兄達からのLINEを眺めては元気を貰う形で全ての講義を終えた。
ただ帰宅した時独りで夜を迎える可能性もある事を思うと少し憂鬱になる。
「取り敢えず照さんにメールを・・」
だがまだそうなるとは決まってない、帰って来られるように祈っておこう。
暗くなりそうな考えを払うように頭を振り、iPhoneを取り出す。
まだ仕事中かもしれないから電話は避けようかな。
そう考えたはLINEを起動。
トークの一覧を開き、昼間やり取りした照さんとのルームへ打ち込んだ。
¨お疲れ様です照さん、今大学院終わりました¨
文面は簡潔に短くまとめて送信。
すぐ返事は来ないかもしれないと考え、は構内を移動し昼間も立ち寄ったカフェテリアへ。
何処に移動するにも人目を惹いてしまうのか、行き交う生徒の何人かが振り返ったりした。
自身の入学の仕方も大きいが、人目を惹く理由は他にもある。
天才っぷりとそこに輪を掛けたのは日本人とは違う線の細さと儚さ。
ハーフ&ハーフから生まれたはスウェーデン人の血とノルウェー人の血を引いている。
透き通るような白い肌は双方の良い所を受け継いでいる証だ。
その為日本語の他にスウェーデン語とフィンランド語を話し、英語とドイツ語も少しなら分かる。
色素の薄い青いには他の光彩が混ざり、実はよく見ると瞳孔付近はオレンジでその次に緑が混じったアースアイと呼ばれる珍しい瞳なのだ。
まあ結果才女っぷりを発揮しているのもあって、目立つ存在である。
時刻は17時50分、今朝方照さんに話した時間より10分早く終わってしまった。
まだ兄達が仕事中なのかそれとも終わってるのかはから知る事は出来ない。
ましてや一般人とは違う生活を送る彼らの事だ、二年契約で生活をシェアするだけの自分が深く知る必要はないと思う。
構内に在るカフェテリアで物思いに耽る。
因みにこの場は夜の21時まで解放されている為の他にも何人か生徒が使用中だ。
照さんから返信が来たら別館のトイレで着替えておこう、と自分なりにタイミングを計っていた。
本当なら着替えて待つべきなのだろうが・・・大学院を出ておく方がいいのか悩んでいる。
あの公園は歩いて行くと15分くらいは必要だ、下手に動いたら面倒じゃないかな?と
あー・・でも着替えて待機してる方が迷惑にはならないよね。
待たせるのは良くないしさ、このままぼんやり待つより有意義な気がしたのではカフェテリアを出た。
広い構内を歩き、校舎と中庭の間を通り抜け正門方向へ向かう。
少し薄暗くなって来た外を正門目指して歩いていると、少し前方が騒がしくなった。
数人の女の子の塊が正門方向を見ては、何か話し合っている。
別に私の事をヒソヒソ話してる訳じゃないみたい。
先ず思ったのは奇異の目を向けられてる自分の事で集まってるのか否かの確認。
色んな眼差しを浴びる事が多すぎて多少過敏になっていたようだ。
彼女らの視線の行方を確認してから息をつき、改めて正門を伺う。
伺い見た正門には、少し門と繋がる塀に隠れるように停められた大きめの四駆がある。
まだ薄暗いだけなので正門に集まる女生徒達から運転手の顔が見えているんだろう。
でもそれはに関係する事ではない、初めて自分以外の対象に視線が集まってるのだ
今のうちに正門を出て照さんから返信が来る前に公園で着替えなくては。
そう思って歩き出したが、斜め後ろから腕を引かれた。
えっ?と思う間もなく正門の塀と植えられた桜の木の陰に連れ込まれる。
瞬間本能に隠れていた恐怖心が肌と背中を駆け上がり、全身が震え、喉が引き攣るのを感じた。。
怖い、逃げなきゃ。
その言葉だけが脳内を駆け巡り、引かれた方と反対側へ走ろうとしたが
再度引き寄せられ自分より大きな影が近づくと、一瞬で恐怖を吹き飛ばした。
「――落ち着いて、俺だよ、俺だからっ」
妙に慌てた声が頭上から降って来る。
低いテノールに呼ばれる自分の名前、パッと勢いのまま見上げたら思いの外至近距離に見慣れた顔。
黒い淵のある眼鏡を掛けた青年、その筋張った大きな手に自分の手は握られている。
ゆっくりと視線を這わせ、相手の顔を見る為に視線を上げて行くと・・
「あ、阿部先輩・・?」
肩で荒く呼吸する姿と焦った顔が何とも意外性を誘う。
シェアハウスでも常に冷静で落ち着いた姿しか見てなかったから純粋に吃驚した。
ていうか・・・何故此処に阿部先輩?まあ卒業を控えた人だし、いても不思議じゃなかったりするけども
「あれ?今日ってお仕事でしたよね?」
「うんそうだね」
「今・・って呼びませんでした?」
「そうだった?」
「・・・・何故ここに?」
「俺まだ在学してるからね」
( ゚Д゚)いや聞きたいのはそこじゃない
幾つか投げた質問を悉く受け流して行く阿部先輩。
さり気なく名前を呼び捨てて呼んでたのしかと聞きましたよ?
