〜 佐藤幸司学級からリアルタイムメッセージ 5 〜
日記を書く意義   2009.5.2 記
道徳教育改革集団<新>代表:佐藤幸司
 4月から続けている指導の一つに,日記指導があります。
私は,宿題として毎日日記を書かせています。週末は,「金土日から一日以上」というふうにしてあります。朝,教室に行くと,私の机の上に日記ノートがきれいに重ねられて置いてあります。毎日,ほぼ全員の日記が提出されています。

 毎日書かせるためには,毎日点検して一筆書いて子供たちにその日のうちにノートを返さなければなりません。私は,その作業を給食の時間にやっています。子供たちが給食の準備をしている時間,私が自分の食事を終えて子供たちが「ご馳走様」をするまでの時間,食器類の後片付けを終えて清掃が始まるまでの時間,それらの時間で一気に返事を書きます。ほんの一,二文の返事ですが,子供たちは,それを楽しみにしてくれているようです。

 では,そもそもなぜ,毎日日記を書かせているのでしょうか。作文指導の意味もあります。1年生のときの「先生あのね作文」から,少し文章量も増えてきます。日記を読むことで,子供理解に役立つこともあります。
 けれども,一番の理由は,自分自身を客観的に見る目を育てたいからなのです。

 日記の中で一番多いのが,「したこと日記」です。
「今日,○○君と〜をして遊びました。…。…楽しかったです。」これは,したことを順序よく書くという一番基本になる作文の形式です。日記の中では,自分が主人公です。日記の中の自分を,今鉛筆を持っている自分が,ある客観的な目で書いているのです。つまり,自分を主人公にして書いたドキュメンタリーが日記なのです。

 自分を客観視することができると,自分自身の行動の「カッコよさ」を考えることができるようになります。
「今日,弟といっしょにおるすばんをしました。お母さんが帰って
 くるまで,弟に絵本を読んであげました。」
「公園で○ちゃんとあそびました。少ししたら●ちゃんが来たの
 でいっしょに遊びました。友だちとあそぶのは,たのしいな。」
 家族の役に立てたこと,友達と仲良く遊べたこと,これらは「カッコいい」ことです。「カッコいい」行動を意識することは,美意識を育てることにつながっていきます。

 日記に限らず,何かを毎日続けることはけっして楽ではありません。苦痛を伴うこともあります。でも,それを毎日続けることで,習慣になります。習慣は,苦痛をやわらげてくれます。そして,その習慣は,ある心地よさや満足感を自分に与えてくれるようになります。苦痛を感じずに,すらすらと日記が書けるようになれば本物です。