伊藤祐司の自己紹介

スポーツ大好き人間。草野球でピッチャー、少年サッカーの審判、山歩きも時々。
とにかく体を動かすのが大好きです。
身長:166cm 体重:秘密(結婚して13kg太る)
お酒は結構いける口
3月生まれ魚座
血液型はO

★家族は小学校の教師をしている妻と1男、1女+雑種の犬

 1958年群馬県高崎市双葉町で共働きの家庭に生まれました。田んぼに桑畑、国鉄の機関区、競馬場と、よく走り回って育ちました。
 のんきに育った青少年時代で唯一の悲しい出来事は、やさしかった母親が、42歳の若さで急死したことでした。


優勝旗を手に(中学3年)

 市立佐野中学校では水泳部。3年生の時の県大会で総合優勝しました。
 夜中にプールで泳いで怒られたり。競馬場にでかけて天体観測のまねごとをしたり、やや放浪気味の中学生でした。
 県立高崎高校に入学。放浪癖はやまず、文化祭の実行委員をしたり、両校の全生徒がスポーツで対戦する高々−前高定期戦の実行委員長をしたり。水泳もつづけていて、県大会で5位(平泳ぎ)くらいでした。
 小・中・高と、先生にも、友だちにも恵まれ「学校の先生になりたい」と考えるようになっていました。

 群馬大学教育学部に進学。理科の地質学を専攻。作業服に地下足袋、腰に岩石ハンマーというような格好で、あちこちの地質調査に出かける日々でした。
 社会に目を向けはじめたのもこの頃。学生自治会の執行委員長もやりました。

 大学を卒業後、県立桐生女子高校と伊勢崎市立女子高校で理科(地学)の非常勤講師を1年ずつやりました。教えることの難しさ、楽しさ、学校現場の苦労を知りました。
 24歳の時に共産党の専従職員に。すぐ「しんぶん赤旗」の記者になりました。群馬県中を飛び回って取材。
 日航機墜落事故にまつわる疑惑、尾瀬の自然保護問題、 減反・輸入自由化に苦しむ農家、環境破壊の産廃処理場、高すぎる国保税、福祉施設建設にまつわる議員不正など。いろいろな記事を書きました。
 37歳の時に共産党県議団の事務局長に。宇津野県議と2人3脚で、県政の調査、質問の準備、住民のみなさんからの相談事の処理などにかけまわりました。
 仕事のかたわら、地元の父母らとともに学童保育所づくりにとりくみました。高崎市連協の会長も引き受け、市の責任での専用施設建設の方針を実現しました。
 地元中学校のPTA会長も3年間やりました。
 2003年春のいっせい地方選挙の県議選高崎市区で、それまで7期にわたってがんばってこられた宇津野洋一県議から候補者をバトンタッチして立候補。12334票を得て当選しました。
 税金のムダづかいのチェックと子育て・福祉に予算を、とがんばり。倉渕ダムを中止させたり、30人学級を小学校低学年に導入させたり、高崎市の小児救急医療体制の整備に道をつけたり、頑張りました。
 しかし、2007年春の2期目をめざす選挙で283票差で惜敗。いま、心機一転。4年後の議席奪還をめざして奮闘中です。
 憲法とくらしを守るために頑張ります。