「よし今日はここまでにしよう」
その言葉を稽古場に発したのは座長の滝沢秀明。
時刻は15時、これなら余裕をもって迎えに行けそうだと照は1人考えた。
控室に戻り稽古着から私服に戻る、でもまあ何だかんだで明日の打ち合わせに呼ばれ終わったのは16時。
今からシェアハウスに帰宅し、少しシャワーを浴びたりしても余裕で行けそうだ。
他の面々が腹減ったーだの話してる中、窓の外を見ながら照は思案。
比較的早い時間にシェアハウスに戻れた事もあり、待っているファンは多数いた。
窓越しに車の中から手を振って感謝を示せば彼女たちも笑顔で手を振り返す。
僅かな交流ではあったが、コンサートやNHKホールで見に行く以外唯一の機会だからと
比較的事務所もSnow Man自身も寛大に対応していた。
彼女たちから何か受け取る事は無いが、気持ちは嬉しいので気持ちだけを受け取るようにしている。
移動車ごと敷地内へ入り、門が閉まってから車を下りる。
その僅かな姿を見ようと門の外ではファンの黄色い声も聞こえた。
「今日も凄い来てくれてるねー」(佐久間
「ホントにな、嬉しいしかないわ」(岩本
「待っててくれてありがとー!春先とはいえ冷えるから皆気をつけて帰りなー?」(ふっか
「ありがとーう!」(阿部
「皆また明日!」(翔太
車から家の玄関に入るまでのほんの少しの距離。
それでも集まって待っていてくれたファンの気持ちに応えたく、門の前に集まった女性達にそれぞれがお礼を叫ぶ。
宮舘だけは微笑みを作り、ファンへ向けて腕を高く上げて手を振った。
その仕草だけでも嬉しいのがファン心理というやつである。
¨(*/ω\*)キャー!!¨という一層大きな歓声が響いた。
嬉しい反応だが此処はコンサート会場でもなければNHKホールでもない。
近所にある家々に迷惑にならないよう深澤と佐久間、阿部が自分の口の前に指を添え¨しーっ¨とする。
彼らの仕草に気づいたファン達も、ハッとした顔になって動きを真似た。
数いるジャニーズのファン達の中で、比較的Snow Manのファンはマナ―が良いと評判が良い。
決して他のグループのファンが良くないと言う訳ではない、単にSnow Manのファン達の良い部分が目立っていると言うだけの話だ。
ファン達に手を振り、家の中へ入った6人。
移動車が門を出て行くエンジン音も遠ざかった夕暮れ時。
茜色の斜陽が窓から差し込む、家の中は静かで人の気配は他にない。
少し出迎えを期待したのか佐久間や何人かの兄弟が残念そうな顔をしている。
そんな中の大学院終わりの時間を知っている照だけは涼しい顔で二階へ向かった。
「あー腹減ったーー今日の当番誰よ・・あああ俺だわ!!」(佐久間
「佐久間一人でうっせえ(笑)」(ふっか
「えっ当番佐久間?わあ・・・終わった」(翔太
「えーちょっと何その翔太の反応ショックなんですけど(笑)俺だって作れるよ料理!」(佐久間
「「白米炊くのは料理じゃねぇからな」」(阿部&ふっか
「佐久間、俺と作ろうか教えるよ?」(舘さま
「あべふかハモってるしって舘さま直伝の料理!今夜は俺と舘さまでを持て成すぜ!」(佐久間
下でボケとツッコミが渋滞しているいつもの光景を聞きながら着替えていた照もつい笑ってしまう。
それでもどうにか着替えを済ました、ベリーショートな頭にハットを被り銀髪を隠す。
上は紺色のセーター素材の服、首元に長めのスカーフ風の布を巻きつけて脚部はぴったり素材のもの。
免許証と小銭入れを中に入れた襷掛けスタイルのポーチを掛けて準備は整った。
車の鍵はズボンのポケットへ突っ込むようにして扉へ向かう。
その際チラッとiPhoneを確認してみるが、まだLINEの通知は届いていない。
時間は16時40分近くだ、まだ講義が終わってないのだろう。
今から行っても待つ事になる可能性のが高い、が、早目に行って驚かせたい欲望が高まっていた。
図体は立派だが、照はまだまだ子供みたいな部分も隠し持っている。
忘れがちだが本来だと兄が四人居る弟分でもあるのだ。
