¨くんが此処にいる二年間、君の事を守ると照は竜憲さんに約束してたよ¨

兄弟一同同じ気持ちでいる、ゆっくりでいいから俺達を信じてくれると嬉しいな
そう話を締め括った阿部、最後に自前のパソコンは持ってる?と聞かれた。
養父の家で使っていたパソコンなら・・と言ってみる。

液晶画面のデスクトップパソコンだ、ペンタッチで操作も出来るもので中々使い勝手もいい。
それを聞いてどうするんだろう?と沸いた疑問に、絶妙なタイミングで阿部が答えた。
予め私がそれを聞くと分かってるかのような絶妙さ?

「実はこのシェアハウス、全ての個室にパソコンが完備されてるんだけど君の部屋には無かったからね
もし自分で使ってるのがあるなら新しく用意するより使い慣れてるものの方がいいかなって」

なるほど・・・

というか、全個室にパソコン完備って凄いな。
元々庶民な生まれの身としては、至れり尽くせりな環境に驚きしかない。
・・いや、兄達も元々は普通の暮らしをしていたんだし偏見は良くないわね。

ただ、養父の竜憲さんから兄達は何を託されたのか気になるし私には話してくれない辺りがモヤッとする
そんな中信じれると感じたのは照さんの言葉と、兄達の気持ちくらいだ。
話してみて受けた印象でしかないが、目を見て会話が成立する彼らは信じてみたい。
取り敢えず質問された事に答える事にしたが、ちょっと躊躇いが生まれた。

「デスクトップ・・・しか持ってないです」

運び出すのも運び入れるのも手間なやつだったなあと・・
迷惑かもしれないという考えがの声を小さくさせる。

だがその声を聞いた阿部は、眉を顰めるでもなく笑みを返し
大丈夫だよ、と口火を切った。

「うちには照もいるし、野郎数人で手伝えば運び出せると思う」
「大丈夫そうですか?広さはあるから出すのは問題ないと思います」
「そうだね、ただ俺達特殊な仕事をしてる身だから昼間手伝えないんだ」

話は着々と進んでいたが、途中茶を濁すような言い回しになる阿部。
特殊な仕事、と言うのは養父の話にあった芸能事務所に所属しているから・・を指すのだろう。

そういえば忘れてた、兄達は芸能人という事を。
という事は初めて来た時に見た、あの人影は兄達のファン?
芸能人となればシェアハウスを窺うように見ていたのも頷ける。

ああ・・・だから養父は私に弟として生活しろと言ったのね。
例え妹だとしても見知らぬ女がシェアハウスに入って行くのをファンは良しとしないだろう。

「私が業者に頼みます、何も皆さんの手を煩わす必要もないですし」

そう私が口にしたタイミングで洗面所を仕切る扉が開いた。
ビクッと肩を揺らし、開いた方の扉を見ると
そこには目を真ん丸にした兄が、私と阿部先輩をじーーっと見つめていた。

ふわふわのくせっ毛に大きな瞳。
目線の高さはと同じか少し高いくらいの差の兄・・・

「あれ、佐久間かおはよう」
「お、おお阿部ちゃんとおはー!二人してこんなとこで何話してたの??」
「うん・・偶々会ってね、くんの個室にもパソコンを用意したいなって話してたんだ」
「そうなんです・・あ、おはようございます。」
「ほーん?そのパソコンは用意出来そうなの?」

現れたのは佐久間さん、凄く嬉しそうに歓迎してくれた兄だ。
ちょっと驚いたが、私も阿部先輩も別にやましい事をしてた訳ではない。
聞かれた問いにすぐ答えれば、佐久間さんもそれ以上不思議がる事なく話に乗って来た。

パソコンは用意出来そうなの?と顔を洗う用意をしつつ佐久間は問う。
問いには自分達の仕事が特殊な為、昼間に運ぶ場合は手伝えないかもしれないと説明したと話す。

阿部がこれまでの話を説明すると同じように佐久間も¨あー¨と零す。
芸能人という事だけは言ってあるしも養父から聞いているとも阿部は補足した。
だから業者がどうこう言ってたのか、と佐久間の中でも辻褄が合った。

くん自身の使い慣れたやつを運びたいなと思ってるんだけど夜になっちゃうかなーって」
「それだと却って申し訳ないから業者に運ばせますって話してました」

なるほどねー・・・と思う傍ら、未だ無理もないが相変わらず兄と呼んでくれないのが寂しい佐久間。
だが確かに自分達が彼の家に行き、パソコンを運び出すのは難しいとも感じた。
力がありそうなのは照くらいだし・・次いで可能なのは舘さま辺りだと予想。

確認したのパソコンはノートタイプではなく、大きな箱型?らしい。
シェアハウスにあるパソコンはノートパソコンだ、機械に疎い佐久間はデスクトップとノートの違いすら分からない。
なので取り敢えず大きいパソコンで重さもある奴なんだろうと予想した。

