〜 リアルタイムメッセージ 24〜
気持ちではなく行為を問う
2009.11.15記
道徳教育改革集団<新>代表:佐藤幸司
 暦の上では立冬を過ぎました。
 秋の研究会シーズンも,そろそろ終盤です。
 11月は,7(土)が福島県郡山市での「みちのくイベント」,昨日14(土)が愛知県小牧市での「教師力アップセミナー」に伺いました。
 今はどこの学校でもインフルエンザの流行で大変な時期です。
 手洗い・うがい・マスク着用等の基本的な予防策を講じながらも,たくさんの先生方といっしょに学んで元気をつけることも,これまた大切な「予防策」になるのかなと思っています。
 
 私の講座が終わると何人かの先生がいらっしゃって,お話をする機会がありました。
 ある若い先生からは,
「道徳はやりたいし,大事だと思っているのですが,まず,どこから始めたらいいのでしょうか。」
という素朴な質問がありました。
 まず,やっていただきたいのは,『とっておき』シリーズの追実践です。
 最初は,そのままの追実践でいいのです。自分でやってみないことには,何事も始まりません。
 その次は,若干の自分なりのアレンジを加えてみます。
 そうやって授業実践を積み重ねていくうちに,自分がやりたい道徳授業,子供たちが本気になる道徳授業が見えてくるはずです。

 副読本を使った授業でもいいのです。
 登場人物の気持ちを考えさせることは,大事です。
 他人の気持ちを考える―これは,相手を思いやる上で最も大事にしなければならないことです。
 ただし,勘違いしてならないのは,「(登場人物)は,どんな気持ちでしょうか。」
と,人物の気持ちを直接問うことだけが,授業での発問ではないということです。
 気持ちを表すことばを思いうかべてください。
 うれしい,かなしい,さびしい・・・。あといくつありますか?
 気持ちを表す言葉自体が少ないのです。
 なぜなら,本当に心を打たれた感情は,言葉では表せないからです。
 だから,次のような日本語があるのです。
   言葉にならない。
   筆舌につくしがたい。

 気持ちを直接問わないのなら,どうするか。
 例えば,行為を問うことです。
「(登場人物)は,どうすべきでしょうか。」「なぜ,この行為をしたのでしょうか。」
 なぜ,そういう行動をすべきか(したのか)をさらに問い返せば,そこに,その行為の原動力となる心情が見えてきます。

 登場人物の気持ちを考えさせたい。だからこそ,気持ちを直接問うのではなく,間接的に<とるべき・とりうる行為>を問います。そう考えた理由を問うと,そこに子供自身の生活経験が表れるはずです。