下の喧騒が落ち着く頃早めだがそろそろ出発しようと照は階段を下りて行く。
キッチンから二人分の声と、リビングから一人分の声が聞こえている。
他の二人は自室に戻ったのだろう、気配はしなかった。
取り敢えず黙って家を出るのは後ろめたいので、リビング&キッチンが見れるガラス戸を開け
「あー、えーと、ちょっと出てくる」(岩本
「え?今から?何、なんかあったの照」(佐久間
「何も無いよ、迎えに行ってくるだけ」(岩本
「ええええいいな!!俺も行きたかったあああ」(佐久間
「佐久間は俺と夕飯の支度しないとね、照は気をつけて行くんだよ」(舘さま
「はーい、じゃあ行ってくる」(岩本
度夕飯の下拵えを開始したと見えるだてさくへ声を掛ける。
普段は騒がしい佐久間が珍しく兄っぽい顔を見せた。
その顔を見ると誤魔化す事がアホらしくなり、包み隠さず二人に目的を説明。
予想通り佐久間は良いなあと悔しそうに地団駄を踏んだが、表情はいつも通り。
宮舘の艶っぽい貴族ヴォイスで窘められると素直に大人しくなった(笑)
佐久間を懐柔した後出かける照の方にも優雅に声を掛け、料理に集中する宮舘。
何だかんだでいつも通りな二人にもう一度手を振り、リビングを出た。
其処へ出て来る影が照と重なるように迫る。
「照、俺も行くよ」
「え?」
それはリビングで寛いでいたはずの阿部だった。
ナチュラルに出て来たからなのか、だてさくコンビに声を掛けられる事なく現れた。
しかし何故同行したいと言い出したのかが分からない。
阿部には¨を問い詰めて怯えさせた¨前科がある。
ただ純粋に弟を心配する兄、ていうのであればまあ連れて行かなくもない。
だが阿部は別の事を理由として口にした。
デビューしていないとは言え、結構名は知れたSnow Manが突然上智大学大学院に現れたら騒ぎになる。
仮にSnow Manやジャニーズを知らない生徒に見られたたとしても中々に目立つと思う。
いや寧ろ阿部が来た方が目立たないか?
大学生の頃学業優秀賞を授与されてる阿部と行く方が
自分一人で行くより目立つだろ、と照は思ったので口を挟もうとした所に
正門から出ずに済む方法を知ってる、これなら目立たずに連れて来れるよ。と力説された。
そこまで言われると無下に出来ず同行させる事にした。
許可が下りると一旦照を玄関で待たせ、阿部は自分の部屋へ行き
仕事場にも持って行くメイク落としのシートが入った袋を肩掛けのバッグへ入れ
再び部屋を出ると玄関で待つ照と合流し、上智大学大学院へと向かった。
まあそんな経緯での迎えに二人で来たという訳だ。
結果的にその阿部の機転で事なきを得た訳になる。
車内は綺麗に整えられ、不快な臭いもしない。
照さんは綺麗好きなのかな、と先ず抱いた感想。
「、なんか・・運転荒いとか眠いとかあれば言ってな」
「荒いなんてとんでもない、乗り心地良いです、わた・・俺乗り物得意じゃないけど照さんの運転なら快適に過ごせます!」
「照は運転上手いからね、もし疲れてるなら眠っても良いんだよ?」
「寝る・・・のは大丈夫です、先ずあの・・」
「ん?どした」
「うん、なあに?」
キョロキョロと車内を眺めていると、前から掛けられる照の言葉。
これまた気遣いの塊のような問いかけだ。
聞かれたので少し考えるが、考えるまでもなく答えは出る。
照の運転にマイナスな面は何一つなかった。
ブレーキの踏み方も丁寧だし、発進の時も振動が少なくなるようアクセルの踏み込みも完璧。
これにダメ出しをしろと言う方が難しいってもんよ(誰
心からの賛辞を贈れば、ルームミラーの中に映る照の目許がふにゃっと綻ぶ。
喜怒哀楽が素直に表情に出るところを見ると、年上だが可愛いなあって思ってしまった。
女は演技すれば子供に返れるけど、心は大人のまま。
男の人は、演技しても子供に返る事は出来ないが 童心を心に残したまま大人になった。
だから意図も簡単に子供に返る事が出来る、何とも小難しい事を照の笑みを見ながらは感じていた。
心って面白いな、人間って興味深い。
そう感じるからこそ私は総合人間科学を研究科に選んだのかな・・?