が業者に頼むって考えてるならそれも良いのでは?と佐久間は感じる。
折しもタイミング悪く今日から稽古場入りで、下手したら向こうに泊まり込む可能性も出て来る。
自分達が一般人とは違う生き方をしている以上今後もこういった事態は起こるのだ。
それなら今から独りでもやれる事に慣れて行った方が、二年後此処を出てからも活きて来るだろう。

誰よりもを歓迎した佐久間だが、結構リアリストな面もあるのだ。
三人で洗面所を出る頃、最後尾のからこんな声が。

「そう言えば今朝方私を寝かしつけてくれた照さんに、今日は何時に終わるんだと聞かれました」
「「・・・・うん?」」
「えっ?」
「寝かしつけた?照が?」(佐久間
「はい・・その、ちょっとわた・・・俺が起こしてしまったから」

としては、照が何故今日の終わる時間を聞いたんだろう
若しかしてパソコンの話と関係があるのかなと二人に聞いてみただけだったのだが
思ったより二人が吃驚した調子で此方を振り向いたので面食らってしまう。

そんなに意外な事だったのかな?
は知らないが自分が寝た後の今朝6時過ぎ、照と話した阿部は照自身が白湯をの為に用意したのは聞いていたが
寝かしつけた事は知らないし佐久間は出来事そのものを知らない為の言葉は初耳で、結果二人を驚かす事になったのである。
まあ元々面倒見の良い岩本照だから、寝かしつけていても不思議ではない・・が 物凄く意外に思った。

昨夜を二階へ連れて行く時も阿部は見ていたが、いつになく優しいというか
見てる側が恥ずかしくなるくらい仕草も触れ方も優しかったな。
照は男だと思って接してるんだよな?って疑問に感じる程に。

「照は言わなかったけど、白湯はくんの為に用意したんだね」(阿部
「そっか・・やっぱ環境変わると寝付けなかったりするモンな」(佐久間

取り敢えず吃驚はしたが白湯の理由に納得した阿部は相槌を入れる。
佐久間も佐久間で寝付けない辛さを思い眉尻を下げた。
その後気になったのは岩本がへ残した言葉、あの感じだと帰りに迎えに寄ろうとしてる風にも聞こえる。

ふうむ、まあもし迎えに寄れるくらい今日が早く終わった場合
パソコンの事も合わせて照に頼むのもありかもしれないね。

「あ、そうだくん」(阿部
「はい?」
「――・・・大学院に向かう時はその恰好のままね、着く前にどこかで元の性別に戻るんだよ?」(阿部
「何なに内緒話!!!?」(佐久間

ふと言っておかねばならない事を思い出し
階段を降りようとしたの腕を引き、近づいたその耳に小声で囁く。

何か佐久間がワーワー叫んでるけど取り敢えず無視。
家を出る前と帰宅する際には男装するのを忘れないように、と伝えた。

「は、はいっ」
「後一応これ俺の電話番号ね、何か困った事があったら遠慮せず連絡するように」
「あ!阿部ちゃんだけ狡い!俺も教えるー!」

突然後ろに引かれて驚きはしたが彼らに対し、不思議と怖い気持ちは沸かなくなっていた。
耳元で囁く低い阿部先輩の声、聞き惚れそうになるが言ってる言葉は正しい。

家の周りにいた女の子達の目的も理解した今、その注意は有難い。
兄達に迷惑を掛けないようにする為にも、自分の性別は隠さなくては・・・
決意を新たにしたの視界に差し出される1枚の紙、そこには阿部先輩の電話番号が書かれていた。

何故狡いと感じたのかには分からなかったが、子犬のように階段を戻って来る佐久間からも番号を教えて貰った。
不意にフラッシュバックする今朝方の照の言葉。

¨兎に角言いたいのは、新しくこの家に来た末っ子のお前に喜んで貰いたいって思ってる兄ちゃんしか居ない事!¨

この言葉を今実感する事となり、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
あのまま伯父の家に捕らわれていたら一生味わう事のなかった感覚かもしれない。
優しさと思いやり、そして慈しみ・・それらを知る事なく枯れ果てていただろう・・・・

「よし登録出来たね」(阿部
「俺もおっけ!んじゃ俺支度してくる、またな!」(佐久間

各々連絡先をケータイに登録し、弾けるような勢いで佐久間は階段を駆け下りて行った。
その様子から兄達は揃って仕事に行くのだと悟る。
よくよく見れば阿部の服装も既に家を出れる恰好だと分かる。

スレンダーな体型が映えるダホダボ感のある紺色の上着に
スキニ―に似た細身のズボンを穿いている。

服装を見ていたら自然阿部先輩と目が合う。
13cm差はある阿部先輩は目が合うとニコッと笑み
もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないし、今後も分からないから後は照に聞くと良いよ

と可愛らしく微笑むと軽やかな足取りで階段を下りて行った。
え?何故そこで照さんの名前が出て来るんだろう?と疑問に思った時
実にタイミングよく当人の声が背中へ届いた。