ていうかこんな物陰に連れていかれてする話じゃないだろ!
照さんから返事が来るより先に阿部先輩が何故現れたのか聞きたいんだ!
「あの、言葉遊びしてる場合じゃないと思うんですが・・・角度によっては他から見えますし」
業を煮やしたまでは行かないが、他の生徒の視線が此方に向くのを避けたくて
先を促してみたら漸く阿部先輩は¨ああそうだった¨と仕切り直した。
「実は今日は仕事の初日だから早く終わったんだ」
阿部の説明はこうだ。
舞台初日を来月に控えた兄達、今日が稽古の初日だったのだが
座長の計らいで今日は初日というのを考慮し、挨拶と軽く稽古を開始しただけで終わったらしい。
それでも16時くらいまでは翌日の打ち合わせがあったりしたのだとか。
打ち合わせ後は全員がシェアハウスに帰宅。
各々初日の疲れを癒したり明日に備えて準備をしたりして過ごしていたそう。
そんな頃に私が照さん宛に大学院が終わったとLINEを送った。
何故照との個別トークを阿部が把握しているのか。
それはまあ簡単だ、からの連絡を受けた照が一人迎えに向かった際
偶々その照と出くわした阿部が行き先を訪ねた所、この上智大学大学院だと知り
流石に時間は早いし、が着替える前に合流しようものなら一発でバレると読んだ阿部。
上手く照を誘導すべく、目立たないようにを連れて来るからと説得し
疑問に思わせないよう上手く阿部が同行する流れを作ったらしい。
流石の頭の回転の速さである・・・確かに着替える隙も無くもう到着してるって事だよね?
「そうだったんですね・・ありがとうございます先輩」
「竜憲さんとの約束だからね、ほら照待たせてるから取り敢えずメイクだけ落とせる?」
感心した調子で阿部へ言うの眼前にスッと差し出されたもの。
うん?と差し出されたものに視線を合わせれば、メイク落としのシートだと分かる。
これはまた何と言うかスマートな気遣い・・・幸い服装は女の子が着ても不自然じゃないパンツスタイル。
これだけスポーティーならメイクさえ落とせば何とかなる。
そう予期してメイク落としシートだけ持参したのかな・・ちゃんと私の服装覚えててくれたんだ?
ありがとうございます、と断ってから阿部の手からメイク落としシートを受け取る。
擦らないように気を付けながらシートでメイクをなぞらせた。。
メイクを落としながらしみじみ思った事がある、誰にも気づかれないように二年間乗り切る気でいたが
もし初日に阿部に見破られていなかったら今物凄く一人で焦ってたと思う。
寧ろ阿部にバレて窮地を乗り切れたとすら思えて来た。
そんなの方を阿部が覗き込むように窺い見と、ニコッと笑って言う。
「うんバッチリ、綺麗に落ちた。」
「助かりました先輩、ありがとうございます」
「は肌が綺麗だからファンデなしのチークだけで良さそうだよね」
詳しいな???
何だこの笑顔、阿部先輩の方が可愛いですよ?
あまりにも自然にサラッと褒めるもんだからリアクションに困った。
そうですかね?って返すのが精一杯のに笑み、よし行こう!と塀の傍を右に向かって走る。
阿部曰くこのまま塀沿いに走ると、校舎を右側に見た位置に塀を抜けれる扉が1つだけあるという。
偶々在学中の1年目に阿部が見つけた隠し扉。
よく記者の人やしつこい勧誘?みたいなのを撒く為に使ったとか。
つくづく隙の無い人だなあとは感じた。
壁にぶつかったとしてもおくびにも出さずにスマートに対策案を打ち出して乗り越えてしまえそうな感じ。
でもそのデキる感じを他人に感じ取らせないから鼻につかない。
「照が居るところまでまたちょっと戻らなきゃだけどもうすぐそこだから平気だよね」
「はい、凄く助かりましたありがとうございます!」
前を走りながら時折此方を気にするように顔を向ける阿部。
息を弾ませつつも応えてから自然と感謝の言葉が出る。
ごめんなさい、と言いそうになるけれど照に言われたように謝るより感謝した方が全然良いなと感じた。
走る事数分、塀添いに続く歩道脇に駐車した四駆の車が見えて来る。
さっき構内から見えた車だ、若しかしてあれが照さんの?