と思ってみるが自分がその研究科を選んだ真の目的を忘れた訳ではない。
人間て面白いと思うのは確かだが、一番分からない生き物であり、恐ろしい生き物だとも思う。
でも今は、私が自分の身に起きた全てを思い出すまでは・・・この幸せに浸っていたい。
期限付きだが、彼らと知り合えた事を養父に感謝しなくちゃだね。
「お忙しいのに疲れてる中迎えに来てくれてありがとう・・!」
二人に向けて明るく礼を言えば、運転しながら照れ臭そうな笑みを照は浮かべ
助手席に座る阿部も嬉しそうに微笑み、どういたしまして、とへ向け親指を立てた。
その兄達の優しい笑みを見る事で特に心が休まる気がする。
今は未だ兄達に嬉しい気持ちとか幸せな気持ちとかを貰ってばかりだ・・
期間の終わりを迎えるまでに少しずつ恩返しして行けたら良いなあ。
「・・・・・Tack bror」
日本語では言えない感謝を、一人小声でだがは呟いた。
¨タックブロウ¨スウェーデン語で¨ありがとうお兄ちゃん¨と・・・
いつか照れずに日本語で伝えられるようにしたい。
そう感じながら車に揺られ、他の兄達が待つシェアハウスへ帰宅した。
灯りの付いた窓、兄達の雑談する声等が少し聞こえる。
養父母の家に居る頃も、帰宅すれば家政婦さんや執事に養母は居た。
細雪が早く帰って居る頃はそれなりに話しはしたが、頻繁に会話したりするのは少なかったと思う。
だから帰宅する家に近づくと楽しそうな声が洩れてるなんて事は初めてだ。
私も、姉じゃなくて兄だったら・・・細雪とこんな風に話す機会もあったのかな・・
なんてしょーもない事考えてしまったわ。
広い庭に造られた駐車スペースに照が車を停めるのを
先に降ろして貰った阿部と待ちながら栓のない事を考えてしまった己を笑う。
だったらこれから細雪と話をする機会を作ればいいのよ、と。
その頃は、二年の条件もクリアしてるだろうから・・彼らとはまた別々の道を歩んでいるだろう。
少し寂しさなんてものを感じてしまい、視線を落として足元を見つめる。
俯いた視界に現れたスニーカーが二足。
「今日はなんか元気ないな、大丈夫か?」(岩本
「ホントに疲れてたりしない?もし疲れてたら言ってね」(阿部
パッと顔を上げた先にいるのは心配そうな顔の照と阿部。
言葉と同時に照の手がの頭の上に乗せられ、あやすように指でトントンとされた。
子ども扱いされてるんだろうなあと思ったが気に掛けて貰える環境が凄く心地いい。
阿部先輩も眉尻を下げて心配してくれている。
そんな二人にはちゃんと言うべきなんだろうけども・・まだ躊躇いの方が強い。
芸能人ってだけで大変だろうに、そんな二人に余計な心配は掛けたくない。
学業での悩みは自分で解決しなきゃ、それに・・遠巻きに見られて囁かれる事なんていつもの事だもの。
16で大学修了扱いとなり、院へ進んだ時からずっとだ。
虐めに発展してないだけマシと思うべきだろう・・・・
「はい、ありがとう・・お・・・・・」
「「『お』?」」(岩本&阿部
「お・・お腹空きましたね!」
「おお?今夜は佐久間と舘さんのお手製だから先に入って手洗いうがいな」(岩本
「はい!」
ダメだやっぱまだ言えない!
なんか色々とパニックになりそうになったが無理矢理別の言葉に置き変える。
辛うじて上手く言葉が繋がり、不思議そうな顔はしていたが照に促され家へ入る事に成功した。
小柄な背中が家の中に入って行くのを、照と阿部は並んで見送る。
扉が閉まるのを見ていた二人、互いにどちらかと言わずに顔を見合わせると
特に表情を作っていなかったはずの照の顔が、ふにゃっと緩んだ。
「なーなー阿部、今の『お』って絶対あれだろ?!」
「うん、あれはきっと『お兄ちゃん』って言おうとしてたね」
と一斉に色めく長身の兄二人。
「自然に言って貰える日が楽しみなんだけど!」
「そうだね、まあ・・彼が此処を出ても兄弟に変わりはないし呼んで貰えるのをゆっくり待とうかな」
「余裕だねえ阿部は、まあ俺も同じ感じかな」
「無理強いするもんじゃないからね、それより照は感じたかな」
「だな・・・感じた?何に」
そこら辺の女子みたいなノリでワクワクしながら話す様は
とてもじゃないが成人の男性には見えない。
まあこんな感じだが、いざパフォーマンスとなると皆人が変わったみたいにスイッチが入る。
そのギャップと確かな実力で、彼らは今ノリに乗っているのだ。
後輩のデビューを祝いながらも悔しさに落ち込む事も有れ、腐らずに彼らは今も進み続けている。
それはさておき、阿部がまた意味深な発言を口にした。
阿部曰く、迎えに行く為正門を抜けた時 丁度前から門へ向かうを見つけたそう。
これだけなら¨ほう?¨で終わる話なんだが、阿部が異様さを感じた事があるらしい。
歩いてくるを見たり気づいたりした生徒らは、わざわざ足を止めたりしてを振り返り
小声で何か囁き合う者や、異質な何かを見るような目を向ける者に僅かだが羨望の眼差しを送る者らを見た。
「俺が声を掛けた時も凄い警戒していたし、他の目を異常に気にしてたんだ」
「・・・要は大学院の奴らは、の飛び級を面白くないと思ってるって事か?」
「うん・・悲しい事にね、でもまあくんが今の時点で相手にしない事を選んで対処出来てるなら保留にしとこうかなって」
「ん、俺も賛成かな。先ずは一人で可能なら乗り越えて欲しいし」
だね!さて俺らも入ろう、いつまでも庭に居たら変に思われるだろうと察し
この話は取り敢えずここまで、と互いに決め、玄関の扉を開けて帰宅。
事態がどう動くのかは分からないが、あのまま終わるとも思えなかった。
この時のこの判断が、まさかあんな事態を招くとは・・・