、良く寝れたか?」

阿部より僅かに高いけど心地の良い声の主。
その場で振り向けば予想した通り、すらりと背の高い兄 照が立っていた。

問いかけにハイと答えれば、ちょいちょいと招かれる。
阿部先輩の言っていた通り今夜の事で話があるのかな?と予想しながら近寄ると。
先ず挨拶代わりに頭をポンとされた。

「あの・・照さん、さっき阿部さんから言われたんだけども・・・」
「阿部から?何て?」
「今夜はもしかすると遅いまたは帰れないかもしれないとか」
「あー、それな。は俺らの仕事何か聞いてるっけ?」
「はい養父から・・・芸能人だと聞いてます」

ポンとしてから照の手は頭に乗せられている。
何でだろうと思いながら阿部の言い残した事について照へ聞いてみる事にした。

聞かれると少しだけ眉宇を寄せた照。
何か丸投げされた感は否めないが、改めてに話すには良い機会だと考えた。

今日から約一ヶ月は、来月から6月まで続く舞台の為の稽古に充てられる事。
稽古が始まれば軽く数ヶ月程、稽古場近くに泊まり込んだり
稽古場の控室に泊まる事も度々経験する可能性等をへ説明。

そうなった場合、舞台が終わるまではこのシェアハウスに一人きりになるかもしれない事。
なるべく早く終わった日は此処に戻るように努めるが、難しい場合の方が多いから理解して貰えると助かる等々。

「もし不安や心細さがあるなら竜憲さんとこに一時的に帰っても良いと思う」

一応養父母の家に戻って貰う事も視野に入れたが・・
此処で暮らす事でに人間らしい気持ちを取り戻して欲しいと願う養父は
寧ろ養父母の家には頼らず、全てこっちに任せた可能性が照の脳裏にチラついた。

この可能性が正しかった場合、が独りに耐え兼ね養父母の家を頼っても断られる事になり得る。
どうしたものか・・・流石にすぐ結論を出すのは出来そうにない。
照からこの話をされたの顔は明らかに青褪めている・・。

断られる覚悟で養父母の家を頼るのか、はたまた独りで堪える為の試練に挑むのか
それを決められるのは自身で照達ではない。

どんな答えを出すのかその場でジッと待つ照。
思い悩むを待つ間も他のメンバーが支度を整えた順にリビングへ集合して行く。
声を掛けそうになる佐久間や翔太を照は目線だけで制し、リビングで待つようアイコンタクトを送った。

それだけで察せられるだけ付き合いは長い。
口パクで佐久間が¨照も急げよ?¨と残して下へ降りて行く。

「こ・・此処で過ごすよう言われたし、甘えたりはしたくない・・・」
「ん」
「それに俺男だから独りでも平気だってとこ見せたい」
「言ったな?手、出して」
「うん・・・はい」
「それじゃあ戸締りはしっかりな、一応帰れそうな時は連絡する」

見るからに強がってるのは分かった照だが、本人がそう決めたならと頷く。
心配な事に変わりはない、なので家の鍵のスペアをに握らせつつ
1枚の紙片もその手に乗せてやった。

「これは・・」
「俺の連絡先な、先ず講義が終わったらメール入れといて」

カサっと乗せられた紙が乾いた音を立てる。
先ずは3人の兄から連絡先を教えて貰った。
それだけで何やら独りじゃない気持ちになってしまう自分は単純だなと感じる

が、そう感じる心が自分にもまだ残っていたんだと思えば
新たに自分自身を知る事が出来て嬉しい気持ちになれた。

鍵は今時のギザギサの無いタイプで、番号みたいな数字も刻まれていない。
無機質な鍵に不釣り合いなチョコレートケーキのキーホルダーが付けられていた。

「ああそれ?落ちた時に気づきやすいようにと思って俺が付けといた」

可愛い〜と思いながらキーホルダーを眺めていると横から聞こえた声。
どうやらこのキーホルダーは照さんのお古のようだ。
成人を過ぎた男性がチョコレートケーキのキーホルダー・・・・

これまた意外な一面を垣間見た。
一見したら好きそうには思い難いチョコレートケーキが好きとか
しかもキーホルダーについて話す顔はふにゃっと柔らかい。

自身は甘い物は得意ではないから、自分とは正反対だなあと感じ
照から受け取ったスペアキーを失くさないよう、部屋に置いた鞄にしまっとこうと決めた。

この日から照に対するイメージに、可愛らしい男の人、というメモが加わる。

「ありがとうございます、失くさないように気をつけますね」
「おう、それじゃ下行くわ」
「俺も行きます、皆さんを見送らせて下さい」
の見送りならあいつらも喜ぶなそれ」

さり気なく昨日と同じで、の前を照が先に階段を下りて行く。
は普段背の高い兄、照を唯一見下ろせるこの下り方がちょっと好きだった。