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実は、4月22日に登山の計画で老平に入っていたが、寒気が入り、冬型になっていたので登山を断念したことがあった。この山の登り辛い原因の一つとして、水場が少ないことがあげられる。山中の幕営を考えた場合、残雪を利用できる4、5月の登山を考えていた。
南アルプス街道の早川町役場を過ぎ、大島の先から雨畑湖方面の道に入る。約5km弱で馬場に着き、Y字路を右に進むと老平の集落に着く。集落内の奥沢谷側に数台駐車可能な駐車場があり、ここに車を停める。ゲートからしばらくは舗装路だが、すぐに未舗装になり、30分で林道が二つに分かれ、右手に入る。
入るとすぐに林道は終わりとなり、左手の小道から山道となる。猫の額ほどの茶畑を見ると、その上部に廃屋の一軒屋がある。その先から平坦な路だが、崩壊地やアルミ製の橋や吊橋が現れる。ヘッドランプで進んだため、崩壊地のトラバースには迷うこともあった。右側の岩盤から滴り落ちる雫で首を窄めて歩く所もあった。
広河原には難なく着けたが、渡渉点と対岸の登り口を探すのに2時間弱かかってしまった。ヘッドランプでの探りは不可能と考え、夜を明けるのを食事を摂りながら待つことにした。ルート図の広河原周辺のGPSの軌跡の乱れは、右往左往したことを示している。4時半近くになって、河原の大きな石に黄色ペンキの矢印を見つけることが出来た。
広河原に下り立ち、そのまま対岸に渡るのではなく、左岸を200mほど上流に進んでから渡渉するのであった。飛び石で渡れたが、水量が多いと難しいかもしれない。広河原の対岸には幕営可能な所もあり、ここで幕営し、笊ヶ岳を往復するのも良いのかもしれない。何しろ、水場はここのみである。
河床を離れるが、急登が待っている。山ノ神の祠に出て、一旦傾斜も緩むがすぐにまた急登となる。祠から30分で右手に奥沢谷の滝が望まれ、その先で軌道の残置してある所を通り過ぎる。カラマツの植林に入り、急登に喘ぎながら登って行くと、いつしかシラビソの原生林の様相を呈して来る。左に回りこんで進むようで、いつしか桧横手の頂上部に着く。
標識がなければそのまま通り過ぎてしまうであろう桧横手から少し下った辺りに水場の標識を探しが見つからなかった。再び急登となり、右に巻き気味にルートが刻まれている。顕著な尾根に乗
り、布引崩の縁のガレに出ると、上河内岳と聖岳の高峰が目に飛び込んでくる。ガレの縁を通り、樹林帯に入って行くと、主稜線に出て、所ノ沢越からの道を合わせる。
その先が布引山山頂であった。残雪は布引崩の右樹林帯あたりから見られ出し、布引山山頂の数メートル先の平坦地のテント場周辺にもかなりあった。当初はここで幕営する予定であったが、この分なら快適な夜が過ごせた模様であった。ここから笊ヶ岳までの稜線通しの道は夏道も所々見えていたが、殆ど残雪上であった。
トレースが殆どない稜線の残雪はぼこぼこで、スパッツを着ける間もなく、靴内に大分雪が入って来てしまった。緩く進んだ後、150m位鞍部まで下り、最後の笊ヶ岳への200mちょっとの登りが待ち構えている。快適な尾根道ではなく、絶えず体に潅木が当たるという道であった。タイガーロープの設置された所の左のハイマツ帯を登ると笊ヶ岳山頂であった。
冒頭に記したように大展望が待ち構えてくれた山頂は、今までの登路の苦労を吹き飛ばしてくれるものであった。しかしながら、山梨県側の稜線上にはガスがかかり、そちら方面の視界がなかったのが残念であった。あわよくば小笊の姿を拝したかったのだが、それでも南アルプスの高峰を目に焼き付けられたのは幸いした。
広河原の渡渉で思いもかけず相当な時間を費やしてしまったが、明るいうちに下山出来、ヴィラ雨畑で心地良い汗を流すことが出来た。単純硫黄冷鉱泉を沸かしている湯で、笊ヶ岳からの大パノラマを独り占めしたように、一人くつろいで長い山行を振り返っていた。
老平0:56→2:39広河原4:28→5:17山ノ神→7:07桧横手→8:31布引山8:42→9:37笊ヶ岳10:02→11:09布引山→12:04桧横手→13:02山ノ神→13:30広河原→14:48老平
<ルート図>
「この地図の作成に当っては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第420号)」
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