前を走る阿部が速度を落として四駆へ近づいて行く、やっぱりこれが照さんの車なんだ。
助手席側へ近づいた阿部が窓を軽く叩く。
するとそれが正門側から見えたのか、何人かの生徒が¨あれ阿部先輩よ¨と囁き合っている。
「俺が先にドア開くから、そしたら素早く乗り込める?」
車のドアに手を掛けた阿部がを見ながらそう口にした。
要するに阿部が先にドアを開けて作る死角を使って車に乗るよう言っているんだろう。
何となく言わんとしている事が分かり、静かに頷き返す。
それを察した阿部も笑みを返し、いい子、と口が動いた。
瞬間ガチャッと車のドアが大きく開かれる、動きを合わせ私も後部座席のドアを開き飛び込んだ。
「お帰り二人とも、出発すんぞ」
飛び乗った勢いでドアを閉めると聞こえた聞き覚えのある声。
運転席を見たらそこに座りこっちを見ている照さんを見つける。
うわあ・・・カッコイイ・・運転席似合うなあ。
何となくだが照と阿部に迎えられると安心してしまう。
信じてもいいのかなと思える兄達だと私自身が感じているからだろうか・・・
こんな簡単に早い段階で信じてしまってもいいんだろうか、というのは何度か自問自答してる。
よく思い出せないが、良くない思い出も過去経験した。
それがあるから大人は信用出来ないし・・いきなり距離を詰められたりするのは怖い。
伯父の家では辛くあたられた記憶しかない・・・存在を無視されたりとかは日常茶飯事だった。
酷い時は食事を出してもらえなかったり、確か叩かれたり殴られたり・・した気もする。
そのせいで腕を上げる動作をされると構えてしまったり。
躾と称した体罰みたいなのもされたから、閉じ込められるのが怖くて部屋の扉は閉めても窓は開けてる。
後なんか死にたくなるくらいの事をされた気もするんだ・・・
思い出せないし思い出そうとすると頭が痛くなるから自然と避けてる。
今少し異性が平気になっているのは私が根本を忘れてるからなんじゃないかな。
いざ根っこの部分を私が思い出した時、どんな風になってしまうのかを考えると怖いね。
近くにいる兄達に酷い態度をとってしまうんじゃないかってさ。
「?どした?」(岩本
「へっ?」
「ごめん俺が走らせすぎたかな」(阿部
「あ、いやそうじゃないです、明日の事考えてて」
「・・そっか、あ、ごめんな返事返すの忘れてたわ兄ちゃん」(岩本
車を走らせながらルームミラーを気にしていた照。
乗り込んでから数分、時折チラチラ見ていたの様子が何となく気になった。
始めは少しソワソワとした様子で自分の運転姿を見ている風だったのだが
少ししてミラー越しに見ると、伏し目がちになり虚ろな目に変わっていた。
考え事をしてるのかもしれないと思ったが、曇った目をしているのが気になって
気づけば運転しながら後ろのへ声をかけていた。
照の問い掛けで阿部も後ろが気になったらしく、次いで声をかける。
静かなのは疲れてしまったからでは?と阿部は推測。
二人から立て続けに問い掛けられ、急いでが返した返答は明日の事を考えていた だ。
何となく違うだろうなと思いつつも敢えて二人はそこに触れず、話の流れを変える。
照はのLINEに返事返さずいきなり迎えに来てしまった事を謝っておいた。
少し驚かせてやりたいという謎の悪戯心がだな・・
「大丈夫ですよ、返信はなくてもこうしてちゃんと来て下さったじゃないですか」
それだけで十分嬉しいです、そうはルームミラーに映る照へ笑みと返答を返した。
初日より笑う顔を見せるようになった、まだまだ堅苦しさは抜けないが線引きがきちんとしてるやつだと感じた。
歩み寄りたい気持ちはあるけれど、自主的にそうしてしまいそうな気持ちを抑えてるような?
んー・・何て言うか、なし崩しに甘えてしまいそうになるのをギリギリの所で我慢してる感じ。
まあ思春期だし元々は他人だし、それがいきなり養子同士だけど兄が6人いますよとか言われてもなあ・・・ってか?
喜んでくれてはいるけど、心に受けた傷が、今まで警戒していた異性?に心を開きそうな自身を認め難くて
行き場のない感情のコントロールにどうしたらいいのか分からないって感じなんかな。
まだ手探り状態でいるのかもな・・信じたい、でもそんな簡単に信じてもいいのかを。
阿部がどう考えてるか分からんけど、少なくとも俺はが助けを乞うまでは見守るつもりでいる。
何でもかんでも助けてしまったら、が自分自身で何とか出来る機会を逸してしまう。
何れはまた養父母の家に戻り、竜憲の事業を継ぐ立場になるのだ。
自分の事を自分で出来なかったらそれこそ操り人形にしかなれないだろう。
そんな風になって欲しくない・・手助けはすれど、乗り越え克服するのは自身にしか出来ない。
見守るに徹するが、いつでも助けられるように近くに居てやろうと照や阿部は心で決めた。