた。
それに私だって来年の秋で17だ、一人でのびのび留守番しながら過ごせるんだ。

「前も言ったかもしれないけどなるべく帰れそうな時は」(ふっか
「いえ、俺の事は大丈夫です。思い切り稽古に集中して下さい」

気づけば強い口調で深澤に答えていた。
言葉を遮るように被せて来たを深澤も渡辺も、僅かに驚いて見やる。
不安だろうなと予想もしていたから驚きは大きい。

ただ言い聞かせてる感もヒシヒシと感じた。
心配させまいと強がってるのが分かってしまう。

本当に?と確認するのも考えたが、本人の決意に水を差しそうなのは控えた。
なのでそうまで言うなら留守番任せるぞ?とだけ深澤が問うパターンに。
対する問われた側のは勿論です任せて下さい、と答えた。

多少の心配は残ったが、右側に座る渡辺と顔を見合わせ頷き合う。
万一が無いのが一番だが互いにもう連絡先は交換しているし・・・
不都合があれば連絡させるって事でこの話は落ち着いた。

取り敢えず入れたカフェラテを飲み終わるまでの間、は深澤と渡辺との時間を過ごす事に。
入り口はぎこちなかったが、緊張が解れて来てからのは意外とノリが良く大分打ち解けて来たのでは?と感じた。

明日からは独りだ、そう思うと余計に部屋に戻るのが躊躇われた。
大丈夫、今夜は皆居るんだ・・それに今までだって独りで過ごしたりしてたし眠れてたじゃない!
名残は尽きなかったがお互い翌日に備えなくてはならなくなり、深澤と渡辺とは分かれた。

「おやすみくん、また明日ね」
「あ、おやすみなさい!渡・・・」
「んー堅苦しいなあ、俺お兄ちゃんだし翔太でいいよ」
「えっ・・良いんですか?」
「うん、じゃもっかいやるよ?おやすみくん、また明日ね」
「おっおやすみなさい!翔太・・さん」
「ん!おやすみ」

2階に上がり切ったところで左側から声を掛けられた。
チラッと見れば、同じく2階に来たばかりの兄 渡辺と目が合う。

変な顔とかしてないよねと妙に焦っているへ、全く気にしてなさそうな渡辺が声を飛ばした。
よく通る声で言われたのは寝る時の挨拶、咄嗟に姓を呼んで返そうとしたのを遮る渡辺。

首を傾けるようにして思案すると、堅苦しいから姓じゃなくて名前で呼ぶよう訂正された。
実に自然な訂正の仕方だったので乗せられるみたいに復唱。
詰まりながらちゃんと名前で呼んだへ満足そうに右手の親指を立てると、翔太は個室へ入って行った。

何やら口許が緩みそうになる
馴れ馴れしいなと思われたくなくて名前で呼ぶのは躊躇っていたが
名前で呼ぶ事を兄から提案して貰えた事が嬉しい。

くだらないと思う人も居るかもしれない、でも私は名前で呼ぶ事こそ受け入れて貰った証だと考えてた。
思い返せば皆私の事を男装名で付けたと読んでくれてたなあ・・・変に遠慮してたのは私だけだったのかも。

おかしいよね・・大人も他人も男の人も嫌いで信用してないのにさ。
でもさ、皆は私の兄で血は繋がってなくても兄妹なんだよ。
だから信じたいんだ・・・一緒にまだ2日しか過ごしてないのに居心地がいいと感じてる自分の心を。

自室にも戻り、時計を確認。
今は夜の22時過ぎだ、明日の講義はそれ程早くなくていい。
兄達は明日何時出発なんだろう・・せめて見送りたいなあ・・・

そう感じながら私は棚の上を見る。
棚の上にあるのは此処に来た初日に照さんが載せてくれたままになっている荷物の1つ。
届く事は届くが敢えてそのままにしているソレ、中に入ってるのは生まれた地から持ってきた唯一のもの。
養父母の家にも飾っていた、実の両親や細雪と撮った家族写真だ。

他人の私を引き取って育ててくれた養父母の目に触れさせていいのか悩み
養子として迎え入れて貰った日から、実の両親や家族写真は机にしまったままにしていた。
何故気が引けてしまったのか、別に負い目などないはずなのに養父母の目に触れさせたらいけないんじゃないかと思い続けている。

どうしたものか悩み始めた時個室の扉がノックされた。